木の葉詰め合わせ
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本編番外編
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此処ではない他の世界で・肆
前書き
……どうしてだか最終投稿日が三十年前という風になっている。
出来るだけ早くこの話も終わらせなければいけませんね。蛇足も合わせて……。
「――という訳でそろそろここも足が付く。近いうちに拠点を変えるぞ。……わかったか?」
「あー、うん。晩ご飯はビーフシチューがいいんだね。でも私はデミグラスソースなんて作れないから諦めて」
「……貴様、人の話を聞いてなかったようだな」
この間、流れの行商人から安値で仕入れた『どんな相手もこれでイチコロ! らくらく暗殺クッキングpart.1』に目を通しながら適当な返事をすれば、物凄い表情で睨まれていた。
視線だけで人を殺せそうな感じである。でもそんな事気にしない。
この誘拐犯が捕まろうが、殺されようが私にはなんの関係もないし、寧ろ捕まってくれればそれこそ願ったりかなったりだし。
料理本を流し読みしている私の向かいでは、人に作らせておいた昼飯を淡々とした表情で平らげていく男が席に着いている。
男のために用意した昼飯のいなり寿司として作った12個――そのうちの3つ分。
単独では無害なだが、それらを一度に摂取する事によってどんな大男でも一撃でコロリ、な毒を潜ませておいたのだが……結果はやはり惨敗であった。くっそう、腹立つなぁ。
器用に最後の1つの毒入りを避けて次々と安全ないなり寿司を平らげていく男へ、私は恨めし気な目を向けるしかない。
折角、無味無臭の毒薬を3つ食べないと毒としての効力が生まれない様に、手間かけて調合したって言うのに……どうして分かるのかなぁ、ホント。
今の所、九十六戦九十六敗。――全くもって、腹立たしい戦績である。
男と暮らしている間に分かったことのだが、(薄々勘付いてはいたけども)この男は非常に面倒くさい人間だった。
例えば男は私の名を私のものとして呼ぶことは無い。
呼びかけはいつも「貴様」で、よくて「お前」だし、酷い時は「おい」である。
彼にとっての“千手柱間”という人物は善くも悪くもただ一人なのだろう、うん。
まあ、私自身この誘拐犯について知りたいとも思わないし、名を聞こうだなんて欠片も思わないから、おあいこだと言っておこう。
「――つーかさあ、なんでオレは未だにお前と一緒に居るの?」
「……何が言いたい」
気晴らしも兼ねて行っている組み手の合間に、前々から聞きたかった事を問い掛ければ、ぴくりと形のいい眉が動く。
流れるような動きのままにこちらの隙を狙って鋭い一撃を加えて来る様は、腹立つ程見事なものだ。
「――っと、ほっ! いや、もうお前の怪我も治ったし、オレがわざわざお前と一緒にいる必要――っと!?」
「――甘い!」
間一髪で風切り音と共に正拳突きの一撃が耳元を擦れば、拳の風圧によってぶわり、と髪が巻き上がった。
よし、避けてやったぜ――と思っていたら、腹部目掛けて強烈なボディブロー。
――それを一歩後退することでいなし、伸ばされた腕へと両手を掛けて、振り向き様に相手の懐に潜り込んでの一本背負い。
「――――っん、ぐ!」
ところが、掴んでいたはずの腕ごと、男の方へと引き寄せられ――体が宙に浮く。
唐突な浮遊感に合わせて、地に足が着かない不快感が襲われたかと思うと、男の手によって後方へ放り飛ばされる。
うわあ。こんなにも楽々持ち上げられるのって、すっごく腹立つ――体重増やそう。
地へと叩き付けられるのを先に付いた両足で体を支える事で何とか回避するが、ブリッジの体勢から攻撃態勢に移るために、半瞬ロスしてしまう。
そして、この男はその隙を見逃してくれるような、生易しい相手ではない。
「――〜〜っ!!」
ブリッジから逆立ちへと体勢を変えようとした私の脇腹に、重い一撃が蹴り込まれる。
思わず上げそうになった叫びは抑えられたが、どうしても声に成らない悲鳴が上がる。
そうして容赦の欠片も無く蹴り込まれた一撃の勢いで、私の体は木の幹へと叩き付けられた。
「うっ! ――ごほ、ごほっ! っはぁ……」
蹴り飛ばされ、背筋に固い物が当たった衝撃に息が詰まる――そのまま数本の木を犠牲にして、ようやく衝撃は収まった。
――――ああ、くっそ。この分じゃ、骨の数本は折れているな。
口の端から滴り落ちた赤い雫を見やって、喉の奥で苦痛の叫びを唸り声としてやり過ごす。
「どうした? ――もう終わりか?」
背を丸めて怪我をした箇所を抑えている私を冷たい目で見据えながら、男が悠然とした足取りで歩み寄って来る。
男を睨み返しながら、今頃は内出血で色を変えている服の下の脇腹へと医療忍術を施しておく。どうせ直ぐまた怪我の上書きを行うことになるだろうが、動けなくなって泣き喚くよりもよっぽどマシだ。
蔑むような口調に応じること無く、無言で背を低くしたまま――地を蹴った。
「ああくそ! 今日こそ一本取れると思ったのにぃ〜〜!!」
「諦めろ、そうなるのは当分先だ」
泥だらけの汗だらけで地面に大の字で寝転がりながら、悔しさを紛らわせるために大空向けて叫ぶ。
そうすればからかうというよりも厭味混じりに揶揄する様な声で返されて、唇を歪めた。
千手の頭領である父上と五本組み手をして二、三本は取れるって言うのに、やっぱりこの男は強い。誘拐生活の何日(あるいは何週間目)くらいから、こうして一日数時間手合わせを繰り返しているが、今の所一本も取れたためしがない。
悔しい、悔しい、腹立たしい――でも、同時に面白い。
今まで戦ってきた、手を合わせてきた相手の誰よりも強いこの誘拐犯との組み手が、こんなにも心躍るとは。
このいけ好かない誘拐犯が追い付けない程の高みにいる――とは考えない。
鍛錬を続ければ、この男と互角に戦えるまでには成長できるだろうと確信している。
だからこそ、その時のことを考えると愉快で堪らなくて――気分も浮き立つのだ。
「ふ、ふふふ。よし、今度はもっと早く治癒が出来る様にして、それから……」
怪我が一瞬で治る様になれば、その分だけ次の動作へと移る動きが速くなる。
チャクラを一点に集めることで、木遁に頼る事無くても私自身の攻撃力を上げられる様になるかもしれない。
次に生かすための改善策を指折り数えながら、空を見上げる。
そうやって次の闘いの戦略を練っていれば、ふと声をかけられた。
「――――貴様は、まるで小さな獣だな」
「……誉めているのか、貶されているのか、さっぱりなんだけど」
「安心しろ、誉めている」
――……少なくとも、聖人君子面を浮かべながら戦う奴より、好感が持てる。
そう言って男は遠くを見やるように視線を彼方へと向ける。
きっとその茫洋とした眼差しの先では、その誰かの事を思い起こしているのだろう。
「――って、なんだってば、こんなにウキウキしているの、オレ!!」
「なんだ、騒々しい」
「ああもう、こんな所で誘拐犯相手に現を抜かしている場合じゃないのに!! おいこら、誘拐犯!」
しんみりとした雰囲気を蹴飛ばすような勢いで泥だらけのまま起き上がって、人差し指を男へ向けて突きつける。
涼しい顔で鍛錬の汗を拭っている男は、気難しい顔のまま私の方を振り返った。
「いい加減、これ外せ!」
「……断る」
右手首に施された呪印を突きつければ、即刻却下される。ああ、腹立つなあ、この野郎。
「前にも言っただろう。オレの存在を他の人間に知られる訳にはいかない」
そりゃ、そうだろうよ。
実際にどこかの誰かに瀕死寸前にまで追い込まれる程、追いつめられたみたいだし。
――――けど、だからどうした。
「最初の話し合いでお前は納得した筈だ。私だって“千手柱間”であるということを」
加えて、この世界にいる“千手柱間”はただ一人で、その“千手柱間”は私じゃない。
私の愛しい弟と妹、守るべき大事な一族がいる世界は、此処ではない。
帰らなければいけないというのに、なんでそれを忘れていたのだろう。
初めて出会う強敵に心躍らせている場合ではなかったのに、何をやっていたんだろう。
「そうだな。だとすれば此処には居ない筈の貴様がいる――その事実がオレに取って好都合だと……分かってはいるな?」
「――……何を企んでいる?」
幼い子供に対して言い聞かせるような口調に、思わず一歩後ずさった。
それまでの男の突慳貪な態度が恋しくなる程、初めて聞かされる低く甘い声音に産毛が逆立つ。やばい、何とかして逃げなければと、その言葉だけが脳裏をぐるぐると巡る。
「そう気を逆立てるな。まるで敵わぬと知りつつも、精一杯威嚇して来る猫の様だぞ」
「――……黙れ」
くつくつと喉を鳴らして、男が赤く染まった両眼を私へと向けて来る。
以前垣間見たあの黒髪少年達の三つの巴紋の浮かんだ赤い瞳、ではない。初めて見る形の奇妙な文様が浮かぶその両目に、咄嗟に視線を逸らして背後へと距離を取る――それよりも先に。
反応こそ出来たが、大人の男の力でそのまま捩じ伏せられ、掴まれた肩にぎりぎりと爪が食い込んだ。
「――――っひゅ、あぐっ!!」
「ただの写輪眼では貴様には効きそうにないからな。なに、そう固くなるな」
「ふざけ、――〜〜っ!!」
ごきゅり、と耳に残る厭な音が上がり、遅れて痛みが襲って来る。
――こ、の、野、郎っ!! 人の肩を脱臼させやがった、滅茶苦茶痛い〜〜っ!!
はっ、はっ、と犬の様に荒く息を吐いて、必死に痛みを堪える。
骨が折れるのは何度か経験した事があるが、肩の関節が脱臼するのがこんなにも痛いものだったなんて初めて知った――ちっとも嬉しくない経験だけど。
ただでさえ痛いというのに、この誘拐犯の野郎、外れた肩に遠慮の欠片も無く力を込めやがった。悲鳴を上げる痛覚に触発され、抑え切れない涙がポロポロと零れ落ちては、その幾つかが頬を濡らした。
「安心しろ、直ぐに元の世界とやらに還してやるとも。――……オレの手伝いをしてもらってから、だがな」
逸らしていた視線がそれはもうがっちりと合わさり、真正面からあの少し変わった写輪眼を眺めさせられる。
揺らめく炎を映し込んだような赤い瞳が奇妙に明滅し、私の視界を真っ赤に染め、警鐘が脳裏で鳴り響くも抵抗できない。
まっず、これって初めて会った時に喰らった、幻覚、攻撃……。
失態に臍を噛みながらも、襲い来る目眩にも似た感覚に私は意識を手放す他無かった。
後書き
次話、なかなかの残酷表現が含まれると思います。
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