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蕎麦は足も

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第一章

                蕎麦は足も
 車田音也は兄の義也に強い劣等感を抱いていた、彼は家業の蕎麦屋でいつも父の勝也白髪頭で長方形の顔の彼に言われていた。
「お前の蕎麦も充分過ぎる程美味いんだ」
「それでもだよな」
「ああ、義也の蕎麦は別格だ」
 詩文と同じ長方形の顔で大人しそうな目で黒髪を真ん中で分けた一七五程の背の彼に対して言うのだった。
「俺よりもいいからな」
「親父よりもだよな」
「ああ、風味も切り方もつゆもいいがな」
「コシだよな」
「あいつの蕎麦のコシは違う」
 全くというのだ。
「それでだ」
「俺の蕎麦は兄貴には及ばないんだな」
「そうだ、あいつの蕎麦は別格だ」
 店で黙々と客に出す蕎麦の用意をしている義也長方形の顔で眠そうな顔で茶色の髪の毛が店の帽子から見える彼を観つつ話した。
「だからな」
「俺の蕎麦はか」
「遥かに及ばないがな」
「美味いんだな」
「そうだ、自信を持っていいぞ」
「そう言うけれどな」
 自分でも兄の蕎麦には及ばないことを自覚していてだ。
 彼は兄に強い劣等感を抱いていた、二人共高校を卒業してから本格的に修行をはじめて数年経つが。
 兄の蕎麦はどんどん上達し県内でも有名な蕎麦職人になっていた、だが兄はそれに奢らず淡々として蕎麦を打ち続けていた。
 音也に何も言わず馬鹿にする訳でもなく褒める訳でもなかった、接客は普通にこなしているが普段は無表情で感情を見せなかった。
 ただ蕎麦を打って切ってつゆを作る、そしてそのコシがだった。
 桁外れで音也はこのコシをどうして出せるのか本気で考えた、それで色々打ち方を工夫してきたがだった。
「まだか」
「ああ、全くだ」
 父は彼の蕎麦を食べて答えた。
「あいつの蕎麦にはな」
「コシが及んでないか」
「遥かにな」
「今回もかなり考えて打ったけれどな」
「あいつの打ち方は何か違うんだろうな」
 父は難しい顔で述べた。
「風味もいいがな」
「兎に角あのコシだよな」
「ああ、あのコシはな」
 兎角と言うのだった、父も。
「俺もどうして出せるかな」
「わからないんだな」
「そうだ、しかしあいつは別に秘密にしてないな」
「兄貴淡々としていてな」
 音也は父に答えた。
「昔からな」
「ぼうっとして何考えてるかわからないがな」
「悪人じゃないしな」
「ああ、お前が教えてくれとか言ったら教えてくれるな」
「知ってることならな」
「じゃあ教えてもらえばどうだ、俺もだ」
 父もと言うのだ。
「俺よりずっとコシのある蕎麦打つからな」
「聞きたいんだな」
「そう思っている、だから今度な」
「ああ、聞いてみるか」
「飯食う時にでもな」
 閉店した店の中で店の席に座って音也の打った蕎麦、ざるそばのそれを食べながら言った。音也はその彼の横に立って話をしていた。
 そしてだ、二人は実際にある日食事の時に義也自身にどうしてあのコシが出せるか聞いた。
「どうしたら兄貴の蕎麦みたいなコシが出るんだ?」
「それだ、あの凄いコシはどうしたら出るんだ」
 二人で黙々と食べている彼に尋ねた。母の朋美おっとりとした顔立ちで茶色の髪の毛を長くしているややふっくらとした彼女も一緒に食べている。 
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