DOREAM BASEBALL ~夢見る乙女の物語~
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ビッグイニングの法則
前書き
最近ダイヤのAにハマりました。
高々と打ち上げられた打球。空高く舞い上がったそれはフェンスに張り付いたレフトの頭の上を軽々と越えていきスタンドへと突き刺さった。
「入ったぁ!!」
「すげぇ!!」
「満塁ホームランかよ!?」
試合をひっくり返す満塁ホームランに沸き上がるスタンド。打った少女はダイヤモンドを一周しながらガッツポーズを掲げ、マウンドの少女は口を大きく開け、打球が落ちた方向を見つめていた。
「まさか本当に打つなんて……」
前の投球から考えれば決して簡単なボールではなかった。それなのに、彼女は相手のもっとも得意とするボールを完璧に捉えて見せたのである。
「これが《勝利の理論》、《ビッグイニングの法則》か」
「ビッグイニングの法則?」
またしても聞いたことのない単語にその言葉を発した青年の方を向く面々。それを受けて町田は語り始める。
「毎回安打、先発全員安打、この単語は聞こえはいいが決して得点には結び付かない。例えば毎イニング先頭打者がヒットで出塁したとしても、それがホームランでない限りその後の打者が打ち取られれば得点が入らない。例えそれが先発全員安打になったとしてもだ」
「言われてみれば確かに……」
先発全員安打と言われれば猛攻の末の大量得点をイメージしてしまうがそうとは限らない。しかしそれではまだ彼の言いたいことはわからないと続きを求める。
「じゃあ逆に一イニングだけにヒットが集中すればどうなるか」
「点が入りますよね?」
「そう。さっきの話の先発全員安打がどこかのイニングに集中すれば最低でも6点入ることになる。チーム成績は両チームとも同じであるにも関わらずだ」
「「「「「!!」」」」」
彼の説明で桜華学院の攻めの狙いに気付かされた彼女たちは思わずベンチを見た。そこにいる少女たちは沸いているが、次の打者であるリュシーにはカミューニが何らかの指示を出しているのが目に入る。
「桜華はこの回に持てる技を全て注ぎ込んで大量得点を奪うつもりってことですか?」
「いや、もしかしたら奴らはこの回で試合を終わらせるつもりかもな」
真田の見解に意味がわからず首をかしげる佐々木。そんな彼女に対し、この試合のスコアブックを見せながら解説する。
「今のホームランで6対3で桜華が逆転した。もしこの回あと4点とれば五回コールドが見えてくる」
「でも日帝大の打線を抑え切るなんて……」
そこまで言ってから気が付いた。言葉を失っている彼女を見て二人は頷く。
「もう三回の裏。次の日帝大の攻撃は四番からだが二回、三回と三人で抑えられていることを考えると悠長に考えてはいられない」
「下手したら桜井にもう打席が回ってこないかもしれないんだからな」
チーム一のスラッガーに回すことすらできずに破れてしまうかもしれない恐怖。グラウンドにいる少女たちがそれに気が付いているかは定かではないが、後々気付かされるのは間違いない。
「できるならここで切り替えてこれ以上の失点……」
逆転されたことを忘れてもらいたいと願っていたところでダイヤモンドを回ってきた少女が何やら動きを見せた。ホームベースを空けさせるとロンダートをした後ーーー
「とぅ!!」
着地した足で地面を蹴り上げ、バク宙をしてホームベースを踏んだのだ。これには本部席にいた全員が唖然として言葉が出ない。
「相手の気持ちを考えなさい」
「あいたっ」
どや顔の少女の頭にチョップをいれるリュシー。それに照れたようにベンチに向かったソフィアだが、観客席は彼女の高校生らしからぬパフォーマンスに沸きに沸いていた。
「あれじゃあピッチャーが可哀想ですよ」
「えぇ、惨めすぎます」
彼女の過剰なパフォーマンスに苛立ちを覚えている指導者たち。しかし、真田と町田はここでも冷静だ。
「よほどこの回で勝負を決めたいらしいな」
「こんなチャンスは何度も回ってこないですからね」
「どういうことですか?」
彼らが何に気が付いているのかわからない者は問いかけるしかない。その問いに町田は一塁ベンチを指さす。
「あの高校生らしからぬパフォーマンスで相手の冷静さを欠かせたいんだ。その証拠にカミューニがあの子を注意していない」
ベンチに帰ってきた彼女の肩をポンッと叩いただけで何事もなかったように試合に視線を向ける監督。その光景はまさしく監督の指示であることを物語っていた。
「こんなことされたらエースを代えるなんてできない。やられっぱなしじゃ今後にも影響が出るからな」
仮に勝ち上がったとしても吉永が調子を崩してしまえば勝ち上がるのは至難の技。それをわかっているからこそ指揮官はこの状況でも彼女にマウンドを任せる。
「本当は代えた方がいいと思うが……」
「また一発が出たら試合が決まりかねない」
打席にいる少女は前の打者よりもさらに能力がある。そんな彼女に冷静さを欠いたまま挑めば打たれかねない。
それを見越してかキャッチャーがなかなか座らない。本来なら行う必要もないシフトの指示を細かく出しており、間合いを取ろうとしているのが誰の目からもわかる。
「うまいな、あいつ」
「守備の要を任されるだけのことはある」
そのおかげかマウンドの吉永の顔付きが落ち着いたように感じた。頭が冷えたようで冷静さを取り戻した彼女を見てマスクを被りポジションに着く。
(初球は外れてもいいから厳しくいきたいはず。何から入る?)
このスラッガー相手にどのように攻めるのか注目する町田。すると、動きを見せたのは守備ではなくバッターだった。
コッ
「セーフティ!?」
「なんで!?」
三塁線に勢いが殺されたボールが転がる。セーフティバントを警戒していなかったサードはスタートが遅れ、一塁に送球することすらできなかった。
「まさか菜々を徹底的に潰すつもりか?」
「なるほど、ランナーがいれば揺さぶりもかけられるからか」
今の走塁を見た限りリュシーは足も速い。そんなランナーが塁上にいれば当然神経をすり減らされる。
「園部」
「すみません、タイムお願いします」
キャッチャーの園部がタイムをかける。ベンチから指揮官がブルペンを指さすと、右手にグローブをはめた背番号10がマウンドへとかけていく。
「ここで代えるか」
「これは仕方ないです。ただ、前山と梅野で凌ぎきれるのか……」
日帝大付属は指名打者を使う。吉永は打力もあるが他の二投手が打撃が不得意なため、誰が投げる時でも打力に差が生まれないように常に指名打者を採用しているのだ。そのため投手を代えるとなるとベンチに引っ込めることになる。
「あれ?でも吉永さんグラブもらってません?」
「レフトに着くのか?」
ベンチから外野用のグラブをもらいレフトへと走っていく背番号1。反対にレフトを守っていた少女はベンチへと戻ってきた。
「ピッチャーがレフト、レフトに代わってピッチャーに前山」
「了解です」
球審から指示を受けアナウンスとメンバー変更を行う。これにより日帝大付属のスタメンからDHの項目がなくなった。
莉愛side
「指名打者を失くしてきたね」
「場合によっては吉永さんをもう一度戻すんでしょうね」
レフトの守備に着いた吉永さんを見ながら伊織さんと明里さんがそんな話をしている。マウンドに立ったのは左のオーバーハンドの投手だけど、この人も十分にいい球を投げている。たぶん日帝大じゃなければエースになれる力はあるのだろう。
「ノーアウト一塁、ここでやるならなんだろう」
「またエンドランじゃないですか?」
ニヤニヤと笑いながら優愛ちゃん先輩が答える。でもここまでの攻め方を見ればそれもあながちありえない話ではないと思う。
「莉愛、桜華を相手にするならどうするか、考えておけよ」
「はい!!」
準決勝の相手は日帝大で間違いない、そう思っていたところでまさかの伏兵が現れた。それも今までの相手とは違う異質な戦い方をするチーム……キチンと対策しなければ間違いが起きかねない。
「走った!!」
投球練習も終わりプレー再開。一度牽制球を挟んだ直後、ランナーが盗塁を仕掛ける。
エンドランかと思われたところだったけど、バッターの蜂谷さんはこれを見送りストライク。園部さんが刺しに行くがリュシーさんの足が先にベースを捉えた。
「速っ!!」
「これじゃあ敬遠してもこっちのリズムが狂うだけだね」
勝負にいけば痛打され歩かせれば足で揺さぶられる。まさしく敵に回したくない選手の代表格だと思う。さらには盗塁した直後のリード……これが普通のランナーより遥かに大きい。
あまりにも大きいリードに牽制を入れるがショートがベースカバーに入るタイムも計算しているのか楽々戻っている。そしてピッチャーにボールを返すとすぐに同様に大きいリード。これじゃあバッターに集中なんてできるはずない。
キンッ
二球ボールが続いた後の4球目、真ん中に甘く入ったボールをセンター前に弾き返される。二塁ランナーのリュシーさんがホームまで快足を飛ばして生還。この回5点目を加えて7対3となる。
「ボール」
続く六番打者に対して2ボールとボールが先行。これを見かねてキャッチャーがタイムを取りマウンドへと走る。
「調子悪そうだな」
「コールドとはいえ昨日完封してるからね」
ボール自体は悪くなさそうだけど肩が重そうな彼女は制球が甘くなっている。しばらく何かを話した後、園部さんはポジションへと戻り試合が再開される。
(こんなに状態が悪い中でどうやって抑えるんだろう。ストライクが欲しいなら真っ直ぐが中心になるけど……)
同じキャッチャーとしてどんな配球を見せるのか気になるところ。その初球、やはりと言うべきか外角へとストレートを要求した園部さん。前山さんもこれをしっかり投げ切るが、読まれていたのか再びセンター前へと弾き返される。
バシッ
ピッチャーの脇を抜けセンター前へと抜けようとした打球。しかしそれを桜井さんが飛び込んで抑える。そのままセカンドの宮川さんへグラブトス。宮川さんもそれを受け取ると素早い動きで一塁へと送りダブルプレーを完成させた。
「ナイスプレー!!」
「まだまだこれからだよ!!」
主力選手のファインプレーで盛り下がっていた選手たちが一気に沸き上がった。それはこの回一方的に押し込まれているチームを勇気づけるには十分なものだった。
「バックを信じてストライクを取れるボールを選んだんだ」
ただ抑える配球をするのではなく調子が悪いならそれに合わせた攻め方と守り方を思考するその姿は参考になる。劣勢になりつつもまだまだ試合は終わらない。その想いはスタンドから見ている私たちも見て取れるものだった。
後書き
いかがだったでしょうか。
桜華の一方的な展開と思いきや日帝大も何とか食い下がる展開です。
たぶんあと二話くらいで片がつくと思います。
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