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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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五十八 断たれる命脈

「───よろしかったのですか?」

死者だと思われていた男に肩を貸し、木ノ葉隠れの里へ足を向ける桃色の髪。
かつては波風ナル・うちはサスケの同班、今や志村ダンゾウ率いる【根】の忍びである春野サクラは、発見した猿飛アスマを怪訝に思いつつも連れ帰ろうとする。

その行動を、二対の瞳が覗き見ていることに気づかずに。

猿飛アスマを連れて彼女が立ち去ってゆくその場で、やがてどこからともなく声が生まれた。
風景に溶け込んだ、否、鏡で辺りの光景を映すことにより、見事に自然の一部と化していた彼らは、あえて見逃したサクラとアスマの背を見送る。
鏡から外を覗いていた二対の瞳の内、一対が傍らに佇む蒼の双眸の主へ伺いを立てた。

「ああ」

白の問いかけにあっさり返したナルトは、春野サクラが立ち去った方角を一瞥する。
木ノ葉隠れの里を透かし見るようにしたかと思うと、ふいっと視線を逸らした。ぽつ、と呟く。

「これで僅かにでも針の筵から抜け出せればいいがな…」


ナルトの独り言に、白はお面の下で眼を見張る。

木ノ葉の里では死んだと思われている猿飛アスマを鏡の中に匿い、尋問や拷問などすることもなく、ただ鏡内での記憶のみを消し。
そうして五体満足でアスマを里へ返したナルトの真意が、そこで窺えた。


「まさか、彼女の失われた信頼を取り戻す為に…?」

春野サクラはサスケを想うあまり抜け忍となり、波風ナルや山中いのによって連れ戻された為に、現在、周囲の批判に晒されて居た堪れない状況だ。
【根】の忍びになったのはある意味、怪我の功名だったかもしれない、と思われるほどの。

だからこそ、死んだはずのアスマを無事に里へ生還させたとなれば、彼女の失われた信頼は僅かとは言え回復するだろう。

アスマをわざとサクラに発見させたのだという彼の意図を把握して、白はお面を外す。
術である鏡から抜けだし、周囲に人の気配が無いことを確認したかと思うと、白はナルトへ恭しく頭を垂れた。
いつも以上に敬服の眼差しを注いでくる白に、ナルトは「ただの副産物だよ」と苦笑を零した。


そもそも猿飛アスマは生かして里へ返す手筈だった。
白の鏡で回収し、彼と交わした会話の記憶はもちろん、全て抹消している。

だからアスマからしてみれば、飛段との戦闘中に濃霧の中、突如割り込んできた第三者…ナルトに腹部を蹴られて以降の記憶は無い。
白の鏡に引きずり込まれ、囚われの身となっていた間の記憶は消されているのである。
次に目覚めた時に混乱するのは間違いないだろう。

なんせ『暁』との交戦中に気を失ったかと思えば、木ノ葉の里で五体満足のまま目を覚ますのだ。
もっとも死者の生還に木ノ葉の連中はアスマ以上に困惑するだろうな、とシカマル達の驚愕する様がありありと目に浮かんで、影分身ではない本物のナルトはくつり、と笑みを零す。


波風ナルを気絶させ、角都の心臓を抉り、カカシやヤマトと対峙したのも。
生き埋めとなった飛段を掘り返し、シカマルを始めとした十班と対面したのも。

どちらも影分身であり、白と共に鏡の中で双方の戦況を俯瞰していた本物のナルトは「それより、」と白を促した。


「再不斬達のほうも上手くやったようだし、合流しようか」

各々の戦況の引き際を見極め、影分身に退かせた張本人に、白は「…意外でした」と聊か怪訝な表情を浮かべる。


「貴方なら、彼女のほうへ向かうと思っていたので」

白の言葉に、一瞬キョトンとしたナルトは、ややあって軽く顔を伏せる。
角都側である波風ナルのほうへナルトならば行きたかっただろうに、何故あえて影分身に行かせたのか。

白の疑問に俯き加減に苦笑するナルトの頭上に、聞き慣れた声が降ってきた。

「そりゃ、手心を加えてしまうからだろーが」


いつの間に来たのか。
鏡の術を解除し、鏡から抜け出したのを見計らったかのように掛けられた声に、白の肩がビクっと跳ねる。一方、とっくに相手の気配を感じ取っていたナルトは、何の前触れもなく声を掛けてきた相手へ平然と労いの言葉を返した。


「ご苦労様。水月のほうも上手くやってくれたのかな?」
「おう。俺の水分身がいるんだぜ?当然だろ」

角都との戦闘を経て、カカシを始めとした木ノ葉の忍びから見事逃げ切り、更に【根】に潜入した水月を逃がした水分身の本体──再不斬が、ナルトの影分身と共に降りてくる。

頭上の大木の枝から降ってきた二人の姿を認めて、一瞬身構えた白が警戒態勢を解いた。

「驚かさないでくださいよ、再不斬さん」
「そいつは驚いていないがな」


己の接近に逸早く気づいていただろうナルトを顎で指し示しながら、再不斬は確信めいた言葉を投げる。
「そんなことないさ」と笑って返したナルトは、音もなく近づいてきた再不斬ではなく、彼の的を射た発言に驚いていた。



再不斬の見解通り、角都側にも飛段側のほうにも、己自身ではなく影分身を行かせたのは手心を加えてしまう自身を自重する為。
ナルのところへ行ったら彼女に肩入れしかねないから、あえて影分身に行かせたのだ。

ナルに対してもシカマルに対しても手心を加えてしまうのを防ぐ為、あえて自分本人は行かなかったナルトは、気を取り直して影分身から目的のモノを受け取る。
忽ち掻き消えた影分身の名残である白煙を眼で追いながら、ナルトは白と再不斬に向き合った。


「それじゃ、もうひとりの影分身の指示に従って行動してくれ。俺はまだ野暮用がある」


今回の件の片割れ。飛段側のほうにいる影分身もまた、まもなく此方で合流する。
今頃、飛段を引き連れているだろう影分身に任せたナルトは了承を返した再不斬と白を認めると、手元へ視線を落とす。
今し方消えた影分身から受け取った面…角都の【地怨虞】の分裂体の能面を確認すると、ナルトは冗談にも取れる言葉を口にした。


「早くしないと心臓が腐ってしまうんでな」



角都の胸を穿ち、抉り取った心臓を平然と手にしながら、ナルトは微笑む。
穏やかな笑顔の反面、血の滴る心臓を握りしめているその光景は、さながら地獄の天使のようだった。

















「サソリ。お前は俺に借りがあるだろう」
「藪から棒になんだ。ご挨拶だな」


突然、背後から掛けられた言葉に一瞬息を呑む。
音も気配もなく後ろを取られたことに恐怖を抱くも、ナルトならさもありなん、と己を納得させてサソリは平然とした態度を装った。
第一、今はデイダラに絡まれてうんざりしていたところだ。ナルトの登場は逆に救いと言える。

傀儡作りの邪魔をしていたデイダラがナルトの姿を認めて、顔を輝かせた。
すぐにナルトのもとへ向かおうとするデイダラを押しのけたサソリは、ナルトの手元にある心臓を見遣って眼を瞬かせる。


「そいつは…」
「角都だ」


間髪を容れずに返ってきた答えに、サソリとデイダラが目を点にする。
やがて「こ、コレが角都ぅ!?」と爆笑するデイダラの隣で、サソリは煩そうに耳を押さえた。


「あ、あの図体ばかりデカかった角都がこんなコンパクトになっちまって…ッ、うんっ」
「お前、角都に聞かれたら殺されるぞ」
「そうだな、殺されるな」


膝を叩いて笑い転げるデイダラを呆れ顔で見ていたサソリは、ナルトの発言に反応すると、軽く片眉を上げる。


「今は体躯が無いからな」
「…なるほど。そういうことか」


確かにナルトには何度も世話になっている。
特に最近では木ノ葉の忍び及び、チヨ婆と対峙した際に死ぬはずだった自分の命を救われている。

どんな無理難題を押し付けられるのか、と身構えていたサソリは角都の心臓と、【地怨虞】の分裂体の能面を交互に見遣ると、愉快げに口角を吊り上げた。

「面白ぇじゃねぇか」

ナルトの望みを察したサソリは「待っていろ」と、ナルトと角都の心臓に背を向ける。
芸術家として、そしてなにより傀儡師としての血が騒いだ赤砂のサソリは、肩越しに振り返ると唇に弧を描いてみせた。


「上等な人形をくれてやる」















「流石、その手腕は衰えていないな」

赤砂のサソリ。
砂隠れの天才造形師の見事な仕事ぶりに、ナルトは惜しみない称賛を送った。

珍しいナルトの誉め言葉に、虚を突かれたような顔を浮かべたサソリは、照れ臭さを誤魔化すように、ふん、と鼻を鳴らす。

「お前に褒められても嬉しくもなんともねぇよ、坊」
「ナル坊!オイラは嬉しいぜ、うん!だから旦那なんかじゃなくてオイラを褒め…いてっ」
「調子に乗るな、デイダラ」


何もしてないのに割り込んできたデイダラをサソリは蹴り飛ばす。それを横目に、ナルトはサソリの仕事ぶりの成果であるソレを見上げた。

命を持たぬ傀儡。
十年以上も前、消息不明となっていた三代目風影。
八方手を尽くしたが見つからなかった、かつて歴代最強と謳われた砂隠れの里長。

以前、チヨ婆と山中いのとの戦闘にて使用し、破壊されずに無事巻物に収容したサソリのコレクションのひとつである。

サソリに殺害され人傀儡となった命を持たぬソレの双眸が、勝手に開く。
サソリがチャクラ糸で操ったわけでもなく、自然と開眼した三代目風影の人形は、ナルトの顔を見るなり、溜息をついた。


「手荒な真似をしてくれたな、ナルト…死ぬかと思ったぞ」
「いや、フツー死ぬだろ。心臓抜かれちゃ、うん」
「坊だから出来た芸当だ。核である心臓と精神が無けりゃ、いくら俺でもてめぇを『人傀儡』に出来なかったぜ」

物言わぬ人形が急に喋っても物怖じせず、むしろうんうん、と頷くデイダラの隣で、サソリは今し方手掛けた己の作品を見上げる。



【心転傀儡呪印の術(しんてんくぐつじゅいんのじゅつ)】

『呪』と書かれた札を貼ったトラップ人形に攻撃した者を人形に強制的に心転身させ、術者が相手の身体を乗っ取ることができる呪印型の心転身の術。

それの応用として、角都の心臓を抜き取る直前に、【地怨虞】の分裂体である能面に角都の精神を、ナルトが強制的に心転身させたのだ。

傀儡人形を器とすることで復活を果たした角都の今の姿を、サソリは不備がないか、念入りに点検する。

己の芸術として、心血を注いだのが『人傀儡』。
傀儡にした人をコレクションし、芸術作品の一つとする事が、サソリにとっての『永久の美』である。
だからこそ、ナルトが持ってきた角都の心臓と、精神が宿った能面を『人傀儡』にするという無理難題に、サソリの傀儡師としての血が騒いだのだ。


芸術家としても傀儡師としても造形師としても食いつくだろうというナルトの意図がそれとなくあったし、自身も利用されたとは察していたが、それ以上に造ってみたいという興味から、三代目風影の傀儡を活用したサソリは、新たな『人傀儡』…否、角都に釘を刺した。



「俺のとっておきをくれてやったんだ。無碍に扱うんじゃねぇぞ、角都」
「…ああ」


サソリに借りを作ったことは癪だが、身体が無ければ何もできないことも事実。
謝礼の意を込めた返答を返した角都は、胸部に刻まれたお面を見下ろす。

生身の心臓がある胸部に刻まれた能面。
その面は【火遁・頭刻苦】の術を用いていた【地怨虞】の分裂体である面であり、ナルトによって角都の精神が心転身させられていた代物だ。


角都としても、一応予防線は張っておいたのだ。
カカシと再不斬の【水遁・水龍弾の術】によって倒された分裂体。

火遁を使うその能面はしかしながら砕けず、まだ死んでいなかった。
その面をナルトが用いたことで生き永らえた角都は、サソリの真に迫った忠告に了承を返した。

「坊と俺に感謝するんだな」
「わかっている」


歴代最強の風影と謳われ、今やサソリの傀儡と化した三代目風影─────否、角都は変わり果てた己の体躯を改めて見下ろす。
練り込んだチャクラを磁力に変える血継限界・磁遁もどうやら扱えるようで、その使い手になれたのならば、此度の木ノ葉の忍びとの戦闘も無駄に終わらなかったと言える。

まぁ、それはそれとして雪辱は果たす、と無表情だった人形の顔に微かに芽生える角都の感情を見て取って、デイダラがひゅうっと口笛を吹いた。



「前よりずっと男前になったじゃねぇか!よかったな、うん」
「殺す」


デイダラの歯に衣着せぬ発言に、ピキリと三代目風影の顔に青筋が立てられる。
しかしながら「…まぁ、確かに端正な顔立ちになったな」とサソリまで言い出す始末で、そんなにも己の素顔は酷いものだったか、と若干傷つく角都だった。















以前よりずっと表情豊かになったのは間違いない傀儡と、それを造った傀儡師。

創造主と人形である、サソリと角都、そしてデイダラをそれぞれ見渡し、ナルトは「さて、」と口火を切った。



「サソリ・デイダラ・角都……お前たちは今から俺に、」



ナルトの何の前触れもない発言に、三人はギクリ、と身を強張らせた。
それは『暁』で頻繁に交わされる言葉だったが、先ほどデイダラに角都が告げたものよりずっと重みがあり、冗談にも取れない。



純粋で何の気もなく、軽く告げられた。
何の前兆もない宣告だった。








「殺されろ」

 
 

 
後書き

アスマ生還に関する木ノ葉の面々の反応は暫しお待ちください。

サソリの三代目風影の傀儡を、いの&チヨ婆に破壊させずに置いておいた甲斐がありました…憶えていらっしゃるでしょうか?
角都&飛段の不死コンビ編が終わって一段落ついたかと思いきや…そんなことはありませんでした
(汗)

ナルトの本意がどこにあるのか不明な点が多いですが、どうかこれからもよろしくお願い致します! 
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