DOREAM BASEBALL ~夢見る乙女の物語~
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緊急登板
前書き
家の屋根少しずつ直ってきました。
二人の肩を借りてベンチへと向かう背番号1。その左足は地面に着くことができないほどの痛みに襲われているようだった。
「釣った感じ?」
「いや、なら水を飲ませてストレッチじゃないのか?」
「さっきのホーム突入の時かな?」
「そういえば変なタッチされてたな」
エースの離脱に動揺が走っている明宝ベンチ。それは彼女たちと何度も対戦してきた東英も同じだった。中でも黒髪の少女は立ち上がったまま微動だにできない。
「ケガの度合いにもよるけど、この試合は無理かな」
「あとピッチャーは誰がいるんだっけ?」
「三回戦で一年生が投げてたはず」
ブルペンで投球練習をしている背番号10。その姿にスタンドから少女たちは視線を送っていた。
「さっきのクロスプレーか?」
「そうみたいです」
澪と莉子に連れられて戻ってきた陽香。その汗は明らかに身体に異常をきたしているのが見て取れるものだった。
「アイシング用意してくれ」
「はい!!」
そう指示をして彼女の靴下を脱がせる。足首ひどく腫れているのが確認できる。
「今の段階で痛いか?」
「はい……」
「捻挫か。とりあえずアイシングして……」
炎症を引かせようと用意してもらったアイシングを手に取ったところでベンチ裏から足音が近付いてきたことに気がつく。そちらに目をやると、出入口から東英の監督である町田が顔を覗かせた。
「大丈夫ですか?陽香は」
「捻挫だと思う。ここで引っ込めるよ」
「俺、車出しますよ」
「マジか?助かるわ」
試合中のため監督である真田はベンチから離れるわけにはいかない。それを見越して本部席にいた町田がそう提案してくれたのだ。
「陽香、行ってこい」
「……」
真田からそう言われたにも関わらず立ち上がろうとしない陽香。これ以上の試合続行はできないことはわかっているが、それでも悔しさから動くことができない。
「ケガの具合によっては準決勝でも決勝でも出れる可能性はある。今は早くケガを治すことを考えてほしい」
「……すみません」
そう一言だけを残し町田に連れていかれる少女。帽子を目深く被っている彼女は俯きながらその場を後にする。
「莉愛!!ピッチャー交代!!瑞姫!!」
真田に呼ばれてブルペンでの最後の一球を投げた少女がマウンドへと駆けてくる。颯爽とマウンドへとやってきた少女は相棒となる少女からボールを受け取った。
「この場面で継投に出なきゃいけなくなるなんて……運がないね、明宝は」
スタンドから見ていた大山がそう言葉を漏らす。2アウトながら塁は埋まっている。おまけにマウンドにいるのは経験の浅い一年生。不安がないなんてことはまずあり得ない。
「そう言っても前の試合は完封してるよ?コールドだけど」
「でも次のバッター鈴木だよ?しかも1点差だしさ」
黙々と投球練習を行う少女の後ろでは本来ボール回しをしているはずの内野陣も心配そうにその姿を見ている。
「ボールは来てるけどな」
「意外と速いよね」
調子良さそうに見える瑞姫。ただ試合が始まってみなければそれが真の力か紛い物かは見えてこない。
(このピンチをどうやって切り抜けるか……それがこの試合のターニングポイントになるな)
最後の一球を受けた莉愛。彼女はそれをそのまま返すのではなくマウンドへと持っていく。
「今日調子いいね!!」
「昨日球数少なかったからな。そこまで疲れてる感じはないよ」
ニコッと笑ってみせる莉愛と無表情のまま答える瑞姫。莉愛は緊張しているようにも見える彼女の肩へと手を回す。
「こんなに球走ってるならストレートで押し切っちゃおっか?」
「それで打たれたら陽香さんに怒られるぞ?」
「大丈夫大丈夫!!今日の瑞姫ならいけるよ!!たぶん……」
「最後の一言は余計だ!!」
一瞬の沈黙の後大笑いになる二人。その様子を伺っていた面々は首をかしげていた。
「じゃあ気張っていこう、瑞姫」
「あぁ。頼むぞ、莉愛」
拳を合わせて頷く二人。莉愛はポジションへと戻るとすぐさま座って相手ベンチを確認する。
(この場面で鈴木さんじゃサインなんか出すわけないよね。なら……)
サインを出し相手へと寄るように構える。その強気な要求に陽香は笑みを浮かべた。
(本当に調子がいいって判断してくれたんだ。なら応えないとね)
一つのミスで同点になりかねない状況。それでも気負いなど微塵もなかった。
(私にできるのは最高のボールを莉愛のミットに届けること!!)
強い踏み込みから放たれたストレート。そのボールに鈴木は思わず身体を仰け反らせる。
「ストライク!!」
「!?」
身体に近いと思ったボールがストライク判定。これに不満げな表情を浮かべたが、すぐに切り替える。
(入ってたのか?ぶつかるかと思ったのに……)
(鈴木さん踏み込んでたもんね。それに瑞姫のボールが最高だった)
緊急登板……プレッシャーのかかる場面で要求以上のボールを投げてきた相棒に笑みを見せる。ボールを受け取った彼女もそれに応えるように笑ってみせた。
(次はこれ。外れていいよ)
真ん中から外へと逃げていくスライダー。内角から一転しての外角のボール……さらに外れているとなればそう打てるものではない。
(愛里、この場面で私は何も指示しないわ。自分の好きなように打ちなさい)
(大丈夫です。任せてください)
最初のボールを見ても佐々木は指示を出すことはない。それだけ彼女に対して信頼を寄せていることが伝わってくる。そしてそのことは鈴木自身もよくわかっている。
(初球があまりにも良すぎた。でもこんなボールが何度も続くわけない。次は甘いボールが来るはず……)
そう読んでいると図ったかのように投じられる真ん中へとボール。当然これを見逃す手はない。
(やっぱり一年生。これはホームランーーー)
スイングを始めたところで気が付いた。ボールが逃げるように変化していることに。
(スライダー!!でも届く!!)
空振りを誘うためのスライダー。しかし鈴木はバットを押し出すとボールゾーンへと逃げていくそれを見事に捉える。
キンッ
快音とまでは言えないほどの芯で捉えた音が響き渡る。ファーストを守る葉月が横っ飛びするが届かない。しかし打球はラインを大きく割っておりファールとなった。
(いいボール。でも坂本に比べたらやっぱり落ちる)
陽香のスライダーを見ていたこともあり瑞姫のそれには対応することができた。カウントこそ追い込まれているものの、彼女の目に不安は微塵も感じられない。
(偵察の時に投げていたのはこの二つ!!確かに中学で勝ち抜くには十分なボールだよ。でも私相手には通じない)
前の打席とは異なり余裕が感じられる鈴木を見て莉愛は唇を尖らせた。
(スライダーには付いてこれるか。なら……)
今度は中腰に構えて速い球を入れる。振っても外れているため凡フライが関の山だが、鈴木はこれもきっちりと見送った。
(釣り球か。でも坂本よりもスピードは遅い。やっぱりエースが抜けた穴はそう簡単に塞ぐことなんてできないだろう)
1ボール2ストライク。先ほどのボールの見送り方、さらにはそれを見てもこれまでと様子が変わらないことから莉愛はある答えにたどり着いた。
(もしかして翼星は瑞姫にフォークがあることを知らない?)
高めに見せ球を投げさせた後は決め球であるフォークが来ることは容易に想像できるはず。それなのに打者にはそれを警戒している素振りが見えない。
(てっにり昨日の試合を偵察してると思ってたけどそうじゃない?もしくはフォークを捨ててるってこと?)
ランナーが三塁にいる状況でパスボールの危険の高い落ちる球は要求しづらい。それがわかっているから無警戒でいられるのかはわからない。しかし、頭にないなら好都合。
(高めでエサは蒔いた。このボールで決める!!)
迷いなく出されるサイン。そして瑞姫も間を置くことなく頷く。
(決め球はスライダーかな?でもこれならよっぽど外に来ない限り届かないことはない)
セカンドの頭上に狙いを定める。二球目と同じ軌道のボールが来れば打てることは感覚的にわかっていた。そしてそのイメージ通りのボールが放たれる。
(甘い!!逆転いただき!!)
踏み込みバットを振り出す。外に逃げると思われたボール。しかしそれはそのイメージとは全く違う変化を見せた。
(ヤバい!!落ちる!!)
鋭く落ちる白球。懸命にバットをコントロールし合わせに行く鈴木。しかし瑞姫の投じたそれは彼女の技量を上回り地面に突き刺さった。
「莉愛!!ホーム!!」
「オッケー!!」
2アウトであるため投球がワンバウンドしたことで振り逃げが成立する。しかし塁が埋まっているためボールを抑えていた莉愛はホームベースを振り三振を成立させた。
「フォーク……」
頭になかった変化球。その落差に全く付いていけなかったスラッガーは走り出すことすらできずに奥歯を噛み締めていた。
後書き
いかがだったでしょうか。
エースが離脱からの瑞姫の完璧な継投です。
ここからこの試合は一気に加速していきます。何なら次の話で終わるかもしれない……かな?
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