SHUFFLE! ~The bonds of eternity~
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第三章 ~心の在処~
その二
「人工生命体、その第三号……ですか」
「そう、“ある魔法”を研究するためのね」
ユグドラシル計画。魔王の言う“ある魔法”の研究と、そのために必要な強大な魔力の持ち主を生み出す計画。その“ある魔法”は、実用化されれば三世界の有りようを根底から変える程の力を持つという。そしてプリムラはそのために生み出された人工生命体、その三号体だという。
(生命の蘇生か不老不死のどちらか、あるいはその両方ってところか。いつの時代であっても権力者の考える事は大差無い)
「三号体、ということですが一号体と二号体は既に?」
「……よく分かるね」
顔を顰めながら聞く柳哉に魔王は再度舌を巻く。
「柳ちゃんの言う通りだよ。人工生命体は全部で三体作られた。皆違った方法によるものではあったんだけど、過去の二体はその強大な魔力を制御しきれずに終わってしまった」
つまりは死んでしまった、ということなのだろう。魔王だけでなく他の五人、特にネリネが沈痛な表情を浮かべている。
「まあ、当然の結果でしょうけど」
「おい柳……」
稟が非難するように声を上げるが、無視する。これはあくまでも予想ですが、と前置きして続ける。
「一号体はある程度高い魔力を持つ、おそらく魔族を選抜し、その魔力を何らかの方法で引き上げる」
神族と魔族では魔族の方が魔力は高めだということを考えればほぼ間違い無いだろう。
「そして二号体は元々高い魔力を持つ、こちらもおそらく魔族を複製、いわゆるクローンとして生み出す」
魔王の目が驚愕に見開かれる。魔王だけではなく、稟達も驚いている。
「……柳ちゃん……君は、知っているのかい?」
「あくまでも予想ですが、と言ったはずですが……どうやら当たりのようですね」
ふう、とため息をつく柳哉。ある程度勘が良く、さらにその方面の知識があればこの結論に辿り着くのは決して難しい事ではない。柳哉の場合はそれだけでは無く、身近な所によく似た境遇の人達が居たことも関係しているだろうが。
「そして三号体は、おそらくは奇跡の具現なのでは?」
「……ああ、その通りだよ。神族と魔族を越える魔力を持ち、それを扱いきれる器を持った新しい生命体をゼロから作り上げた。いくつもの失敗・偶然・奇跡がたまたま綺麗に混ざり合い、天文学的に低い確率を拾い上げた結果、生まれた」
「つまり、前の二体とは違って無理をしなければ問題は無い、と判断していいですか?」
「そうだね。まあ、それでも下手に暴走でもしようものなら都道府県の一つくらいは軽く吹き飛んでしまうけど」
「起こさせませんよ。そんなことはね」
ごく普通の口調で言う柳哉だが、魔王はその言葉に、不思議とどこか頼もしさのようなものを感じた。で、プリムラ本人のことなんですけど、と続ける。
「一号体は強化された魔力を扱い切れず、二号体はクローンであるが故の細胞の劣化によって、残念な結果になった。プリムラの感情表現が希薄なのもその辺りに理由があるのでは?」
「……!」
ネリネの表情が強ばる。同時に少し顔色が悪いことにも気づくが、あえて気づかない振りをしておく。今自分がネリネに言えることなど無いだろうから。
(恐ろしい子だね……少し、警戒する必要があるかもしれない)
僅かな情報からここまでの推測を立てる。少なくとも十六歳の少年にしては規格外と言っていい。
『別にプリムラやあなた方に危害を与えるつもりはありませんよ』
「!」
まるで心を読んだかのような柳哉からの念話に思わず息を飲む。
「魔王様? あの、どうかされました?」
「いや、何でもないよ」
笑って楓に答える魔王。柳哉は素知らぬ顔をしている。
(神ちゃんにも協力してもらって、本格的に調べた方がいいかもしれないね)
魔王としてだけでは無く、個人としても興味の湧いてきた、水守柳哉という少年のことを。
* * * * * *
家路に着きながら、柳哉は考えていた。
(あの様子だと、かなり警戒されてるだろうな)
試しに念話で話しかけた時の反応はそう考えるに足るだけの説得力があった。
(少し、やりすぎたかな……)
ユグドラシル計画、そして人工生命体。否応無しに柳哉の知る“彼女達”の過去を思い出す。“彼女達”がこの事を知ったらどう思うだろうか? そのせいか、少し頭に血が上っていたようだ。無理も無い。柳哉の知る“彼女達”の過去はまさに“凄惨”と表現するに値するものだからだ。
(ユグドラシル計画、か。だがあのお二方が果たしてそんな計画を承認するだろうか?)
確かに一理ある。あんな人体実験まがいの計画を考え、立案するような両王ではないだろう。ただでさえ、非常に家族想いな王様達だ。しかし、それだけで務まる程、王という立場は甘くない。それが国民(この場合は世界民か?)からの要望、しかも多数などであれば無視など出来ない。民あってこそ国は成り立つ。王もまた同じ。
(始めた理由はどうあれ、犠牲者が出ている以上、やめるわけにはいかなくなっている、とか)
魔王は詳しく説明しなかったし、柳哉も詳しく聞こうとはしなかったが、一号体はおそらく魔力の暴走で死んだのだろう。その際、周囲へも甚大な被害が出たのではないか? 制御しきれない巨大な力は恐るべき凶器となる可能性を常に内包する。柳哉や菫も玲亜から受け継いだ高い魔力を上手く制御できず、微々たるものではあるが周囲に被害をもたらしてしまった事がある。ましてや引き上げられ、強化された魔力を所持していたと思われる一号体なら、周囲への被害は柳哉達のそれとは比較にならないだろう。
そして二号体。クローン技術は人界にも存在するが、まだ多くの問題を抱えている。その一つが複製された遺伝子情報の劣化が速いこと、すなわち寿命が短い、ということだ。おそらく二号体は実験に協力することでその命をすり減らし、結果として予想より早く死に至ってしまったのではないだろうか。
そこまで考えたところで顔を上げる。
「お帰り、菫」
「ただいま帰りました、兄さん」
ストレリチア女学院中等部の制服に身を包んだ妹の姿を確認し、声をかける。
「確か、今日は母さんは遅くなるんだったな」
「はい、新作のお披露目が近いそうですよ」
そうか、と言って黙り込む柳哉。
「何か、ありましたか?」
疑問系ではあるものの、何かあったと既に確信した口調の菫。
「ああ。夕食後、話したい事がある」
「分かりました」
どうやら、とても重要な話のようだ。
「それで、夕飯は何にしますか?」
「ああ、そうだな……」
重い雰囲気を吹き飛ばすかのように軽く質問してきた妹に内心で感謝しながら柳哉は答えた。
* * * * * *
「そう、ですか……」
夕食後、兄からを話を聴いた菫が口にする。
「あまり、驚いてないな」
「ええ。何となく、そうじゃないかな、と思っていましたから」
お母さんは隠し事があまり上手ではありませんから、と笑う菫。しかしすぐに真顔に戻る。
「今このタイミングでそれを私に話すのは何故ですか?」
「ああ、むしろこっちの方が本題だ」
そうして兄の口から語られた内容は一種信じ難いものだった。しかし、兄の表情は真剣そのものだ。
「間違っている可能性はある。というか間違いであってほしい。下手を打てば……分かるだろう?」
「確かに、向こうの出方次第では……」
色々と不味い事になる。何より……。
「認める訳には、いきませんよね」
頷く事で同意する柳哉。これは慎重に事を運ばなければならない。
「それで、具体的には……接触は、避けた方がいいですね」
「いや、むしろ接触してしまった方がいいだろう」
何故ですか? と問う妹に言う。
「別に会うだけが“接触”じゃないだろう?」
「……成程、それならば早いほうがいいですね」
「まあ、そんなに急がなくてもいいが、早いほうがいいだろうな」
「丁度いいものがありますよ。少し待っていてください」
そう言って部屋に向かう菫。戻って来た時には一枚の紙を手にしている。
「これです。丁度いいでしょう?」
「まるで図ったかのようなタイミングだな」
その紙に書かれている日時は再来週の水曜日。時間的にも問題は無い。
「よし、これでいこう」
頷く菫。しばらく打ち合わせた後、二人は日課に精を出した。
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