無住寺
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第三章
「それで」
「そう言われると」
「摂津の訛りじゃないですね」
「全く違う、これは」
全済は肥前も旅したことがある、九州の他の国にもだ。それで言われてみれば確かにと頷くことが出来た。
「肥前の訛りだ」
「そうですよね」
「では拙僧達は確かに」
「肥前におられます」
「そうなのだな」
全済も頷くしかなかった、それでだった。
男が去ってから安世に言った。
「どうやら拙僧達はな」
「鬼達に縁の下に置かれたと思えば」
安世も応えた。
「それがですね」
「肥前まで飛ばされたらしい」
「鬼の妖力で」
「そうだ、鬼が邪魔だと思ってな」
それでというのだ。
「摂津からな」
「肥前まで飛ばされましたね」
「そうなった、全く鬼というものは恐ろしいな」
「はい、まことに」
「鬼も一匹や二匹ではなかった」
このこともだ、全済は言った。
「だからな」
「それで、ですか」
「尚更だ、あれは百鬼夜行であったな」
「多くの鬼達が集うですか」
「それだったのだ、それで余計にだ」
「多くの鬼達の力があって」
「拙僧達はここまで飛ばされたのだ」
摂津から肥前までというのだ。
「そうなったのだ」
「そういうことですか」
「これはな」
「全く以て恐ろしいことです」
「そう思う、それでだが」
全済は安世にあらためて話した。
「これからどうするかだが」
「我等は修行中の身ですし」
「肥前に来たならな」
「この肥前で修行をしますか」
「そうしよう、行脚をしつつ」
そうしながらというのだ。
「修行を続けていこう」
「そうですね、それでは」
「行くとしよう」
こう言ってだ、全済はまた歩きはじめた。安世もそれに続いた。
後に二人はある者にこのことを話し書に書き残されて今に伝わっている、遠い昔にあった鬼の話の一つである。
無住寺 完
2021・8・19
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