Fate/WizarDragonknight
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
大荒魂
「追いついた!」
ようやく、それらしい場所に辿り着いた。
ウィザードはマシンウィンガーのアクセルを止め、その隣ではブライが着地する。
何よりも先にウィザードの視界を支配したのは、その灼熱の光景だった。溶岩の湖が空間一面に広がり、細い足場など、溶岩の気まぐれ一つで飲み込まれてしまいそうだった。
ウィザードのマスク越しにも、その熱さが伝わって来る。
そして。
「ヤマタノオロチ……!」
呪いのこもった声で、隣のブライがそれを指し示す。
神話の時代より蘇った、赤き怪物。巨大な胴体より、八つに分かれた首がそれぞれ独自に動き回る。その赤い眼差しと顔、背中に無数に生える棘が特徴で、蛇というよりは、龍といった印象が強かった。
「あれがヤマタノオロチ……! お前が言っていた、ムーの敵である大荒魂!」
ウィザードが警戒を示すと同時に、ヤマタノオロチが吠える。天地を揺るがす咆哮。ウィザードはマシンウィンガーにしがみつきながら、その衝撃を受けた。
「こんな化け物……可奈美ちゃん! 美炎ちゃん! 煉獄さん!」
ウィザードは先にこの場に来ていたはずの仲間たちの名前を呼ぶ。
だが、ヤマタノオロチが支配するこの地下空間で、人間の姿が見えない。
まさか、とウィザードの脳裏に最悪の結果が過ぎる。
「ハルトさん!」
聞こえてきた可奈美の声。
見れば、可奈美と美炎がヤマタノオロチ、そのうち二つの頭と戦っているところだった。だが、二人ともとても無事とは言えない。全身のあちらこちらが傷だらけで、目を凝らせば生傷さえも見えてくる。
可奈美はヤマタノオロチの頭を足場にジャンプし、ウィザードの前に着地した。
「それに、ソロ! あなたもここに!?」
ブライの姿を認めた可奈美が、警戒を示す。
一方のブライは、可奈美に大して関心を見せずに、奥のヤマタノオロチを睨む。
「ムーが施した封印を、フェイカーが破ったのか」
「いいから、とにかくアイツを止めるよ!」
「うん!」
ウィザードは可奈美とともに、ヤマタノオロチへ向かっていく。丁度ウィザードの隣に着地した美炎も合わせて三人で、同時にヤマタノオロチへ飛び掛かった。
『フレイム スラッシュストライク』
「太阿之剣!」
「神居!」
三つの赤い斬撃。それは混じり合い、より大きな刃となった。
だが、ヤマタノオロチもそれを黙って受けるはずがない。炎と風の光線が放たれ、三本の軌跡へ応戦していく。風に煽られた炎の威力は何倍にも跳ね上がり、三人の攻撃ごとウィザードたちを飲み込んでいった。
「いけない! 二人とも、俺の後ろに!」
「うん! 美炎ちゃん!」
「うわっ!」
ウィザードの背後で、可奈美が美炎の腕を引き寄せている。
その間に、ウィザードは防御札の魔法を切る。
『ディフェンド プリーズ』
赤い炎の魔法陣が出現し、ウィザードはそれを前面に突き出す。同時に、炎の熱量が魔法陣を貫通して伝わって来た。
「ぐっ……!」
「ハルトさん!」
「大丈夫……!」
右手で魔法陣を支えながら、ウィザードは左手でサファイアの指輪を掴み取る。
『ウォーター プリーズ』
より大きな魔法陣が、ウィザードと防御魔法陣の色を変えていく。水となったウィザードは、さらに手にしたウィザーソードガンにサファイアの指輪を読み込ませる。
『ウォーター シューティングストライク』
水の必殺技の一角。それが発動すると同時に、防御の魔法陣が解かれた。
「はああああああああああああああああああああっ!」
だが、ウィザードたちを焼き尽くそうとする炎は、すぐさまウィザーソードガンより放たれた水流に押し流される。だが、それはほんの一瞬。風により助長された炎は、魔力を混ぜ込んだ水流を一気に蒸発させ、そのままウィザード、可奈美、美炎の体へ迫る。
「ダメかっ!」
「まだだよ!」
今にも迫ろうとする、炎の波。
だがその前に、美炎の背中が飛び込んできた。
「美炎ちゃん!」
「ここまで威力を下げてくれたならもう大丈夫! 行くよ清光……これがわたしたちの全力!」
美炎は加州清光を、炎の波に突き立てる。
すると、炎は渦を巻きながら、美炎の剣に吸収されていく。
だが。
「……うっ!」
着地したウィザードと可奈美は、呻き声を上げる美炎を見上げた。
だんだん美炎に吸い込まれていく炎の量が増えれば増えるほど、美炎の目、髪、体の写シが赤くなっていく。
「ぐ……あっ……!」
「これは……!?」
「美炎ちゃん!?」
やがて、全ての炎を吸収した美炎は、そのまま力なく着地した。可奈美は彼女の背中をさすりながら、恐る恐る尋ねる。
「美炎ちゃん、これは一体……?」
「えへへ……何か、出来ちゃった」
「出来ちゃったって……」
「へえ、これは驚いたな」
突然降って来た、新たな者の声。それに、ウィザードと可奈美はぎょっとし、さらに背後のブライはマスクの下で表情を歪めた。
「トレギア……!」
この事態のあらゆる元凶、トレギア。闇の仮面の奥より赤い眼差しが、地下空洞の入り口からウィザードたちを見つめていた。
「やあ」
「キサマッ!」
気さくなに手を上げたトレギアへ、ブライが斬りかかる。ラプラスソードをよけ、その腕を受け止めたトレギアは、ぐいっと彼へ顔を近づけた。
「おいおい。少しは私にも喋らせてくれよ。それとも、セイバーのマスターがどうなっているか知りたくないかい?」
「奴がどうなろうが、オレが知ったことではない。それより、ムーを侮辱したキサマを、オレは許さん!」
「全く……参加者はみんな予想外のピースばかりだ。本当にどんなパズルになるか予想できないよ」
トレギアは苛立たち気にブライを蹴る。さらに、怯んだ隙に手から発射された雷で、ブライを吹き飛ばした。
「ソロ!」
「トレギア、何か知ってるの!?」
可奈美の問いに、トレギアはほほ笑んだ。
「へえ? 仲間のことなのに、敵である私に聞くんだ?」
「っ……!」
トレギアの言葉に、可奈美は口を噤んだ。一方、彼女が背に回す美炎は、可奈美を見上げて静かに頷いた。
だがトレギアは「まあいいよ」と続ける。
「教えてあげるよ。安桜美炎」
トレギアの赤い眼が、美炎を……そして、その中の何かを捉えた。
「なぜ君があの炎をその体に吸収できたのか」
可奈美の千鳥を握る手が強くなる。
「なぜ目や髪が赤く染まるのか」
起き上がったブライが、静かに耳を傾けている。
「そもそもなぜ、あの荒魂の少女が、君に懐いたのかァ!」
「……まさか」
ただ一人。
ウィザードだけが、その答えを察した。
「その答えはただ一つ」
人間からすれば、表情が変わらないウルトラマンの顔。
だが、今回だけは、それは笑っているように見えた。
「安桜美炎ォ! 君の、その体が……」
「や、やめろ! それ以上言うな!」
ウィザードが叫ぶが、もう間に合わない。
「ヤマタノオロチと同等以上の、大荒魂だからだ!」
その時。
それを肯定するように、ヤマタノオロチが吠える。
ウィザードは足を止め、美炎へ目を向ける。
可奈美もブライも、驚いた表情で美炎を振り返った。
「わたしが……荒魂……?」
トレギアの言葉に、美炎は震えだす。やがて首を振りながら、少しずつ後退し始めた。
「嘘だ……! わたしを騙そうとして……うっ……!」
トレギアの言葉を否定しようとした美炎。
だが、それを言い切る前に、彼女の体内より炎が沸き上がった。赤い炎が彼女の体を焼き尽くすように燃え広がっていく。
「あっ……! があっ……!」
「「美炎ちゃん!」」
美炎を助けようと、ウィザードと可奈美が駆け寄る。だが、そんな二人を、トレギアの黒い雷が弾き飛ばした。
「どうやら同類の大荒魂であるヤマタノオロチの接触が、体内の大荒魂を刺激したようだ」
妨害を終えたトレギアが、ゆっくりと美炎へ近づく。屈む彼女の肩を掴み。
「さあ、見せてごらん。君の中の、化け物を」
その腕より、赤い雷が発光した。
それは、容赦なく美炎の体を駆け巡り。
「があああああああああああああああああああああっ!」
美炎は断末魔に近い叫び声を上げ。
トレギアの姿ごと、爆発に飲まれていった。
「美炎……ちゃん? 美炎ちゃん!」
起き上がった可奈美が叫ぶ。
だが、すでに美炎の姿は爆炎の中に見えなくなっていった。
「そんな……」
力なく膝をつく可奈美。ウィザードは顔を俯かせるが。
「……美炎ちゃん?」
可奈美のその声に、一縷の望みを見出す。見てみれば、美炎のシルエットが、どんどん近づいてきているところだった。
だが。
「待って可奈美ちゃん! 何か、おかしい」
煙の中をじりじりと焼き尽くす音。
いや。
「あれは……美炎ちゃんなの?」
そのシルエットが、あきらかに美炎とは違う。
だんだんと体の輪郭が変わっていくそれ。やがて煙の中から現れたのは。
「……っ!?」
顔は、美炎。間違いない。
だが、その姿は……。
さっきまで、可奈美と同じ美濃関学院の制服ではなく、白い和服を着崩した姿。その四肢は漆黒に染まり、その爪は獣のように伸びている。赤く染まった髪には、赤い無数の目が輝いている。そして、その額には漆黒の装飾と、鬼のような角が生えていた。
「違う……あれは、美炎ちゃんじゃない!」
そういうが速いが、ウィザードは可奈美の襟を掴み、飛びのく。
同時に、美炎の紅蓮の刃が、可奈美がいた場所を切り裂き、崩壊させた。
「美炎ちゃん!?」
驚く可奈美。
そして、現れた美炎だったもの。
「あれ? 避けちゃった?」
その声色は、ほとんど日常で使われるものだった。
だが、それを発する美炎の顔は普通ではない。獲物を見定める肉食獣のように、ギラギラとした眼差しでウィザードと可奈美を見つめている。
「もう、避けないでよ。可奈美、ハルトさん。それじゃあ……斬れないじゃん」
「美炎ちゃん?」
「トレギア……何をした!?」
その答えは分かっている。だが、それでも否定したかった。
ウィザードはその心を抑えながら、トレギアへ怒鳴る。
トレギアはケラケラと笑い出す。
「仲間だの絆だの、こうすれば簡単に壊れる。なあ?」
「質問に答えろ!」
ウィザードはソードガンを発砲する。
だが、トレギアは銃弾を全てあっさりと回避した。
「君も何となく気付いているんじゃないのかい? ハルト君」
トレギアはウィザードに背を向け、背中を曲げる。ウィザードを見上げるほどに背中を曲げ、顎を上に向ける形となった。
「彼女はね。体の中に、荒魂を飼っているんだよ。驚いたね」
「荒魂……!? 美炎ちゃんの体に!?」
「今言っただろう。ヤマタノオロチの存在に刺激されたようだと。だから私は、ちょっとね」
トレギアがクスクスと笑む。
「蓋を少しだけ揺らしたんだよ。その結果が……」
「これだと?」
その言葉の先を引き取ったのは、ブライだった。
「自分では戦わず、全て敵の力に頼るのか?」
ブライは静かにトレギアを睨む。
「おや? どうしたんだいムー人君? 彼女もまた、君の敵だろう? 敵同士で同士討ちをさせているんだ。高みの見物でもしていればいいじゃないか」
「ふざけるな。オレは、絆や仲間といったものを全て否定する。だからそのためには、その絆を持つもの全てを、自らの手で倒す。それでこそ価値がある」
「暑苦しいねえ。君はもう少しクールな奴だと思っていたよ」
ブライはトレギアの言葉を無視し、静かにヤマタノオロチに視線を動かす。
彼にとっては宿敵であるヤマタノオロチも、今のブライのマスクの下には、哀れみさえもあるように思えた。
「ヤマタノオロチも、キサマは利用した後、どうするつもりだ? 喰らって力にするつもりか? まるで寄生虫だな」
「寄生虫か……まあ、いいんじゃないか?」
トレギアは肩を震わせた。
「私はもとより、正々堂々と戦うなんて性に合わない。ヤマタノオロチも、私の体に入れてもいいんじゃないかと思うよ。まあ、別に目的もないけどねえ」
「……」
「そうすれば、私は寄生虫ながら、この星一つを滅ぼしたことになるわけだ。これまでもいくつの星々を滅ぼしてきたが……寄生虫の所業となれば、それはすごいじゃないか」
「開き直ったか」
ブライは身構えた。隣のラプラスもまた、直接トレギアへその刃を向く。
「オレの体に流れる血が許さないんだよ……お前のような寄生虫を野放しにすることをな!」
「ねえ、もういい?」
痺れを切らした美炎が、ゆっくりと歩いてくる。彼女が一歩一歩歩み続けるごとに、その足元に炎の足跡が残る。
「そろそろ斬らせてよ。誰でもいいよ? 可奈美? ハルトさん? ソロ? それとも、トレギア?」
「嘘でしょ……」
ウィザードは、力なくウィザーソードガンを構える。結果的にブライたちと背中合わせになるが、彼はウィザードの存在など気にすることはない。
暴走した美炎。そして、地上に出すことが許されないヤマタノオロチ。トレギアの存在もある。
二体の大荒魂と最悪の参加者に対して、疲弊した魔法使い一人と負傷した刀使一人、そして協力は見込めないムーの戦士一人。
「どうしろっての……?」
その状況に、ウィザードはサファイアのマスクの下で笑うことしかできなかった。
ページ上へ戻る