Fate/WizarDragonknight
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破れた封印
前書き
間違えて一度このエピソードを消してしまいました。申し訳ありません
見滝原公園。
野生のウサギと簡単に触れ合えることで有名なこの場所は、これまでも幾度となく聖杯戦争の戦場になっている。
「ここにコヒメが……?」
その事実をハルトから聞いてから、美炎の表情が安定しない。
可奈美は「落ち着こう」と一声かけてから、見滝原公園を見渡す。
これまで可奈美も何度も足を運んだこの場所だが、以前見た要石のような存在はここにはなかった。
「ここが封印の場所なら、どこかに手がかりがあるはずだけど……そうだ」
可奈美は千鳥を抜刀し、その体に写シを張る。
「可奈美?」
「ほら、最初に煉獄さんと出会った時、要石は隠世にあったでしょ? もしかしたら、今回の八岐大蛇の封印も隠世にあるんじゃないかなって」
言うが速いが、可奈美は目を閉じる。全身の感覚を研ぎ澄まし、見滝原公園全域へ神経を通わせる。写シは普段、自らの体を霊体化させて保護する役割を持つそれだが、今回は裏側の世界である隠世の気配を探るため端末としての役割を担う。
「……ダメ。何も感じない」
写シを纏ったまま、可奈美は周囲を見渡す。
もう誰も利用することのない時間。虫の歌だけが、春の寒い夜を彩っている。
「隠世じゃないの? それとも、私じゃ感知できないほどに封印が強いのかな? 要石がもうなくなってるかもしれないのに……」
「でも、ここ、八岐大蛇がいる場所なんでしょ?」
「うん。キャスターさんの話らしいから、間違いないと思う」
可奈美は、スマートフォンを覗き込みながら頷いた。
液晶には、ハルトからキャスターとの会話の旨が書き込まれていた。
「そもそもそのキャスターって、聖杯戦争の参加者でしょ? 信用できるの?」
「大……」
「大丈夫だろう!」
だが、美炎の不安を吹き飛ばしたのは、可奈美ではなく煉獄だった。
「松菜青年と衛藤少女が信用している相手なのだろう! ならば、何も問題ない!」
そう主張する煉獄の姿は、暗い夜の中でも明るく見える。彼自身が炎のように眩い。
「うん……」
「まずは、トレギアを探さないと。でも、どこから探せば……?」
「私をお探しかな? セイヴァーのマスター」
突然のその声に、可奈美は跳び上がった。
振り向けばそこには、ピエロがいた。
左右が白黒のツートンに分かれたピエロ。髪には青いメッシュが入っており、暗い夜の中であっても、その手に持った風船が良く見える。
その姿を実際に見るのは初めてだが、彼のことはハルトからも聞いている。
「あなたは……! それが、トレギアの人間としての姿!?」
「この姿では初対面だったかな? 霧崎と申します」
白黒のピエロ、霧崎は丁寧なお辞儀をして可奈美たちに向かい合う。
「トレギア!? トレギアなの!? コヒメはどこ!? コヒメを返して!」
可奈美の脇を通り過ぎて、美炎が霧崎に掴みかかる。
「ねえ、返して! コヒメを返してよ!」
「おいおい、やめてくれ。服が伸びるじゃないか」
「答えてよ!」
だが、霧崎は美炎を突き飛ばす。もう一度接近しようとした美炎の顔面に、風船を持った手を突き出す。
「はい、風船どうぞ」
霧崎のその言葉に、美炎は風船を払いのけた。
夜空に飛んで行く風船。それを見上げながら、可奈美の耳はさらに美炎の叫び声を捉えた。
「ふざけないで! 答えてよ!」
「おお、怖い怖い。ん?」
霧崎は笑みのまま、美炎の頭を掴む。
「うっ!」
「美炎ちゃん!」
髪を掴み上げられた美炎を助けようとする可奈美。だが、霧崎はそんな美炎を可奈美に投げつける。
折り重なって倒れた可奈美と美炎は、霧崎が蒼いベネチアンマスクを取り出すのを見た。
「あれは……っ!」
その色合いから、その正体を察した可奈美。
そして、それは現実となる。マスクを付けたところから溢れ出した闇が霧崎を包み、その姿をトレギアへ変えていく。
「美炎ちゃん! 写シ!」
「分かってる!」
可奈美と美炎が同時にその体を白く染めるとともに、トレギアの爪から闇色の光が可奈美たちを切り裂く。爆発により、地面を転がった二人に代わり、煉獄がトレギアへ立ち向かう。
「おいおい……私はもう君と戦いたくはないんだがなあ?」
トレギアは飛び退き、腰に手を当てた。
煉獄は日輪刀を向ける。
「君にはなくとも、俺は君を鬼と……まあ、とにかく危険な敵と認識している。何があっても倒すだろう」
「へえ……本当に嫌われたものだね」
トレギアは顎に手を当てた。
「なら、君たちが行きたがっている場所を教えてあげたら、少しは好きになってくれるかな?」
トレギアは、湖近くにある森、その一角を指差す。
「ほら、君たちが知りたがってるものはあっちにあるよ?」
「あっちって……?」
「私が荒魂を連れて行った、ヤマタノオロチの封印の場所」
その言葉に、美炎の目が赤くなる。
トレギアは続けた。
「あの森の奥に、私が破壊したご神木がある。その根があった穴から、、封印の場所まで行けるよ」
「っ!」
「待って美炎ちゃん! でも……」
「行け! 衛藤少女!」
可奈美の前に、煉獄が日輪刀を突き出す。
「彼の示した情報だが、他に当てもない! それに、全員がここで足止めを食らっては元も子もない!」
「でもっ」
「今の安桜少女は、冷静さなどない! 君が、彼女の助けになってくれ!」
「……うん!」
後ろ髪を引かれる思いを抱きながらも、可奈美は美炎を追いかけて祠から飛び降りる。
世界が、地表の闇一色に落ちていく中、可奈美の目は、赤い写シを纏う美炎に追いついた。
「私はなるべく君とは戦いたくないんだがなあ」
トレギアは煉獄を眺めながら言った。
「さっきの今だけど、もう一度聞こうかな? 私の仲間にならないかい?」
「俺は君の仲間になるつもりはない。それこそ何度も言うが、君と俺は決して価値観が合うことはない」
「本当に嫌われてしまったようだね」
「そういうことだ。行くぞ!」
煉獄は靡く刀身より炎を迸らせ、一気にトレギアへ肉薄する。
不知火と呼ばれる炎の斬撃だが、すでにトレギアに見切られている。素早さが自慢のその技がトレギアを捉えることはなかった。
「だけど君が面倒だってことは知ってるから」
「ならば去れ! こちらも出来るなら君は後回しにしたい!」
「そうはいかないんだよね。やれ。ブルトン」
すると、トレギアのすぐそばより、空間の穴が開く。
紫色の穴がブラックホールとなり、青い球体が吐き出される。
だが煉獄は、その姿を見ると同時にすぐさま斬撃を放った。
するとブルトンは、ボールのように真っ二つになる。それは、空間を歪ませ、大きな穴を作り上げていく。
「何!?」
煉獄がその危険性を察するももう遅い。
すでにブルトンを起点に、円状の結界が作られていく。小型のブラックホールとなったそれは、煉獄の体を掴まえ、一切の身動きを許さない。
「これは……!?」
「ブルトンを破壊するからそうなるんだ。さあ……永遠の異空間の中へ、消えていけ」
トレギアの言葉とともに、煉獄がどんどん沈んでいく。
やがて煉獄の視界は、トレギアを最後に深い闇に沈んでいった。
迅位。
刀使がもつ代表的な力の一つであるそれは、可奈美と美炎に異なる時間流の速度を与える。
それでも、トレギアが指し示したご神木の破壊跡からこの深さに来るまで、かなりの時間を感じた。
「ここ……」
思わず立ち止まった可奈美に、ぶわっと襲いかかる熱さ。そして、暗かった視覚を赤一色に染めていく。
「マグマじゃん!」
それは、地球の血液とも呼ばれる物質。
岩石が溶けた溶岩が、火山地帯のように流れていた。
「私たち、こんなに地下に来ちゃったの?」
「コヒメ? コヒメ!」
だが一方の美炎は、危険地帯なるマグマを一顧することなくコヒメを探し回っていた。マグマの泉に辛うじて残っている通路を足蹴りしながら跳びまわり、コヒメの姿を探している。
「コヒメ! 返事して!」
「みほの……」
その声は、口を噤んでいなければ聞こえたとは思えない。
コヒメが、いた。
「あれは! 美炎ちゃん!」
可奈美の声で、美炎は目標に焦点を合わせた。
「コヒメ!」
荒魂の少女は、つい先ほどの偽物とも同じ、十字架にかけられていた。
マグマが広がるこの場所、その中心。蜘蛛の巣のように複雑で細い道が組み合わさる地下の広場の中で、ただ一点だけ、広い足場が作られているその場所。
コヒメを捕縛する十字架は、その中心点に根深く植え付けられていた。
「みほの!」
「コヒメ!」
その姿に、美炎は急ぐ。
だが。
「感動の再会か」
その声に、可奈美はぞっと青ざめた。美炎もそれに気付いたのか、目を大きく見開いている。
見上げれば、広い洞窟。その中で、蒼い闇がいた。
「だがそれも」
フェイカーのサーヴァント、トレギア。コヒメの頭上で、その姿が実態となる。そして即座に、暗い闇がだんだんと、その両手に集まっていく。
「一瞬で終わる」
赤い雷が、黒い闇より放たれた。
「やめろおおおおおおおおおおお!」
「太阿之剣!」
再び赤い眼差しとなり、コヒメへ急ぐ美炎と、トレギアへ赤い剣を放つ可奈美。
だが、すでにトレギアの雷を止めることも出来ず、そのままコヒメに降り注ぐ。
「あああああああああああああああああああああああっ!」
コヒメが悲鳴とともに、その雷を浴びていく。
そして、コヒメがいた足場は爆発。
接近していた美炎と、トレギアへ向かっていた可奈美は、ともに階層の入り口まで吹き飛ばされる。
そして、その間にも、雷を浴びたコヒメの姿が、ゆっくりとマグマの底へ沈んでいった。
「コヒメ! トレギアアアアアアアアアア!」
美炎は即座にトレギアに狙いを変更する。
赤い軌跡を描きながら、美炎はトレギアへ斬りかかった。
だが。
「ハハハ……もう遅い!」
地表よりはるかに深いこの空間。
そこは、より大きな地震によりどんどん落石が増えていく。さらに、マグマもまた大きく揺れていく。
そして。
「さあ、復活しろ! 邪神 ヤマタノオロチ!」
マグマの中現れる、超古代の建造物。
ピザの斜塔にも似たそれは、コヒメが沈んでいった場所にそびえたつ。
すると、一瞬その内部が赤く発光すると同時に、崩壊していく。
「うわっ!」
たちこめる土煙に悲鳴を上げる可奈美と美炎。
咳をしながら、可奈美の目は、塔の跡地から現れる赤い姿を目撃した。
「あれが……ヤマタノオロチ……!?」
「どうやらまだ不完全態のようだね」
上空でトレギアが、現れた怪物をそう評した。
「四本の首、そして胴体そのものはまだ地深くに封印されている。荒魂のノロがその体を満たしたようだけど、どうやらまだまだエネルギー足りないらしい。全く、食いしん坊で困ったものだよ」
トレギアはそう言って、その姿を闇の中に消していった。
「待って! トレギア!」
「美炎ちゃん、来るよ!」
トレギアを追いかけようとする美炎を呼び止めて、可奈美はともにヤマタノオロチの首から逃れる。
「っ……! 迅位斬!」
目の前を砕くヤマタノオロチの首へ、可奈美が深紅の斬撃を放つ。
猛烈なスピードから放たれた斬撃だが、それはヤマタノオロチに大きなダメージになることはない。
ヤマタノオロチは何事もなかったかのように起き上がり、その口より炎を放った。
「美炎ちゃん!」
「分かってる!」
可奈美の合図に、美炎は足を広げる。
マグマの影響によって強化された炎が、美炎の加州清光へ集まっていく。
「行くよ清光……! これがわたしの全力!」
振り上げた炎。それは、ヤマタノオロチの炎に飛び込み、本体へ迫っていく。
「だああああああああああっ!」
だが、だんだん炎はヤマタノオロチの方が大きい。
押し切られた美炎はやがて、地面に押し付けられた。
「美炎ちゃん!」
「だ、大丈夫……」
可奈美は美炎を助け起こし、四本の首へ千鳥を向けた。
「コヒメ……コヒメが……!」
「トレギアは、まだ不完全って言ってた」
絶望的な表情を浮かべる美炎。だが、可奈美は「落ち着いて!」とその肩を揺らす。
「荒魂は、ノロを結合して生まれる存在。だけど、急いで倒せば、ノロの結合を切り離すことだってできるかもしれない」
「!」
美炎の赤い目が、黒に戻る。
希望を見出したように、その目に光が戻る。
可奈美は続ける。
「ね? 美炎ちゃん。だから、戦おう! 一緒に!」
「可奈美……うん! なせばなるっ!」
立ち上がった美炎もまた、可奈美と並ぶ。
たった四本。されど四本。
不完全ながらの凶悪な力を誇る邪神へ、二人の刀使は挑んでいった。
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