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魔の渦

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第一章
  はじまり

 日本の首都のすぐ近くにある房総半島、その南部にある山間部の小さなC町を、東西に二つに分ける国道が伸びていた。C町のほとんどは森になっていて、住宅地は疎(まば)らになっており、森の中の国道と県道が交差する十字路から、少し離れたところに、築二十年は平気で経過しているアパートがあって、そこの二階の角部屋に四十代くらいの中年男が住んでいたのである。

 昨晩、しこたま酔っ払った王路三吉は、青色の古びた布団の中でゴロゴロしていたのであるが、何だか知らないがとても背中が痛いので、さすってみると引っ掻き傷があった。夜、寝ている間にできたのだろう。知らない間に引っ掻いたのだろうか。三筋くらいあって、ポロリと瘡蓋の取れたのを指の間に捉えることができた。

 いや、ひょっとしたらこのアパートに霊が取り憑いているのかもしれない。ここの部屋の下に島下十五という人が三年前にいたのであるが、確か、半年前に亡くなってしまったのだ。三吉は、元々、東北の遠野から来た男であったが、彼は、このC町にも、何か霊的な雰囲気があることを感じていた。

 遠野というと、柳田国男の「遠野物語」の遠野であり、小さな頃から、狐狸妖怪の類の話はよく聞いて育った。語り部をしている親戚のオババがいて、名調子で話してくれたものである。三吉は、子供の頃からよく霊を見かけることがあった。だから、今回、たまたま近くで死んだ人の霊が彼を引っ掻いたとしても何の不思議もなかった。

「ピンポーン」

 一瞬、身震いがしたがこれは勿論、玄関のベルであった。ドアを開けると少し小柄なバンダナを巻いてサングラスをかけた、迷彩柄の服を着て、安手の青いジーンズ、白い靴を履いた、見覚えのある男が寒そうに立っていた。

「島下さん」
「おう。ちょっと、入れてくんねえ」

 というと、男はスーッと部屋の真ん中の座布団に座ったが、これがどう見ても島下十五だったのである。ありえないことなのであるが、今、目の前で平気で座って、あまつさえ、お茶まで求めて来る始末である。

「お茶って急に言われても」

と呟きながら、台所に立って三吉は薬缶でお湯を沸かしている。十五の方はしばらくぼんやりとテレビをつけていたが、急にこんなことを言う。

「ちょっとの間、ご無沙汰していたから、何か変わったのかと思ったら、相変わらずの昼間のワイドショーだね」
「そりゃ、そうですよ」

という会話をしてから、熱い湯呑みをテーブルに持ってゆく。

「おうおうおう。こりゃ、丁度良い熱さだね」

と十五はお茶を飲む。十分に味わってから、

「でも待てよ。丁度、悪い熱さっていうのは、あるのかね」

と質問して来た。 
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