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イベリス

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第三十二話 夜の会話その十一

「引退してね」
「余生を過ごして欲しかったの」
「お二人の立場では難しかったと思うけれど」
 政界を引退することはというのだ、事実当時の明治の元勲で政界を引退して余生を過ごした者は誰かというとそうはいない。
「けれどね」
「それでもなのね」
「何とかね」
「天寿を全うして欲しかったの」
「そうだったわ」
「西郷さんは西南戦争で死んで」
 負傷し自ら首を差し出し切らせた。
「大久保さんは暗殺されたわ」
「残念な結果ね」
「お二人共ね、けれど」
「生きてて欲しかった」
「今もそう思ってるわ」
「そうなのね」
「ただね」
 ここで母はこうも言った。
「本当にそれはね」
「神様のすることね」
「人間の一生はね、この世で一番わからないものはね」
「人間の一生なのね」
「そう、だからね」
「西郷さんも大久保さんも」
「あそこで死んだことがね」 
 このことがというのだ。
「運命かも知れないわ」
「そうなのね」
「坂本龍馬さんも芹沢鴨さんもね」
「その人達についても」
「全部ね、まあ幕末の志士も新選組も明日がわからない状況だったけれど」
 まさに切った張ったであった、新選組はその内でも外でも任侠映画の様に裏切り裏切られの状況であった。
「新選組は特にね」
「芹沢さん同僚に暗殺されてるしね」
「土方歳三さんね」
「近藤さんの片腕だったから」
「それで芹沢さんの後も」
 芹沢暗殺後もというのだ。
「伊東甲子太郎さんも暗殺されてるわね」
「新選組出てから?」
「御陵衛士になってね」
「それからよね」
「それでもまだ新選組って意識があったそうだけれど」
 坂本龍馬に他ならぬ新選組が命を狙っていると警告したことがあるというがその時に自分も新選組だがと前置きしたという。
「宴会に誘われた帰りに」
「襲われて」
「暗殺されたのよ」
「お酒飲ませた後になのね」
「芹沢さんもそうだったわ」
 彼を暗殺した時もというのだ。
「酔わせて」
「動きにくくして」
「夜の闇に乗じてね」
「暗殺していたの、何か」 
 ここまで聞いてだった、咲は眉を曇らせてこう言った。
「侍じゃなくてヤクザ屋さんみたいね」
「お母さんもそう思うわ」
 母もこう返した。
「あの人達はね」
「ヤクザ屋さんみたいよね」
「本当にね」
「切った張っただったの」
「それで裏切り裏切られで」
「騙し討ちが普通だったのね」
「士道不覚悟とか言ってたけれど」
 その実はというのだ。
「これがね」
「違ったのね」
「武士になりたくてなっていても」
「ヤクザ屋さんみたいだったのね」
「そう、そしてね」
 それでというのだ。 
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