僕は 彼女の彼氏だったはずなんだ 完結
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第九章
9-⑴
年が明けて、僕は、美鈴がやって来るので、途中まで迎えに行った。いつもは、後ろで留めている髪の毛が、今は風になびいていた。やっぱり、僕にとっては、可愛い。
家に着くと、お母さんが待ちかねていたかのように、美鈴を座敷に連れて行こうとしたが、美鈴は
「おかあさん これ 私 作ってみたんです お煮〆 お口にあうか見てもらえます?」
「まぁ 美鈴ちゃん いそがしいのに・・ そんなことまで・・有難う 後で、ゆっくりいただくわ」
着替えに入って、30分ぐらいで出てきて、やっぱり、綺麗な美鈴が居た。
「さぁ 食べましょ 美鈴ちやん 蒼の隣に座って 今朝もせわしかったんでしょ」
「いいえ 私んとこは、いつも、6時が朝ごはんですから それに、お正月といっても、お雑煮と海老を焼いて、後はお父さんが、数の子と黒豆だけで良いって言うから・・今年は、ローストビーフも加えましたけど・・ ちょっと前までは、お雑煮だけでしたから」
「そうなの じゃぁ いっぱい食べてね でも、出掛けるのよね」
「すみません どうしても、恩があって それに、お寂しいみたいだし 一人暮らしで・・ 出来るだけ、早い目に帰ってきます」
「ウチのことは いいわよ それより、お父さんこそ、お寂しいんじゃぁないの?」
「父は いいんです スーパー銭湯に行くのが楽しみだって言っていたし、家でも、お酒飲んでいるだけですから」
「美鈴ちゃん このお煮〆 おいしいわよ ウチのは、もう少し甘めだけど、蒼にはこの方が良いのかも」
「うん おいしいよ 美鈴 確かに、いつも、甘いなぁて感じていたんだ」と、僕もおいしいと思っていた。
「よかった 田中さんのお口にも合うと良いんだけど・・」
「これなら 大丈夫よ それに、貴方の気持がこもっているわ」
1時間程過ごした後、もう出掛けようかとなった。お昼前には、着くと連絡してあるらしい。
「蒼 ゆっくり歩くのよ」と、出掛けにお母さんに、去年と同じことを念押された。お重をアパートに置いてあるというので、取りに寄ったが
「お父さん 出掛けたみたい 居なかったわ」
並んで歩くと、美鈴は腕を組んできたので、お重の袋は僕が下げたが、今年は、美鈴のショールを新しいものをお母さんが用意していたみたいだった。
着くと、確かに、お年寄りの独り暮らしらしい家構えで植木なんかもいっぱい並んでいた。
「こんにちは ナカミチです」美鈴は、門を入って、玄関のガラス戸まで開けて、声を掛けていた。奥から声がして、お年寄りが出てきた。
「まぁ 美鈴ちゃん お着物で・・ きれいわねぇー 女優さんみたいよ」と言いながら、僕のほうも見ていた。
「私の、大好きな人なんです 一緒にと、誘っちゃて・・」
「そうなの どうぞ あがってちょうだい」と、案内された。
持ってきたお重を広げながら、美鈴は
「私が作ったんですけど、お口に合うか心配ですけど・・」
「へぇー 美鈴ちゃんが・・ お料理持ってくるって言っていたけど、こんな立派なおせち料理だとは思って居なかったわ うれしいわ 美鈴ちゃん」と、本当にうれしそうにしていた。そして、口にしながら
「もうね お正月におせち料理なんて、あきらめていたのよね ひとりだし 有難いわ 美鈴ちゃん おいしいわよ お上手ね」
「ありがとうございます お口に合って良かった」
「あっ そうだ あなた達 おビール飲むんでしょ さっき 冷やしておいたのよ」と、冷蔵庫から取り出してきて、コップと前に置いてくれた。
「すみません 遠慮なしにいただきます」と、美鈴は言って、缶を開けて、僕のと自分のに継いでいった。しかし、美鈴は、口を少し付けただけで、飲みはしなかった。
「どうぞ 遠慮しないで もらいもんがいっぱいあるのよ 若いんだから、どんどん飲んでちょうだい」
「田中さん クリスマスのときは有難うございました。田中さんから勧められたとおっしゃってたお客様が何組もおられました」
「どうして あなたが頑張っているからよ だけど、みんなおいしかったって言っていたわよ いいお店だって 私も、紹介した甲斐あるわよ だから、ずーと続けなきゃだめよ お店 大きくするんでしょ シャルダンと勝負するんでしょ」
「ありがとう ございます 私 本当になんといっていいか こんなに、良くしてもらって」
「なに言ってんのよ こんなに、賑やかなお正月って うれしいわ 来てくれて それも、彼氏も紹介してくれて 道代ちゃんにも、自慢しなきゃぁね 私ね 美鈴ちゃんと知り合えてから、元気出てきたのよ 美鈴ちゃんは、本当の孫みたいに思っているから、がんばれって思うと元気になるの 主人が、昔、土地を手にいれていたお陰ょね」
「そうなんですか 買われたのですか?」
「ちがうのよ 今の市民会館とか官庁の辺りに、もともと少しばかりの土地があったんだけど、半分強制的に売らされてね 主人は、ごねて、その周辺の土地を紹介しろって言って、手に入れていったのよ だけど、市街地がどんどん広がってってね 土地を借りたい人が増えていって、今 よ」
それからは、田中さんはお見合いで結婚して、嫁いできたけど、直ぐに両方のご両親が亡くなって、自分達は兄弟も居ないし、子供も居ないから、寂しいんだとしんみり聞かせてくれた。
もう、夕方近くなったので、帰ると言った時、寂しそうに残念がっていたので、美鈴が「また ちょくちょく遊びにきます」と、言っていた。家を出る時、僕に向かって
「こんな 良い娘を手放しちゃぁだめよ」と、背中をポンとされたのだ。
そして、家に戻る途中、お父さんの様子見て来るといって美鈴のところに寄った。
「飲んでいた 元気だよ 蒼のお母さんに、くれぐれも礼を言っておいてくれって 自分の娘がこんなにきれいだと思って居なかったんだって 酔いも醒めたってさ」
家に戻るとお母さんが駆け寄って出迎えてくれた。美鈴だけを連れて行ったのだ。「大丈夫だった? おせち喜んでくれた? 寒く無かった? お腹すいていない?」とか矢継ぎばやに聞いていた。
「昨日ね 重兵衛さんの、磯巻きと穴子のお寿司買って来たのよ さっき 出すの忘れていたわ 食べて」と、並べてきた。
「あっ すみません 私 子供の頃 食べたことある おいしいんですよね」と、美鈴が珍しく、自分から手を出していた。
「お母さん おいしいー 昔のまんま」と、美鈴が思わず言ったみたいだったが
「美鈴ちゃんから お母さんと呼ばれると本当にうれしいのよね」と、お母さんは少し涙ぐんでいた。
「お母さん 大袈裟だよ 気持ちわかるが まぁ ゆっくりしてください 美鈴さん 我が家も華やかで楽しいんだよ なぁ 蒼 飲めばぁー 美鈴さんも飲めるんだろう」と、お父さんも機嫌が良かった。
みんなで、飲み食いしていると、お母さんが
「美鈴ちゃん 苦しいでしょ 慣れないからね もう、着替える?」と、気を使って、美鈴は着替えに行った。着替えて、出てきたら
「やっぱり きれいだね 昔、何て言ったかなぁー 世界の美しい顔の人に選ばれた娘 あの子に似ているな」と、お父さんが言い出すと
「あなた 酔っぱらってるの― あんなどんぐり眼じゃぁないわよ 美鈴ちやんのほうが美人よ」
「えー 私 そんなんじゃぁ無いですよー」
「今夜はゆっくりしていけるんでしょ」と、お母さんが聞くと
「うーん でも、お父さんが飲み過ぎてないかな 心配ですし、あしたも、伏見稲荷 お父さんといこうと思って」
「あら 明日は、蒼と一緒じゃぁないの?」
「違うよ 僕は 会社の連中と飲み会だよ」と、僕は焦った。
「そうなの 泊りだっていうから、美鈴ちゃんとかと思ったわ みんなに紹介すればいいのに なーんだ」
「そんなわけないじゃぁないか」
美鈴を送って行くとき
「うそついちゃったね」
「うん たまには、良いじゃぁ無いか」
「そうか 明日 楽しみにしているよ」と言う美鈴を見て、僕は、美鈴のことを本当に可愛く思えていた。
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