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イベリス

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第二十七話 旅行に行かなくてもその十一

「肩だけじゃなくて腰も膝もね」
「よくなったの」
「重しが取れた感じよ」
「そうなのね」
「いやあ、よかったわ」
 母は咲に幸福そのものという顔で述べた。
「ここに来てね」
「本当によかったのね」
「ええ、だからね」
「それでなの」
「また来るわ、それでお家でもね」
「あったまって冷やして」
「そしてね」
 そのうえでというのだ。
「肩凝り治していくわ」
「そうするのね」
「それで温泉もね」
「やっぱり行くの」
「勿論よ」 
 一も二もないという返事だった。
「温泉好きだし食べものもお酒もね」
「楽しみだから」
「行くわ」
「そうするのね」
「そう、だからね」 
 それでというのだ。
「箱根は行くわ」
「お父さんと一緒に」
「そうしてね」
「楽しむのね」
「ええ、ただね」
「ただ?」
「あんたは来ないのね」
「別にいいわ」
 それはとだ、咲は母に今は素っ気ない声で答えた。
「今年はね」
「部活にアルバイトもあるから」
「だからね」
「そうなのね、ただね」  
 母は座って漫画を読んでいる娘の傍に腰を下ろして話した。
「あんた一人になるわね」
「お家でね」
「誰かいてくれたらいいのに」
「モコがいるじゃない」
 愛犬である彼女がとだ、すぐ隣に来た母に返した。
「あの娘が」
「ドーベルマンとか土佐犬じゃないでしょ」
「どっちも滅茶苦茶怖いじゃない」
「怖いからいいのよ」
 それだからこそというのだ。
「悪い人が寄り付かないから」
「番犬になるの」
「モコは小さいでしょ」
「トイプードルの中でもね」
 小型犬として有名なこの種類の中でもというのだ。
「タイニーかティーカップの大きい位ね」
「大体タイニーの小さい方ね」
「そっちね」
「それで足が短いから」
「ぬいぐるみみたいね」
「そんな娘に番犬なんてね」
 それはというのだ。
「出来ないでしょ」
「そう言われたら」
「モコは確かにいい娘だけれど」
「小さいからなのね」
「強盗とか痴漢が来たら」
 その時はというのだ。 
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