提督はBarにいる・外伝
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提督のBlackOps遍
探り合い
要塞化された島の港湾部に、船が接岸する。島の住人達によって手早くタラップが取り付けられ、そこから10名にも満たない男女が降りてくる。
「やぁやぁ、出迎えご苦労。ブルネイ47鎮守府の諸君」
先頭をきって降りてくるのは、ブルネイ地方に存在する日本国海軍の纏め役であり、海軍に5人しか存在しない大将の1人。『南方の防壁』『海軍の狂犬』等の異名が付けられた生きる伝説、金城零二提督。初めて対面する艦娘達はもっと厳格で恐ろしい姿を想像していた。だが、その姿は咥え煙草でニヤけた顔に、皺の寄った軍服。凡そ司令官の規範となるべき姿とは程遠い。『これが噂の提督か?』と第47鎮守府の艦娘達の頭の上には疑問符が一杯だ。そんな中、険しい顔で提督を見つめる影が1つ。
「金城提督、おまちしておりました」
「いやぁ、盛大なお出迎え痛み入るよ長門」
この鎮守府の最高錬度であり、秘書艦も務めている長門だ。彼女だけは何度か提督を伴って第1鎮守府に出向いた事があり、金城提督にも面識があった。
「ところで、五十嵐クンの姿が見えんが……どうしたね?」
そう。肝心の提督の姿が見えない。この鎮守府の提督は五十嵐 啓と言い、20代の若手ながら堅実な運営と運用で戦果を上げる若手の有望株である。金城自身も己とは正反対の人物ながらその実直な部分を気に入っていて、特に目を掛けている者の一人だった。
「提督は……少し前の海戦で現地に於て指揮を執っていた際に負傷されまして。療養中であります」
「ふぅん?そうか。まぁ、そういう事にしておこうか」
淡々と応える長門にチラリと視線を送りつつ隣に佇む加賀に耳打ちする提督。
「誰か、ガントリーを動かせる娘はこの場に居ないかしら?」
ガントリークレーン。港湾施設などで見られる、船の貨物の積み降ろしを行う為の大型起重機である。鋼材や原油、食糧などの大量納入がある一定以上の大きさの鎮守府にはどこにでもある設備だが、何故今それを尋ねられたのか。
「いやぁ、ただの調査だけじゃあ味気無いと思って。ちょっとした手土産をな?」
ガントリークレーンが動き、船の甲板に積まれたコンテナが降ろされる。
「あれは?」
「島じゃあ補給もままならないだろう。食糧に酒や煙草なんかの嗜好品だ」
「随分と量が多いようですが?」
「少ないよりは多いに越した事はないだろう?それに調査の間は手空きの連中には親交を深めてもらおうと……な?飲みニケーションって奴だよ」
その瞬間、本当に一瞬ではあったが長門の顔が醜く歪む。怒りか憎悪か、それとも複数の感情がない交ぜになった物か。ハッキリとした事は解らないが、金城提督のやり方に何かしらの不満を抱いたのは確かなようだ。
「有難い、楽しませて頂きます」
「まぁ、それは仕事が済んでからな。早速移動しようか?」
「では、こちらへ」
長門の案内で鎮守府の庁舎内に通される。探り合いはここからが本番である。
執務室に通された提督と青葉は、ソファに腰掛け秘書艦の長門とこの鎮守府の大淀と向かい合わせになる。
「さて……当鎮守府に内乱の疑いアリ、と聞きましたが?」
「あぁ。と言っても俺達も代理人みたいなモンでね。軍令部の知り合いから頼まれたんだよ」
お陰で俺の監督責任も問われそうだ、と苦笑いをする提督。と同時に代理人であるから情報の出所は明かせない、と釘を刺す。
「そうですか……それでそちらの青葉は?」
「あぁ、聞き取りに集中したいんでな。書記みたいな物だ」
「よろしくお願いします!……っと、こりゃ失敬」
勢いよく敬礼をしたもんだから、持っていた万年筆を落とす青葉。そそっかしいなと場の空気が若干和んだ所で本題に入る。
「さて……本来なら提督自身に話を聞くべき所なんだが、指揮の最中に怪我したって?」
「はい。以前から攻略に勤しんでおりました海域で手強い敵が現れました。現場で直接指揮を執ると申されました提督が狙われまして」
「ふ~ん……それで?提督は今どちらに?」
「生憎とこの様な島では医療設備も足りないので、ボルネオ島(ブルネイがある島)にある病院に」
「じゃあ後でその病院を教えて貰うとして……取り敢えずは運営状況の解る資料を見ながら、話を聞かせてもらおうか」
提督達と秘書艦・長門の会談は穏当に終わった。資料を見る限り運営状況に問題はなく、士気も高い。提督不在という困難な状況なれど、大して問題はない、と提督は結論付けた。
「いやいや、どうやら軍令部の勘違いだったらしいなぁ。すまんな、要らない疑いを掛けて」
「いえ、彼方も疑って掛かるのが仕事でしょうから」
「そう言って貰えると助かるなぁ。ま、こっちからももう少し調査の精度上げるように釘を刺しておくわ」
「そうして貰えるとこちらとしても有難いです」
「んじゃ、最後に鎮守府内をぐるっと一回りさせてもらえるかね?一応施設も確認したって体を作らんといかんから」
「では、大淀に案内させましょう」
「いいや、それには及ばんよ。腐っても提督だ、大体どの辺に何があるかは雰囲気で判る」
「では、また」
「ああ、じゃあな」
そう言って提督と青葉は執務室を後にした。
「……仕掛けられたか?」
「バッチリです。向こうも落とし物とは思っても、盗聴器とは気付かないでしょう」
先程の会談中、2人はとある小細工を弄していた。会話の前に青葉が万年筆を落としたが、実はそれはわざとであり、万年筆に偽装した盗聴器をローテーブルの下に仕掛けるのが目的であった。
「どうぞ」
「ん」
青葉からワイヤレス式のイヤホンを受け取り、耳に付ける。
『やれやれ、厄介な客だ』
イヤホンから聞こえる長門の声。小型でも流石は明石謹製、集音性はバッチリだ。
『気付かれたでしょうか?』
『さてな。提督の不在に突っ込まれた時には胆を潰したが、取り敢えずは大丈夫だろう』
どうやら、長門は提督達に何かを隠しており、大淀もグルになってその『何か』を隠蔽しようとしているらしい。
「あっさりとウタってくれれば楽なんですがねぇ」
「案外ポロッと漏らすかも知れんぞ?」
「その根拠は?」
「ほれ、苦手な上司が居なくなった途端に愚痴溢す……みたいな?」
「あ~、わかります」
長門と大淀の会話を聞きつつ、言葉を交わしながら周囲を見渡す。歩いている艦娘達は平静を装ってはいるが、若干頬が痩(こ)けていたり目の下の隈がうっすらと見える者もいる。
「栄養状態がよろしくねぇな」
「ですね。辛うじて最低限の栄養は摂ってそうですが」
こうなるとこっちが持ってきた撒き餌がかなり効きそうだな、と目論見が当たった事を内心喜ぶ。『衣食足りて礼節を知る』という言葉のある通り、飢えは人から冷静な判断力を奪う。何かしらの機密があったとしても、飢えた状態で食糧をチラつかされれば、全員でなくとも少しは喋る者も出るだろう。
『しかし……厄介な物だ。提督が居なければ艤装にロックが掛かるとは』
『安全装置の一環なのでしょうが、今の我が鎮守府には好ましくない機能ですね』
「む?」
「来ましたね」
いよいよ本題が聞けるらしい。
『しかし要らんだろう?提督等という存在は。安全な後方でぬくぬくと指示を出すだけの人間など、居なくても変わらん』
『ふふふ、だからこそ貴女を中心にした強硬派が提督を監禁した……そうでしょう?』
『ふん、私の方が有能だと大本営に示そうとしているだけだ。それに……』
『それに?』
『私は男という生き物が嫌いだ』
秘書艦・長門の突然のカミングアウトに、提督と青葉はずっこけそうになった。
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