SAO(シールドアート・オンライン)
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第六話 ギルクエ? なにそれ? おいしいの?
前書き
アスナ「牛はもううんざり」
キリト「牛だけに」
ハルキ「ほんともう、牛にはもううんざりだよ、もう」
グラント「まったくモー」
「さーて、それでは第一回ギルドクエストを開始しまーす!!」
まーたロングヘアー男が何か始めやがったよと思っているそこの人、まさにその通りである。数分前にデュエルもどきの様な事をしたばっかりだというのに元気なものである。
「……なあグラント、確か俺達、カルマ回復クエストとかいうのを受けに行くんじゃなかったのか?」
もはやそんなグラント節にも慣れてしまっていたハルキが浮かんできた疑問を率直に述べると、横に並んでいる鎧男、トミィもそのヘルメットをがくがくと縦に振る。
因みにグラント達はこのトミィ氏をここ、第二層安全圏「タランの村」入口まで連れてくるのに大分苦労を重ねている。普通に歩くこともままならず、疾走スキルを発動させた途端に明後日の方向に走り出していってしまい。
……そのくせして、装備は決して解除したがらないので重量ペナルティをフルに受けてしまっているこのプレイヤーを、結局グラントとハルキの二人で担ぎ上げてここまで運んできたのである。トミィ氏、凄まじい筋力要求値である。
「いや、そうだったんだけどさ。一つだけ、確かめたいことがあってね? ギルメンたる皆にはギルドリーダー権限で付き合ってもらおうと」
「じゃあなグラント、もうギルメンじゃないけど一応たまに生きてるかどうか確認してやるよ」
「いやんまってぇハルくん」
いつもながら調子がいい事この上ない。だが何だかんだでそんなグラントのおどけに乗ってあげているハルキも、実はその「確かめたいこと」の内容が少し気になっていたりするのだからおあいこである。
「それで、ですよ。その内容についてなんだけど。記念すべき第一回ギルクエはですね?」
さあ、そしてついに、その実態が明らかにされようとしていた。よく考えたらギルクエことギルドクエストとは、ギルドメンバー全員で受注しこなすクエストないしはそれを行う事でギルドのレベルを上げるためのものであり、間違ってもギルドリーダーが勝手にギルメンに課す任務ではない筈なのだが、そんな事は気にしたら負けだ……。
「あの、衛兵NPCを潜り抜けて、オレンジのまま圏内に入ってみよー!!」
ああ、負けたって構わん。ハルキは思った。
(……他の全SAOプレイヤーの為にも、コイツはここで始末するべきかもしれないな。俺はともかく、新入りのトミィが驚いて仰け反ってるぞ)
取り敢えず説明をしておく。何かしらのクリミナルコードに抵触したプレイヤーのカーソルがオレンジ色に染まる事は前回説明したが、それによる具体的な制約の中に、「圏内への立ち入り禁止」というヘビーなものが存在する。それは文字通りカルマ回復クエストをこなすことによってカーソルをグリーンにせねば圏内へ入ることが出来ないというものなのだが、実際にオレンジプレイヤーが街などに入ろうとすると、入り口に常駐している衛兵NPCが阻止せんと襲い掛かってくるのである。
そしてこの衛兵NPC、とんでもなく強いのだ。低レベルのプレイヤーからトッププレイヤーまでオレンジになりうるプレイヤーの層が幅広いためか、攻撃力は一層のボア程度にしか設定されていないのだが、その代わりに圧倒的防御技術、圧倒的素早さ(というより素早さの方はシステムの補正がかかっているとしか考えられられない動きをするのだが)を誇り、グラントの知る限りでは、ベータ時代から一度も突破し街に侵入したオレンジプレイヤーの話を聞いた事は無かった。
「という訳で、俺達がその第一号になったろうよ! ね? ねぇ?」
「いや、あのさ……馬鹿な事してないで早くオレンジカーソル変えたいんだけど」
「ばーかな事とはなんだねハルくん。これは重大な実験だよ?
もしこれが成功したら、犯罪に手を染めるオレンジプレイヤーが圏内に入る手段が、実は存在したって事になるのだよ?」
唐突ながら、このグラントの発言は本人の自覚無しになかなか危険な香りを含んでいた。ハルキはそれを聞いて、ぐぐっと言葉を詰まらせる。
自ら進んでオレンジになろうとするプレイヤーとそうでないプレイヤーとでは、オレンジ化する回数に大きな差が出てくる。一般プレイヤーがオレンジになる可能性なんぞ、せいぜい今回のハルキのような突発的なアクシデントに巻き込まれた時ぐらいのものだが、犯罪者プレイヤーというのは機会はおろか自ら進んでオレンジになりたがる連中だったりもするのだ。
そこまでプレイスタイルに乖離があれば、当然このデスゲームと化したSAOに対する観念や主張……ようは見える世界が違う事も致し方ない。
という訳で、そんな事を思いつくグラントの思考回路はどうかとは思うものの、今がそれを確かめるいい機会である事は確かなのである。オレンジプレイヤーという立場がどういうものなのかの検証という意味でも。
……もちろん、当の落武者男はそんな事カケラにも思っていないだろうけど。
「もーハルくん! そんなにコン詰めないでよ〜、ちょっとしたチャレンジみたいなもんじゃん?? チートは良くないと思うけどバグ技裏技は大歓迎ってだけだぜ!!」
「重大な実験」なのか、「ちょっとしたチャレンジ」なのかどっちだよ。というか最後の方の下り色々と問題な気もするぞ?
「……まあいい、取り敢えず話を聞こうじゃねーか。だけどその前に質問、させてもらうぞ。
一つ目、なんで主街区のウルバスでやらないんだよ?」
「えー、だってあそこ結構プレイヤーいるし、目立つじゃん。下手したら犯罪者ギルドだって思われるかもだし」
「……一応人目につきたくないって思うくらいには分別があるのな」
グラント、微妙に小心者である。
「んじゃ、質問二つ目。どうしてここ、第二層なんだよ?」
「まあ、ハルくんたちがオレンジの状態で他の層に転移するのって、結構難しいってのもあるけど……実は、ちょっとした『隠し味』も考えていてね?」
「あー、長くなりそうだから次の質問いくぞ、どうせこっちで分かるようなもんだし」
この時点でハルくん、完全にノリノリである。終始黙ったままのトミィ氏も初めは及び腰だった姿勢が、今は若干前のめりになっている……ように見えないこともない。
そしてついに、ハルキが最後の質問を口にすると、グラントはにやり、と不気味に微笑んだ。
「……どうやって、あのNPCを妨害するわけよ?」
「はぁ……バカだよな。こんなどーでもいーこと、なんでこう思いつくのかな」
場所は変わらず、タランの村入り口付近。だがここでグラントが第一回ギルクエの内容を発表してから既に小一時間が経過している。加えて当の本人は「役割」を果たすためとはいえ、発表直後にとある場所に向かって以来音沙汰がない。今この場にいるのは彼からの連絡待ちであるハルキと、そして今回の作戦において最も重要な役割を持つトミィ氏のみである。
「ーーー、ーーーー。」
だが、ハルキはそんなキーパーソンたる彼とろくにコミュニケーションが取れていない。決して仲が悪いわけでもお互い人見知りをしている訳ではないのだが、そういう問題ではなく、単純に彼の声が聞こえないのだ。
「なぁ、無理に話せとは言わないけど……何かしらの意思伝達手段は必要なわけだよな?」
呆れたように話しかけるハルキに、がしゃと音を立てながらトミィは振り返ると、カクカクと頭を縦に降る。
「その、その声量じゃ小さくて聞こえないんだよな……ほら、ボス級のモンスターとかと戦ってる時とか、一々聞き直していられないだろ?
だから何かしら、別のコミュニケーション手段を考えようぜ」
ハルキのその言葉にそのプレイヤー、全身鎧とは言っても実はそのサイズはハルキの体躯よりも小さかったりするトミィは暫く首を傾げていたが、やがて徐ろに自身のウィンドウを開く。そうして何やら自身のバーを弄っている彼をハルキは少しの間不思議そうに見つめていたが……やがて、通知音と共に視界の右端に、小さな手紙のアイコンが点滅した。
まさか、とハルキがそれを指でタップしメッセージを開くと……。
『∠(・_・)ラジャ』
ちなみに、後にグラントの見るところによると、『あー、いるよねこういう人。コメントは絵文字だけみたいなプレイヤー』との事だった。MMORPGなんぞただの一度もしたことの無いハルキにはさっぱりだったが。
どうしてこう、ハルキは思った。俺の周りにはこう、訳のわかんない奴ばっかり集まるのかな。
ちなみに当の本人たるトミィはその超鈍足でハルキの前まで歩み寄ると、フルフェイスが無ければ上目遣いのようになっていたであろう仕草で彼女を見つめていた。
「……分かったよ、それでいこうそれでいいよもう」
何だかいたたまれなくなってしまったハルキが思わずそうぼやいたその時、再び手紙アイコンが光り。またトミィかと条件反射的に開いた彼女は、しかしその送り主が彼ではなく例の盾男の方であるのを確認した。
『待たせたな。今すぐ作せん開始prz』
「……ん?」
「作せん」に関してはまだしも、文章として成立していない最後の下りは何だったのか、とネトゲ初心者ハルくんの頭に沢山の疑問符が浮かぶ。何か焦ってて、うまくメッセージが打てなかったのかな。
だがウィンドウを開きっぱなしだったその視界に、またまた更に新着通知の知らせが来て。
『開始prz→開始プリーズ(*•̀ᴗ•́*)و』
「……ああそうかい、良く分かったよ……」
意思疎通が出来ないよりはマシかと思っていたが、これはこれでどうやら面倒なことになりそうだなぁ……と頭の片隅で思いながらも、ハルキは仕方なくトミィにその場から動かないように伝えて、目の前のタランの村に向かっていった。
「立ち去れ! 咎人をこの村に入れる訳にはいかぬ!」
そして、どうやら村の入り口に常駐している衛兵NPCの可視領域に入ったらしく、直後に突然そう怒鳴りつけられる。ついさっきまで居眠りしてたじゃないかと、「デフォルト表示」というグラフィックの概念を知らないハルキは苦笑いして……一気に間合いを詰め、衛兵に向かって剣を振りかざして。
この瞬間に彼女ら三人、「グラント帝国(略称)」の、初ギルドクエストが始まった。
「う、うぉあっ!?」
ハルキとしては相手の構え方を観察して、最も守りの薄い左下段を正確に斬りかかったつもりだったのだが、狙われた衛兵の方はどう考えても有機的なスピードではない動きで、手にした槍を使い彼女の剣を阻んでいた。
「おい、今手首が一回転しなかったか……?」
恐らくこれが、先ほどのギルクエ発表直後にグラントの言っていた、「システム補正がかかっているとしか考えられない動き」なのだろう。それを彼女が察するよりも速く、衛兵は攻撃に転じていた。
「ぐっ……ひ、久し振りに手応えがある敵だな……!!」
いやいやハルくん、君つい一週間近く前に一層のフィールドボス、通称コボルド軍曹にコテンパテンにされかけてたでしょ。だめよあれカウントしないと。それはともかく、純粋に技術の問題で苦戦するレベルの攻撃と防御を繰り出してくる衛兵に、分かっていたこととはいえハルキは少々戸惑っていた。
「あいつが来るまでっ……もつか……分からねぇぞっ……!!」
今回のハルキの役割は、簡単に言えば尺稼ぎである。
今この時間にグラントが作戦のとある下準備をしているのだが、それが終わり彼が再びここに戻ってくるまでの間、衛兵のヘイトを集めて持ちこたえるのが目的だ。
因みに、それなら初めから戦闘を仕掛けなければ良いんじゃないかって思うかもだけど、そこに関しては一応、グラントの用意したそれ……彼の言葉を借りるなら「隠し味」をなるべく不意打ちという形で成功させたいからというそれなりの理由があったりして……いずれにしてもハルキに求められているのはその時間までの耐久である事は間違いない。
「まあ、やるだけ、やってやるか!」
ハルキは衛兵の繰り出した槍の一突きを右に受け流すと、その槍と入れ違うようにして相手の懐に入り、そのまま上段、相手の顎を狙って鋭い突きを放った。これを目の前のNPCは完全に避けることは出来なかったようで、大きくバックステップをするその顎には赤いダメージエフェクトの筋が通っていた。
(お、ダメージは通るみたいだな……全く堪えて無さそうだけど)
先ほどこの衛兵NPCは圧倒的防御技術と圧倒的素早さを誇ると述べたが、ではその体力や如何ほどかというと、これが曲者でよく分からないのだった。
というのも、フロアボスでさえ傍に自身のヒットポイントバーを表示させているというのに、この衛兵にはそのバーが存在しないのだ。この現象を目の当たりにしたプレイヤーからは、この衛兵は持つ役割(犯罪者プレイヤーを圏内に入れないというシステム上のルールを遵守する、というもの)を考慮してもヒットポイントが無限に設定されている、あるいはとてもプレイヤーが削り切れない程の膨大な体力を有しているなど様々な推測が飛ばされたようだったが。
果たして、それをまたまたグラントから聞かされていたハルキは、一向に怯む様子のない敵にどこか納得して、げんなりした。
「……よし、こうなったら、だ」
ハルくん、独り言が多いとか言ってはいけない。これでも文の区切りの為に重要な要素なのである。それに今回の彼女のこの一言は、今までとは違い新たな技を試すための、意識の切り替えスイッチのようなものなのだから。
「いーよ、お前にやったろうじゃないか。ちょっと前から考えてはいたけど、実践するのは初めてだぜ」
このナーブギアによって確立したフルダイブ型VR環境では現実世界と違って、重力などの既存の物理法則に制限されにくいという特性がある。現にそれを利用したアクロバティックなソードスキルというのは、例を挙げるなら短剣を始めとして、もちろん片手直剣などにも複数存在する。
と、言うわけでハルキは考えたのだ。現実世界では不可能と言われるような大胆な剣術を、この世界でなら試せるのではないかと。今までグラントに振り回されていたのもあり結局それを実践する機会はなかったが、攻撃性能が低く防御性能に長けているこのNPCはそれを試す格好の敵である。
オレンジじゃなくなる前に、やるだけやっておこう。彼女はそう決めて、剣を一旦アイテムストレージに収納すると、今度は背中ではなく左腰に下げるようにして実体化させた。そして左手で鞘を押さえ、右手でその柄を握り……相手に向かって突っ込んだ。
まるで抜刀術の様に剣を左下から右上へと斬り上げるハルキに対し、衛兵はまたもや凄まじい速さで槍を翻してそれを受け止めて。
「かかったな」
ハルキが不敵に笑う。たった今防がれた筈の剣をさらに右に引きぬくと、自身は衛兵の左背後に背中合わせで一回転しながら飛び込む。衛兵の目の前に残されたのは、どういう訳か剣の「鞘」のみ。
何が起こったのかというとハルくん、剣を帯びた鞘ごと初めの一刀をフェイントとして敵にぶつけたのである。そしてそれが敵に防御されるや否や鞘から剣を抜き、バスケのピポットターンの様な動作で敵の後方に移動して……そのまま、生じた体の回転を利用して。
次の瞬間にはその無敵を誇るNPCの右腰を剣で薙ぎ払い、大きく横に吹き飛ばすことに成功した。何だっけか、隙を生じぬ二段構えだっけか。
もう幕末に行っちゃえよ抜刀妻。いやそれアスナさんだっけ。
「へへ、残念だったなグラント。どうやらあんたの隠し味とやらを使うまでもなく……どあぁぁっ!?」
だが喜ぶのもつかの間。その勢いでもう街に入っちゃおうかとハルキが動き出すや否や、つい今しがたまでダウンしていた衛兵NPCがグラサン金髪オールバックな某特殊部隊隊長さんもビックリなとんでもない速度で、十メートルはあったであろうハルキとの距離を一秒足らずで詰めて再び目の前に立ちはだかったのだから。
『(((゜Д゜;)))』
「まったくだよ!!」
唐突なメッセージに珍しく同意を返しながら、そういや後ろにはその送り主ことトミィ氏がいるんだっけかと状況を再確認する。一応グラントの作戦によると彼にはこの後の重要な役目があるので、最後まで彼にヘイトが集まらないようにときつく言われているのだが。
ジリ貧である。分かっていたとはいえ酷いジリ貧である。せっかくハルキが自力で編み出した秘剣もシステムの暴力の前に敗れ去ってしまい……。
「別に敗れてはいないけどな!! くそっ、何なんだこいつ……!」
「破れてないって、何がさハルくん!?」
さて、そしてここでようやく真打(?)グラントの声が。先程まで勇ましく最強のNPCと渡り合っていたハルキも、ようやくこの役目から解放されると歓声を上げて、声のした方向へと振り返る。
「遅いぞグラント!! これ終わったら夕食おごっても…ら……」
そして、そこで言葉を止めた。
「……何してんのグラント」
そう、よく耳を澄ませば、もっと早くハルキもその異常な事態を察知出来たかもしれなかったのに。
辺りにはゴゴゴゴゴという謎の地響きが轟いていたのである。それもそのはず、ちょうど主街区ウルバスの方向から鬼の形相でこちらに全力疾走しているグラントがいるのだから……じゃなくて。
「な、なにをかくそう、これが俺の言った『隠し味』なんだぜってしんじゃうぅぅぅぅぅぅぅ!!??」
もちろん地響きはグラントによるものではなく。
その背後、今にもグラントの背中を突き飛ばそうと追尾爆走している、とんでもねぇアイツが起こしているものだった。
「トレンブリング・オックス」。肩までの高さが二メートル半に達する、第二層特産の巨大牛型モンスターである。見た目通りの耐久力と攻撃力もさることながら、この巨大牛の最大の特徴はプレイヤーへのターゲット時間、そして追尾距離が他のモンスターに比べると圧倒的に長いところにある。
このトンデモ牛が比較的ウルバス近郊を徘徊している事が多いことをベータ時代の知識として持っていたグラントは、その異常なほどの追尾性を利用して今回の衛兵NPC突破に利用できないかと考えていたという訳である。そして数分探して見つけたその牛に散々追い掛け回され、たまにもろに激突を食らいながら、何とかここタランの村前まで連れてきたのだった。
「ハルくうううん!! 全力で、横に、飛んでええええっっっ!!!」
「なっ!? こっちくんなって……だあぁ! どーしてこうなるんだよぉぉぉぉ!!!」
ラストスパートと言わんばかりにステータスの許す限りのフルスピードでこちらに向かってくるグラントにそう告げられたハルキは、今度もまた奇天烈なノリに巻き込まれたことを本気で恨みながら……全力で、横に、飛んだ。
「ようし! こんのストーカー牛め……思う存分、突っ込んでくるがいい!!!」
そしてハルキが牛の突進経路から逃れたのを、また彼女の目の前にいた衛兵NPCがその経路上にいることを確認すると、グラントは走るのに邪魔だった為今まで収納していた盾を手早く実体化させ、牛に向かって振り向き翳した……その結果。
「くたばれえぇぇ!! チート衛兵NPCがあああぁ!!!」
……チートというのはあくまでプレイヤー側のするシステム的な不正行為であって、NPCがチーターであるなんてことはまずありえない訳だがそんな事はグラントにとってはどうでもいい、というかその手の誤解多くないかいグラント。ギルクエといい。
とにかく、怒涛の勢いで猛進しているその巨大モンスターは、遂にギルクエの目標である衛兵NPCごと、グラントに向かって突っ込み……そしてタランの村入口の、石で作られたアーチに物凄い音を立てて大激突した。
「ぐええぇぇ……」
という何やら断絶魔の様な声がハルキの耳に届いたような気がしたが、きっと気のせいである。
でもここまで来たのなら仕方ない、作戦の最終段階をクリアしてやろうじゃないかと、彼女はありったけの声で、ここまで出番のなかった新人……疾走スキルの使い手であるトミィに向かって叫んだ。
「今だトミィ、走れぇぇぇ!!」
今度はトミィはハルキにメッセージを送る事は無かった。
その代わりに彼は足を陸上のスタンディングスタートの様に曲げ、足首からつま先までをライトエフェクトによって光らせた。それが疾走スキルの発動モーションである事をハルキが悟ると同時に、トミィは弾丸のように駆け出した……その、アーチのど真ん中に向かって。
流石、ハルキでさえまともに視認できない程のスピードの持ち主である。彼女が、あるいは衛兵NPCと共にアーチでぐっちゃになっているグラントが「いっけー!!」と声援を送る暇もなく、トミィは次の瞬間にはあと一歩で圏内という所まで進んでいた。
これには流石の衛兵NPCも焦ったようだった。目の前の巨大牛を一突きで撃破すると(!?)、先程のハルキとの対決で発揮した素早さをもって、一瞬でトミィの侵攻を防ごうと移動したのだったが。
「こぅら行くんじゃねぐっはぁぁっ!!」
とっさの判断で、グラントが共に牛に潰されていた衛兵NPCの足を引っ掴んでいたのである。もちろんその程度ではその最強衛兵を止めることなど出来やしないのだが、彼がそうして掴んだ分、敵の移動がコンマ何秒か遅れた。
そして、その一瞬の間はトミィが衛兵を振り切って圏内に侵入するのに十分な時間だったのだ。
「……やった」
ハルキは茫然としていた。
本当に出来てしまった。初めは何を馬鹿な事をと諦め半分で乗ってみた作戦が、しかし成功してしまった。現時点で「グラント帝国」ギルメンでカーソルがオレンジなのはリーダーのグラントを除くハルキとトミィの二人であり、そのうちのトミィが遂に圏内へと辿り着いてしまった。
(でもこれって、問題だよな)
そう、この実験の結果を単なる達成感だけで味わってはいけない。それはつまり、オレンジプレイヤーが圏内に侵入する事が不可能ではないという結果なのだから。
この事はなるべく早く、攻略組や中層プレイヤー達に知らせるべきだろう。そしていざ犯罪者プレイヤーが今回のように何らかの方法で圏内に紛れ込んだ時の為に対策を練らなければ……。
「ひゃ、ひゃったねふぁうふん、うぁくぁうぁふぇふぃふっふぇうぃっふぁふぇふょ」
「取り敢えず黙ってようか、グラント」
どうやら先程の激突で相当意識を持っていかれたようであるグラントをハルキは無慈悲に黙殺した。正直何を言っているのかもさっぱり分からなかったが、どうせ調子のいいことを言っているのだろうことは明白だからである。
というかここで調子に乗せると後々とんでもないことを言い出しかねない、とハルキに思われてしまっているあたり、グラント氏残念である。
(……まあでも、今回の作戦は大したもんだったかな)
それは認めざるを得ないのかもしれない。何せ自分一人では奥の手を使ってもなお突破できなかったあのNPCを、パーティーメンバーそれぞれの特性や第二層のフィールドにポップするmob……そのような多面的な要素を組み込むことによって見事突破したのだから。
だが、そんなハルキの密かな関心も、次の瞬間には一気に吹き飛んでしまう事になるのだった。
「わ、わわっ!?」
「ふぁりゃ? と、とみぃひゃん?」
突然、ハルキとグラントの間を通る銀色の風。まさしくトミィであるその影が、せっかく圏内へと入れたというのに逆にフィールドへと猛撤退したようだった。どういうこと、と二人はトミィがつい先ほどまでいた筈の、村の方を向いて。
二人は、目を点にした。
「世の理を破り、村へ攻め込んだ咎人め!! 今こそ我々、『自警団』が成敗してくれん!!」
「……ねぇ、グラント」
「知らなかった。いや流石に知らなかったなあ」
先ほどハルキが剣を交え、トミィが振り切ったあの衛兵NPCにそっくりな顔、いで立ちをしたNPCが目測十人近く、こちらに向かって鬼気迫る勢いでなだれ込んでいるのである。もう先程の衛兵NPCはその中の誰なのか、分からない位である。なかなかシュール……というか気味悪い。
「……どうする? ハルくん」
「んなの、決まってるでしょ」
予想斜め上のあまりの光景に唖然として、ふわふわだった口調も治ってしまったグラント。
この様子だと、やはりどの道オレンジプレイヤーは圏内に留まれないようにプログラムが組まれているんだなあと、安心しながら背筋に冷たいものを感じるハルキ。
「……逃げようハルくん!!」
「逃げるぞグラント!!!」
『◝(⁰▿⁰三⁰▿⁰ ‧̣̥̇)◜』
そして、もう村の外だというのに何故かなかなかターゲットを解いてくれない衛兵NPCの「自警団」から息も絶え絶え逃げ回りながら、三人は三人とも、この後はカルマ回復クエストを速攻で受注しようと心に刻んだのであった……。
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