SAO(シールドアート・オンライン)
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第四話 なんでや! VS なんかちがう!!
前書き
「なんでや! なんで、ディアベルはんがこの作品には出てこないんや!!」
グラント「……ディアベル?」
ハルキ「うーん……?」
どうしてこうなった。ハルキは思った。
いや、正確には理由なんて解りきっている。隣で鼻歌なんて歌ってやがるこの盾バカ野郎が、第三層フロアボス戦終盤に散々やらかしてくれた結果なのだから。
「……俺皆を助けに行こうとしただけで、別に色々掻きまわそうとした訳じゃないからね? っていうかそれくらい分かって?」
「安心していいよハルくん。別にハルくんを見てそうだって勘違いした訳じゃなくて、フツーにやったろうと思ってやっただけだから」
「余計にタチ悪いだろそれ」
今二人がいるのは先程と変わらず、アインクラッド 第三層迷宮区、ボス部屋である。一つ変わったことといえばそこにはもう、あの大木のように大きなフロアボスは存在しないという事だろうか。
そして、グラント達の前にはつい数分前までは共に戦った、攻略組の面子が群がっている。
「っていうかグラント、さっきの技なんだよ、あんなソードスキル覚えてたのか?」
「あ、ほら。初めて会った時、盾の熟練度がメチャ上がってたじゃん? あの時にちょっとね」
因みに彼は「ポイズンガード」以外に、同条件のプレイヤーの麻痺耐性を上げる「パラライズガード」もその時に習得していたりする。それ以外では「盾装備時に守備力上昇」的なステータス強化を何個かと言ったところだ。すごいぞ盾スキル。発動させる機会がとっても限定的な気がするけど気にしない。
「二人とも、待たせて済まない」
「ま、元はと言えばジブンらが突然混ざってきたのが悪いんやからな!」
そしてそんな二人に声を掛けてきたのは、現時点での攻略組のリーダー達…ここ第三層にてギルド結成クエストが発生した事によってようやく発足した二大ギルド、「DKB」と「ALS」のリーダーであるリンドとキバオウだった。
なるほど、ボス部屋に入る前の「〜ちゅう」とか「〜ねん」とかはこの人の声か、とグラントはキバオウの方を向きながら、一人納得する。
「それで、君達のことだけど、正直こっちの相談だけじゃどうしようもなさそうなんだ。そもそもうちとALS、どっちに入るのかだってまだ決めてないんだろう?」
「ちょぅ待てやジブン、こいつらを勝手に引き込むような抜け駆けは許さへんぞ!!
……そらともかく、確かに今回はようやった思うけどな。ふつうに戦えるプレーヤーならまだしも、ジブンら二人は完全にネタビルドやさかいな」
何となく雰囲気でわかると思うけれど、今彼らがここに引き止められている理由は他でもない、突然フロアボス攻略に乗り込んできたこの二人を攻略組の一員として認めるかどうかの議論の真っ最中だからである。
本来ならばフロントランナー達は新戦力は無条件に受け入れる形を取っている筈だったのだが、ハルキが先程のアスナ救出を体技のみでこなした理由がソードスキルを何一つ使えないからだという事、そして先程キリトの攻撃を妨害してまでLAを狙ったグラントが全くもって武器を持たない主義である事が判明すると……たちまち、その場にいたプレイヤーの一部から不信感を表す声が聞こえてきたと言うわけなのだ。
「そもそもジブンら、パラメータ強化はどないしてんのや?」
「おいあんた、それはマナー違反ってもんじゃないか?まさかALSではギルメン全員にパラメータの開示を強要しているんじゃないだろうな?」
この二人、何やら仲があまりよろしくない様である。どちらかが何かしらの発言をすると、必ずもう片方がそれの批判を口にする。一見軽口の叩き合いに見えなくもないが、その表情から察するにDKBとALSというギルドは恐らく、攻略組トップギルドの座を賭けて競い合っていて、それ故結構真面目な確執でもあるのではないだろうか。
めんどくせえ。グラントは思った。めんどくせえ。
「いや、いいぜそれくらい。パラメータを見せればいいんだろ?」
「ちょっ、ちょい待つんだハルくん!?」
さすがゲーム初心者、プライバシーの開示に全く抵抗がない。そのあっさりした態度にはさすがのグラントもびっくりして止めに入る。
「さ、さすがにスキルとかパラメーター情報とかはプレイヤーの生命線な訳でして」
「別にいいじゃん、減るわけでもないし……あ、でも」
そんなロングヘアー男の制止も聞かず暫く自分のウィンドウを弄っていたが……そこで漸く、ハルキは大事なことに気が付いてしまった。
「……そもそも、パラメーターって何?」
場が一瞬、凍り付く。
「なっ……!! きみはパラメーターの事も知らないのか!?」
「ど、どないしてここまでやってこれたんや……」
ハルキがパラメーターの事を知らないという事は、当然彼は自分のパラメーター強化を一切していないという事であり。それであの動きかよ。もしその上AGI極振りとかにしたらどうなるんだこの人。
因みにだが、パラメーターが分からない人向けの簡単な解説をしておく。このSAOに限らず多くのMMORPGには、プレイヤーがレベルアップなど何らかの強化の恩恵に受けた時に手にするポイントをそこに振り込むことによって、自らのステータスを自分好みに育て上げることの出来るシステムがある。その振込先をパラメーターといい、内容としては、体力や攻撃値の上昇に繋がる「STR」や、素早さ及び回避速度を底上げする「AGI」、その他にも守備性能をあげる「VIT」などさまざまな項目があるのだ。
……ではクイズ。盾で防ぐことしか考えてなかったグラントが今まで上げていたパラメーターは何だったでしょう。
「……せやったら、相方のジブンもパラメーター上げてへんのか」
「おいおい、このグラント様をこんな新参者と一緒にしないでもらいたいね」
どこぞのビーターさんが第一層ボス部屋で言ってたようなセリフを吐きながら、グラントは得意げに鼻を鳴らす。
「そうか、それは安心したよ……それじゃあ見たところ君は壁戦士、タンク仕様の様だからSTRよりのVIT振りといったところだろうね」
そう、そのリンドの言葉こそが、攻撃よりも防御性能を重視したプレイヤーが行うべきステ振りである。防御の根幹たるヒットポイントと防御値をVITで強化し、また身に纏う重装備の筋力要求値を満たすためにSTRで補強するというのが、恐らくこのデスゲームを盾で生き抜くには最も安定したビルドという事になる。
「ちっちっち。甘いねーリンド君とやら。俺がそんなありきたりなビルドすると思う?」
「な…なんだって?」
よく見てほしい。グラント君、体にどこにも重装備らしき金属品を付けていない。まああの一層のコボルドの巣から脱出してまだ一週間といったところで装備の補強が出来ていないという面もあるが、そもそもロングヘアーやめてない時点でヘルメット装備なんてまるで被る気は無さそうだ。
「聞いて驚くなよ? 俺のパラ振りはだなぁ……」
それでは発表しよう。クイズの正解は。
というかスキルとかパラメーター情報はプレイヤーの生命線じゃなかったのかい、グラント。
「戦うさかいには、容赦はせえへんさかいな。覚悟してみぃ」
その数分後。グラントは数メートル離れた先で、やたらキャラの立っているトゲ頭のギルドリーダー、キバオウがこちらに向けて剣を突き出しているのを見た。その少し手前……二人の男のちょうど真ん中辺りには、「デュエル」開始までの残り時間を記したカウントダウンが表示されている。
どうしてこうなった。グラントは思った。
いや、正確には理由なんて解りきっている。調子に乗って自分のパラ振りを公開したとたん、攻略組のこちらを見る目がさらに剣呑なものになったのだから、そこに問題があるのだろう……だけど。
「いいじゃん別に!? パラ振りなんて人の勝手じゃね!?」
「アホちゃうか!? 一度死んだらアウトのデスゲームやで!? 趣味スキルの一つ二つくらいならまだええけどな……!」
怒髪天を突く、そんな形相のキバオウが、さらに言葉を言い放った。
「DEX極振りって、一体どういう神経しとるんやボケぇ!!!」
DEX。
この単語もまた、STRやAGIと同じパラメーターの項目の一つである。その正式名称は、「Dexterity」。
つまり、「器用さ」のことである。具体的には命中率やクリティカル率、攻撃速度の向上あたりがこれに該当する。その内容からもわかる通り、一般的なセオリーで言えばまずSTRなどで筋力パラメーターを上げておいた上で、攻撃の精度を上げるために補助的な意味でいくらか振ることがある、という程度の項目なのだ。このSAOという世界がただのMMORPGであるというのなら、クリティカルヒットを必中にさせるビルドなど独創的な育成をするのにある程度需要があっただろうが、一度ヒットポイントをゼロにさせてしまうと本当に死んでしまうこのデスゲーム内においてはほとんど優先されない項目なのである。
それをグラント君、「極振り」である。他のステータスはほぼ初期値のまま、DEX極振りである。
「なにやってんのグラント。流石に俺でもドン引きだぜ、それ」
「初心者のハルくんが言うかね、それ」
横から掛けられた声に、とほほと息を吐いてグラントは返答する。そのハルキもまた、もう一人のリーダーことリンドと向き合い、剣を構えていた。
そう、今の状況を簡単に言えば、問いただせば問いただすほど不安要素しか飛び出てこないこの二人について判断するには、実際に力量を測るしかないという事になり。ハルキはリンドと、グラントはキバオウとデュエルする事となったのである。フロアボス討伐直後だというのに、みんなお疲れ様である。
「ねえ、キリト君。あの落武者みたいな人、モンスターに殺されたい人なのかな?」
「さ、さあ……でも、本人は自分で『ガードホリッカー』って言ってたし、どちらかというとモンスターに殴られたい人なんじゃないか?」
どうやら先程のLA争いでグラントが見せた、実を受けドロドロになりながらも笑顔を浮かべ爆走する姿は年頃の少女には刺激が強すぎたらしい、アスナのグラントに対する評価は自身に下心を隠しながら言い寄る軟派プレイヤーに対するそれ同然にまで落ち込んでいるようだった。そんな彼女にキリトは苦笑いを浮かべながらも、数秒後には始まる二つのデュエルを見届けるべく、四人に目を向けていた。
キバオウやリンド、その他複数のプレイヤーが思うように、確かにこの世界でのステータス育成の失敗はそのまま、命の危険に直結しかねない。基本的には絶対にあってはならないのだ…あるいは、失敗したプレイヤーは今後必要以上に圏外へ足を運ばず、安全な街で攻略組がゲームをクリアするのを待つべきであるのだ。
だが、あの二人にそのような事が分かっていないとは、どうしてもキリトには思えなかった。この三層までの道のりも決して容易いものではない、きちんと敵の情報を把握し、目の前に立ちはだかる様々な問題を切り抜けてきたプレイヤーではないと、この迷宮区はおろか圏外にすら自由に出歩き続けることは難しいのだ。
彼らには、「信念」がある。普通と違うイレギュラーなスタイルを敢えて取るだけの、彼ら個人の確固たる意志があるのではないか。それはトッププレイヤーとしてというよりは、一人のゲームプレイヤーとしての直感だった。そしてそれを確かめるためにキリトはこの、なんとも不毛な決闘を静観する事を決めたのだった。
そして、やがてカウントダウンの残り時間表示が一秒になり…次の瞬間にはハルキとグラントの、言わば攻略組入隊試験が開始された。
「世間の厳しさ、教えたるわぁぁぁ!!!」
ただでさえ人相の悪いその顔をさらに歪ませ、キバオウはデュエル開始早々グラントに向かって突撃すると、上段突進技「ソニックリープ」を発動させ距離を詰めた。これをグラントは一歩も引かずに盾で受け止める。
うわ、怖っ。グラントは冷や汗をかいた。力めっちゃ強い。このキバオウというプレイヤー、なんか激おこである。いやお前さんのせいだろうに。
「デュエルは一対一や! 自分が攻撃せえへんと、勝てへんさかいな!!」
痛いところを突きますキバオウさん。グラントを挑発しながら立て続けに単発水平斬り「ホリゾンタル」を放ってくるあたり、実は煽り性能の高いゲーマーだったりして。むしろ一見煽り耐性低そうに見えるのに、人間分からないものだなあ。
仕方なくグラントも右手で腰に差していた短剣を抜き放つ。都合よく二人はインファイトの真っ最中であり、このトゲ頭は相手が攻撃をしてこないと高をくくっている。本来のスタイルではないが、この際しょうがない、グラントはそう自分に言い聞かせ、キバオウの剣を左手の盾で外側に受け流しながら右手に持った短剣を前に突き出して。
すかっ。
「……はぅ?」
ミス! キバオウにダメージをあたえられない!
ミス! キバオウにダメージをあたえられない!
ミス! キバオウにダメージをあたえられない!
「これはひどい」
キリトは絶句した。今彼の視界の先にいる盾男グラントは、あれだけ接近しているキバオウに向かって、一振りも自身の短剣を当てることが出来ていなかった。しかもキバオウが避けている訳でもなく、絶妙に彼の指一本分くらい手前を斬ってしまっているのだ。もう適性がないなんてレベルじゃない。
「何してんやで、ジブン」
これにはさしものキバオウも毒気を抜かれてしまった。初めの一刀は彼にとっては不意打ちの様なものだったので、やられたかと覚悟をしたのだったが…反応できていない相手にその刀身を触れさせることが出来なかった辺り、このグラントという男ただものではない。いろんな意味で。
「……やったらリーチのある片手直剣でも使えばええやろうに!」
「やだ!!」
「なんでや!!!」
「なんかちがう!!!!」
キバオウさん名言出ました! おめでとう! でも残念、グラントにはまるで通用していないみたいだけどね!!
という訳で、ああ言えばこう言うグラントに、いい加減本当にキバオウも我慢ならなくなってきたようだ。現実世界に比べてアバターの感情表現が若干過剰なこの世界である故か、彼は顔を見るからに真っ赤にしながら更に苛烈に剣を振り始めた。
「この盾アホめ!! なめてると痛い目見るで!!!」
一方、自身の攻撃が全く当たらないグラントは、この状況をどう打開したものかと割と冷静に考えていた。このキバオウという男、おそらくSTRを主軸に上げているのか力はかなりのものだが、剣の軌道は極めて単調で、正直あまり注意していなくとも攻撃を防げないという事はないだろう。モンスター相手なら問題なくても、対人戦では致命的な弱点である。なのであとは相手をぎゃふんと言わせる方法を探すだけなのだ。キバオウ涙目である。
(短剣が効かないとなるとネー……ほかの武器使うってのも、ポリシーに関わるし)
片手細剣は「ガラじゃない」
片手棍は「先っちょ重い」
片手斧は「先っちょ重い」
両手剣は「両手塞がる」
両手槍は「両手ってつくのヤダ」
……という訳で、彼はいかなる武器をも使用しない道を歩むことを決めたのだ。となると、武器でダメージを与える以外での攻撃方法を模索せざるを得ないわけで。しかも盾で殴ったってダメージは発生しないとか、さっきそれでキリトにLA取られちゃったし……。
と。
「あ、そうか」
武器でも、防具でもダメージを与えられないのなら。
―――ま、こんなもんだね。ソードスキルなんかに頼りすぎるからそうなるんだよ。
そんな声が耳を掠めていく。どうやら横ではハルキとリンドの決着が着いたようだ。加えその勝ち誇った様な声から察するに、ハルキがリンドを打ち倒したのだろう。次の瞬間に周りで事の成り行きを見守っていたプレイヤー達から歓声が上がる……そしてそれに一瞬気を取られたキバオウを見て、グラントはその隙に「それ」を決行しようと自分のウィンドウを可視化した。
そしてストレージタブに移動。セッティングボタン、サーチボタン、マニュピレート・ストレージボタンと、表示されるウィンドウの中の特定のボタンをタップしてゆく。
「何を企んでるかは知らんけど、小細工は通用せえへんで!!」
その間も左手の盾でキバオウの攻撃をいなしてゆく。その瞬間まで彼には密着していてもらいたいので、しっかり攻撃は受け流すようにして、相手に反動を与えないようにする。そういう所の技術は化け物だよね。
数秒後には、遂にグラントの計画は最終段階に至っていた。あとはそのタイミングを計るだけという所で、
「諦めぃ! ジブンに勝つ見込みはあらへんねん!!」
先ほどから思いっきり敗北フラグをおっ立てていることにこのトゲ頭は気付いていないのだろうか、そう思って軽く噴き出しながら、グラントは大上段から剣を振り下ろすキバオウ、厳密には単発垂直斬り「バーチカル」を放ってきたキバオウに盾を向けると…今度は受け流さず、武器と防具のインパクトのその瞬間に相手の剣を弾き返すシステム外スキル、パリィを敢行した。
そして、のけ反って数歩キバオウが自分から離れたのを確認すると、そのボタンをためらいなく、押した。
「めら☆ぞーまっ!」
キリトは見た。そうふざけた言葉を放ったグラントが最後に押したボタンが、「コンプリートリィ・オール・アイテム・オブジェクタイズ」というボタンだったのを。
アスナは見た。グラントがそのボタンを押した直後、キバオウの頭上に何やら圧倒的な質量、この世界の性質で言うならば圧倒的データ量をもつ何かが実体化しようとしているのを。
ハルキは見た。その何かの中には、グラントと共に一週間レベリングをした際にモンスターがドロップした素材アイテムがたんまりと含まれているのを。
そしてキバオウは見た。そんな直径三メートルはある球状のとんでもねぇアイテムの集合体が、次の瞬間には自分に向かって落下してくるのを。
デュエル決着の表示が上空に現れ、正式にグラントが決闘を制した事が周囲に知れ渡った。やがて彼が再びウィンドウを開き、先程押したコンプリートリィ・オール・アイテム・オブジェクタイズ、通称「全アイテムオブジェクト化」のボタンによって現出したアイテムを再びストレージに収納すると、そこには思わず伸びあがってみじめにぺしゃんこになっているキバオウがいた。
流石にどんまいである。勝者はグラントではあるのだが、そのあんまりな倒し方に周囲からはなんともな生暖かい視線を向けられていた。
「あんた、結構えげつないな。俺だってそこそこ手加減はしたぜ?」
「でしょ~? だからやりすぎないように、とどめはいつもハルくんに任せてるんだぜ!」
「嘘つけ」
もう何と言うか、この二人ハチャメチャである。思わずキリトとアスナが遠目ながら頭を抱えたことは言うまでもない。
「分かったよ……よく分かった。君たち二人は、確かに強い」
そんな二人のもとにやって来たのは先ほどと同じ、まだ意識のあるだけましなリンドさん。なんか胸を星型に斬られた跡があるんですけど。さてはハルくんもだいぶ遊んだな?
「ハルキ君の柔軟で鋭敏な立ち回りと、グラント君の防御と機転。この二つが今後、攻略組の戦力として役立つほどに洗練されたものである事は、僕が保証しよう。でもね」
だがリンドの方はというと、思いのほかハルキとグラントの性質を冷静に分析できていた様だった。予想よりは好感触な彼の言葉に、二人は顔を見合わせたが。
それでも、全てがハッピーエンドとはいかないようで。
「でも、攻略組に入れるのはハルキ君、君だけだ」
「……え」
唐突なその宣告に、ハルキは一瞬、固まった。
「な、なんでだよ。グラントだってデュエルに勝ったじゃないか」
「別に勝ったら攻略組に入れるとは言ってないよ。力量を測る、と言っただけだ」
慌てて詰め寄るハルキに向かって、しかしリンドは冷徹に言い放った。
「ハルキ君、君のパラメーターはまだ振っていないだけで、これから幾らでも鍛えようがある。でもグラント君はもうDEXに振ってしまっているんだ、その分彼の能力はこれから頭打ちになりかねないんだよ。
それにグラント君は、どちらかというと個人プレーの方が性に合っているようだからね」
「うっ」
自業自得なところが残念なところだ。いやまあ、あれだけやらかしたらね? さしものグラント当人もばつが悪そうな顔をしている。
「その点ハルキ君はさっきのフロアボス戦でも攻略組のプレイヤーを助けるために能動的に動いてくれた。
攻略に一番求められるものは、個人の技量以上にチームワークなんだよ。そうだろ?」
違う、そうじゃない。ハルキは思った。
チームワークが大事であるという事はハルキにだって分かる。問題なのは、グラントが攻略組の和を乱す、トラブルメーカーとして扱われているという事だ。いや大体あっているような気もするけど。
(こいつは面倒な奴ではあっても、そんな害悪な奴なんかじゃないのに)
今となってはグラントは、自分をベータテスターへの引け目から救ってくれた、大事な仲間なのだ。確かに性格上の問題か、奇行が目立つことは事実だが、それでも自分の様な新参者に一週間もの間ゲームの世界というものを一からレクチャーしてくれるくらいには思いやりがある奴だというのに。
……だが、そんな葛藤は次のグラントの言葉によって吹っ飛んでしまう事になる。
「はぁ、しょうがねーなぁ。じゃあ今回は遠慮させてもらうよ。これからもLA取りたかったんだけどなー」
そのあまりに軽い口調に拍子抜けたハルキは、
「おい、そんなあっさりと……諦めるの早いんじゃないのか!?」
「いや、だってなんか既にめっちゃ嫌われてない? それにギルド同士の対立とか居心地悪そうだし」
こんどは痛いところを突かれたリンドが、若干眉を寄せた。そんな青い髪のDKBリーダーに、グラントは続ける。
「いいさ。自分の居場所ぐらいジブンできめるさかいな!」
「『ジブン』は相手の事を指す言葉や! おちょくらんといてや!」
うおっ!? と、唐突なキバオウの復活にグラントが飛びのく。そんなやり取りを見ていて、何だか馬鹿らしくなってしまって。
(……そうか。
こいつは別に、どうしても攻略組になりたくてここにやって来たって訳じゃないんだ)
ハルキは悟る。元々力量試しで行こうって話だったし、もしかするとこのグラントって男には、このアインクラッドの上を目指す事よりももっと大事なことが……百層を目指すソードアート・オンライン本来の使命とは違った、彼だけの、何かしらの目的があるのではないだろうか。
……結論として、その推測は正しかったと言える。
そりゃそうだ。だってこれは、ソードアート・オンラインではない。
これは、シールドアート・オンラインという物語なのだ。
「そうだな、自分の居場所くらい。悪いけど、俺も攻略組にならなくていいや」
……なら、その可能性に賭けてみるのも、悪くはないかな。
そう、ハルキは思ったのだった。自分たちは彼らとは別の道でこのアインクラッドを生きる……そう心に刻んで。
「よっ。残念だったな、二人とも。攻略組になれなくて」
散々攻略組を振り回した挙句に仲間にならなかった二人は、そんなトッププレイヤー達から暗黙の総スカンを食らっていたのだが、そんな中気にせずにこちらにやって来たプレイヤーがいた。キリトとアスナである。
「けっ、お前は良いよなキリトめ。ベータでもここでも最強プレイヤーでさ」
あからさまにひがんでいるグラントに非難の目を向けるアスナとハルキ。
「大人気ねー。グラント大人気ねー」
「そういう所が攻略組になれなかった原因ね」
……いや、アーちゃん言いすぎじゃね? 女の子怖っ。グラント君、目が若干うるってるし。
だがそんな中、思う所があったキリトはただ一人、グラントに探る様な目を向けていた。
先ほどのデュエルでは多くの人間が最後のアイテムオブジェクト化「めら☆ぞーま」に気を取られていたが、それよりも彼が驚いていたのはそこまでの、キバオウの剣を捌く防御技術である。
基本的に盾という装備は相手の攻撃を一律に無効化できる代物ではない。それにはいわゆる耐久値が設定されており、攻撃を受ける部分とその攻撃の強さによってはダメージが一部貫通してしまう事も少なくはないのだ。
だがグラントは……デュエル中に絶えず表示されていたグラントの体力は、最初から最後までまるで減少するそぶりを見せなかった。そんな事がありうるとすればそれは、キバオウのすべての攻撃を盾の中心…裏に持ち手のある、盾の部位の中で唯一耐久値がダントツに高く設定されているほんの一ピクセル分の「基部」で受け続けていたとしか推測できないのだ。
そのような事が出来るプレイヤーなんて普通に考えたらまずいない。このグラントを除いて。そんな、基部で相手の攻撃を受け続ける程の「命中精度」なんてとても……。
「……あ」
DEX。
Dexterity。
器用さ。命中率。
「ど、どうしたのよキリト君?」
「どーせね、どーせあざ笑ってるんですよ、どーせ」
「あははは……いやいや、全然そんなことないさ」
面白い。キリトは思った。
面白い。このグラントというプレイヤー、今は駄目でも、将来は必ず。間違いなく。
「これからもどうぞよろしく、グラントさん。いつかまた、LA争いしようぜ」
だから、彼はそのロングヘアー男と友達になることにした。未来のフロアボス攻略に期待を寄せながら。
「それで、話って……なに?」
キリト、アスナ、ハルキ、そしてグラントの四人がそれぞれ言葉を交わし、それぞれの歩むべき道――キリトとアスナは上層の街へ、ハルキとグラントはひとまずこの層の街へ――へと向かおうとしたその時、ハルキの事をアスナが突然呼び止めた。そしてあとの二人を無理矢理このボス部屋から追い出して、今に至る。
なのでいま、このエリアにいる人間はハルキとアスナの二人だけだ。数分前までは何百人ものプレーヤーでごった返しになっていたというのに、寂しいものである。
それでも、その話をハルキにするならば……それを誰にも聞かれないように、こうなるのを待つしかなかったのだ。
「分かりますよね、わたしが何を言おうとしているか」
『で……でも、ハルキさん……? あなたは……!!』
フロアボスから助け出された直後にアスナが、ハルキと言葉を交わした、そのほんのわずかな時間。それだけでも、アスナがその事を察知するには十分な時間だった。
それは論理的な思考によって積み上げられた説でなければ、この全てがデータ化された世界だからこそ分かるステータスでもなく。
ただただ単純に、「女の勘」とでもいうのだろうか。
「わたしもそうだったんです。一層にいた頃は、フードを被って、極力顔を見られないようにしていました」
ハルキはアスナに背を向けたまま、何も話さない。しかしアスナはそのまま……最後まで、言葉を紡いだ。
「自分が女性だって、ばれないように」
……さて、ここで謝らなければならない事があります。
「……そっか、なるほどね。そりゃ、敵わないなー……」
それはもちろん、このソードスキルを捨てたプレイヤーについて。
「一応これでもさ、素の俺なんだぜ? リアルでも散々直せって言われてたけどさ」
た、たんと靴を鳴らし、しおれたような笑いを浮かべ振り返るハルキは。
「生憎、あんまり媚びた女っていうのは、好きじゃなくてさ」
―――彼ではなく、「彼女」なのでした。
後書き
※STR、AGI、VIT、DEXの説明はあくまでこの作品に沿った解釈をしたものであり、DEXで攻撃値が上昇するMMORPGなど例外は存在します。ご了承下さい。
両手斧「解せぬ」
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