SAO(シールドアート・オンライン)
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第一話 暗闇の中からコンニチワ
前書き
「本編初投稿おめでとう。 ……でも、この作品のクオリティ、他のゲームだとスライム相当だけどな」
「えっ、マジかよ! おりゃてっきり中ボスかなんかだと」
「なわけあるか」
2022年11月6日。
遂にサービス開始となったVRMMORPG、ソードアート・オンラインにいち早く参入しようとはせ参じた一万人ものプレイヤーを、想定外の悲劇が襲った。
内容は単純かつ複雑。ログアウトできないのだ。
彼らはSAOの製作者たる男、茅場晶彦によって現実世界に帰還するためにゲームをクリアする事を余儀なくされた。
そしてそれに加え、ヒットポイントを全損させたプレイヤーは、ナーブギアの内臓バッテリーから放たれるマイクロウェーブによって現実世界でも死亡するという致命的なペナルティを背負わされたのだ。
当然ながら、ゲームの世界に閉じ込められたプレーヤーたちは狂乱に包まれた。
その結果としてモンスターに殺される、外部への脱出を図り自殺する等、様々な理由からゲーム開始から一か月で二千人が死亡した。
そんな中残された人々は、スタート地点の街「はじまりの街」で外部からの救済を待つ者、そしてそこを拠点とした一大組織に加入し治安維持や勢力拡大に注力する者、またそれとは正反対にゲームのシステムが許す限りの軽犯罪に手を染める者……などと、様々な形でアインクラッドという異世界に居場所を見出していた、という訳なのだが。
さて、ここからが本題。
プレイヤーたちがログインと共にまず降り立つ地点、最初の拠点たるはじまりの街の正門から南西に一時間歩く程度の距離に存在する小さな森を、一人のプレイヤーが突っ切るように進んでいた。
その出で立ちは他のプレイヤーとさほど変わらない、言わば初期装備に近いものだ。背中には誰もが一度は手にするであろう全武器の中でも最も攻撃力の低い片手直剣、スモールソードを背負い、その身を鎧とは程遠い布製の服で包んでいる。
だが整った顔立ちを引き締めた彼のその目には、安全地帯である街の中「圏内」で途方に暮れて過ごすプレイヤーとは違う確固たる意志が宿っていた。前述の様なスタイルとは別に、中にはこんな状況であっても茅場の言葉に従い、この世界を脱出すべく積極的に上層を目指そうとする人間が五百人ほど存在したのだが、この人間もまた、そんな連中と同じように自らの手で道を切り開こうとしていた。
このプレイヤーは名前を、「Haruki」……ハルキといった。
「この辺り、だな」
西の森の奥深くに、隠しログアウトスポットが存在する。
そんな噂が流れ始めたのはいつ頃からだっただろうか。現実世界からの救済が訪れることもなく、人々が次第に現状を受け入れ始めた時期だったか、その事によってプレイヤー全体に広がりつつあった停滞感に切り込むように迷い込んだ情報だったような気もする。
最もハルキもその噂は何週間か前から何度も耳にはしていたのだが、彼はその噂の事を当てになどしていなかった。そんなスポットがあるならとっくに現実世界と何らかの意思疎通が出来るというものであり、「向かった人間が誰も帰ってこない」というそれは間違いなく道中でモンスターに殺されてしまったからに決まっていた。
だからこそ、ハルキはその場へ向かっていた。そんな出まかせを信じてしまった不幸な人間を命の危機から救うために。
やがて森をさらに西に進んだところの小さな崖で、そこに口を開けた横穴があるのを見つけたハルキは、アイテムストレージからオブジェクト化した松明を左手に持ち、右手で背負っていたスモールソードを引き抜いた。そして息を整えると、意を決してその横穴に足を踏み込んだ。
……そして、その直後。
――グオオオオッッ!!!
前方の穴から突然飛び出してきたのは決して外部と自由に行き来しているプレイヤーではなく、棍棒を持った半裸の大型モンスター、「コボルドサージェント」だった。光の射さないこの横穴では、このモンスターの様な巨大な体躯は暗さに溶け込んでしまい極めて索敵がしにくい、ましてやまだ全プレイヤーの平均レベルが低い現状ではなおさらである。
そんな巧妙な不意打ちを仕掛けたコボルドサージェント……直訳して「コボルド軍曹」は身を翻すや否や、間髪入れずにその重厚感のある棍棒をハルキの脳天めがけて振り下ろした。
だが結果としてその攻撃は宙を切る事となった。ハルキは目の前にコボルド軍曹を認めた瞬間に、一気に加速して間合いを詰めていたのである。その結果、大きく太い棍棒では上手く捌けない程には懐に入ることに成功したのだ。
「ふっ!」
そして裂帛の気合を込めて、ハルキは手にした剣を左下から右上へと、居合斬りをする様に振りぬいた。その剣の軌跡は紛れもなく、彼が通常のフィールドで存在する「コボルドヘンチマン」相手にレベリングをしていた際に発見したコボルド共通の急所、人間でいう所の心臓部分を切り裂いていた。
たった一振り、ソードスキルも使わない一撃だったが、その斬撃はコボルド軍曹を大きく仰け反らせるには十分なものの様だった。大きな音を立てて、モンスターは後方に二、三歩よろけ、終いにはズシンと盛大に尻餅をついた。そのおかげでハルキは、コボルドの背後……隠しログアウトスポットと呼ばれたその場所に、本当は何があるかを垣間見ることが出来た。
「……やっぱり噂は噂だったって事だけど……」
結論から言えば、やはりログアウトの噂は嘘であったと言っていいだろう。そこにはそれらしき特有のオブジェクトが存在するでもなく、ただ目の前にいるコボルド軍曹が住み着いていたのであろう(正確にはその様な設定になっている)焚き火跡があるのみである。
だがそれとは別に新たな情報も存在した様だ。その焚き火の中央、まさに火を配る筈のそのポイントに、トレジャーボックス……つまり宝箱らしきものを確認する事が出来た。それも、迷宮区でよく見かける消耗品の入った貧相な箱ではなく、銀細工が施された高級な箱である。流石に場違いなんじゃないかとハルキは苦笑するが、逆に考えればそれはつまり、その豪華さの分だけレアな品が入っているという事。
「悪いけど、ここは通させてもらうよ!」
ハルキはチャンスとばかりに体勢を崩したコボルド軍曹に肉薄し、そして手にした剣を右肩に背負い跳躍する。
すると彼の起こしたモーションによりソードスキルが発動しその剣がライトエフェクトに包まれ――――なかった。
……大事なことなのでもう一回。ライトエフェクトは発動しなかった。
「でやぁぁぁっ!!!」
そして再び斜めにコボルド軍曹の腹を斬り払う。その動きはソードスキルで言えば片手直剣基本技「スラント」そのものであるというのに、ソードスキルは発動しない。
それもそのはず、このハルキというプレイヤー、どういうわけかSAOにログインした直後に全ての武器系統のスキルを自らのステータスから削除したのである。バカかよ。何やってんだよ。
一応擁護してあげるとこのハルキという人間、リアルではその界隈ではそれなりの剣術の使い手らしい。幼い頃から達人たる父親に徹底的に鍛え上げられた結果、直近の成績としては全国大会に出場する程の腕前になったが、それでも本人は満足出来ずに日々修行に打ち込んでいたと言う程の剣術バカなのだ。
因みにその全国大会でハルキさんに勝った相手もやがて暫く後にとあるVRゲームに没頭して、持ち前の剣術を生かして暴れ回ったらしいけど、それは別の話。二期が決まったらやろうかな。
そんなハルキさん、SAOに降り立つや否や「いや、いらんでしょ、ソードスキル」なんて言ってのけたんだからこれはもう要らないのだ。いいよ好きにしろよ。
現に今、ハルキは別にソードスキルなんて使わなくても尋常じゃないパフォーマンスで、カーソル―――プレイヤーのレベルとの相対比較によって赤い程危険な敵であることを示す―――が血の様に真っ赤なコボルド軍曹を圧倒していた。一撃の威力は流石にソードスキルには劣るが、その手数は多く、加えて全ての剣戟をしっかりとコボルドに存在する急所に命中させる事でその欠点を補っていた。マジで茅場涙目である。
そしてついにコボルド軍曹のヒットポイントがレッドゾーンに差し掛かったところで……しかし。
そんなハルキですら予想だにしなかったまさかの事態が、ここに発生した。
「……あり? 誰か来てる?」
「っ!? 誰かいるのか?」
唐突に聞こえた、その呑気な声はもちろんハルキのものではなく。今まで全く人気のなかったその洞窟の中で唐突に判明した別の人間……プレイヤーの存在に、ハルキは反射的に声を張り上げていた。
だが、その姿はどこを探しても見当たらない。どこかに隠れているのかと思い、周りを大きく見回したハルキは……しかし、その瞬間にコボルド軍曹への注意をほんの少し、逸らしてしまったのだ。
「どこにいるんだ、姿をみせてくれ……ぐっ!?」
気がつくとハルキは宙を舞っていた。運が悪い、その一瞬の隙に、死ぬ直前の最後の足掻きと言わんばかりにコボルド軍曹が振り回した棍棒にクリーンヒットしてしまったのだ。
当たらなければどうという事はない攻撃も、当たってしまえば今のハルキのレベルでは致命傷に至るほどの大打撃である。ハルキは意識が希薄になっていく感覚を覚えながら、自分のヒットポイントがコボルド軍曹と同じくレッドゾーンまで一気に削られていくのを見た。
「く……くそっ……!」
そしてさらに悪い事に、吹っ飛ばされ天井に激突したハルキは、打撃属性の攻撃を受けた際によく生じる状態異常、スタンに陥っていた。身体を動かす事すらままならない彼は、受け身を取る事も叶わずうつ伏せに地面へと落下する。
このままでは、やられる。そう悟ったハルキは、無為な死者を出さないためとはいえ単独でこの様な場所、いわばコボルドの巣に来た事を後悔しながらも、視界の上方に見えるスタンの残り時間を睨みながら無理矢理に身体を動かそうとして。
そして、それを見た。
「……はい?」
ハルキはあまりゲームをする方ではなかったのだが、そんな彼でも今自分が目にしている光景は、後にも先にも中々お目にかかる事は出来ない異様なものだろう事を察する事が出来た。
ほら、ミミックっているじゃないですか。宝箱の中に潜んでいて、冒険者が油断して開けたところを一気に襲いかかる、あのタチの悪いアイツ。たまに街中の宝箱に潜んでるアイツ。確かにタチは悪いけれども、でも慣れれば流石に用心する様になるだろうし、色んなゲームでそういう類のトラップってあるもんじゃん?
……だけどさ。
逆に中に人間入ってるってパターンって、あんまり見かけないよね?
「ばばぁぁぁぁぁん!!!」
すぽーんと音が鳴りそうな勢いでその銀細工の宝箱の蓋が開いて、中からどこかの土管工さながらにジャンプして外に飛び出した人間がいた……いやだって、本当にそういう光景だったんですもの。
「……え……ちょっ」
ハルキは我を忘れてそのプレイヤーを凝視した。
体装備はさして自分と変わらない革製の防具だ、おそらくレベルも自分と同等かそれ以下だろう。長く伸びたやや茶色い髪の毛が宙を舞ってなんかすごい事になってる。背格好や動きの若々しさからこれまた自分とほぼ同年代なのではないかと思われるが、それにしては少々老け顔である。ロングヘアーも相まって残念な風貌である。
だが何よりも最も今この場において致命的だったのは、そんな彼、武器を持っていないのである。しかしその代わりと言っては何だが、左手に持つ盾はそれ以外の装備とは似ても似つかぬしっかりとした造りのものだった。
金色の淵に黒い表面とシンプルなデザインながら、それはハルキの知る限り現段階ではどの街の売店NPCも売っていないものだ。それが一体何を意味するのか……それをハルキが考えるより先に、その男は次の行動に移っていた。
出だしから原始人さながらなムーブを決めたそのプレイヤーは、事もあろうにハルキを狙って着実に足を進めているコボルド軍曹の背中に力強くジャンプし、そしてその大きな背中に思いっきりしがみ付いたのだ。
「う、うそだろ……!?」
暗闇にハイドしプレイヤーを仕留める程度の狡猾さを持っていたこのモンスターも、この大胆なアクションに関しては流石に対処行動としてのプログラムは備えていないようだった。「はっ!?」と言っているかのように短く唸ると、コボルド軍曹は自身の背後に位置するらしい標的に追おうとしてくるくるとその場で回転を始めたのだ。
ハルキはここまでの一連の様相を半ば放心して眺めていたのだが、振り回されて苦しいのだろうその武器無しプレイヤーが暫くぐぬぬと呻いたのちに放った叫び声で、漸く我に帰ったようだった。
「おいぃぃぃ!? スタン切れただろぅ!? 早く倒してプリーズ!!」
そうだ、もう課せられた硬直時間はとっくに過ぎている。色々と言いたい事はあるけれども……何はともあれ、今は敵のヘイトも向こうに集まっていて、まさに好機到来である。
ハルキは先程の横殴りを食らった際に松明を手放していた左手を右手に添え、片手直剣たるスモールソードを両手で持ち直した。そしてその剣を大上段に構え直し。
「たぁぁぁぁぁああっっ!!」
まーたソードスキルじゃないよと思った人、残念ながらハルキは今のところ投剣スキルに至るまでの全てのソードスキルが使用不可である。
というわけで剣道において最も基本的な動きであり、彼が最も打ち馴染んでいるであろうその一撃によって、哀れなコボルド軍曹はらしくもなく甲高い叫び声を上げながらポリゴンのかけらとなって霧散する事となったのだった。
(……終わった)
終わってみれば静かなものである。どうやらその洞穴の中はそれ以上の道は目に見えて存在しないようであり、探索結果としては中にレアな宝箱のあるフィールドボス級コボルドのポップ場所であることが判明したのみだった。
早く他のプレイヤーにも知らせないと、もう不用意にここに来る人間がいなくなるように……もっとも、ハルキ自身も今回かなり危ない橋を渡る羽目になったわけだが。
(……危ないところだったな)
彼本人としては、ソロだったとしても十分に立ち回れるほどにはレベルを上げていたつもりではあったのだが。今回の様なトラップ型モンスターなど圧倒的に強いステータスを誇る敵がいることを知らなかった辺り、どうやら彼はゲーム初心者のようだ。認識を改めねば……と彼が思ったところで。
「……あれ、さっきのプレイヤーは……」
ハルキがそう呟いたコンマ何秒か後に、背後でドスンと何かが落ちる音が聞こえた。そういえばその「さっきのプレイヤー」は敵の背中に、半ばヘッドロックを掛けるかのようにしがみついていたわけであり。
「あてて、わー、太陽が懐かしい……いやモノホンの太陽じゃないのか」
振り返った時にはその男も身を起こし、ついている筈のない服の汚れを払い落とそうとしていた。
そして自身に向けられた視線に気が付くと、ロングヘアーの男……「武器のない」男は、「ソードスキルのない」ハルキに向かって、言ったのだった。
「どもっす。俺はグラント。ナイスファイト、お疲れ様です……えっと、ハグでもする?」
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