歪んだ世界の中で
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第十九話 初詣その七
「そうだったよね」
「はい。自殺でした」
「ええと。大分前に死んでるけれど」
「それでもあの文章がなかったのですか」
「ということは」
希望は彼の考えられる限りのことから述べた。
「千春ちゃんが前にここに来た時には」
「たまたまでしょうか」
「そうだよね。掃除か何かであの文章を一時撤去してたのかな」
「そうかも知れないですね」
「それでなかったんだろうね」
希望は真人の言葉を聞きながらそのうえで納得した。
「そういうことだね」
「そうですね。そんなこともあるんだね」
「うん。神社もお掃除しないといけないしね」
「むしろ神社だからこそです」
真人はここで話すのだった。
「清潔に。清めないといけないです」
「清める?」
「神道では穢れは最も忌むべきものの一つですから」
ここから身奇麗にするという言葉や禊という言葉が出来たのだ。日本には今もこうした穢れ思想が残っている。これは神道からはじまるのである。
「ですから」
「神社だと余計に」
「そうです。どの神社もいつもお掃除をしていますね」
「確かにね」
希望は真人の言葉に頷いた。その時にだ。
丁度橋の頂上に来た。登りきるとそれなりの高さにある。
そこから下を見下ろすと池がある。そこには亀達がいるが今は冬で冬眠しており何もいない。池の中は静かだった。橋の上はこったがえしていても。
「そういうことなんだ」
「そうです。穢れです」
「成程ね。だから神社はなんだ」
「お寺や教会と比べてです」
「念入りにいつも掃除しているんだね」
「はい、そうです」
まさにその通りだというのだ。
「そうしています」
「神道にもそうした決まりがあるんだね」
「これといって戒律はないですが」
だがそれでもだというのだ。
「そうした穢れには厳しいですね」
「そうだったんだね」
「あと言霊もです」
真人は今度はこの言葉を話に出した。
「言霊信仰もあります」
「言葉の魂かな」
「そうです。言葉を出せばそれが実現してします」
「悪いことなら特に」
「そうした考えもあります。ですから」
「ああ、思っていても口に出すなというのは」
不吉なことはだ。それはだというのだ。
「その考えからなんだ」
「そうです。現実のものになることを恐れてです」
「非科学的な考えではあるよね」
「科学といっても万能ではないですからね」
真人はそうした考えは持っていなかった。彼は何かが万能だとは決して思わないのだ。むしろ万能といった思想自体を否定する傾向がある。
だからだ。こう言ったのである。
「実際にそうしたことも」
「あるかも知れないんだね」
「僕も否定できません」
それはだ。どうしてもだというのだ。
「実際に言ってしまうと」
「そうだね。現実のものになるかも知れないっていうのは」
「遠井君も思いますよね」
「何処かね」
思うとだ。希望も答える。
「だから不吉なことはどうしても」
「言えませんよね」
「考えていてもね」
それでもだというのだ。
「言葉には出すなってね」
「言われたことありますよね」
「あるよ。けれど思ってそれの備えをすることは」
「それはいいことです」
「言葉には出さなくとも」
たいこ橋の頂上から下に向かいながら。希望は言っていく。
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