戦姫絶唱シンフォギアGX~騎士と学士と伴装者~
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第13節「復活のガングニール」
前書き
色々あって、仕上げが遅れました。
第13節、更新です!
「ごめんね、マム……。遅くなっちゃった……」
町外れの高台にある西洋墓地。
ナスターシャ教授の墓標は、その一角に並んでいた。
遅くなってしまった墓参り。
マリアは花束をそっと、墓前に供える。
「マムの大好きな日本の味、お醤油デスッ!」
「少ないかもしれませんけど、お肉も持ってきました」
と、切歌がその隣に置いたのは醤油瓶。
それと小皿に盛ってラップを掛けた、牛肉の細切れ。勿論そのまま食べられるよう、調の手でしっかり火が通してある。
マムの好きだった醤油をお供えしよう、と言い出した常識人の切歌に、『醤油だけではよくないのでは?』と突っ込んだのがセレナ。
そこに、ツェルトが調べた『お供え物は後で食べられるものがいい』というマナーから、火を通した細切れ牛肉も一緒に付ける事になった……という、なんともまぁ彼女たちらしい経緯で決定されたお供え物だ。
「切ちゃんったら、ボトル1本丸ごとお供えしようとしてて、大変だったんだよ……」
「醤油は飲み物じゃないんだから、量は加減してくれよ?」
「そっちでは食べ物に困らないんだから、ちゃんと野菜も食べててね」
内臓が悪いのにも関わらず、醤油をドバドバとかけては小瓶一杯全てを使い切っていたナスターシャ教授の姿を思い出し、マリアは苦笑する。
「本当はアドルフ先生も来てるんだけど、5人で行ってこいって聞かなくてですね……」
「車で待ってるって言ってたけど、絶対後から一人で来ると思うから、話くらいは聞いてあげてほしい。あの人、俺らの前だと素直になれないからさ」
今頃、駐車場のワゴンの中で大きなくしゃみをしているであろう主治医を思い浮かべつつ、ツェルトは微笑みながら報告した。
「……マムと一緒に帰ってきたフロンティアの一部や、月遺跡に関するデータは各国機関が調査している最中だって」
「みんなで一緒に研究して、みんなのために役立てようとしてるデス」
「ゆっくりだけど、ちょっとずつ、世界は変わろうとしているみたい……」
調の言葉に、マリアは静かに俯く。
(……変わろうとしているのは世界だけじゃない。なのに、私だけが……)
マリアはこれまでの戦いを思い出し、これまでの自分を振り返る。
フロンティア事変の最終局面、そして先日のガリィとの戦いを経て、彼女は自らに不甲斐なさを感じていた。
(ネフィリムと対決したアガートラームも、再び纏ったガングニールも……窮地を切り抜けるのはいつも、自分のモノではない力……)
己の弱さと向き合い、前に進みたい。
取り戻した家族を守るため、強くなりたい。
マリアは自らの目標を、皆の前で改めて口にする。
「私も変わりたい……。本当の意味で強くなりたい……」
「マリア姉さん……」
「それはマリアだけじゃないよ」
「アタシたちだって同じデス……」
言葉には出さなかったが、ツェルトも同じ事を思っているのだろう。
右腕の義手を見つめながら、彼は静かに拳を握っていた。
ちょうど、雨が降り始める。
ツェルトが持って来た2本の傘の1つを調に渡し、もう1本を自分とセレナの上に広げた。
「……昔みたいに叱ってくれないんだな」
「……大丈夫よ、マム。答えは自分で探すわ」
語りかけても応えてくれない、堅く冷たい墓標。
それでも彼女たちは、その沈黙をエールと受け取り、静かに立ち上がる。
「ここはマムが遺してくれた世界デス」
「答えは全部あるはずだもの」
「きっといつか、その答えの全てを見つけ出します」
「だから……見守っててくれ。マム」
かつてF.I.S.だった子供たちは、5人全員が微笑みを浮かべて、安らかに眠る母の墓標を見つめていた。
──と、その時だった。
本部からの緊急通信が入って来たのは。
ff
同じ頃、S.O.N.G.本部では。
「先日響さんを強襲したガリィと、クリスさん、純さんと対決したレイア。これに翼さんがロンドンでまみえたファラと……未だ姿を見せないミカの4体が、キャロルの率いるオートスコアラーになります」
「人形遊びに付き合わされて、このていたらくかよ……」
エルフナインによって、キャロルの戦力の確認と対策の会議が行われていた。
学院から戻った純も加え、スクリーンにはこれまで戦ったオートスコアラー達との戦闘記録が再生されている。
「その機械人形はお姫様を取り巻く護衛の騎士、といったでしょうか?」
「彼女たちは、4体合わせて“終末の四騎士”と呼ばれていました。それぞれの正式名称も、水天使の聖杯、土天使の硬貨、風天使の剣、火天使の杖と名付けられています。ですが、スペックを始めとする詳細な情報はボクに記録されていません……」
「大天使の名前にアルカナ……随分と仰々しいネーミングしてるね」
緒川の言葉に、エルフナインは4体のオートスコアラーの名前をフルネームで読み上げる。
純はその名前に、一発で心当たりを付けていた。
「ん~、製作者のセンスなのかしら?それとも、それぞれが担ってる機能に照らした名前になってたりするのかしらね?」
名前には必ず意味がある。科学者の視点から、了子は4体の名前が示す物を考察しようと、思考を組み立て始めていた。
「了子さん、アルカナってなに?」
「え?奏ちゃん、アルカナ知らないの?」
「いや、そんな常識みたいに言われても……」
と、その思考を一時中断せざるを得ない耳打ちが挟まる。
隣に立つ奏が、座りの悪そうな表情で口に手を添えていた。
「タロットカードよ。トランプの元になったもので、引いたカードの絵とカードの位置の上下で、物事の吉凶を占うの」
「へぇ~……アタシは占いとかサッパリだから、分かんないや」
「詳しい事は、後で翔くん辺りに聞けば教えてくれると思うわ。純くんも一発で分かった辺り、結構嗜んでるわね」
「へーい」
おそらく聞いても分からないだろうな、と思いつつ、奏は生返事で返すのだった。
「加えて、僕と同じく躯体の一体で、参謀を任されているノエル。以上が僕の知る限り、キャロルが有する戦力になります」
「おいおい、双子どころか三つ子かよ……」
「奴らの総戦力は、たった1体でシンフォギアをも凌駕する戦闘力から見ても、間違いないだろう」
このままでは勝てない。
それは誰が口にするでもなく、ただ、歴然と立ちはだかる事実であった。
だが、ここで弦十郎が口を開く。
「超常脅威への対抗こそ、俺たちの使命。この現状を打開するため、エルフナインくんより計画の立案があった」
「──ッ!」
一同がスクリーンに目をやると、そこにはでかでかと、赤文字で表記されたプロジェクトネームが映し出されていた。
「『Project IGNITE』だ」
スクリーンが切り替わり、表示される複数の図面。
新たな形へと改修されたコンバーターに、従来のものと比較して一部に差異の見受けられる天羽々斬とイチイバルのシルエット。
それらはエルフナインによって提案された、強化型シンフォギアの設計図だった。
「こちらが、Project IGNITEに関する資料です」
「……イグナイトモジュール。こんな事が可能なのですか?」
破損したシンフォギアの修復、及び新機能追加を始めとした大幅な改修計画。未だかつて無いプロジェクトに、緒川は了子の方へと声をかける。
「私も資料には目を通してるわ。危険ではあるけれども理には適ってるし、この通りならアルカ・ノイズにだって対抗可能よ」
「錬金術を応用することで、理論上不可能ではありません。リスクを背負うことで対価を勝ち取る……。そのための魔剣『ダインスレイフ』です」
開発者の了子と、提案者であるエルフナイン。
2人の声を遮るように、緊急アラートが鳴り響いた。
「──アルカ・ノイズの反応を検知ッ!」
「位置特定ッ!モニターに出しますッ!」
藤尭、友里が監視カメラの映像をモニターに表示する。
そこに映っていたのは、雨の中を走る響と未来。
そして、2人を追いかける赤髪のオートスコアラーと、それを取り巻くアルカ・ノイズの群勢であった。
「立花ッ!?」
「アイツ……ッ!まだ、唄えないってのに……ッ!」
「……ついに、ミカまでも」
すぐさま、墓参りに行ったマリア達にも通信が入るが……
『──敵の襲撃ッ!?』
『でも、ここからでは──』
『間に合わないデスッ!』
『アドルフ先生ッ!』
『無理だッ!こんな街外れからじゃ、法定速度オーバーでも間に合わんッ!』
運悪く、今から向かって間に合う位置ではない。
『頼みの綱は、翔だけか……ッ!』
「翔の現在地はッ!?」
「現在、指定座標まで移動中ッ!」
「翔、急いでッ!立花さんと小日向さんがッ!」
『分かってるッ!!』
通信機を片手に、雨の街を全力で駆け抜けていく翔。
彼が濡れた地面を蹴り進んでいるこの間にも、4体目の騎士、戦闘特化型オートスコアラーのミカは、未だ歌えぬ響へと向けて魔の手を伸ばしていた。
ff
走れ、走れ、走れ──もっと速く、もっと先へ、1秒でも速く前へと踏み出せッ!!
心臓が早鐘を打つ。破れるほどに激しく、バクバクと動いているのが聴こえる。
全身を血液が駆け巡り、身体がどんどん熱を帯びていく。
きっとこの鼓動は、走り続けているから鳴っているだけじゃない。
おそらく身体を伝うこの雫も、降り注ぐ雨だけではないのだろう。
それほどまでに、俺は今、冷静さを欠こうとしていた。
アラートが来るまで失念していた。敵の狙いが「シンフォギアの破壊」である事を。
残るギアの内、狙われる可能性が最も高いのは、敵が先日破壊しそこねた響が持つガングニールである事を。
いつもの響なら、問題はなかっただろう。
敵がシンフォギアを破壊する術を持つ相手とはいえ、シンフォギア装者としての経験値は奏さんと姉さん、雪音先輩に次いで高い。
相手がノイズなら、躊躇う理由もない。未来を守るために戦えた筈だ。
だが、今の響は唄えない。
理由は分かってる。響が迷っているからだ。
錬金術師キャロルという、明確に自分を狙って敵意を剥き出しにした相手と戦う事に、強い躊躇いがあるからだ。
その躊躇いが響を迷わせ、響はシンフォギアを纏う理由を見失った。
響は逃げ出したくなってしまったのだ。キャロルと戦う事から。
その迷いは正しい。逃げ出したくなるのも、普通の女の子なら当然だ。
だけどその反面、迷いもあった筈だ。
シンフォギア装者として、ガングニールを纏い戦える。その役割を放棄する道を易々と選べない程に、彼女は装者である自分自身を誇りに思っていたんだ。
俺はそれを解っていながら、蔑ろにしてしまった。
それだけじゃない。選ぶ事から逃げ出した彼女を引き戻し、迷いに無理矢理向き合わせようとしてしまった。
必要な事ではあるけれど、やり方が間違っていたんだ。そんな強引な向き合わせ方じゃ、彼女が傷付くだけなのに……。
だから今、響が危険に晒されている原因は俺にある……。
俺が不器用だったから、俺がもっとちゃんとしていれば、響はこんな事にはなっていなかった筈だッ!!
もしも間に合わなかったら……そう思うと背筋が凍りつく。
今度は彼女と、彼女の親友の命が懸かっているんだ。あの時とは勝手が違う。
この手を伸ばせなければ、二度と掴む事は出来なくなってしまう。
響を失いたくない。もう二度と、伸ばせるこの手を届けられないなんて嫌だ!
俺はきっと、必ず、絶対に、間に合ってみせるッ!!
「ッ!?ぶはッ!?」
水溜まりに足を取られ、派手に転ぶ。
制服は汚れたし、頬も擦り剥いたっぽい。
顔も髪もびしょ濡れだ。でも、立ち止まっている暇はない。
「ああああああああああああッ!!」
濡れた鞄とトランクを握り直し、再び走り出そうとする。
その時だった。けたたましいブレーキ音と共に、見慣れた車が停車する。
「翔様、お早く。飛ばしますよ」
「春谷さん……!」
いつも通りのクールでよく響くその声は、いつも以上に力強く、とても頼もしかった。
「今度こそ響ちゃんの事、お守りするんでしょう?」
俺は無言で頷くと、素早く後部座席に乗り込んだ。
ff
解体途中の廃ビル。その3階から、未来は下の階を覗き込んでいた。
その下には、3階への階段を跡形もなく解剖し、主人からの命令を待つアルカ・ノイズ達が。
そして1階では、階段から落下した響がミカと向かい合っていた。
「いい加減戦ってくれないと、キミの大切なモノ解剖しちゃうゾ?」
唄って戦わなければ、この街の人間全てを解剖すると脅すミカ。彼女の発する言葉な態度はその全てが子供っぽく、無邪気そのものだ。
それ故に、一切嘘がない。きっと彼女は主からの命令通り、響がシンフォギアを纏うまで、この街に存在する全ての生命を笑いながらバラバラにしてしまうだろう。
そして、響は未だに唄えずにいた。
ペンダントを握り唄おうとしても、聖詠が胸に浮かぶことは無い。ただ、喉から掠れた声と咳が出るばかりだ。
やがて、唄えない響を見たミカは、容赦なくアルカ・ノイズに命令を下す。
「本気にしてもらえないなら……」
彼女の手の動きに合わせ、アルカ・ノイズは未来の方をじっと見つめ、狙いを定める。
追い詰められた未来は……響に向かって叫んでいた。
「あ……ッ!──あのね、響ッ!響の歌は、誰かを傷つける歌じゃないよッ!」
唄を無理矢理捻りだそうとして、喉を押さえて咳き込んでいたわたしは、未来の声で顔を上げる。
アルカ・ノイズに追い詰められ、逃げ道を失った未来は、それでもわたしを真っ直ぐに見つめていた。
「伸ばしたその手も、誰かを傷つける手じゃないってわたしは知ってるッ!……わたしだから知ってるッ!だってわたしは、響と戦って──救われたんだよッ!」
「──ッ!」
わたしと戦って……救われた……。
フロンティア事変で、未来はわたしと戦った事がある。
仕組まれた戦い。お互い望まない衝突だったけど……あの時、未来は──
「わたしだけじゃないッ!響の歌に救われて、響の手で今日に繋がってる人、たくさんいるよッ!だから怖がらないでッ!」
「バイナラァァァッ!」
飛び上がったアルカ・ノイズの解剖器官が、未来のいる三階の床を丸ごと分解する。
足場を失った未来の身体は宙を舞い、真っ逆さまに墜ちていく。
ダメだ!危ない!未来を助けなきゃッ!!私がッ!!
──無我夢中で走り出したその時、私の胸に歌が浮かんだ。
喪失までのカウントダウン。
ここで間に合わなければ、未来を失ってしまう。
加速していく心臓の音に反して、その瞬間、周囲の光景はとてもゆっくりだったように感じた。
「──うわああああああああああッ!!Balwisyall Nescell gungnir troooooooooonッ!!」
「わたしの大好きな響の歌を……みんなのために、唄って……」
全身を、温かい光が包み込んでいく。
そっか……ようやく思い出せたよ……。
初めてシンフォギアを纏った、あの日の気持ち。
わたしがずっと、唄ってきた理由。
言葉は厳しかったけど優しい、奏さんやマリアさんが。そして、普段はとっても優しいのに厳しい言葉を選んだ翔くんが、わたしに教えようとしてくれていたもの。本当に伝えたかった言葉が、ようやく理解出来た。
わたしは──大事な人達を守りたくて、歌っていたんだ。
俺が現場に辿り着いたその瞬間、駆け出した響が唄を取り戻した。
着地と同時に天井が崩れ、屋上に溜まっていた雨水が滝のように流れ落ちる。
雲の切れ間から顔を出した陽光で、キラキラと反射する流水をバックに、未来をお姫様抱っこして立ち上がる響の身体には──撃槍の戦装束が輝いていた。
「──あ」
「……ごめん。わたし、この力と責任から逃げ出してた……。だけど、もう迷わないッ!だから聴いてッ!」
先程までの迷いを抱えた曇り顔ではなく、迷いを振り切り、決意と自信に満ちた表情で未来を見つめる響。
未来を腕から下ろすと、響は俺の方へと視線を向けた。
「翔くんッ!」
「響……」
「──行こうッ!」
「……ああッ!」
ただ、その言葉だけでいい。それだけで、全てが通じ合った。
謝るのは後だ。今は──共に戦おうッ!!
「ガングニールの復活、実にめでたいですね」
「っ!?お前は……」
拍手と共に、柱の影から現れる人影。
それは薄緑色の髪に、キャロルやエルフナインと瓜二つな顔をした青年だった。
白いシャツにジャケット、そしてループタイといった出で立ちで、腰にはナイフケースを提げていた。
「お初にお目にかかります。僕はノエル」
ノエルと名乗った青年は、腰からナイフを引き抜くと俺の方に向ける。
「伴装者、風鳴翔。君の相手はこの僕だ」
響の完全復活を喜ぶ暇も無く、戦いの幕は切って落とされた。
後書き
F.I.S.組は本部からいつの間に墓参りに行ったんだって?
アドルフ博士が迎えに来るまで本部に集まってたって事で……()
やっぱりね、ボロボロになりながら向かうべき場所へと走る男の子って最高だと思うんですよ……。
次回、翔くんVSノエル!お楽しみに!
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