探偵オペラ ミルキィホームズ ~プリズム・メイズ~
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探偵事務所にて
前書き
■探偵オペラ ミルキィホームズの二次創作です。
■原作には無いキャラクターが登場します。
■実在の地名を用いていますが、架空の街を舞台としています。
■ブログでも公開しているので、重複投稿です。
■ガールズラブ注意です。(しかしそれを期待して読むとがっかりされるくらいにぬるいです)
■ 基本的に1話完結なので、気になったタイトルからお読みください。
●外国に留学したミルキィホームズの4人。そこで彼女たちが出会うものとは‥‥!?
●探偵の存在意義、怪盗たちの理由。ーー今、熾烈な闘いの火蓋が切って落とされ…ません。
オススメは、原作キャラが多めの
「ココロちゃんゆうかいじけんほうこくしょ」「探偵学院占拠事件」「列車爆走事件」「マルチーズと私」「Sliver Blood」「ミルキィホームズと海」。
エリーは「Days:4」「Red Roses」に出てます。
シャロ&コーデリアは「Sweet Sunday」にも登場。
ネロは毎回出てます。
「ら、らららら、ら、ら」
その日、譲崎ネロは上機嫌で迷都ストックホルムの街路を歩いていた。
人々の靴底と冬季の積雪によって磨き上げられた石畳は、五月ーー北国にようやく訪れた春ーーの陽気に照らされて、黒く美しく輝いている。
ネロは尚も上機嫌で棒付き飴を舐めつつ歩き続け、角を曲がったところでポテチ(携帯小袋)の封を開け、めんたい味の中身を三枚ほど摘みつつーー。
渡された住所を見上げた。
鉄の階段を登った上では、ちょうど、毛皮のマフラーをしたふくよかなーー偏見を承知で言えば、オペラ歌手みたいな、というべきだろうかーー女性が、足音も荒々しくドアを開けて、出てくるところだった。白黒の豹柄のコートが、ネロの視界に入る。
「もういいわ! こんな安い探偵に頼んだのが運のツキね! ウチのダンナを見つけて連れ帰るなんて、それくらいの仕事ができないんじゃあ、こんなところ、廃業したほうがいいわね!」
ーー続いて、律儀にも部屋の主が出てきて、軽く頭を下げた。
「・・・すみません。なにぶん、事情が事情ですから・・・。」
「ふんっ!」
ミンクコートの女性は、背の高いその人物の革靴の足(ネロの位置からは見えなかったが・・・)を思い切り踏みつけ、鉄製の安っぽい階段を、ずんずん、とーー 一歩ごとにその重量を誇示しながらーー降りて、登ろうとしていたネロの鼻先を通り過ぎた。
数種の香水を混ぜたようなきつい香りが、ネロの鼻をくすぐる。
そして、彼女は街路までの残りの三段を、ーー転げ落ちた。
ネロが足を掛けたのだ。
女性は気づかなかったが、階段の上にいた男性ーーおそらくーーは気が付いたのだろう。慌てて駆け下りてきて、ミンクコートの腕を取った。
「お怪我ありませんか!? すみません。この階段、本当に狭くて・・・」
ミンクコートは男性の手を払うと、鼻息も荒く、告げた。
「全くだわ! 二度と来ないわ、こんな探偵事務所! さっさと潰れちゃいなさいっ」
「・・・。」
棒アメをくわえたままのネロが半眼で見ている前を、ずかずかと歩き去り、--明るい往来へと、出て行く。
ふう、とも、はあ、ともつかない溜息を、青年はついた。
ネロのほうを悲しそうに振り返る。
「・・・ダメだよ、君。あんなことしちゃ・・・」
「なんで」
「えっ?」
「あのオバさんは、僕の目から見ても明らかに態度悪かったよ。当然でしょ、あのくらい」
「・・・・」
きょとん、と青年は目をまたたく。
薄暗い路地の光でも分かる、すみれ色の髪と瞳。--女と見まがう顔立ち。
「・・・、はははっ!」
青年が笑うのと同時、階段の手すりを伝って、一匹の黒猫が軽やかに走り降りてきて、青年の差し出した腕に飛び乗った。
「こりゃあいいや、ワトスン! このお嬢さんは中々に素直だね」
「・・・何だよそれ。馬鹿にしてる?」
ネロが顔をしかめる。
「いやいや! --あははっ! 怒鳴られた後に笑うと気分がいい! --おっと。仕事に戻らなくちゃ。ありがとう、お嬢さん。お陰で気分が晴れたよ」
「--役に立てたんならよかったよ」
そっけなく言うネロはしかし、アメの棒を持つのと反対の手に持っていたメモを、青年の前に突き出した。
「・・・?」
青年はまじまじと、そのメモに書かれた住所を覗き込む。
「・・・もしかして、王女殿下が言っていた”助手候補”とは君のことですか・・・?」
「そ」
ネロは、メモをくしゃりと丸めてポケットにしまい、右手を差し出した。
「僕はネロ・ユズリザキ。--よろしく」
*
とぽぽぽ・・・、と、なんとものどかな音を立てて、ティーポットの中身が、カップの中に滑り落ちていく。
その芳香を前にしてーーネロはよだれを垂らさんばかりにしていた。
何せ、目の前には各種焼き菓子が山と積まれていて、客はネロひとり。つまりこれは、みんな食べていいってことだ・・・!
紅茶が注がれるのを待ちきれずに手を伸ばし、チョコとプレーンの生地で市松模様の作られたクッキーを一掴み、手に取り、口に頬張る。
甘~い味と、ふんわりと漂う優しい香りと。
(か・・・、感激。)
ホームズ探偵学院でのつらい日々ーー野菜とパンの耳とラードーーを思い出し、噛み締め、--クッキーを噛み味わう。
そしてそんなネロの前に、紅茶のカップがカタリと置かれ、砂糖とティースプーンまで手早く付いてーー完璧なお茶の時間の完成。
「王女殿下の探偵趣味にも困ったものだと思っていたけど、こんなに早く助手を見つけてくれるんならあのひとの手腕というのも大したものだ」
自分はコーヒーのカップを手にしてミルクを入れてかきまぜつつ、ウィルバー・キヅキと名乗った青年ーーこの探偵事務所の所長だーーは、小さくつぶやいた。
そのかきまぜる手を、カップを持ち上げる仕草を、ネロは菓子を食べる手を止めてじっと見ていた。
「にゃあ」
「・・・おっと。ワトスンにもミルクをあげなきゃね」
「全くだ。俺のミルクを忘れるなんてどうかしてるぜ、ぼうや」
「はいはい」
言いつつ青年はもたれていた机から移動し、冷蔵庫を開け、中から瓶入りの牛乳を取り出し、猫用らしい浅い皿に注いだ。
ーー 一連のそれらの動作をしばらく見ていたネロだが、--ひとこと。
「ね、猫が喋った!?」
*
つまりそこは、ウィルバー探偵事務所というのだ。
表通りから三歩入って、十二段、踊り場で回って、さらに十二段。その、二階に位置している物件は。
「ねえ、ウィル」
探偵の卵ーーネロが問う。青年が応じた。
「誰がウィルだ。ぼくはウィルバー」
「じゃあ、ウィルバー。それで僕は何をしたら・・・」
お菓子も食べ終えてしまったので、少し居心地悪そうにしながらーーだってここしばらく、仲良し四人組を離れて行動することなんて稀だったからーー訊く。
「簡単に言うと書類の整理だね。適当にぼくが作ったのやら、どこかの会社から舞い込んだのやら、個人のお客が自分で作ったのやら。おおざっぱに言えば解決済みと未解決に分けて、細かく言えばABC順に、日付順に分けておいて」
「秘書でも雇えば」
「秘書は雇うと高い」
そうらしい。
またネロはどこからともなく棒付きアメを取り出して包み紙をはがし、口に放り込む。
「そこで王女殿下にボヤいたら、アルバイトを探している探偵見習いがいるっていうからーー」
「僕、ってわけか。OK,任せて」
青年は手元にあった紙を一枚持ち上げて読み出す。
「・・・あの」
無視されているようで、ネロは居心地が悪くなり、訊いた。
「・・・ああ。今日はもう帰っていいよ。明日からお願いしよう」
「う、うん!」
ば、っとソファから立ち上がり、脱いでいた帽子をひっつかんで、ネロは飛び出すようにして探偵事務所を出て行った。
彼女が階段を駆け下り、街路へ飛び出ていくのを見送りながら、青年ーーウィルバーはつぶやいた。
「ネロ・ユズリザキ・・・か」
後書き
読んでくださった方、ありがとうございます!
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