SHUFFLE! ~The bonds of eternity~
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第二章 ~罪と罰~
その十五
「私は卑怯者なんです」
「違う!」
「聞いてください!」
反論しようとする稟だが、楓の強い口調に遮られた。
「私は、自分が許せなかったんです。何も考えないで、ただ稟君のことを恨んで、憎んでいただけでした」
子供だった。そう言ってしまえば簡単なことかもしれない。だが、楓がしてきたことは事実だ。
「私のことを考えて、私のために自分を犠牲にしてくれていた稟君……その稟君をただ拒絶し続けていた私……」
「だけど、楓はちゃんと分かってくれただろう?」
しかし楓は稟の言葉に首を振る。
「私は稟君が好きです。だから、稟君のお世話をしたかったし、し続けてきました。そしてこれからも、稟君が望んでくれるなら、私は稟君のお世話をしていきたい……でも」
気付いてしまった。稟への想いは本物なのに、しかしその裏で違う考えを持つ自分がいることに。
「稟君に尽くすことで、自分を許してもらおうしている自分が。稟君を愛して、稟君に愛してもらえれば、それが自分への許しになるんじゃないか、と思っている自分が。稟君への想いを、稟君の想いを、私自身への許しを得るための道具みたいにしている自分が! 稟君に愛されることで、自分を許してもらおうとしている私が!」
それが、自分には許せなかった。自分自身を切り刻むかのような言葉を並べる楓。それのどこが罪なのだろうか、と心のどこかで考える稟。それを口にしようとした時、一昨日の幼馴染の声が甦ってきた。
『もしお前と楓の立場が逆だったとして、楓に“私は気にしていないですから稟くんも気にしないでください”って言われて“分かった、気にしない”って言えるか?』
「……っ!」
言えない。言えるわけがない。同様に自分が楓の立場に立った時、“それのどこが罪なのだろうか”などと考えられるだろうか? 答えは否だ。
「……」
黙り込む稟。
「だから……そんな自分が、愛されてはいけないと思ったんです。だから……愛しても、愛されないようにしてきました」
そうしなければ、一緒にいられないように思ったから。
「ずっと一緒にいたかったから、そんな境界線を作りました。……私は、奪ってしまったから……稟君を信じなかったから……」
だから、これ以上望めなかった。
「怖いんです……稟君に嫌われてしまうことが! 稟君にだけは……嫌われたくないんです!」
稟にとって、自分が少しでも必要でいたかった。不必要だと思われたくなかった。そう言って抑えきれなくなった涙を流す楓。稟の前ではずっと笑っていた。しかし、本当はずっと泣いていたのだろう。自分の本当の想いを、願いを、押し隠しながら。
「本当に、卑怯者ですよね」
涙を拭いながら自嘲気味に笑う楓。
「でも……」
「?」
「こんな私ですけど……稟君を……好きでいても、いいですか?」
当たり前だ、と言おうとしたところを楓に制される。
「稟君に……好きになってもらう資格は、ありますか?」
稟の目が見開かれる。なぜなら……
「私には……幸せになる資格は、ありますか?」
楓が、自ら作った境界線を……
「私は……稟君に許されても、いいですか?」
自ら越えてきたのだから。
「……」
「……」
沈黙する二人。やがて稟がふう、と小さくため息をつき、口を開いた。
「……言わなくても分かってると思ってた俺が馬鹿だったってことかな」
言葉にしなくても伝わる事、というものは確かにある。しかし、言葉にしなければ伝わらない事の方が遥かに多いものだ。
「……だから、ちゃんと言おう。一生、忘れてくれるなよ?」
楓の気持ちを受け止め、自分の気持ちを送り返す。
「楓のやってきたこと。俺は初めから全部許してる」
「稟……君」
「楓、さっきの返事、まだもらってないぞ」
『もう一回、約束しよう。あの時と同じ約束を』
「あ……」
「な?」
「……はい。……はいっ!」
あの時と同じ場所で、あの時と同じことをしながら、あの時と同じ言葉を、……あの時と同じ、約束を。
「ずっと……一緒にいてくれないか……?」
「ずっと……一緒にいてください……!」
* * * * * *
翌日、月曜日。
「おはようなのですよ!、お二人さん」
教室に入った稟と楓を待っていたのは、朝からやけにテンションの高い麻弓だった。
「おはようございます。あの、麻弓ちゃん? どうしたんですか?」
「おはよう。というか、嫌な予感しかしないんだが……」
「ふっふーん。金曜日の放課後あんな事件が起き、翌日、翌々日と二連休、さらに家には当事者達が二人きり、と来れば、ナニか起きたと考えるのが常識ってものでしょう?」
途端、周囲から殺気が放たれる。標的はもちろん稟だ。ちなみに樹は既にエビフライ状態で麻弓の背後に転がっている。おそらく、邪魔だったからなのだろう。“いつもの”が無かったのはそういう理由か。
「言っとくが、お前の考えてるような事は一切無いからな」
「と、土見稟氏は申しておりますが、どうなのでしょうか? 芙蓉楓さん」
「いえ、ありませんよ」
至って普通に答える楓。
「えー? 楓が顔を赤くしながら赤い染みのついたシーツを干してた、とかいうのはないの?」
「ま、麻弓ちゃん!」
「いや、無いから!」
「土見くん、まさか……同性愛趣味とかじゃないわよね?」
妙な火種を撒く麻弓。
「そうなの稟くん!?」
「そうなんですか稟様!?」
「そうなんですか稟君!?」
一気に稟に詰め寄る三大プリンセス。その表情は必死だ。
「いや違うからな!? 俺は女の子が好きな至ってノーマルな男だから!」
「「「ほっ」」」
どことなく赤い顔をしながら静まる三大プリンセス。
「で、本当に何も無かったわけ?」
「くどいぞ麻弓」
「やれやれ、楓も大変ねえ」
「そんなこと、ありませんよ」
「ほほう。本妻の余裕、というやつですな」
懲りずに再度火種を撒く。
「そういうわけじゃありませんけど……」
「けど?」
「私は、稟君を愛していますから」
そう言って笑う楓。その笑顔は、稟ですらそう見たことがない程に、美しかった。
「つ・ち・み・くーん? 楓にあーんな幸せそうな顔させておいて、何もなかった、なんて言うつもり?」
「稟、殴っていいかい? 上空を飛行中の旅客機を撃墜せんばかりの勢いで!」
「断固拒否する!」
というかお前はいつの間にエビフライ状態から脱したのか。
「ん……?」
教室の外が何やら騒がしい。『土見稟!』とか『許すまじ!』とか聞こえてくる。おそらく、というか間違い無く、KKKの皆さんだろう。救いの手を求めて幼馴染の姿を探す。いた。
「まあ、がんばれ」
……救いの手は、来なかった。
「ああもう!」
半ば自棄になりながら教室を飛び出す。それに気付いたのだろう。『逃げたぞ!』『追えー!』と言った叫びが聞こえた。
「いいの?」
麻弓の問い掛けに答える。
「“獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす”ってな」
我が子じゃないけどな、と言って笑う柳哉。と、そこへ、
「柳君」
「ん?」
「ありがとうございました」
「……もう、大丈夫みたいだな」
「はい、ご心配をお掛けしました」
苦笑しつつ提案する。
「なあ、楓」
「はい?」
「頭、撫でてもいいか?」
「え、と。あの?」
「ああ、別に嫌ならいいんだ」
髪は女の命って言うしな。と笑う柳哉。しかし、
「あの、良ければお願いします」
「ふむ、それじゃ遠慮なく」
柳哉は楓の頭に手を載せ、ゆっくりと撫でる。心地良いのか、楓は目を細めている。そんな二人は、
「私に兄がいたら、こんな感じなんでしょうか?」
「……誕生日で言えば、俺の方が年下なんだが……」
「ふふ、冗談です」
まるで、仲の良い兄妹のようだった。
* * * * * *
放課後、稟はシア・ネリネ・楓・柳哉の四人と下校していた。
「ん? あれって……?」
最初に気付いたのはシアだ。
「お父様、ですね。何かあったんでしょうか?」
芙蓉家の前に佇んでいるのは、すっかり見慣れた魔王フォーベシイだ。
「やあ、お帰り。お揃いだね」
「魔王のおじさん、どうしたんですか? まさかプリムラに何か!?」
プリムラが検査のために芙蓉家を出たのは四日前。いつもならそろそろ帰ってくる頃だ。稟達に緊張が走る。
「ああ。そのプリムラの事なんだが……。ここでは何だし、中で話そう」
そう言って芙蓉家に入ろうとする魔王。そこへ声が掛かった。
「フォーベシイ殿。その話には俺は関わらない方が宜しいですか?」
柳哉だ。確かにこの場では唯一の部外者であり、プリムラの“事情”を知らない。何らかの重要な、あるいは特殊な存在である事には気付いているが。魔王は少し逡巡した後、言った。
「いや、柳ちゃんにも知っておいてもらった方がいいね。」
「分かりました」
揃ってダイニングへ移動する。
「魔王様、あの、リムちゃんは……」
「ああ、心配しなくていいよ。別にプリムラ自身に何かあったわけじゃないから」
稟と楓がほっと息をつく。しかし、
「逆を言えば、プリムラの周囲に何かある、ということですか?」
「流石、鋭いね。柳ちゃん」
「恐縮です。それで、何があった、もしくはあるんですか?」
再び稟達に緊張が走る。
「ああ。よく聞いて欲しいんだけどね」
「「「「「……」」」」」
ごくり、と唾を飲む音が聞こえそうな程の緊張感。
「明日からバーベナ学園に通うことになったから」
「「「「「……はい?」」」」」
「いやだから、明日からバーベナ学園に通うことになったから」
理解したのだろう。心配して損した、と言わんばかりの柳哉。一方稟達四人はまだ疑問顔だ。仕方無い、と言わんばかりに説明する。
「要するに、だ。明日からプリムラが俺達と同じバーベナ学園に通うことになった、って事。違いますか?」
「いや、違わないよ。ちなみに学年は稟ちゃん達の一つ下になるから」
「「「「ええーーーっっっ!!??」」」」
稟達(柳哉除く)の絶叫が響いた。
後書き
第二章はこれにて終了。
人物設定を挟んで第三章に入ります。
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