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戦姫絶唱シンフォギアGX~騎士と学士と伴装者~

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第11節「すれ違いのDissonance」

 
前書き
お待たせしました。翔くんパートです。

彼が何を思い、響にどんな言葉を投げかけたのか……ご覧下さい。 

 
ガリィと戦った日の夕刻だった。

本部の甲板から、響は海を眺めていた。
悩んだ時には海を見たくなる。そんな人間にとって、本部の甲板は絶好の場所だ。

手すりにもたれる響の背後へ、足音を消して忍び寄る。

すぐ後ろに立つと、俺は響の頬に缶ジュースをピタッと当てた。

「ひゃうぅっ!?ちべたいッ!?」
「ははは、ビックリしたか?」
「も~、おどかさないでよ~」

響に缶ジュースを手渡し、隣に並ぶ。
疲れと悩みに苛まれた時は、炭酸オレンジが一番だ。

「悩んでるんだろう?」
「……翔くんには、やっぱりお見通しなんだね」
「見れば分かるさ。未来も心配してたぞ」
「うん……」

そして、訪れる沈黙。
お互い缶ジュースのフタにさえ手を付けず、ただただ漣の音だけが響いている。

……やっぱり、俺から切り出すべきだな。

「あのさ、響──」
「翔くん、わたし……どうすればいいのかな……」

口を開こうとした所で、先に切り出したのは響の方だった。

「わたしね、ガングニールの力は人助けの為のものだと思ってたんだ……。ノイズから皆を守る、わたしだけにしか出来ない人助け。その為の力だって、ずっと信じてきた」
「ああ……そうだな」
「ノイズが居なくなってからも、スペースシャトルから宇宙飛行士さん達を助けたり、火事になったマンションから街の人達を助けたり……。戦わなくても人助けが出来るんだって気付けた時は、すっごく嬉しかった。前よりももっと沢山の人達を助けられるんだって」

物は使いようと言うが、それはシンフォギアも例外ではない。

対ノイズ用プロテクターとして開発されたシンフォギアだが、その担い手である装者を守るために、この世界の物理法則下にあるあらゆる攻撃、あらゆる環境に耐えられるよう設計されている。
その特性を活かせば、あらゆる災害現場で活動できる特殊防護服としての運用も可能だ。

よく特撮なんかでレスキュー用、或いは宇宙開発用の特殊装備で悪と戦うヒーローがいるが、響の中でのシンフォギアとは、それらの逆パターンと言えるのだろう。

「でも、キャロルちゃん達が現れて……せっかく戦わなくてもよくなったのに、また誰かと戦わなくちゃいけないのが嫌になって……この拳を握るのが、怖くなっちゃったんだ……」

考えてみれば、今回の騒動はこれまでと違う。

これまでの響は、どちらかといえば巻き込まれる形で戦っていたと言っていい。
望んで戦いに身を投じたのではなく、偶然巻き込まれ、身近な誰かを助ける為に拳を握ってきた。

始めから人々を守る使命を背負って戦ってきた姉さんや、自分のようにノイズによって家族を奪われる人がいない世界を目指して槍を振るってきた奏さん。
騙されていたとはいえ、争いを終わらせる為に引き金に手を掛けた雪音先輩。

彼女達と響では、戦う理由が根本的に異なっていた。
響がシンフォギアを纏って戦う理由は、趣味である「人助け」の延長だ。それはもはや趣味と言うよりも、彼女自身の生き甲斐とすら言っていい。

使命や大義とは違う、もっと局地的で受動的なモチベーション。それが響の戦う理由だ。
つまり、元々戦いたくてシンフォギアを纏っているわけではない。この時点で他の皆とは大きく異なっているわけだ。

それに今回の敵は、これまで戦ってきた相手とはスタンスが全く違うのも、響を大いに戸惑わせているんだと思う。

ルナアタックでは偶発的に現れるノイズと、それらを影で操っていた先史文明期の亡霊、フィーネが相手だった。

フロンティア事変では、それが世界を救う為の行動だと信じていたF.I.S.の装者達や、惑う彼女達を誑かし、世界中を自らの野望に巻き込んだウェル博士。そして暴走したネフィリムが立ちはだかった。

これらの脅威に対して響は、始めこそ戸惑いながらも言葉を交わし、手を差し伸べ、その行動の根底にある想いと向き合う事で解決して来た。
時々、相手の地雷を踏み抜いて一触即発なんて事もあったが、それでも手探りで相手の事情に辿り着き、抱いた想いの根底を引き出してきた。

いわゆるウィンザー効果──第三者を介した言葉の方が、当事者から伝えられた言葉よりも信憑性が増す効果──というやつだろう。
響のお人好しとお節介は、結果的に誰かを導いて来たことを俺はよく知っている。

だが、今回はそうでは無い。
キャロル・マールス・ディーンハイムは、始めから響に、そして俺達シンフォギア装者に狙いを定めていた。
それは、火災マンションやロンドンでの宣戦布告からして間違いないと思う。

相手から明確に、名指しで「オレと戦え」と言われた響の気持ちは、俺には想像もつかない。俺なら人々を害する者からの挑戦など、真っ向から受ける以外に答えが無いからだ。

でも、響は違う。彼女の中で戦う理由が無いなら、争わずに事を収めたい。立花響という少女の人間性は、そういう優しさから成り立っているのだから。

彼女は二度も世界を救った。いつかウェル博士が言っていた通り、彼女には“英雄”の素質がある。
それでも、世界を救うまでの道程を見れば、やはり響は根本的に、戦士には向かない性格をしていると思う。

そして、そんな響にこれ以上の責任を背負わせるわけにはいかない。
このまま進めば、いずれ響はシンフォギア装者として、()()と戦う重責に押し潰されてしまう。

そんなの、俺は御免だ。

「ねえ、翔くん……わたし、どうすればいいのかな……?」

本当はこんな事、言うべきじゃないと分かっている。
人助けを生き甲斐とし、それに自らの全てを懸けている響には、とても酷な言葉になる筈だ。

でも、誰かが言わなくちゃいけない。
たとえ響に嫌われてでも、俺は──

「だったら、ここが潮時だと思う」
「潮時……って?」

響の視線が俺の顔に向けられる。
本当は彼女の顔を真っ直ぐ見た上で伝えるべきなんだろう。

でも、今、響の顔を見てしまうと、言い出せなくなってしまう気がして……自分自身の甘さに負けてしまう気がして……。

思わず、彼女の顔を見ずに言ってしまった。

「シンフォギアを辞めるべきだ、と言ったんだ」



「…………え?」

……やってしまった。こんなぶっきらぼうな言い方するつもりは無かったのに。

「なんで……」

慌てて響の方を振り向くと、見るからに響の表情が沈んでいく。

「なんで……そんなこと言うの……?」

涙声になっているのが、なお心を抉ってくる。
最悪だ……俺がトドメを刺したようなものじゃないか……。

押し寄せる後悔。俺はすぐにでも謝ろうとしたが……

「ガングニールが応えてくれなくなったわたしは、もう要らないの……?」
「そんなつもりは──」
「戦えないわたしじゃ、足手まといだってことなの!?翔くんがわたしに求めていたのって、ガングニールの力だったの!?」

悔やむ気持ちを上回る程の感情が込み上げた。

「ッ!?そんなわけ……ないだろうッ!!」
「じゃあ何でそんな事言うのッ!!」
「人助けしたいだけなら、シンフォギアなんて必要ないだろ……ッ!!」
「ッ!?それ、は……」

シンフォギアを使う事は、常に危険と隣り合わせだ。
常に戦場に身を置く事になるし、救助任務だって普通の装備じゃ行けない場所へ向かわなくちゃならない。

「ただ人助けしていたいだけなら、身の丈にあった範囲で留めるべきだッ!自分の命を危険に晒してまで、他人を優先するべきじゃないッ!」
「じゃあ翔くんは、困ってる人達を見捨てるの!?」
「そうは言ってないだろ!?だが響、君のそれは度が過ぎている。自分を大事にできない奴は、他人も大事にできないんだよッ!!」
「ッ……!」

いつだったか、姉さんは響の強過ぎる自己犠牲精神を『前向きな自殺願望』と呼んだ。

まさにその通りだ。
自分より他人を優先できる優しさ。それは確かに美徳ではあるが、過ぎたそれは自己をどこまでも後回しにする生き方に他ならない。

戦う理由を己でなく他者だけに置いているというのは、あまりにも危険だ。
もしも迷って道を見失った時には、モチベーションが一気に消えてしまう。まさに今の響がそうだ。

それに、もしも戦場で他人を優先したばかりに、響が危険な目に遭ってしまったら……。

俺は君に、自分で自分の首を絞めて欲しくないんだ。
だから、気づいてくれ……響……。

「何故シンフォギアを纏った?何故ガングニールの力を求める?この問いに答えられないなら、ガングニールは二度と応える事は無い」
「ッ……わたし、は……」

響は言葉を詰まらせている。

再び訪れる沈黙。実際には2秒か3秒なんだろうけど、俺にはその十倍にも感じられた間の後で、響は──

「………………ッ!」

何も言わず、俺の前から逃げるように走り去って行ってしまった。

「響ッ!」
「やっちゃいましたね……」

振り返ると、春谷さんが立っていた。

「いつからそこに?」
「最初からいました。邪魔するのも野暮なんで、聞くに徹していましたが」
「流石ですね……」

全部聞かれていたようだ。
物凄く呆れた顔で、春谷さんは溜息を吐いた。

「彼女を想っての言葉だったとは思うのですが、言葉が全然足りなさすぎます。あれじゃ傷つけてしまうのも当然ですよ」
「自分でもどうかと思います……。そんなつもりじゃ無かったのに、中々言葉が見つからず……」

走り去る時、響の目からは雫が零れていた。

伴侶として不甲斐なし……。
もっと言葉を選べていれば、響を泣かせる事もなかったはずだ。

「……こう言ってしまうのもなんですが、そういう所は八紘様に似ていますね」
「父さんに……?」
「ええ。相手の事を想っているのに、言葉足らずで突き放してしまう。見事にそっくりですよ」
「あんまり似てほしくない所だったなぁ……」

相手に傷ついてほしくない、という気持ちが先行するあまり、伝えるべき言葉が出なくなってしまう……か……。

心身ともに強くなったつもりでいたけど、まだまだだなぁ……。

「それより翔様、後悔よりも先にやるべき事があるのでは?」
「ん……ああ、そうだよな……」

俺はスマホを取り出すと、未来の番号にかける。
かけてから2コールくらいで、未来は通話に応じてくれた。

『翔くん、どうしたの?』
「もしもし未来?いや、実は……」

俺は事の顛末を伝え、未来に謝罪する。

「すまない……響の事は泣かせないと誓ったのに……」
『……ううん、謝らなくていいよ』

しかし、未来から返ってきたのは予想外の言葉だった。

「怒らないのか……?」
『翔くんなりに、響の事を想って言ってくれたんだよね?だったら、きっと響にとっても必要な事だったんじゃないかな』
「未来……」

響の事をよく理解している彼女から、そう言ってもらえるのはとてもありがたかった。

きっと今の響に必要なのは、親友である未来の言葉なんだろう。

『響は今夜、わたしの寮に泊まってもらうから、任せてもらえるかな?』
「ああ、よろしく頼む……。同性だからこそ言える言葉があるはずだから……」
『うん。じゃあ、支度してくるね』

通話を終えると、肩の力が抜けてしまう。
今夜の我が家は、少し寂しくなるな……。

「……久し振りに、夕食は私がお作り致しましょうか?」
「……お願いします。今の俺じゃ、何やっても手につかないと思うので」

結局飲めなかった缶ジュースを空け、口を付ける。
先程までひんやりしていた炭酸オレンジは、とっくにぬるくなっていた。

ff

「……うぅ──」

男が目覚めたのは、自室のベッドの上であった。

しばらくぼんやりと天井を眺めた後、彼はゆっくりと上体を起こす。

「マスターッ!」

振り向くと、ベッド脇の椅子に座っていた緑髪の青年が、ペンを置いて立ち上がっていた。

白いワイシャツに緑のベストを着た青年の肌は白磁のように美しく、それでいて生気のない白であった。

「やぁ、シルヴァ……迷惑をかけたね」
「とんでもございませんッ!ご無事で何よりです」
「あれから……どれほど経った……?キャロルはどうしている……?」
「2週間です。キャロル達は、既に日本で動き始めています……」
「不覚、後手になってしまったか……ぐぅッ……」
「お飲みください、お弟子様が調合した霊薬です」

意識がハッキリしてくるのと同時に、傷痕からの痛みに顔をしかめる男。
青年から渡されたくすりのみで、霊薬を口の中に流し込む。

「上々、腕を上げたな……お陰でだいぶマシになったようだ」
「それで、如何なさるおつもりで?」
「招集。ダイン、ゲノモス、サンディを呼べ。我々も日本へ向かう」

男はベッドから起き上がるが、やはり2週間も寝たきりだったせいか、少しふらついている。

「無茶はなさらないでください。申し付けて頂ければ、我々だけでも日本へ向かいます」

シルヴァは慌てて主の肩を支える。
しかし、男はシルヴァの言葉に首を横へ振る。

「いいや、これは私が直接出向かなくてはならない問題だ。他の誰にも邪魔はさせはしない」
「……了解しました。直ちに皆を集めます」
「それと、ついでにもう一つ……」

男は机の上に置かれた固定電話を指さす。

「注文。2週間も固形物を口にしていないんだ。美味しい朝食を用意してくれるよう、頼んでくれないかな?」

翔と響がすれ違っている頃、ヨーロッパで遂に目を覚ましたとある錬金術師が、日本を目指して旅立った。 
 

 
後書き
翔くんと響、初めてのすれ違い。
ぶつかって始めて磨かれる、それもまた絆の一つ。いつかは訪れる経験なら、早い内にしていた方がいい。
でも、喧嘩した後しっかりケアしてくれる人が周囲にいるって本当に大事ですよね。書いてて改めて実感しました。

そして、初登場からずっと寝たきりで、約3ヶ月ぶりに登場する謎の錬金術師。遂に動きます。
ようやく姿を現す彼が何者なのか。是非とも今からあれこれ想像してください。

次回もお楽しみに! 
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