魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~
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Saga31王の帰還~Return~
†††Sideアイリ†††
何もかもが終わった。“堕天使エグリゴリ”の最後の1機、ガーデンベルグがたった今、マイスターとアイリの目の前で消滅した。さらに言えばオリジナルのマイスターの肉体に掛けられていた不死と不治の呪いも解除する手段、“呪神剣ユルソーン”の破壊も完了した。いよいよもってマイスターとの永遠のお別れが、すぐそこにまで訪れたことを意味した。
「ま、マイスター・・・」
「・・・ユルソーンを破壊し、ガーデンベルグを救ったらすぐにでも俺も消滅すると思っていたが、割と余裕があるんだな。よかった、アイリと最後の挨拶が出来る」
そう言ってマイスターは座ったまま体の正面をアイリの方に向けて、「今日まで本当にありがとう」って頭を下げたから、アイリは「頭なんて下げなくていいよ!」ってマイスターの頬に両手を添えて顔を上げさせた。
「お礼の言葉なら素直に受け取るけど、頭を下げる真似だけは受け取れないよ。ていうか、お礼って言うなら・・・ギュってして。あ、腕上がる・・・?」
「上がるけど、もう立てないから近寄ってくれ」
「んっ!」
マイスターの体の前に女の子座りすると、マイスターがアイリをハグしてくれた。もう体温も匂いも感じない。触れられてるのに、まるで布か何かに包まっているかのようで、人とハグしてるって感じじゃない。たとえそれでもすごく嬉しいんだけどね。
「マイスター。最後にもう1つお願い、聞いてもらっていい?」
「ハグの次のお願いとくれば・・・」
「キス!」「頭を撫でる!」
・・・。と黙ったマイスターに「いっつもアイリからだもん。最後くらい、マイスターからしてほしい」って言って、アイリはぷくぅっと頬を膨らませて見せた。ま、そんなことしたってマイスターはあーだこーだ言ってはぐらかすんだろうけど・・・。
「いいぞ」
「ふあ!?」
まさかのOKにさすがのアイリもビックリ仰天。マイスターがアイリの頬に両手を添えて、目を閉じながら顔を近付けてきたから、アイリもギュッと目を瞑って待ち構える。今までに経験したことのないほどの鼓動の高まりはマイスターに聞こえちゃんじゃないかって思えちゃうほど。
「んぁ・・・」
とても優しく唇が触れ合った。本当に軽めのキスで、マイスターの唇が離れそうになったから「まだダメ!」ってアイリはマイスターを押し倒し、こちらからキスをする。マイスターがアイリを引きはがそうとするけど、もう弱々しい力しか出せないマイスターの抵抗なんて赤ちゃんみたい。
「ぷはっ。アイリ! 舌を入れ――むぐぅ!」
(アースガルドに帰ってもアイリのことを忘れないように、アイリの愛を徹底的に刻んでおかなくちゃ)
あとで叱られるかもだけど、舌を入れてハードでディープなキスを続ける。マイスターがやめるように肩をタップしてくるけど知ったことか。んで、息継ぎのためにアイリが口を離した瞬間、「ストップ! 待て! これ以上は!」って叫んだマイスター。アイリをトンッと押しのけると、マイスターは這って逃げようとした。
「逃がさないよ、マイスター」
「界律の守護神としての時間、最後の最後でトラウマを植え付けられたくないんだが!?」
「トラウマなんて酷いよ? あーあ。アイリも人間だったらな~。そしたらマイスターの子どもを生めたのに~」
シグナム達やアイリやアギトお姉ちゃん達は、エッチなことは出来るけど妊娠までは出来ない。人間に見えても、どうしてもその一線は越えられない生命がアイリ達だ。ほぼ永遠の若さと衰えない強さは確約されてるけど、愛する人と結ばれないのは悲劇だよね・・・。
「でもま、出来ないことはないんだし、マイスターが消えちゃうまでヤろうか?」
「待てアイリ! それは以上は犯罪だぞ! 犯罪者である俺が言うのもなんだが、人の尊厳を傷つけるようなことはしてはいけない! な? 頼む!」
マイスターの戦闘甲冑と同じデザインだけど色は白な騎士服を解除して、局員の青ジャケットのボタンを外して、パサッと脱ぐ。次にブラウスのボタンを外そうとしたその時・・・
「なんや面白いことしてるな? アイリ」
「「っ!!?」」
今この場で絶対に聞こえないはずの声に、アイリとマイスターはビクッと体を震わせた。声がしたのはアイリの背後で、バッと振り返ってみればそこには騎士服に変身した「はやて!?」が腕を組んで仁王立ちしてた。口はニッと笑ってるんだけど、細められた目の奥は全く笑ってなかった。すごくコワい。
「はやて! 助けてくれ!」
――封縛――
「アイリ? 無理やりはアカンよ? それはもう愛やなくて悪やからな」
「はい。ごめんなさい」
はやてのバインド魔法で拘束されたアイリは直立不動のままで2人に謝った。はやては「よしっ」て頷いたけどバインドは解除せず、アイリをスルーしてマイスターの頭の方に回った。そしてぺたりと女の子座りをすると、「ルシル君。お疲れさまでした」って笑顔を浮かべて、マイスターの両脇に手を挟んで体を軽々と持ち上げた。
「うわっ、軽い!? あ、おかげでこう・・・」
はやてはマイスターを仰向けに寝かし直して、自分の太ももの上に頭を乗せた。それは膝枕ってやつで、はやてはマイスターの頭を優しく撫で始めた。マイスターは何も言わずに受け入れて、体から力を抜いた。
「なぁ、はやて。君はどうしてここに・・・?」
「今さらやね~。・・・マリアさんがちょこちょこっとな」
ふっと遠い方を見たはやての視線につられてそっちを見てみるけど、誰もいない。けど、そっちの方からマリアと一緒に来たってことは判る。マリアも今は姿を消して、アイリ達のことを見守ってくれてるんだろうね。
†††Sideアイリ⇒はやて†††
・―・―・回想やね・―・―・
「終わったようですね」
魔法技術とはまた違う能力か何かによって展開されてる空間モニターのようなものに映る、ルシル君とガーデンベルグの決戦が決着したのを見て、マリアさんがそう言った。それと同時にノイズが最後の最後まで収まらなかったモニターが消えた。
マリアさんが言うには、ルシル君の“グングニル”とガーデンベルグの“ユルソーン”ってゆう、神器の中でも最高位がぶつかることで、時空振動(私たちの世界で言う次元震やな)が発生しやすいそうや。実際に映像は終始ノイズが走って観辛かったし、音声も届いてへんかった。
「ルシル君と・・・もう一度挨拶しておきたかったな・・・」
私がポツリと漏らすと、みんなも声にはせえへんけど小さく頷いて同じ気持ちであることを示した。今こうしてる間にもルシル君はアースガルドへ帰ろうとしてる。アイリが一緒やから、1人でもお見送りが居るのは幸いやけど・・・。
「1人くらいであれば、私の干渉能力でヴィーグリーズに連れていけますが? アイリさんを迎えに行かなければならないので、どなたかご一緒しますか?」
ハッとして顔を上げてマリアさんを見る。でもすぐに私はシャルちゃんやトリシュの方に向いた。シャルちゃん達だってルシル君と逢えるなら逢いたいって思うはず。シャルちゃんもそう思い至ったみたいで、私と視線がぶつかった。そやけどトリシュは目を伏せて、小さく俯いたままや。
「私はルシルさんへの想いを完全に絶ち切ったので結構です。イリスかはやてか、もしくは他の方で構いません」
強がりでもなんでもなくトリシュは本気でそう言うてることが、まぶたを開けて見せた瞳の強さから判った。こればかりは私やシャルちゃんの問題やないから、なのはちゃん達とも相談する必要がある。とゆうわけで話し合おうとしら、しっかりとお別れの挨拶は済ませたからとゆうことで、なのはちゃん達も辞退。
「僕も大丈夫。父さんとのお別れは、母さんかシャルさんのどちらかでいいよ」
フォルセティも辞退したことで、改めて私かシャルちゃんのどちらかになったんやけど、「わたしもいいや。はやて、ルシルを見送って来て」ってシャルちゃんは小さくお手上げポーズ。あまりに呆気なさ過ぎな引き際に、私だけやなくて他のみんなも「え?」ってなる。
「シャルちゃん? なんか遠慮してる・・・?」
「ううん。ただ、わたしよりはやての方が、ルシルにとっても嬉しいんじゃないかな?って思っただけ。・・・シャルロッテ様含めてルシルと過ごした時間は長大で、だからこそルシルのことも解ってくるんだ。わたしじゃないって。だからはやてに託す」
シャルちゃんが私の両肩に手を置いて、「行っておいで」って微笑んでくれた。目頭が熱くなったけど涙を堪えて「おおきにな。いってきます」って微笑み返した。
・―・―・終わりや・―・―・
「そうか。シャルが・・・」
「まぁ確かに、アイリ達の中じゃシャル、というかシャルロッテが最もマイスターと同じ時間を過ごしたんだもんね。それ含めて、はやてに譲ったって感じなのかな?」
「あのな、ルシル君。・・・私で良かった? 私で嬉しかった?」
シャルちゃんは、ルシル君は私を待ってる、みたいなことを言うてくれた。そやけどそれは、あくまでシャルちゃんの考えでもあるわけや。実際にルシル君がどう思うてくれたんか気になったから、どんな答えが返って来てもええようにグッと覚悟する。
「嬉しかったよ、もちろん。・・・もう一度、はやてに逢いたかったと思っていた」
「ホンマ?」
「本当だとも。・・・はやて。君のことが好きだと言ったら困るだろうか?」
私の太ももに頭を乗せてるルシル君が、少し不安そうな瞳で私を見上げながらそう聞いてきた。私は小さく嘆息してから「あのなぁ、ルシル君」とおでこをペチンと優しく叩いた。
「子どもの頃から私はルシル君に好き好きオーラ出してたんよ? しかもこっちからキスだって何度もした。さらに言えばついさっきも愛の告白にキスもやった。これでルシル君から好きだって言われて、私が迷惑すると思うか? ん?」
「お、思わないと思います、すいません」
「よろしい。・・・えっと、つまりルシル君は、シャルちゃんやトリシュよりも私のことが好きやってことでええんやな?」
「ああ。好きだ。帰りたくないと本気で思えてしまうほどに、この世界ではやて達と一緒に過ごす時間が愛おしく、はやて自身にも恋をしている」
「~~~~~っ!」
顔どころか全身がカッと熱くなった。子どもの頃から待ち望んでたルシル君からの告白を聞けて、ホンマに嬉しくて涙が溢れてくる。そやけど、「ごめんな。やっぱりもっと早くに聞きたかった」って考えてしまう。
「返す言葉もないよ。消える直前、最後の最後まで覚悟を決められなかった俺の問題だ」
存在感がホンマに薄かったルシル君やったけど、そこまで言うたところでグッと存在感が濃くなって、ピリピリと魔力が強くなった。それでアイリが「マイスター! 何を犠牲にしたの!?」って問い質した。犠牲ってゆう言葉に私は「ルシル君・・・!?」を見つめた。
「大したことじゃない。堕天使にならなかった戦天使の神器を消費しただけだ。アースガルドに帰ればオリジナルの神器があるし、大丈夫だよ」
そう言ってルシル君は自力で起き上がって、私の前で立ち上がった。そんで私に右手を差し出したから、その手を取って私も引っ張られるようにして立ち上がった。手を取り合ったまま見つめ合ってると、ルシル君の方から抱きしめてくれたから、私も抱きしめ返す。
「はやて。君はまだ若い。今後、新しい恋を――」
「せえへん・・・って、前言わへんかったっけ? 私はこれまでもこれからもルシル君だけを想い続ける。それは決して曲げへん私の心や」
「そうか・・・。なら、遠慮なく。我が手に携えしは確かなる幻想」
複製したものを発動・具現化する際の呪文を詠唱して、左手に具現化させた「指輪・・・?」を見せてくれた。ルシル君は「神器でも魔道具でもない簡素なものですまないが、婚約指輪ということで貰ってくれ」って差し出した。
「婚約指輪・・・! ちょっ、ちょう待って!」
防護服を解除して局の青制服に戻ると、首から提げた紐に通した指輪を取り出す。紐の端と端を繋いでる留め具を切り離して、指輪を外す。
「それは・・・」
「うん。子どもの頃、ルシル君が縁日で買うてくれた指輪や。男の人からの指輪だけやったら婚約やけど、2人同時なら結婚指輪やって思うんよ。まぁルシル君からのもらい物やからカッコつかへんけどな」
「はやて・・・。いいや、嬉しいよ」
「マリアさん。神父さん役をお願い出来ますか?」
このヴィーグリーズに来てからは私たちに遠慮してるのか姿を消してるマリアさんを呼ぶと、一切の予兆も無しに桃色の神父服を身に纏うマリアさんが現れて、「構いませんよ。ただ、こういう経験はなく、言葉は適当になりますけど」って受け入れてくれた。
「ありがとうございます、マリアさん」
「あのー、はやて? アイリもそろそろバインドから解放してほしいな~って思うわけで・・・」
「あ、ごめん。忘れてた」
「ひどい」
アイリを拘束してるバインドを解除。自由になったアイリは「ま、マイスターの相手がはやてならいいか」って納得してくれた。シャルちゃんやトリシュはどうなんやろうか。聞きたいような聞きたくないような・・・。
「ルシル君。私とけっ――」
「待ってくれ、はやて。俺から言わせてほしい。・・・俺と結婚してください」
「はいっ!」
ルシル君はもういつ消えてもおかしない状態や。本当は雰囲気とかいろいろ気にしたいけど、今はただ、ルシル君と正式やないけど結婚したってゆう事実が欲しい。ルシル君も同じことを考えてくれてるようで、私が差し出した指輪を受け取って、私と向かい合ってくれた。
「あとは・・・。はやて、少し目を瞑ってくれ」
ルシル君は空いてる右手を私の上に持ってきた。なんやろ?って思いながらも目を閉じると、ふぁさっと頭に何かを被せられた。ルシル君から「もういいよ」って言われて、目を開けてみると・・・。
「コレ、ひょっとしてウェディングベール・・・?」
「ああ。ブレイザブリクから引っ張ってきた。コレも指輪と同じでただのベールだから安心してくれ」
「おお! これは嬉しいな~!」
とても綺麗で、普通に高級そうな出来のベールを被ることが出来てテンションが上がった。そんな私の様子にルシル君は「ドレスも用意できればよかったんだが、強制変身術式を喪失してしまってな」ってガックリ肩を落とした。確かディゾルディネ・カンビャメントってゆうやつやったか。指をパチンと鳴らして、対象の服装を一瞬で変える・・・。そうか、あの魔術はもう使えへんのやな。
「ううん。ベールだけでも十分や。おおきにな」
お互いに照れ笑いを浮かべてると、マリアさんが「では、そろそろ始めますね」と言うて咳払い。私とルシル君は頷いて、改めて向かい合った。
「汝ルシリオンは、この女はやてを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」
「誓います」
「汝はやては、この男ルシリオンを夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」
「誓います」
「それでは指輪の交換を」
まずはルシル君からやね。私が差し出した左手の薬指に、さっき私が渡した指輪をはめてくれた。次は私。ルシル君の左手の薬指に、ルシル君から渡された指輪をはめた。その直後、ルシル君がガクッと膝を折って崩れ落ちそうになった。
「ルシル君!?」「マイスター!」
「ルシリオン様!」
一番近かった私がルシル君を抱き止めて、続いて駆け寄って来てくれたアイリがルシル君の両肩に手を添えて体を支えた。軽い。それに顔色もひどく悪いし、存在感が薄らいだ。
「大丈夫、大丈夫だ。ありがとう、はやて、アイリ。手を離してもらっても問題ない」
ルシル君の微笑みと言葉を信じて私とアイリは手を離した。その瞬間はよろっとフラついたルシル君やったけど、ちゃんと1人で立つことが出来た。浅い呼吸を繰り返してたけど、深呼吸を1回したところで血色や存在感も戻った。また何かしらの神器を消費したようや。
「もう限界ですね。急ぎましょう。・・・それでは誓いの口づけを。新郎、新婦のベールをめくってください」
私の顔を覆い隠すベールがルシル君の手によって上げられる。そんで顔を近付けて、唇が触れ合うかどうかとゆうところで、ルシル君が「今日までありがとう。愛しているよ、はやて」と言うてから、私も愛してるって答える前に唇が触れ合って、誓いのキスをした。胸の内に溢れる幸せ。唇が離れるのが名残惜しいな~って考えてると・・・。
「マイスター!」
アイリの悲鳴が聞こえて、ハッと目を開けてみれば・・・
「ルシル君・・・? ルシル君!」
もうどこにもルシル君の姿は無くて、ルシル君がさっきまで立ってたところには私が貸した指輪と、“エヴェストルム”の待機形態の指輪、その2つが地面にポツンと転がってた。全身から力が抜けてその場にへたり込んだ私は、その2つの指輪を震える手で拾い上げて、止め処なく溢れ出てくる涙も構わずに「ルシル君・・・」の名前を呼び続けながら胸に抱いた。
・―・―・―・―・―・
全てが白に染まる広さも何も判らない空間。その空間に在るのは、直径が5m近い淡く碧く輝いている光球。そして、その光球を囲むようにして存在している11脚の玉座。玉座1つ1つで色が違い、半透明、白銀、黄金、純白、漆黒、桃花、翡翠、真紅、橙黄、蒼穹、銀灰の11色。
背もたれの上にそびえ立っている十字架の形も様々で、聖アンデレ、マルタ、ロレーヌ、葡萄、ケルト、ラテン、聖ペトロ、カンタベリー、ギリシャ、アンセイタ、ロシアとある。
その玉座に座っている11の人影も、玉座に対応した色の外套を羽織っている。
ここは“神意の玉座”、またの名を“遥かに貴き至高の座”と呼ばれる最高位次元。あらゆる世界の意思、“界律”が交差する、全てが在って、全てを識る究極の根源。
その玉座の1つ、桃花の玉座に座する者、名を5thテスタメント・マリア。彼女は飛び起きるかのようにバッと玉座より立ち上がり、漆黒の玉座に向かって歩き出した。
「ルシリオン様!」
漆黒の玉座に座するは4thテスタメント・ルシリオン。今にも玉座から滑り落ちそうなほど力のない座り方をしている彼に、マリアは「しっかりしてください!」と言い、両脇に腕を差し込んで座り直させた。
「マリア・・・か。・・・あ・・・そうだ、はやてとアイリは・・・?」
「ご安心を。私が責任を持ってミッドチルダへお連れしました」
「そうか。少し待ってくれ、頭がぼうっとしている」
「大丈夫ですか?」
「強制的に眠りに着かされそうというか・・・。あぁ、治りそうにないな。が、これで最後だ。きっちり終わらせないとな」
ルシリオンとマリアの視線が神意の玉座の中央に浮かぶ光球へと向けられ、2人は近付いていく。そしておよそ1mまで接近したところで、光球より一際強い発光が1回。
「玉座の界律よ。私が界律の守護神となった経緯である堕天使との戦争は終わりを告げた。これにより貴殿との契約は完遂となった」
ルシリオンの魔術師としての実力を欲した神意の玉座の“界律”は、彼の身が受けた不死と不治の呪いが解除されるまでの間、“テスタメント”として活動するよう契約を提案し、彼も“堕天使戦争”を終わらせるためには人の身では不可能と判断して、その契約を受け入れた。それが新4thテスタメントの誕生であった。
「同時に、マリアの契約も完遂された。彼女がテスタメントとして活動する期間は、私がテスタメントから解放されるまで。相違はないはずだ」
――確かに。4thテスタメント、5thテスタメント、貴方たちとの契約は見事果たされました。長きに亘ってご苦労様でした。貴方たちは死後の魂ではなく、存命中に精神との契約でしたね。では、貴方たちは元の世界へとおかえりなさい――
“界律”からの契約完了を認めてくれた言葉にルシリオンとマリアは安堵して、険しかった表情を和らげた。しかし、その表情はすぐに凍り付くことになる。
――界律の守護神として活動していた間の記憶を消去し、得た知識や情報などを削除します。そして改めて、神意の玉座やテスタメントの事など知らぬ只の人として、残りの人生を完遂しなさい――
「・・・。は? ま、待ってくれ! 記憶を消す!? 何故だ! 何か不都合でもあるのか!?」
真っ先に声を荒げたのはルシリオン。当然だ。八神はやて達と共に過ごしてきた時間を、記憶を守るため、“テスタメント”期間中に得た数ある記憶を、人間時に獲得した神器などを犠牲にしながらも戦い、そして勝利した。その努力のすべてが無駄になるという。
――無論です。神意の玉座は神域、テスタメントは万能の奇跡。霊長の審判者は悪神。それを人の身で知り得ているのは禁忌なのです。人の身でありながら5thテスタメントへと精神を昇華させたマリアという一例や、さらには過去にもテスタメントとユースティティアの戦いを知り、忌々しいユースティティアと成った人間もいます。テスタメントや玉座を知らなければ、成り得なかったものを――
「わ、私の・・・所為でもあるのですか・・・?」
まさしくマリアの行った、人間の精神神格化も記憶抹消が成される原因でもあり、彼女はショックを受けてその場に崩れ落ち、「ごめんなさい、ルシリオン様」と絞り出すかのように謝罪の言葉を口にした。
「それは違うぞ、マリア」
「ですが・・・!」
「界律よ。私もマリアも人生を賭けた願いを無事に果たした。故に玉座やテスタメントのことを憶えていようとも、自らテスタメントやユースティティアになろうとは今後一切考えることなどない。それでもダメなのだろうか?」
――ええ。駄目です。貴方たちの記憶抹消は確定事項です。諦めてください――
残酷な結末に、冷静を装っていたルシリオンもとうとう「ふざけるな・・・ふざけるな!」と声を荒げ、思いの丈をぶつけた。
「私がどれだけ苦心に苦心を重ねたか! 貴殿なら見て知っているだろう! 私のささやかな幸せを奪うというのか!」
――テスタメントで得た思いも記憶も、人に戻れば淡くは叶い夢物語に過ぎません。二度と逢えない者たちの記憶を持ち、再会するための術を探さないと断言できますか? 探し当てた術が界律に反するものだったとして、愛した者たちとの再会を諦めて用いないと断言できますか?――
「それは・・・」
ルシリオンは即答できずに言い淀んでしまった。はやて達との思い出さえあれば大丈夫だと言ってはいても、再会できる術を全く探さないと確約は出来ず、見つけても試さないと断言も出来ない。その僅かな迷いが決定打となり、“界律”は決を下した。
――ルシリオン・セインテスト・アースガルド、マリア・フリストス・ヨハネ・ステファノス。貴方たちとの契約は今ここに完遂されたことを認め、これより貴方たちの精神を本来の肉体に戻します。ご苦労様でした――
「待ってくれ!」「待ってください!」
「「せめて、いつの時代に戻るこ――」」
ルシリオンとマリアの言葉は最後まで発せられることはなく、2人の精神体は神意の玉座から消失した。その一連の様子を見守っていた他の“テスタメント”の何柱かは「寂しくなるな」と、2人の居なくなった玉座を見て漏らした。が、その僅か数秒後には最強の漆黒の玉座、最弱の桃花の玉座に新たな“テスタメント”が出現した。
こうしてルシリオンとマリアの、2万年近い“テスタメント”時代に幕が下りた。
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