Fate/WizarDragonknight
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モカの目的
「ココア!」
呼びかけられて、ココアは我に返る。
チノを背負ったモカが、こちらに走り寄って来たところだった。
「大丈夫!? なんか、ココア凄いことになってたけど……」
「うん! 大丈夫! それよりお姉ちゃん、紗夜さんを……」
ココアは満身創痍の紗夜に肩を貸して立たせる。
「紗夜ちゃん!? 大丈夫? なんか、あの悪い人から出てきたみたいだけど……」
「モカさん……はい」
紗夜は頷く。
「お姉ちゃん、私は大丈夫だから、紗夜ちゃんをお願い」
モカから離れながら、ココアはライブ会場を一望した。
さっきまで、大勢の人々が所狭しと詰まっていた座席は、今や自分たちだけ。座席に座っているのは、人々ではなく点々と輝く炎と瓦礫のみ。
「……」
ココアは静かに、燃えていく見滝原ドームを見つめ、紗夜から渡されたエボルトラスターを見下ろした。
「……どうして、君は私を選んだの?」
無論、白いアイテムであるそれは言葉を発さない。
緑の宝石が、煌々とした火の輝きに照らされる。
「保登さん」
俯くココアへ、紗夜が話しかける。
「それは、結局何なんでしょう?」
「分かんないよ。私にも」
ココアは首を振った。
紗夜を支えるモカは、話の内容が全く分からず、ココアと紗夜を見比べている。
「今までは全く分からなかったんだけど、今なら分かる。これはきっと……」
「……ごめんなさい」
その時、紗夜が謝りだした。
「紗夜ちゃん?」
「今、こうなってしまったのは、全て私のせいなんです」
「え?」
目が点になるモカ。話の内容が何一つ理解できていないに違いない。
紗夜は続けた。
「全部、私の心の弱さが引き起こしたことなんです。私が、彼の誘惑に乗ってしまったから……」
「誘惑?」
「彼に、私の日菜への気持ちを……妬みを利用されて……」
「さっきも言ったけど、そんなこと、誰だってあるよ。紗夜さんが悪いわけじゃない。悪いのは、全部利用したあの人だよ」
だが紗夜はココアの慰めを一切受け入れない。
一方、蚊帳の外となっているモカは、ココアと紗夜を次々に見まわして困惑を示している。
「どういうこと? ココア、あの人のこと何か知っているの?」
「それは……」
一度だけ。ほんの少しだけ、彼とはすれ違った。
紗夜とのコンタクトの時、ココアもまた襲われた。あの時は、このアイテムの意思か何かによって救われた。
今回、ココアは自ら、エボルトラスターを強く握った。
「行かなきゃ」
ココアは強く言った。
顔を上げ、戦場となっている方へ向かう。
「待ってココア!」
だが、そんなココアの腕を、モカが掴んだ。
「行かなきゃって、どこへ?」
「お姉ちゃん……」
モカは、そのままココアの前に回り、道を塞ぐ。
「どいてお姉ちゃん」
「だめ」
ココアの語気は当然のごとく強くなっていくが、モカもまた引けを取らない。
「どうしてココアがいかなければならないの!?」
「だって私は……」
ココアはエボルトラスターを見下ろした。
今の人類では作ることが出来ない、神秘の結晶。それは、ココアを急かすように緑の宝石を点滅させている。
それを胸に握りながら、ココアは言った。
「私にしかできないことがあるから。私がやらなきゃいけないことがあるから!」
「今、ここが危険だってことは、ココアだって分かるでしょ!」
モカが指差すのは、戦場。
ウィザード、龍騎、トレギア、ファウスト、メフィスト。どれ一つとして名前など知る由もないが、どれが味方なのかは何となく判別がつく。
「今の私達は、まずこの会場から逃げ出さないといけないんだよ? きっと外には助けも来ていると思うけど、今は自分たちで……」
「ココア」
すると、モカは広げた手を下ろした。
熱いライブ会場の中、モカだけは、とても冷めているように思えた。
「ココア。本当はね。私、ココアを連れ戻しに来たんだよ」
モカのその言葉に、ココアは言葉を失った。
「どうして? お姉ちゃん」
「分かるでしょ。今の見滝原は危険すぎるからだよ」
その声色は、どこか冷たく、ココアにのしかかった。
「この頃、見滝原には変なことばっかり起こっている。それはココアだって知ってるでしょ?」
「うん……」
モカは、一つずつ、苦しそうに呟いた。
「火災、ガス事故、局所的な地震、爆発……見滝原全体で、いつからか謎の事故が起き続けている」
「それは……」
「それに、それは去年の暮れからどんどん酷くなってる」
モカは続ける。
「去年の十月。チノちゃんの中学校なんでしょ? 原因不明のあれ」
ココアもよく覚えている。十月のある日、チノが通う見滝原中学が、謎の世界に変貌し、生徒二人が犠牲になった。あの日、帰ってきたときにそれを知り、チノの無事を知るまでココアの寿命が縮んだ。
「十一月。アマゾン事件は、この町の病院が発生源でしょ」
それは、チノが入院していた病院からの出来事。そこに設置されている水を飲んだ者が、食人生物、アマゾンへ変貌する。チノもその水を飲んだので、彼女もまた怪物になる危険性があり、実際ラビットハウスでもそれが起こり、窓が破れたのもその時だった。
「それに先月。ムー大陸の復活は世界中で騒がれてたけど、その中心にあったのは、やっぱり見滝原だった」
「……」
ココアは否定できなかった。
超古代の遺産、ムー大陸の浮上そのものは太平洋のどこかだった。
しかし、世界中を回り、最終的に一番長く滞在し、破壊されたのは、見滝原の上空だったと聞く。
「今だって、私たちも巻き込まれた。ここにいたら、いつまた危ない目に遭うか分からないんだよ?」
「私は……」
だが、エボルトラスターの点滅が、収まるどころかより一層激しくなっていく。
ぎゅっと握り、ココアは口を開く___よりも先に、モカが続けた。
「私も、滞在中に何も起こらなかったら、ただの偶然だって思いたかった。私だって、ココアが見滝原に留学することを反対したくない。でも、現実にこうして起こっている。だから、これ以上ココアを危険なところに置いておきたくない! チノちゃんがいるから離れられないって言うのなら、チノちゃんを、ウチにホームステイさせることだってできる! 私が言っていること、分かるでしょ!」
「分かるけど!」
ココアが叫ぶ。
「でも! 私は、お姉ちゃんやお母さんが私のことを想ってくれるのと同じように、チノちゃんだけじゃなくて、ラビットハウスの皆も、ここでできた友達も大事なの! だから、私だけ逃げたくない!」
「今のココアに、何が出来ると思ってるの!? ただの子供のココアに!」
どことなく怖がっているようにも見える。
目に涙を浮かべながら、叫んでいる。
「だから……逃げようよ……私と、チノちゃんと一緒に逃げよう……!」
「私は、この町が……見滝原が好き」
ココアはぎゅっとエボルトラスターを握り締めた。神秘の結晶の表面は、大理石のように冷たい。
「チノちゃんがいて、ラビットハウスの皆がいて。友達がいて、色んな好きな人たちがいるこの町が好き。私が大好きな町で、皆が泣くのは見たくない。チノちゃんが、紗夜ちゃんが、今泣いているから……!」
「ココア……!? でも、どうしてココアが!?」
ゆっくりと、ココアは紗夜から受け取ったエボルトラスターをモカへ見せつける。
「分からない……分からないよ。うん、今になっても、私は何一つ分からない。でも、私には、間違いなくこの場を止められる力がある! だから……!」
「ココア!」
ココアは、モカの手から逃げるように、客席の階段を駆け下りていく。
「ごめん。お姉ちゃん……! 私、行かなきゃ!」
「ココア!」
モカの手が届くよりも先に、ココアは燃え盛る客席を駆け下りていった。
「はああ……!」
トレラアルティガイザー。
青黒い閃光が、ウィザードと龍騎を大きく殴り飛ばす。
「ぐっ……」
ギリギリで張った防壁も意味をなさず、ウィザードは痛みを堪える。
だが、それに全く満足した仕草をみせず、むしろ苛立つようにトレギアは首筋を掻きむしりながら、ウィザードを睨んだ。
「本当に……私の楽しみをとことん奪っていく……!」
「その顔をしてくれるだけでも、頑張った甲斐あったよ……」
ウィザードは皮肉を込める。
「あああ……全く君は……!」
トレギアは両腕の爪を使ったカッター状の光線___トレラムノーを放った。
だが。
「何!?」
小さな光線が、トレギアの腕を打つ。トレギアの手からは煙が舞い上り、忌々しそうにその発射口を睨んだ。
甲高い音とともに発射されるそれは、その発射口が徐々に近づいてくる。
「ココアちゃん……!?」
「小娘ごときが……!」
そこにいたのは、ココアだった。
腰が抜けたように震えながらも、その手には銃が握られている。
白い、宝石が埋め込まれた銃。よく見ればそれは、以前ココアが鞄の中に入れていたものだった。
「ココアちゃん……っ!」
ウィザードが叫ぼうとするが、目の前に起こった崩落によりその声は阻まれる。
だが、崩落の隙間からは、まだココアの姿が見える。
「やめて!」
トレギア達に向けながら、ココアは叫んだ。
「これ以上、私たちのこの町を壊さないで!」
「……これはこれは……」
どこか、トレギアの声には憎々しさが入り混じっているようにも聞こえた。
「デュナミスト……たかが偶然選ばれただけで、光の使者を語るか……!」
「な、何言ってるか分からないけど、とにかく見滝原を壊さないで!」
「やめろ……! ココアちゃん! 逃げて!」
ウィザードの姿であるにも関わらず叫ぶ。だが、炎による轟音か、崩落していく見滝原ドームの音か、彼女には聞こえていない。
「これ以上やるなら……怖いし……逃げ出したいけど……! 今、何とかできるなら……!」
「消えろ……ノアの残滓ごときが……!」
トレギアがトレラアルティガイザーを放つ。
だが、雷光がココアに届くよりも先に。
「私が……! 妹を守れるなら! 私が頑張るよ!」
ココアが引き抜く。
果たして、トレラアルティガイザーをも飲み込む光に、ウィザード、龍騎、そしてトレギア、ファウストとメフィストは目を覆った。
そこにいたのは。
「ウルトラマン……____!」
トレギアが毒々しく呟く名前。ただ、後半は崩落に混じって聞き取れなかった。
体のほとんどが銀に包まれる、銀のヒューマノイド、ウルトラマン。
それは、トレギア達に向け、構えた。
「そっか……」
紗夜とチノ。二人を守るように前に立ちながら、モカは呟いた。
視線の先にいる、銀の戦士。ココアがあの姿になる一連の姿を、モカは目撃している。
「ココアはもう、チノちゃんを守るくらいのお姉ちゃんなんだね……」
嬉しそうに、そしてどこか寂しそうに。
「そんなに大きくなったんだね。そして……逞しくなったんだね」
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