熊野と伏見の話
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第二章
「護法を借り受けそれを身にまとい」
「護りとしてですか」
「熊野に参られて下さい」
「わかりました、このことをですね」
「世にお伝え下さい」
「その様に」
円珍は老人即ち稲荷明神の言葉に確かな声で答えた、ここで夢が終わり。
円珍は朝起きると共に起きた空海に夢のことを話した、すると空海は確かにという顔で頷いて答えた。
「そうでしたか、神霊なのはわかりましたが」
「まさか稲荷明神とはですね」
「思いませんでした」
こう空海に答えた。
「そうとは。しかし」
「それでもですね」
「そうであるなら」
稲荷明神が円珍の夢でそう言ったならというのだ。
「その様にすべきです」
「左様ですね」
「このことは世の人にお話して」
「熊野に参る時は」
「その様にしてです」
まずは伏見稲荷に参ってというのだ。
「そうしてです」
「そのうえで、ですね」
「参るべきです、確かにです」
空海は穏やかだが確かな声で答えた。
「熊野までの道は山ばかりです」
「山といえばですね」
「人の世ではありません」
「本朝では古来よりそう言われています」
「獣がおり迷いやすく」
空海はさらに述べた。
「あやかしも邪な霊もです」
「いる様な場所です」
「まつろわぬ者も多い場所です」
それが山だというのだ。
「ですから」
「その山の中それも深い場所にある熊野に参るには」
「その様にしてです」
伏見稲荷に参りその護法を身にまといというのだ。
「そしてです」
「そのうえで、ですね」
「参るべきです」
「そうですね、では」
「このこと世に広めましょう」
こう話してだった。
空海と円珍は熊野から都に帰るとこの話を帝に話しそして宮廷の多くの者や僧そして民達にも話した、そうしてだった。
以後熊野に参る時はその前に伏見稲荷に参りそこで護法を借り受けることになった、それはこの時の空海と円珍の熊野参りにはじまる。平安の頃からはじまる日本のこのならわしにはこうした逸話が残っている。日本にある面白い話の一つである。
熊野と伏見の話 完
2021・5・5
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