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Fate/WizarDragonknight

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誘惑

「こんなところに来て、どうしようと言うの……?」

 紗夜は、チケットを握りつぶしながら自問した。
 数日前、日菜から手渡されたライブのチケット。複数のアイドルグループが合同で行うそのライブは、今日の夕方から、見滝原ドームで行われる。
 まだ数時間もある。青空がまだ残る空を見上げながら、紗夜はため息をついた。
 その時。
 見滝原ドームの裏手。倉庫らしき建物から、大きな音が聞こえてきた。
 金属を、無理矢理こじ開けた音。

「何……?」

 好奇心は猫を殺す。そんなことわざが一瞬過ぎったものの、紗夜の足は逆らうことが出来なかった。
 敷地の周りにある柵により、中の様子を窺う。
 倉庫の中が、暗くてほとんど見えない。

「……開いてる」

 柵のすぐそばにある入口。押しで入れるそれは、施錠されていなかった。
 紗夜がドアノブに手をかけると同時に、さらに中から騒がしい音が聞こえてくる。ゆっくりとドアノブを回し、内側に入る。

「失礼します……?」

 どうしてこんなに気になっているのだろう。
 そんなことを思いながら、紗夜は立ち入り禁止の区域に足を踏み入れる。
 かび臭い匂いが鼻を刺し、暗闇を紗夜は見渡した。
 異常などない。そもそもあったところで、紗夜の知ったところではない。
 戻ろう。そう、紗夜が決断したその時。

「……ッ! ……ッ!」

 息を切らして倉庫から現れたのは、紗夜と同じくらいの少女だった。
 紗夜とは異なる学校の制服。だが彼女の顔からは、夥しい量の血が流れており、服も体も真っ赤に染まっていた。

「な、何があったの……?」

 紗夜が声をかけようとするが、少女は聞かない。フワフワのピンクの髪飾りを落としたとて、彼女は足を止めずに街へ去っていった。

「どうしたの……?」

 通報しようとスマホを取り出すが、その動きは止まる。
紗夜の視界の端に、やがて白が現れた。
 何やら混乱している様子の少女。壁伝いにノロノロと歩いてくるのは、スク水の少女だった。

「あなたは……!」

 その姿に、紗夜の顔から血の気が引く。
 水着姿の、ヘッドホンを付けた少女。
 その名は、スイムスイム。

「ッ!」

 紗夜の姿を見たその瞬間、スイムスイムの顔付きも変わった。

「……マスターの……敵……!」

 彼女が手にしているのは、サバイバルナイフ。以前彼女が持っていた長槍は、赤のヒューマノイドとの戦いで消失していたのを紗夜が目撃している。
 彼女は、そのどこでも手に入るような凶器を、紗夜へ向けた。

「っ!」

 引き攣った顔で恐怖を覚える紗夜。しかも彼女の体には、あちらこちら赤い付着が彩られている。
 そして、スイムスイムの目は、はっきりと真っ直ぐと紗夜を捉えていた。

「ッ!」

 紗夜はフェンスから離れ、スイムスイムから逃げ去る。
 だが、去り際にスイムスイムの体が金属網のフェンスを通過するのを見て、目がさらに大きく見開かれる。

「何で……!?」

 道中の障害物、全てが簡単にすり抜けられる。さらに、地面の下に潜ったり、全く疲れを知らない表情の相手に、ただの人間である紗夜が逃げられる道理などない。

「やっつければ……命を奪えば、お姫様になれる……!」

 彼女の言葉の意味は分からない。
 ただ紗夜は、それが必要だと本能的に察知した。
 懐に収納していた、白い、日本刀のような形のアイテム。それを掴むと同時に、スク水の少女の刃が紗夜を襲う。
 慌てて身を曲げて、スイムスイムから逃れる紗夜。

「こ、来ないで!」

震える手で、白いアイテムをスイムスイムに向けた。
 だが、目を細めるスイムスイム。直立のまま、彼女は紗夜を見つめていた。

「これを……」

 これまでココアが二回、これを使った。
 それは、鞘から刀を抜くような動作だった。
 同じように、紗夜は鞘から持ち手を引き抜こうとする。だが、接着されたようなそれは、紗夜の力ではびくともしなかった。

「そんな……どうして……?」

 動かない。その事実に、紗夜の顔がみるみるうちに青ざめていく。

「保登さんが使った時は、あんなにあっさりと動いたのに、どうして私には使えないの!?」

 だが、紗夜の声に答える者はいない。ただの大理石で作られたようなそれは、ただ無情にその宝石で紗夜を見返していた。

「どうして……! どうして……っ!」

 どれだけ祈っても、呪っても、それは動かない。
 それどころか、スイムスイムは、すでに目と鼻の先に迫ってきていた。

「……」

 もう、言葉も発することさえできない。
 手から零れ落ちた白いアイテムが、乾いた音をたてる。

「ルーラ。そしてマスター。……これで、お姫様に」

 スイムスイムの声が、どこか遠くに聞こえる。
 振り下ろされる刃物。それは、紗夜の頭を迷いなく割ろうと___

「危ない!」

 する前に、革ジャンの男がスイムスイムへ肩をぶつけた。
 目の前から危機が去った。それを理解するのに数刻遅れた。

「紗夜さん、大丈夫!?」

 その声に、ようやく紗夜は息を吐きだした。
 見れば、ハルトがスイムスイムを突き飛ばし、共に転がったところだった。

「松菜さん……!?」
「間に合ってよかった……!」

 起き上がったハルトが、安堵したように息を吐く。

「どうしてここに?」
「出前がこの辺でよかったよ……紗夜さん、気付かなかった?」

 ハルトがそういうと同時に、彼の肩に青いプラスチックが乗る。
 プラモデルのような材質だが、動くそれ。馬の形に、頭に角を付けたようなデザイン___すなわち、ユニコーンの姿をしている。

「この前の公園から、ずっとコイツを君に付けていたんだ。異常があったら、俺に知らせるようにって」
「……それ、ストーカーじゃないですか?」
「あはは。まあ、今回は役に立ってるから、許してよ」

 ハルトは、そう言って、じっとスイムスイムを睨む。

「君は……いつかの……」
「……ウィザード……」

 スイムスイムが顔をしかめる。
 そんな彼女の前で、ハルトは紗夜をかばうように右手を伸ばす。

「紗夜さん、逃げて」

 はっきりと告げられた言葉。
 だが、紗夜の体よりも先に、スイムスイムの殺意が先に動いた。
 紗夜の首元を狙ったナイフ。
 ハルトが紗夜を引き込み、逆に自らの体を盾にするようなことをしなければ、紗夜自身が首を守れたか怪しい。

「っ!」
「……!」

 苦痛に歪むハルト。彼の腕から、血しぶきが飛んだ。
 そのまま紗夜とともに転がるハルト。

「大丈夫、紗夜さん!」
「松菜さんこそ……」

 彼の怪我の方が、転んだだけの紗夜よりも重い。だが、彼はそれに構わず、紗夜より先に立ち上がり、スイムスイムの前に立ちふさがる。

「いきなり何を……そうか……」

 ハルトの目線が、紗夜の手に注がれる。その視線に、紗夜は思わず包帯に巻かれた手を引っ込めた。

「……またですか。また、この手のせいで……!」
「紗夜さん?」

 紗夜は包帯の上から手を掻きむしる。

「何なの、本当に……! どうして私がこんなことに!」

 もう歯止めが利かなかった。
 命を常に参加者から狙われる恐怖に、どんどん声が大きくなっていく。

「どうして……! どうして私がこんな目に!」
「紗夜さん!」
「どいて」

 スイムスイムの冷たい声がぴしゃりと届く。目の前に迫るスイムスイムのナイフが、紗夜へ振り下ろされる。

「させない!」
『コネクト プリーズ』

 その前に、ハルトがウィザーソードガンでそれを止める。
 金属がぶつかり合う音が響き、二人は鍔迫り合いになる。

「……邪魔」

 スイムスイムはそのまま、バク転。体を液体にして、コンクリートの床の中へ潜っていった。

「これは……前に見た能力……!」

 どこから来る。
 ハルトが危惧した瞬間、その気配を察知。

「危ない!」

 スイムスイムの狙いは紗夜。
 つまり、極論ハルトを無視しても構わない。
 紗夜のすぐ近くから、腕だけを出して、紗夜の首を狙う。

「この子、絶対にこういうの慣れてる……!」

 紗夜も同じ感想を抱いていた。あまりに合理的すぎる判断に、スイムスイムの殺意が感じられなかった。
 スイムスイムのナイフが空振りしたところを、ハルトはウィザーソードガンで狙撃。だが、それはスイムスイムの潜水によってかわされてしまった。

「このままじゃ分が悪い……かといって、紗夜さんを放すわけにもいかないか……」
「私に……」

 紗夜は、白いアイテムを見下ろした。
 日本刀を模したそれ。ココアから借りたそれを、じっと見つめる。

「私が、これを使いこなせれば……」
「それは?」
「保登さんから借りました。あの人型に変身するためのものだそうです」
「……!」

 本当に、あのヒューマノイドの正体はココアなのか。
 そんな顔をハルトがしているのは容易に想像がつく。
 紗夜は続けた。

「だから、これを私が使えれば……自衛手段に……」
「いや。いい」

 ハルトが、白いアイテムに手を被せる。

「足手まといとか言わないでよね。そもそも、そういう風になるのが当たり前なんだから」

 紗夜は口を噤む。

「そもそも、疎まれるべきなのは、俺みたいな変な力を持っている奴であって、狙われて何もできない人じゃない。そこ、勘違いしないでね」
「でも……」

 紗夜は白いアイテムの握る力を強める。
 ハルトは続けた。

「だから、君はそのまま。巻き込まれない、ただの人間でいいんだよ」
『ドライバーオン プリーズ』

 ハルトはそう言いながら、スイムスイムの攻撃を受け流す。

「変身!」
『ウォーター プリーズ』

 出現する魔法陣。飛び込んでくるスイムスイムに、バリアのように出現させ、そのまま水のウィザードとなる。

『スイ~スイ~スイ~スイ~』

 そのまま、スイムスイムとの戦いへ赴いた。
 幾重にも重なる金属音。それがどんどん遠くなっていく。
 やがてウィザードが、スイムスイムと戦いながら、どんどん紗夜から離れていく。
 ウィザードは、スイムスイムを出てきた倉庫へ蹴り飛ばす。液体化が間に合わなかったのか、フェンスを押し倒しながら、スイムスイムは倉庫の中へ戻っていった。
 残された紗夜は、ただ一人、ウィザードとスイムスイムの戦いの方向を見守っていた。

「へえ……」

 その時、そんな声が紗夜の耳に届く。
 背後に感じた気配。そこに彼はいた。
 白と黒のピエロ。暗い倉庫の中、その白い傘だけがあたかも明るさを醸し出しているようにも見えた。

「やあ。氷川紗夜さん。本日はお日柄もよく」
「あなたは……ッ!」

 その姿を見た途端、紗夜の表情がさらに見開かれる。
 見滝原公園で出会った相手。晴れの日に理由もなく、白と黒の傘を刺すその男の顔を、紗夜は知っていた。

「トレギア……!」
「この姿の時は、霧崎(きりさき)と呼んでいただきたい」

 トレギアの人間態、改め霧崎は、にやりと笑み、お辞儀をする。
 彼が傘を下ろす。すると、入口から見える空に黒い雲が広がりだした。
 幾何の時もなく、気温が下がる。
 降り出す雨に、紗夜は体を震わせる。
 昇っていく白い息の合間から、人間の姿のトレギア、霧崎が語った。

「改めて言おう。私は、君の願いを叶えにやって来た。聖杯戦争も、防衛も必要ない。君は、私が守ってあげよう」
「! こ、来ないで!」

 紗夜は、引き続き白いアイテムを霧崎に向ける。
 だが、やはり抜けない。白いアイテムのそれは、まるで最初から一つだったかのように、動かなかった。

「どうして……!? 私には、使えないというの……?」
「簡単なことだよ」
「動いて! お願い! 動いて!」
「今回選ばれたのは君じゃない。そんな奴がそれを持ったところで、それは動かないよ」
「そんな……」

 自己防衛のために、ココアからこれを借りた。だが、全くの無用の長物。その事実に、紗夜は膝を折った。

「だが、安心していい。私は君の味方だ」

 霧崎は、紗夜の頬から首筋までに手を泳がせる。
 雨による気温低下も相まって、彼の手はとても冷たいものだった。
 紗夜は拒絶の言葉を吐きながら、その手を振り払う。
 だが、霧崎はほほ笑みながら、紗夜の顎を掴む。

「命の安全は保障しよう。それに、君は、妹を見返したいのだろう? ならば、私が君の全てを満たしてあげよう」
「やめて……」

 だが、だんだん紗夜は霧崎を拒絶できなくなっていく。彼を突き飛ばす腕の力が入らず、やがて彼に掴み返されてしまう。

「期待しているのかい? 何かが得られるのではないかと。妹を見返せる、力が手に入るのではないかと」
「やめて……!」

 トレギアに背を向け、逃げようとする。だが、彼はすでに紗夜の腕を掴み、引き寄せる。さらに、空いた腕で首を締め上げ、紗夜は完全に逃げられなくなる。

「おやおや。そう逃げないでくれよ。私はなにも、取って食おうとしているわけじゃないんだ」
「いや……!」

 もがく紗夜だが、ただの一般人に、超人的な力を持つトレギアから逃れることなどできない。

「いいのかい? またとないチャンスじゃないか。私は君を気に入っている。妹が生涯かけても手に入らないものが、君は何も労なく手に入れられる。素晴らしいじゃないか。それとも君は、永遠に妹の日陰者のままでいいのかな?」
「違います……」

 紗夜は顔を背ける。
 だが、霧崎は紗夜の肩に手をかけた。
 セクハラだと叫ぼうとしたが、それよりも早く、彼はアイマスクを紗夜に被せる。
 以前、霧崎がトレギアに変身する際に使ったアイマスク。それが、紗夜の顔を闇色に彩った。

「さあ……見える……見えるぞ……! 君の心の闇が……」
「やめて……ッ!」

 紗夜の叫びもむなしく、アイマスクが光る。すると、紗夜の視界は、どんどん黒い世界へ沈んでいった。
 そして、その視界には、幼い自分の姿が現れる。

「これは……」



 その日。紗夜は、よりよい成績を取るために、一生懸命勉強していた。
 だが、必死に頑張っていた紗夜よりも、全く勉強していない日菜が優秀だった。

 初めて、自信をもっていい絵を描いた。
 紗夜の絵を見て、同じように絵を描いた日菜が、大賞を取った。

 中学の時、同級生の男子から告白された。
 紗夜の家に来た時、彼は日菜と仲良くなり、いつしか紗夜とは疎遠になった。

 受験の時、紗夜は血のにじむような努力を積み重ねて、見滝原高校へ入学した。
 日菜はあっさりと、紗夜の上の進学校へ入って見せた。

 より音楽の高みを目指したいと思い、必死にギターに打ち込んだ。
 つられてギターを始めた日菜だけが、今やアイドルとして成功している。



「やめて……!」

 すでに周囲の景色は群青色の闇の中。
 頭を抱えてしゃがみ込んだ紗夜へ、霧崎が語り掛ける。

「可哀想に……君は言ってしまえば、妹の下位互換じゃないか……どうして君だけがこうなってしまったんだろうね」
「分からない……自分でも分からないのよ……!」

 声が震える。
 これまで日菜に抱えていたものが、なぜか霧崎相手では歯止めが利かなくなっていく。
 そんな紗夜の耳元で、霧崎の唇が動く。

「ならば、これからは私が君の味方だ」

 霧崎は、紗夜の右手首を撫でまわす。包帯が外れたそこにあるのは、謎の紋様___可奈美から聞いた、令呪と呼ばれるもの。すると、不気味に刻まれた紋章がどんどん変形していく。十字に組まれた、拘束具のような紋章に。
 それは、霧崎(トレギア)を意味するもの。

「君の望みが叶うように、私が手を貸してあげよう」
「それは……」
「嫌なのだろう? 妹が、君を追いかけてくるのが。嫌いなのだろう? 全てにおいて劣っている自分が」

 紗夜は、首を振る。だが、霧崎は続ける。

「君の願いのために、聖杯なんて必要ない……私の言う通りにすれば、君の願いは全て叶う」
「私の願い……日菜を……」

 徐々に紗夜の目から光が消えていく。

「見返してやろうじゃないか……この闇が、この力が………私が、君の相棒だ」

 彼の言葉に、紗夜は周囲を見渡す。
 これまでの日常では想像することさえなかった、無限の闇。
 それを見る紗夜は、すぐそばの霧崎の顔さえ見えなくなっていた。
 ただ、彼が自身の頬に触れるのを肌で感じていた。

「私と君で、バディ・ゴー」

 彼は一度、アイマスクを紗夜の顔から外す。改めてスイッチを押し、再び紗夜に被せた。
 同時に、彼の姿は霧散する。
 アイマスクから流れた群青色の闇が、紗夜の体を包んでいき。
 紗夜の姿は、やがて人ならざるものへと変わっていった。
 風紀委員であり、氷川日菜の姉である、氷川紗夜から。
 光の国の狂おしい好奇心、ウルトラマントレギアへ。 
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