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Fate/WizarDragonknight

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見滝原ドーム

 日菜が指定したライブ会場は、見滝原北の端にあった。
 見滝原の本当に北端に位置している。
 見滝原ドーム。
 大きな十字路に面するその建物は、この世界で生きていれば、必ず一度は名前を見る会社だった。数多くのアイドルグループの合同ライブが企画される場所だけあって、東京ドームにも匹敵する大きさに、真司は内心舌を巻いていた。
 そして、北側の道路を一つ越えれば、そこはもう隣の町。
 サーヴァントの自分が見滝原を越えればどうなるのだろう。そんな疑問が去来しながら、真司は指定の駐輪場にスクーターを止めた。

「着いたぜ。日菜ちゃん」

 ヘルメットを外しながら、真司は言った。
 予備のヘルメットを返しながら、日菜は真司のスクーターから降りる。

「うん! ありがとう真司さん!」

 日菜はポーチを肩に戻し、笑顔を見せる。そのままスタジオに向けて、足を向けた。

「あ、そうだ! 真司さんも一緒に来る? 彩ちゃんたちに会ってみない?」
「日菜ちゃんのグループのメンバーだっけ?」
「うん! きっと真司さんもるんって来ると思うよ!」
「る、るん……」

 相変わらず日菜の独特の言葉運びにはなれない。
 そのまま真司は、彼女の提案を断った。

「悪いよ。それより、早く行った方がいいんじゃないか?」
「う~ん……電車では間に合わなかったんだけど、ちょっとだけ時間余ってるんだよね」

 日菜が腕時計を見下ろしながら言った。

「そりゃあよかった。こっちも飛ばした甲斐あったってもんだぜ」
「ねえ真司さん! 折角だからさ、真司さんもライブ見に行ってよ! この後五時からやるから!」
「俺今日友奈ちゃんと特売が……それにさっきも言ったけど、夜勤明けだから疲れてるんだよ……」
「いいからいいから!」

 日菜は真司の言葉を抑えながら、手をとりぐいぐいと引っ張っていく。
 そのままスクーターから引きずり降ろされた真司は、「おいおいおい!」と声を上げながらも、そのまま日菜に誘導されていった。

「って、ここ関係者入口じゃん!」

 日菜に連れて行かれた入口。見張りの警備員が、険悪な顔付きで真司を見返している。
 真司は誤魔化し笑いを浮かべて、日菜に耳打ちする。

「なあ日菜ちゃん! 流石に悪いって。チケットはもらったし、後でライブ見に行くから」
「ええ……?」

 日菜が口を尖らせた。
 真司は頬をかきながら、日菜に尋ねる。

「俺こういうアイドルっぽいのよく分かんねえんだけどさ。日菜ちゃんたちって、今人気なのか?」
「うーん、まだそこまでじゃないかなあ? 最近売り出したばっかりだし。お披露目の時とかも大変だったよ」
「ふーん……ライブまでの間に見ておくわ」

 真司はそう言って、スマホに「パステルパレット」という文字を打ち込んだ。すぐに、桁違いの検索結果が表示される。

「あ、どう? あたしたち、なんて言われてる?」
「それも後で見ておくから。ほら、行ってこい」

 真司はそう言って日菜の背中を押す。
 日菜は元気に真司に手を振り、そのまま入口へ向かうが、そんな日菜に声がかけられた。

「日菜ちー!」

 明るい声。見れば、日菜とほとんど同い年くらいの少女が、日菜に駆け寄ってきていた。

「友達か?」

 そう思った真司は、何となく別のタブから、「氷川日菜」の名前を検索する。
 出てきた画像をスクロールしていくと、やがて今日菜に話しかけている少女の写真が現れた。

「お、出た出た。流石日菜ちゃん。友達も読者モデルか……えっと、名前は……」

 蒼井晶。

「ねえ……日菜ちー」

 晶の猫なで声が、少し離れた真司にも聞こえてくる。

「これからライブだよね? 頑張って! あきらもぉ、応援してるから」

 晶が日菜に抱き着いている。お決まりの「るんってきた!」という日菜は、とても喜んでいるようだ。
 だから、だろうか。
 それを真司は、気のせいだと思った。
 そのまま別れを告げて入口へ日菜が向かった時。
 晶の笑顔が、邪悪に見えたのは。
 右手の手袋がめくれて、一瞬黒い刺青が見えたのは。

「……」

 真司は、無意識にダウンジャケットのポケットに手を入れる。
 龍の顔のエンブレムが、指先に触れた。



「おはよう!」

 日菜の元気な声が、控室にこだまする。
 本来ならば、日菜をはじめとしたパステルパレットのメンバーがいるはずの部屋。
 だが、メンバーたちの荷物はあっても、彼女たちの姿は影も形もなかった。

「あれれ? 皆、どこ行ったの? 彩ちゃ~ん」

 だが、日菜の声に答える者はいない。
 スマホでメンバーたちに連絡を飛ばした日菜は、鼻歌を歌いながら椅子に座った。

「ふんふ~ん」

 音楽でも聞こうと、イヤホンに手を取った時、ドアにノックがかけられる。

「はい! いまーす」

 日菜はそう答える。
 するとドアが開き、そこには見知った顔が現れた。

「あ、乙和(とわ)ちゃん!」

 日菜にも似た、薄緑のボブカットの少女。
 彼女のことは、日菜もよく知っている。花巻乙和(はなまきとわ)。日菜が所属するパステルパレットと同じ事務所のアイドル兼DJグループ、photon Maiden(フォトンメイデン)のメンバーである。

「日菜ちゃーん、ここー?」

 乙和は驚いた顔をして日菜を見つめている。

「どうしたの?」
「もうパスパレの皆、ステージに集まってるよ? 千聖ちゃんも、日菜ちゃんがまた遅刻だって怒ってるよ?」
「ええ? まだ集合時間じゃないよ?」
「でも、早く行った方がいいよ! 私、パスパレライブもすっごくすっごーく楽しみにしてるから!」

 乙和が両手を振りながら言った。
 日菜は「ありがとう」と礼を言いながら、部屋から出ていく。

「それじゃあ、あたしはステージに行ってくるね。そういえばフォトンは、もうリハ終わったの?」
「終わったよー。ちょっと疲れたなあ。でも、日菜ちゃんはリハいらないんでしょ?」
「全部覚えてるからね。それじゃあ、また後でね!」

 日菜はそう言って、ドームの方向へ向かっていった。
 一度見れば何でも覚えられる日菜にかかれば、ドームの地図はすでに頭の中に納まってしまう。
 迷うことなどなく、日菜は中心部のドームへの道を進んでいく。
 だが、その途中で日菜は足を止める。
 その場にいるはずのない人物がいた。ついさっき、この会場の外で会ったばかりの人物。

「晶ちゃん?」

 モデル仲間の蒼井晶が、その場にいた。
 さっきまでと全く同じ姿。どうやってこの関係者以外立ち入り禁止エリアに来たのか、全く分からない。
 ただ。
 彼女の顔は、外にいた時とは異なるものになっていた。
 モデルとしての笑顔が似合う姿ではなく。
 憎しみと嫉妬が入り混じった笑みに。

「よお……日菜ちー」

 それは果たして晶の声だったのか。
 日菜の知る晶の声とは似ても似つかない、低い声だった。

「なに……? 晶ちゃん……?」
「これからライブなんだよなあ?」
「う、うん……」

 普通の受け答えでいいのだろうか。
 そんな疑問が日菜の中に去来する。だが、晶は右手を見せつけながら続ける。

「てめえはいいよなあ……? 日菜……」

 彼女の右手。そこに着けていた手袋を外し、日菜には見たことがない紋章を見せつける。水玉のような丸みを帯びた刺青が、晶の右手に記されていた。

「晶ちゃん……? それって……」
「うぜえんだよてめえは……だからテメエだけはぶっ潰す……破滅させてやる……粉々にしてやる……!」
「晶ちゃん? 何言ってるの……?」
「だから、今日までニコニコてめえの友達面してやったんだよ……! てめえの晴れ舞台の日に、徹底的にボコボコにしてやんよ!」
「だから、何を……?」

 その時。
 廊下の照明が砕ける。
 晶の頭上にあったそれが光の粉となり、廊下に降り注ぐ。点滅する晶の姿は、叫びだした。

「憎い! 憎い! 憎い! 私よりも人気でキラキラのてめえが憎い!」
「晶ちゃん……?」

 晶の言葉は止まらない。

「私にない物を何もかも持ってるてめえが! 何もかもにあふれているてめえが!」

 晶の姿が見えたり見えなくなったり。

「殺れ! スイムスイム!」

 その声とともに、晶の足元が波打つ。
 どうしてコンクリートのスタジオで、と日菜が疑問に思うが刹那、コンクリートが割れた。水のように破裂したそこから、白いスク水の少女が飛び出してきた。

「!」

 その少女の顔を見て、日菜は悟った。
 無表情の眼差しに読み取れる、晶から引き継いだような殺意。
 持前の反射神経がなければ、彼女のナイフは日菜にただでは済まない傷を残していたかもしれない。

「な、何!? 誰……!?」

 だが、スイムスイムと呼ばれた少女は答えない。
 ただ作業的に、眉一つ動かさずにナイフを構える。

「!」

 襲ってくる無邪気な殺意。
 避けられない、と日菜が目を瞑ったとき。

「危ない!」

 その声の発生源は、窓ガラス。
 現れた赤い仮面が、スイムスイムの凶器を取り押さえているところだった。

「だ、誰……?」

 口をパクパクとしながら、日菜はそれを見つめている。
 赤い仮面は、そのままスイムスイムを振り回し、壁に投げつける。
 だが、スイムスイムは壁に接触すると同時に潜ってしまう。
 見えなくなった姿を、赤い仮面は警戒し、同時に晶を睨む。

「あの子がマスターか……」
「てめえ、何しやがる!?」

 晶が怒鳴りつける。
 だが、赤い仮面は動じることもなく、聞き返す。

「俺はライダーだ。君も……聖杯戦争の参加者か」
「ああ? 何だよ、こんなところにもいやがったのか、参加者がよぉ」

 晶が口角を吊り上げる。

「んじゃあ、ちょっとだけ教えてやんぜ。アヴェンジャーのマスターだ……日菜の前に、まずはてめえからぶっ潰してやるよぉ!」

 晶の声と同時に、壁から何度もスイムスイムが襲ってくる。
 赤い仮面は全身から火花を散らしながら、日菜には決して当てまいと身を盾にしてくる。

「大丈夫?」

 防御しながら、赤い仮面が日菜を起こす。
 丁度スイムスイムの乱撃が収まり、廊下に静寂が戻ったところだ。そのまま彼は、日菜を背にして、スイムスイムが出てくるのを警戒している。

「そこだ!」

 やがて赤い仮面は、日菜を抱え、自分が後ろに回る。丁度背後から日菜を狙ったスイムスイムと取っ組み合う形になり、赤い仮面はそのまま肉弾戦に入った。

「逃げて!」
「えっ……!?」

 状況が読み込めない。日菜は、茫然としたまま、赤い仮面とスイムスイムの乱闘を見上げていた。

「日菜ちゃん!」

 名前を呼ばれて、日菜ははっとする。慌てて駆け出し、その場から逃げ出した。 
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