同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~
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【著名な戦闘】ヴァンフリート4=2防衛戦
【著名な戦闘】ヴァンフリート4=2防衛戦(7)~タバル・ヒルの戦い(中)~
前書き
「立場の異なる二つの真剣さには滑稽という私生児が産まれる」――リン・パオ
「滑稽と名乗るのは事象ではなくそれを見た自身の情動に他ならない。奴さんは私生児の真の名を知らぬまま”アイツは滑稽という名だ”と思い込みつづけるのさ」――ユースフ・トパロウル
「ラサン男爵は戦死、ゴルツ男爵の部隊は半壊――手ひどくやられたな、エルビング男爵」
リューネブルクの脳は既に複数の課題を処理すべく動き出していた。
――ヴァンフリートはわかる。大夏天民国もわかる。ガラティエであっても不運は嘆けど納得しよう。だが同盟政府からすれば避難誘導の要、そして所有国であるアスターテ政府からすれば本土防衛の最終戦力であるアスターテ海兵隊が派遣されているとはどういうことか?
――つまり、我々は何を攻めているのだ?ヴァンフリートの資源採掘施設ではおそらくない、同盟軍の施設か、あるいは“交戦星域”の難民用施設?いや、それよりも価値がある何かか。であれば本陣にはどれほどの兵力が張り付いているのか?
――兵理は正しい、筈だ。だが軍の在り方があまりにも、あまりにも自分の戦ってきた同盟軍と異なる。どうすればいい?指揮統制の為にどのような手を打つべきだ?
畜生、イゼルローン要塞との最前線で戦えば戦うほど同盟は沈む船だと確信できた。俺の判断は正しかったはずだ、だというのに俺はここで何をしている?
――俺が率いているこの軍隊は何だ?俺は今どこで何をしているのだ?
「まずは事後処理ですなぁ」
諸侯軍の統括を担当するエルビング男爵は面倒そうにいった。
「まずゴルツ男爵は背命に相当する可能性があると伝えますわ、そしてグリンメルスハウゼン艦隊の人事部に調査を要請した、と噂を流しておきます」
ブラフですがね、とエルビング男爵がいうがリューネブルクは難色を示す。
「背命?調査?貴族領軍をここで怯えさせてどうする、揉め事を抱えて使いつぶせるほど従順か?」
「揉めませんよ、今、この時に他の諸侯を救うためなんざに誰が動きますかい。今はこちらが首根っこ押さえとるんですよ。あの二人は所帯の小さい”連隊”をもって騒いだ時点でこうなることは決まってたんですわ」
弱った野良犬を殴って躾るんですぜ、と男爵は楽しそうに語るがリューネブルクの返答はそっけないものであった。
「エルビング“大佐”向こうの仕掛けが割れた以上、後は一挙に小細工させずに突破する。側道の方面に装備が整った”大型連隊”を張り付けたい、部隊の選定を。大佐の部隊にも所定の計画通りに動いてもらおう」
「あぁそれですが計画に変更点があります」
どうするつもりだ、とリューネブルクが視線を向けるとエルビングはやれやれ、といいたげに首を振った。
「ゴルツを忘れんでください。奴は不問にすると禍根を残します、ヤツの残存部隊を先頭に立てて勇敢に戦死してもらいましょうや――あぁ督戦用に専用の銃兵隊を作っておいてくださいや、小規模中隊程度で十分でしょうが」
リューネブルクの顔色を見たのか、エルビング男爵が喉を鳴らして笑う。
「いやぁしかし、驚きましたわ。准将閣下は戦友を撃つ覚悟でこちらに来たというのに味方を殺す覚悟もないとは!!いやはや叛徒は相変わらず身内に甘いようで」
リューネブルクは何も言わずに背を向ける。静かに目を閉じ、”接舷男爵”の笑い声を意識から追い出そうとする。だが外の吹雪の音は気密された指揮壕の中では聞こえず男爵の笑い声は彼の耳にまとわりつくだけであった。
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男爵一人を討ち取ったキチジ・ヒル――側道は鉄火場の真っ最中である。
「よーし、まだ、まだ、まだ……」
「よし防音用意!伏せェ!」
「……」
空気が波打ち、兵士たちは伏せている地面に押し付けられた。
圧縮空気を封じ込めた“アンチゼッフル・バブル”を爆破し、ゼッフル粒子を一時的に吹き飛ばしたのだ。原始的であるがそれ故に間違いはない。コロニー艦隊国家アスターテ連邦の海兵隊は接舷戦闘に特化している、つまりはゼッフル粒子対策に特化した研究を行なっているのだ。
「急げぇ!撃ち方用意ィ!」
「……ッ!」
ふらふらと立ち上がった兵達が圧縮空気式迫撃砲を引き起こし、放つ。
着弾地点から弧を描くように爆発が起きる。濃度が薄かろうとゼッフル粒子への引火は馬鹿にならない。 だがそれを予想していたのだろうか、敵は既に退きはじめていた。
ならば楽をできるかといえばそんなことはない、重火力により陣地を叩かれつつ敵が肉薄を試みる、それだけで将兵は万全を期していようと死傷者が発生するし、なにより疲弊する、火器管制を担当する将校の負担は何をいわんやである。
「ご無事ですか」
クレーベルの補佐をしている大夏軍独立大隊”武徳”の大隊長が駆け寄ってきた。
「なんのなんの、ウチの兵達はまだまだへばりませんよ」
「しかし、消耗はします。小手先で凌げるのは限界ですな」
「なぁに小手先の手段ならまだいくらでもありますとも!ですがどうも、精彩に欠けるどころかモノクロな指揮ぶりじゃありません?」
とクレーベル中佐と言いながら飴を噛み潰している。
「休憩なさるなら予定を早めてタンクベッドに入っていただいても」
友軍の大隊長の言葉にクレーベルは違いますよう、と手を振る。
「いやいやいや、私じゃなくて向こうです、向こう!いい加減な撹乱砲撃、やる気のない突撃、ちょっと押せばすぐ退く――」
生真面目な大夏軍人はふむん、と思考を巡らせる。
「典型的な波状攻撃では?それに敵が正規軍ではなく諸侯軍というのなら士気が低いのも織り込むべきかと」
「”士気が低いから”ではなく統制された後退ですよ、追撃をする気になれませんね、それにーー」
クレーベルが眉を顰める。
「なんにしてもあからさまにいい加減な割に頻度は高い砲撃、これから殴るからよろしくね、と我々に伝えているのよう‥‥‥どうもよくないなぁ。我らが准将閣下には予定より早いですが後退の打診を」
「はっ。本文は?」
「敵戦力、本陣への大規模な行動の可能性あり、注意されたし、こちらは別命なくば後退の許可を求む、です」
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星間戦争においても要衝に防御陣地を築城し、敵はそれを攻めあぐねる。様々な理由はあるがまず第一にいえるのは宇宙艦隊を相手にした防衛システムの発展により飛躍的な発展を遂げた”対空砲”である――伝統的に対空砲と呼ばれているがその実は大気圏突入を仕掛けてくる対地ミサイルすらも迎撃する凶悪な兵器である。大気圏離脱を前提とした迎撃兵器はそれ故に”角度”の問題があるので例えば地球時代で言えば”地球を半周する弾道ミサイル”のようなことはできないが目標地点の周囲に複数個所に設置されれば安易な空輸に頼ることは難しくなる。
つまり――対空システムを構築する各装置は陣地の要であり重要防御地点なのだ。
当然ながら奇襲を警戒し、高度に要塞化された堡塁に慢心せず巡回する兵は当然いる――筈だった。
「……」
装甲服越しに”奇麗に”喉を裂かれた者達が転がっている。そして‥‥帝国軍は十余名の帝国兵はそろり、と周囲を警戒し――断崖絶壁の下に向かって一人が合図する。
ウィンチで巻き上げられた兵士達が次々と登ってくる。十名が二十、二十が四十――瞬く間に増えてゆく。
「エルビング男爵領連隊“ヨムスの人間を獲る漁師”が一番乗りだ!!」
頭数は二百程しかいない。選抜したのであろう。だが彼らを率いているのは――
「いよぉぉぉし!男爵様が直々にお前らに訓示してやる!!
いいな!テメェらの仕事は対空システムをぶっ叩いたら尻に帆を掛けて逃げ出すことだ!ハンドキャノンはブチかましたら最悪投棄してもいい!斧とブラスターは捨てるなよ!!」
エルビング男爵自身である、このような作戦の陣頭に立つのは蛮勇ではなく経験によるものだ――だから主流派から嫌われるのであるが。
「戦斧は短く持て!キンタマついてるな!突撃!!」
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まったくの奇襲であった、ことこの点においては大夏軍の手落ちではなくエルビング男爵の選抜部隊の練度と戦術眼に負うものである。ミサイル発射装置が破壊されていく。
「いいぞ!!ゼッフル発生装置をばらまけ!!」
だが大夏軍は奇襲からに対する対応の速さで矜持を守って見せた。
「ウォォ!?」
巨大な矢が応急土嚢を突き破る。矢尻が装甲服を削ったのを見て兵は呻いた。
「マインゴッド!アイツら連弩を持ち出してきやがった!」
連弩、この宇宙歴の時代に冗談のような装備だがゼッフル粒子対策としては合理的でもある――まことに冗談のような兵器だが。
「畜生!真面目に戦争しやがって!閣下ァ!こっからどうしますかい!」
エルビングはそっと聴音センサーを確認する、”派手な戦闘音”はどんどん膨れ上がっている。十分役目は果たした、彼はそう判断した。
「兵隊共の相手はすんじゃねぇぞ!あの厄介な対空砲台を破壊したんだ!さっさと撤退だ!へっ!奪う物もねぇ戦で大事なお前ら潰しちゃよ‥‥皆に顔向けできねぇぜ!」
「さっすが男爵閣下!聞いたなテメェら!目的は達した、退くぞ!」
「おっとそうはいかん、こちらも面子があるので即退散とはいかせぬよ」
「おっとぉ!」
放たれた短剣が護衛をかいくぐり真っすぐ標的へ向かう、だがエルビング男爵は慌てずそれを斧でそらした。
「畜生!武装牧師隊かよ!!」
聖輪武装牧師隊――大夏天民国において牧師、すなわち“羊飼い”とは羊、すなわち信者を守る在り方であると伝えられている。大夏天民国は銀河連邦の辺境地域に跋扈する軍閥に対する農民反乱から始まった、その指導者となったチョウ・クァンは”啓典の教え”を奉じていた。彼は聖人ダルマが天使に稽古をつけられ授けられた聖輪武術の達人であり、軍閥の将校を素手で”打ち、とった”と伝えられている。大祖である彼を見習い、牧師は必ず聖輪武術を学ぶことが教義の一環となっている。
「タダでは帰さんぞ!貴様らの首を置いて行けい!」
白一色の星に映える、鮮やかな朱色の房飾りをつけた花槍を装備した精鋭部隊だ。頭数は同数、更には先ほどから連弩に機械弓を装備した支援兵も集まってきている。
「ハッ!ゾロゾロとご丁寧なこった!」
にやりと笑いながらエルビングは内心、舌打ちをした。
シンプルな話である、エルビングは既に一刻も早く逃げ出すつもりであった。彼にとってはこの戦も”クソ浪費の舞踏会”と変わらない”営業に必要な出費”である。
だが――これほどに頭数が揃うとなると撤退にもコスト――戦死者が出る。エルビングは自分の育て上げた”儲けるための財産”をこのような形で失いたくはない。
「テメェらの相手はこの”ヨハン軍曹の分隊”だ!!テメェらのようなクソ野郎には勿体ねぇぜ?」
彼に続いて十数人の男たちが前にでる。彼の分隊だ。
「テメェらはいつもそうだ!俺達が必死に家族のために稼いでる時に寄ってたかって邪魔をする!」
「何千隻もある病院船のたかが一隻を鹵獲して中身ごと売り飛ばしただけの俺達を殺す為に千隻も軍艦を動員するイカレ共!たかが五隻の私掠船をいじめて悦に入る下衆共が!!
ここで俺が片付けてやらぁ!」
「‥‥‥ヨハン!最期の仕事を頼めるな!」
「男爵ぅ!俺達ァ高いですよ!俺たちの家族、全員たんと豪華な飯を食えるくらいの手当、たのんますよ!!」
「あぁ!テメェらの仇も取ってやる!テメェらの家族も食わせてやる!
だから――ここで死んでくれ!」
エルビング男爵は心から復讐を誓いつつ、頷くと撤退の指揮を開始する。
「敵は”オフレッサー隊”と思え!近づけるなよ!引火も気にするなぶっ放せ!!!」
背後の戦闘音はもはや気にすることはない、彼は”接舷男爵”、船を襲い、私掠で財を成した傑物なのだ。死したと判断した部下のことはもはや気にすることはない。
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