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Fate/WizarDragonknight

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クイッククイックスロー

「あ……」

 ふと、紗夜は知り合いの顔を見つけた。
 何かをやりたいという気分でもない年明けの休日。妹の声が聞こえる家にいたくない紗夜は、適当に時間を潰す選択肢として、見滝原公園の散歩を選んだ。
 そこで、紗夜は見つけた。

「あれ? 紗夜ちゃん!」
「紗夜さん?」

 保登心愛。そして、衛藤可奈美。
 一瞬二人の顔に気を取られている内に、ココアが紗夜に近づいてくる。

「びっくりだよ! 紗夜ちゃん、結構可愛い服なんだね!」

 ココアが紗夜の私服をそう評した。
 水色のワンピース。その上に、水色のダウンジャケットを羽織った姿は、紗夜のいつもの姿だった。

「ありがとうございます。どうして保登さんがここに?」
「今日はピクニックだよ!」
「ピクニック? この時期にですか?」

 紗夜は耳を疑った。
 まだ新年になったばかり。風も吹けば凍えるような時期に、見て見れば見滝原高校では見ない顔の人たちが湖畔でレジャーシートを広げてパンを食べている。

「……驚きましたね」
「えへへ。ちょっとパンを作りすぎちゃって、皆で食べようって思って。寒いけど大丈夫! おいしいパンで温まるよ!」
「そ、そうですか……」

 少し引き気味に後ずさる紗夜。
 だが、去ろうとするのが少し遅かった。
 ココアの後ろから、ココアに似た女性___さしずめ大人版のココア___が現れたのだ。

「あれ? ココアの友達?」
「そうなのお姉ちゃん! 風紀委員の紗夜ちゃん!」
「私は友達では……初めまして。氷川紗夜です」

 成り行きながら、紗夜は自己紹介をした。すると、大人版ココアも、「ココアの姉のモカです」と返す。

「いつも妹がお世話になってます」
「いえ……」

 紗夜はモカから目を反らす。
 ココアに聞きたいことがある。だが、ココアに改めてそう言いかける前に、水色の髪の少女が声をあげた。

「こ、ココアさん!」
「ん? 何?」

 呼ばれたことをとても嬉しそうに、ココアが少女のもとへ走っていく。
 言葉を口にする機会を奪われ、紗夜は途方に暮れた。

「ねえ、よかったら一緒に食べない?」

 すると、レジャーシートに腰かけたモカが自らの隣を促した。
 見ると、彼女以外は、みな思い思いにレジャーシートから離れていた。水色のダウンジャケットの青年が二人の少女とキャッチボールを始め、ココアが水色の髪の少女に抱き着いている。
 仕方ありません、とため息をついた紗夜は、モカのとなりに腰かけた。

「……保登さん」
「うん?」
「保登さんも……お姉さん、でなんですよね」
「うん。そうだよ?」
「その……負担に感じませんか? 妹から期待されることが」

 初対面の相手に何を言っているのだろう。
 そんな自己嫌悪に陥りながらも、紗夜は続ける。

「私はそんなことないよ? ココアは末っ子だけど、私にも兄が二人いるし。何でも真似して、色んな影響を受けちゃったみたい」
「何でも真似して……」

 紗夜は、胸の内がぞわりと感じた。

「それ、辛くないんですか?」
「え?」
「姉だからって、何でも期待されるの。それを、妹が簡単に飛び越えたとしたら、辛くないですか?」

 こんなことを、モカに言って、自分は何を望んでいるのだろう。
 そんなことさえ、脳裏に過ぎる。
 だが、一度口にした言葉は、もう止まらなかった。

「何でもかんでも真似をすると、こっちも辟易(へきえき)するというか……」
「でもね」

 モカはほほ笑んだ。

「そんな妹も、可愛いと思わない?」
「え?」

 モカがにっこりした笑顔を向けてくる。

「貴女にも、妹がいるんだね? でもさ、そういう劣等感を感じるってことは、お互いに高め合っていけるってことだと思うし、悪いことじゃないよ?」
「……」

 紗夜は口を噤んだ。
 それを納得したと受け取ったのか、モカは紗夜の肩を叩いた。

「たまには、お姉ちゃんって垣根なんてなく、妹に頼ったりするのもいいと思うよ? 追いかけてくるココアだって、いつかこれなら、私よりも上手いかもって思うこともあったからね」
「そうですか」

 もはや、モカの言葉など聞こえてこなかった。
 ただ、紗夜の目には、ここにはいない双子の妹の姿しかなかった。
 そして、その口からは恨み言だけが綴られていた。

「お姉ちゃんだからなんだって言うのよ……!」



「結構買ったな……」

 近くのコンビニで大きなペットボトルの飲み物を買い終え、ハルトは財布の中で小銭を弄んでいた。

「ま、コーラとポカリと……適当に二、三本ずつ買ったからいいよね」
『コネクト プリーズ』

 さらに、普段からよく使う魔法で、魔法陣を開ける。可奈美のすぐそばに通じるように念じ、ペットボトルが入った袋を魔法陣に放る。これで、ピクニックのところにペットボトルが置かれるはずだ。
役目を終え、合流しようとしたところ。
 ハルトは、その目の前の人物に足を止めた。

「クイッククイックスロークイッククイックスロー」
「社交ダンス……だよね?」

 日傘を刺した男性が、通路の真ん中で踊っていた。
 口ずさむステップと、周囲の迷惑も考えないまま踊り続ける男性。左右を白と黒で別れた服を着ており、跳ねた髪形も合わさって、ピエロという印象を抱かせる。

「あ、あの人そういえば……」

モカを迎えに見滝原駅へ向かった時。ハルトを越える大道芸の腕を見せたのだ。その後も、モカとこの公園に来た時、一度挨拶している。

「すごい迷惑な歩き方してるな……」

 狭い遊歩道を、左右に気ままに動き回る彼は、周囲の人々を道のわきに押しやり、自らの自由を謳歌している。
 やがて、一部の野次馬たちが集まり、人だかりができていく。珍妙な恰好をした青年がわき目も降らずに踊っている様子を、多くの人々が撮影していた。
 曲芸としては最高なシチュエーションなのだが、他人の迷惑にもなっている。あれは止めた方がいいのではないだろうか。
 やがて、そんなピエロの前に二人組の警官が駆けつけてくる。

「ちょっと! 君!」
「クイッククイックスロークイッククイックスロー」

 だが、ピエロの動きは止まらない。あえて手に持った傘を警官に近づけ、片方はそれによって身を一度引いた。

「おお……」
「ちょ、ちょっといいかな?」

 めげない警官が、再び呼びかけている。

「クイッククイックスロークイッククイックスロー」
「あのね? 通行の邪魔になってるって通報がありましてね。ほら、道塞いじゃってるでしょ?」

 確かに、ハルトから見ても彼は道を塞いでいる。……正確には、彼と、彼に群がる野次馬たちが。

「あっちの公園に広場があるからさ。そこでやってもらえるかな?」

 警官は、すぐそばの見滝原公園を指さした。だが、ピエロはダンスを止めない。
 痺れを切らした警官が、声を荒げる。

「聞いてるのか?」
「クイッククイックスロー……」

 すると、ピエロはその動きを止めた。ようやく言うことを聞いてくれたかと警官たちが肩を撫で下ろすと、またダンスの動きを再開した。

「ちょ、ちょっと!」
「ああああああ!」

 見ていられなくなったハルトは、ピエロと警官たちの間に割り込む。

「すいません、コイツ、何かあるとすぐ踊っちゃう人なんですよ!」
「ええ?」

 怪訝な目つきの警官たち。また、野次馬たちは、ハルトが入ってきても撮影をやめない。

「すいませんほんと。あ、俺コイツと組んでる大道芸人です。たまにここの公園の噴水広場でやってるんで、暇な人は見に来てください。ほら、行くよ!」

 ハルトはそう言いながら、ピエロの左手を掴む。
 だがピエロは、右手で傘を上に向けた。

「ボン」
「いやボンじゃなくて! ほら、人様の迷惑だから、噴水広場行くよ!」

 ハルトはそう言って、ピエロを引っ張っていく。だが、変わらず「クイッククイックスロー」と踊りだそうとするピエロを、力づくで制しながら公園の入り口を潜らせた。 
 

 
後書き
紗夜「衛藤さん」
可奈美「紗夜ちゃん! 大丈夫? 落ち着いた?」
紗夜「はい。その……先日は、取り乱してすみませんでした」
可奈美「ううん。当然だよ。いきなり聖杯戦争の話なんかされたら、誰だって怖くなっちゃうよ」
紗夜「そうですよね……保登さんは?」
可奈美「ココアちゃん?」
紗夜「先日も言いましたけど、銀とか赤のヒューマノイドに変身したんです。あれからは……?」
可奈美「ううん。私が見た範囲ではないよ。でも、この前ココアちゃんと一緒にお風呂に入ったけど、体に令呪みたいなのはなかったから、少なくとも参加者ではないと思う」
紗夜「そうですか……」
可奈美「紗夜さん……その、なるべく私達と一緒にいませんか? ここにいる人、ココアちゃん、チノちゃん、あとモカさんの他は参加者ですよ」
紗夜「……!?」
可奈美「だから……」
紗夜「少し……考えさせてください」 
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