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僕か私の物語

作者:滸幻
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私か僕の物語

 高く澄んだ青空を切り裂くように、白い帆が進む。
 何度も方向転換を繰り返しながら、波の間を縫って行く。
 ヨットはまっすぐには進めない。
 向かい風に対して、45度。常に風の向きを意識しながら、その角度を保つ。

 日に焼けた肌に、髪にまとった潮の香り。
 陸上と海上、別々の場所にいるのにいつも目が合うのは、偶然だと思えなかった。
 同じ学校なのは知っていた。でも、会ったことはなかった。
 長い廊下の端、その姿に足を止める。
 相手も足を止め、視線が絡み合う。
 そのまま無言で通り過ぎる。でも、もう必然だった。

 最後の大会が終わったら、伝えたいことがある。
 その言葉だけを必死に紡ぐ。
 話したことはあまりない。でも、言葉のない会話ならたくさんした。
 瞳の揺れだけで、言いたいことが分かる。
 待っている。

 最後の大会に賭ける、祈る、願う。
 でも、疫病がゆっくりと希望の風をかき消していく。

 大会の中止を知らせる紙の前で、呆然と立ち尽くす。
 最後の大会が終わったら伝えようと思っていた言葉が、宙に浮く。
 不安定な言葉は制御を失い、45度ずれたまま明後日の方角へと向かう。
 大海原の上でゴールを見失ったまま、淡い感情は流され続けた。


 青く澄んだカクテルの縁に、くし切のレモンが乗っている。
 四角い氷は真っ白で、溶けるたびにゆっくりと濁っていく。
 蛍光灯の淡い光が、隣に座る人の指輪を鈍く輝かせる。
 久しぶりに見た肌は日焼けもなく、髪からは石鹸の香り。
 真っ白なカクテルを口に運び、躊躇うように指輪に触れてから顔を上げる。
 視線が絡み合う。でももう、瞳は揺れない。
 あの時、何を言おうとしていたのか。
 そう問われても、失われた言葉を取り戻すことはできない。
 沈黙。
 無風の中では、スタートは切れない。
 ゆっくりと目を閉じ、開いたときにはもう、視線は下を向いていた。
 もしもあの日に戻れたなら、今とは違う指輪をしていたかもしれない。
 そう呟き、席を立つ。
 また会おう。
 曖昧な約束は、きっと果たされない。
 ずれたまま進んだヨットはもう、ゴールにはたどり着かないのだから。


 これは、私と貴方の物語か、僕と君の物語。
 陸にいた私と、海にいたあなたの物語。
 海にいた僕と、陸にいた君の物語。

 
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