Fate/WizarDragonknight
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金髪は最高です!
「ふぁ~……ん」
可奈美は欠伸をかみ殺しながら、ぼーっとラビットハウスのテレビを見上げていた。
「退屈そうですね」
そう可奈美に声をかけるのは、ずっとお店で原稿用紙に向かい合っている女性。
青山ブルーマウンテンというペンネームを持つ彼女は、今日も朝からラビットハウスに入り浸っていた。
「あはは……やっぱり、平日のお昼だと、中々人来ないから」
可奈美は頬をかく。
青山さんは、少し「う~ん」と考える。
「可奈美さん、少し来ていただけますか?」
「? はい」
手招きする青山さんに従って、可奈美は彼女のもとへ行く。すると、いつの間にか彼女は可奈美の背後に回り込み、その肩をがっしりと捕まえていた。
「ええ!?」
「ふむふむ。なるほどなるほど」
「あ、青山さん!?」
驚く可奈美に構わず、青山さんは可奈美の体のあちこちを触り続けている。
「実は私、今剣を題材の小説を書こうとしているんです。可奈美さんが、その主人公のモデルにまさにぴったりなんです」
「は、はあ……でもここそういうのは」
「ハッ! 降りてきました!」
言うが早いが、青山さんはさっと座席に戻り、執筆を続けた。
その鬼気迫る迫力に、可奈美は彼女の背後に白い闘気が見えた。
「こんにちは」
そんな青山さんの奮闘を眺めていたとき、そんな声が入口から聞こえてきた。
そう言って入ってきたのは、大和撫子が似合う少女だった。
クリスマス会の時も顔を合わせたことがある。その名前が宇治松千夜だと知っていた可奈美は、近くのテーブル席を案内する。
「ありがとう。えっと……そう! 可奈美ちゃん!」
千夜は可奈美の顔を見て、名前を思い出したようだった。千夜はそのまま、向かいの席に腰を下ろした二人を紹介する。
「紹介するわね。私とココアちゃんの友達の、忍ちゃんとアリスちゃん」
「よろしくね」
「nice to meet you!」
「初めまして! 衛藤可奈美です! ……もしかして、アリスちゃんって外国人?」
「英国から来ました」
「ほえ~……ハーフとかじゃないんだね」
可奈美の脳裏に、タイ捨流の使い手の友人が想起された。
アリスは首を振り、
「私は英国生まれです。シノに会いたくて、日本に留学してきました」
「イギリスか……」
可奈美は頷いた。
そういえば、見滝原西、この木組みの街と呼ばれる地域も、どことなくイギリスなどのヨーロッパを彷彿させるものだった。
「ところで、ココアちゃんは?」
「友達にちょっと挨拶に行くって言ってて、私達が先に来たの」
千夜がそう答えた。
「だから、そろそろ来ると思うわ。可奈美ちゃん、先にアイスコーヒー頂いても?」
「オッケー。忍ちゃんとアリスちゃんは?」
「私も同じものをお願いします」
アリスの注文を受け付け、可奈美は続いて忍のものを待つ。
だが、忍はじっと可奈美を……正確には、その髪を見上げていた。
「? どうしたの?」
「可奈美ちゃん……一回金髪に染めてみませんか?」
「え?」
「シノ!?」
忍の一言に、アリスが血相を変える。
「そんな必要はないよ! シノの大好きな金髪は、ほら! ここにあるのだから!」
アリスが主張する。すると、忍は躊躇いなくアリスへ抱き着く。
「えへへ……やっぱり、金髪は最高です!」
「あはは……忍ちゃんは、金髪が好きなの?」
「もう大好きです!」
可奈美の問いに即答する忍。それどころか忍は、「いいですか?」と可奈美に顔を寄せてきた。
「金髪は、この世界が編み出した宝なんです! いいですか? 金髪少女の金髪は、その美しさから、世界の文化遺産にもなるべきなんです!」
「え? ぶ、文化遺産?」
「そうです!」
忍が可奈美の左手を掴む。
「だから是非お願いします! 金髪になってください! きっと似合います!」
「あら? 可奈美ちゃんが染めるなら、私も手伝うわ」
なぜか千夜も便乗してくる。
「う~ん、そのうち、ね? それより、コーヒー淹れてきま~す」
可奈美は離れて、注文のコーヒーを入れる。
やがて作業中、青山さんが千夜のとなりの席、すなわち彼女たちと同席に座る風景が見えた。
なにやら話が弾みだす。どうやら、青山さんがまた何やら熱中しだしたようだった。
その時。
ちりん。
「いらっしゃいませ」
慣れたもので、呼び鈴がなれば、可奈美は反射的に反応してしまう。
だが、そこに現れた客の姿を見て、可奈美の顔から血の気が引いた。
「ココアちゃん!?」
何時も見慣れているのは、元気に可奈美を妹扱いしてくる保登心愛。
だが今回は、そんな状態のココアではない。顔は青ざめ、全身傷だらけ。特に、右肩からは出血さえしていた。
そして、それを背負った人物。長く綺麗な水色の髪と、すらりと伸びた体格が特徴の少女。だが、彼女の様子も普通じゃない。ココアの血が制服にべっとりと付着しており、白い見滝原高校の制服も様変わりしていしまっていた。
そして彼女もまた、可奈美が見知った顔であった。
「紗夜さん!? 何があったの一体!?」
倒れそうなココアを受け止めながら、可奈美は紗夜へ尋ねる。
さらに、慌てて千夜、忍、アリスもまたココアの身を案じた。
「ココアちゃん!? どうしたの!?」
千夜が悲鳴を上げる。
紗夜は首を振り、
「ごめんなさい。私にも、何があったのか……」
「……」
可奈美はしばらく紗夜を見つめる。やがて、ひたすらにココアへ叫ぶ三人に「落ち着いて」と制する。
「見せて。……これは……」
可奈美は、ココアの袖をまくり上げる。すると、腕に大きな包帯が巻かれていた。
「何があったの!?」
「……応急処置はしました」
紗夜が腕を組みながら言う。
「……私にも、詳しくは分かりません……」
紗夜は可奈美の顔を見ながら、戸惑っているようだった。
可奈美はしばらく彼女を見つめ、「もしかして」と千夜たちを見る。
どうやら青山さんには、医療の知識があるようで、隣のテーブル席にココアを寝かせ、彼女の容態を見ているようだった。
千夜、忍、アリスもそちらに気を取られて、こちらのことは見ていない。
「紗夜さん、もしかして……」
紗夜の右手……包帯で巻かれている部分に、否応なく目が行ってしまう。
以前、古代の大陸が復活したことがあった。その時、聖杯戦争の舞台もまた前人未到の移動したのだ。
その時の彼女は、明らかに聖杯戦争というサバイバルゲームに参加している意識はなかった。だが、それは彼女自身の目線の話。
他の参加者___仮に、あの年末で目を付けた参加者がいれば、襲われてもおかしくない。
「ごめんなさい。私も、何て説明すればいいか分からなくて」
紗夜は頭を抱えた。
「幸い保健室は開いていたから、ある程度の応急処置はしたんです。でも、先生もいらっしゃらなくて、保登さんの滞在先が喫茶店なのは知っていたから、何かないかと思って連れてきましたけど……衛藤さんがいるとは思いませんでした」
「私だって、こんなに早く紗夜さんと会えるなんて思わなかったけど。青山さん、どうですか?」
「……大丈夫です」
青山さんは顔を上げた。
「出血も止まっていますし、しばらく寝かせていれば、きっと大丈夫ですよ。むしろ、先日のハルトさんのお腹の方が問題でした」
「そうですか……よかった」
千夜が安心したように椅子にどっかと座る。忍とアリスも安堵の表情を浮かべていた。
ただ一人。
紗夜だけは、最初からずっと暗い顔のままだった。
青山さんや千夜たちは帰宅した。
ココアを部屋に寝かせた後、可奈美は紗夜をカウンター席に座らせた。
「紗夜さん、何があったの?」
だが、紗夜は何も答えなかった。
作りかけていたアイスコーヒーを紗夜に出し、可奈美はカウンターの内側から紗夜の隣に座る。
「紗夜さん」
「……信じられないのよ……さっき私が見ていたことが……!」
「紗夜さん!」
可奈美は、紗夜の肩を掴んでこちらに向けさせた。
少し年上の彼女は、動揺したままではあるが、可奈美ははっきりと言った。
「私と紗夜さんが、どこで出会ったか覚えてる?」
「……!」
紗夜が目を大きく見開く。やがて、震えながら、その名称を口にした。
「……ムー大陸……」
「あそこだって、信じられない場所だよね? でも、私達はそこに行った。経験した。……っ」
可奈美は一呼吸入れる。
「だから、お願い。話して。何があったのか」
すると、紗夜は一気にコーヒーを飲み干す。
砂糖もミルクも入れていないそれを一口で平らげ、咳き込みながら、紗夜は重い口を開いた。
そして、十分後。
ほんの一、二時間前学校で起こった、アヴェンジャーのサーヴァントによる襲撃が、紗夜から語られた。
「ココアちゃんが変身……それに、新しい参加者……かあ……」
紗夜から話のあらましを聞いて、可奈美は机に突っ伏した。
「正直、それってココアちゃんが参加者ってこと……? ココアちゃんが参戦派ってことは考えにくいけど、巻き込みたくなかったなあ……」
「衛藤さん?」
「紗夜さん……その……」
可奈美は、口を動かすのをためらう。だが、彼女の右手___傷もなさそうなのに、包帯で厳重にまかれた手首を見て、告げた。
「紗夜さん」
「はい?」
「これから話すことは、きっと紗夜さんにも関係あること」
可奈美は、言葉を一つ一つ噛み潰すように紡いでいく。
「そして、知ったら多分、もう後戻りできないこと」
「……どうして私がそんな重い話を聞かないといけないんですか?」
紗夜の問いに対し、 可奈美は、右手のストッキングを外す。見事に同じ肌色で隠したそこには、黒い花びらの___ただし、三分の一は欠けている___刺青のようなものがあった。
「紗夜さんのその手の包帯、下に黒いあざが出来ていませんか? こんなふうに」
「……ッ!」
それを見て、紗夜もまた包帯を外す。真っ白な美しい肌に、黒い紋章が塗りたくられていた。
「紗夜さん。こうなった以上、多分もう黙っているわけにはいかない。それに、多分紗夜さんが今日襲われたのも、多分これが原因です」
「こんなもののために、私は襲われたっていうの?」
「そう。……その前に、前回は説明できなかったけど、どうして紗夜さんがムー大陸にいたか、説明します」
可奈美の言葉に、紗夜は首を曲げた。
可奈美は続ける。
「今、見滝原で立て続けに変なことが起こっているのは知っていますよね?」
紗夜は頷いた。
「はい。中学校が謎の空間になったり、病院が食人怪人の巣になったり……」
「全部……聖杯戦争っていう、戦いの結果なんです」
「聖杯戦争?」
紗夜が大きく目を見開く。
可奈美はそれでも、腕の紋章を見せながら、重い口を続けた。
「これは令呪。私達が、その聖杯戦争の参加者である証です」
「参加者? 私が?」
これを伝えたら、果たして紗夜は絶望してしまうのではないか。
そんな危機感を抱きながら、可奈美は聖杯戦争を……そして、それが見滝原に齎してきた災厄を語った。
紗夜は、最初は怪訝な顔をして聞いていた。だが、だんだん顔が青くなっていき。
最後は。
「うそ……嘘よ、嘘よ嘘よ‼」
発狂した。
「願いを叶えるために、この見滝原で……殺し合えってこと? それも、ずっと……ずっと……!? これまで見滝原で起こったことも、全部聖杯戦争の一部だったってことでしょ!?」
肯定。
「だったら……これからも……まだ、聖杯戦争は終わっていないんでしょ?」
肯定。
紗夜は席を立つ。椅子が転がるが、動揺する彼女は隠せない。
「なんで……!? 私は、叶えたい願いなんてない……! 参加したいと思ったこともないのに……!」
やがて、彼女の目に涙が溜まっていく。
「何で……私が……!」
ただただ。彼女の嗚咽が、ラビットハウスの乾いた空気を濡らしていった。
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