忘れられないから今も
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第一章
忘れられないから今も
ノボシビルスクにいた年金生活の老人が亡くなった、このこと自体はよくあることだった。だが老人が入院して最期の時を迎えたその病院で。
病院でかなりの地位にある医師のニコライ=アントノフは病院の中にいるミニチュアダックスフントを見て新人の看護士達に言った。色は茶色である。
「いいかい、女の子でマーシャっていうんだ」
「そうですか」
「そうした名前ですか」
「二年前にこの病院で亡くなったお年寄りの家族だったんだ」
そのマーシャの話をさらにした。
「入院した時ずっと家からここに来て夜まで付き添っていたんだ」
「飼い主の人に」
「お亡くなりになるまで」
「そうしていたんですか」
「そしてお亡くなりになってもね」
それからもというのだ。
「ずっとね、もう飼い主の人は亡くなったことがわかっていても」
「それでもですね」
「今じゃずっとここにいるそうですが」
「飼い主の人のことを想って」
「離れないんですね」
「家族はその人だけだったらしいから」
そう考えているというのだ。
「だからね」
「ああしてですね」
「ここにいるから」
「追い出したり邪険にしないで」
「そっとしてあげることですか」
「犬にも心があるんだ」
だからだというのだ、その長身で禿げ上がった頭と黒い目のある色素の薄い顔で話した。白衣がよく似合っている。
「大事にしてあげそう」
「そうですね」
「それでいつも寝床とご飯を用意してるんですね」
「おトイレも」
「賢い娘でおトイレまでするしね」
用意されているそこでというのだ。
「そっとして。大事にしてあげよう」
「クゥ~~~ン・・・・・・」
マーシャは悲しい目で鳴くだけだった、あまり動かずずっと飼い主がいた病室のすぐ傍にいる。アントノフも他の病院のスタッフ達もだ。
彼女をそっとした、その中で。
アントノフはアルゼンチンに世界的な学会で新しい学説を発表する為に赴いた、そこで学説を発表し。
学会が開かれたコルドバの街を歩いていると。
ふと通りがかった墓地の中に一匹のジャーマンシェパードを見付けた、その犬は。
ある墓の傍にじっと座って動かない、そして墓標を見ているが。
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