渦巻く滄海 紅き空 【下】
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四十九 トロイの木馬
鳥が飛んでいる。
疎らに生えている木々の合間。葉一つなく、途中で朽ちている大木に囲まれた大地を、木ノ葉の里では見かけぬ男達が踏みしめる。
以前まで火ノ国全体を漂っていた濃霧は既に霧散しており、クリアになった視界の中、鳥は瞳をきょとりと、眼下の二人の男を見下ろした。
(──みつけた)
黒地に赤き雲。
男達の衣服から、標的を見定めるかのように眼を細める。
空を旋回し、枯れた大木の枝に止まった鳥はふたり組の男達の足取りを油断なく見遣った。
彼らの目的はひとつだ。
賞金目当てにアスマの遺体を狙うにせよ、人柱力である波風ナルが標的にせよ、『暁』の向かう先は木ノ葉。
その痕跡を辿っていた山中いのは、振り返った二人組の男の片割れ──角都と眼が合って、ハッとした。飛び去ると同時に、即座に戻る。
【心転身の術】で鳥の精神を乗っ取り、角都と飛段の足取りをつかんだいのは、眼が覚めるなり、安堵の息を吐いた。
「気づかれたか?」
「大丈夫…それより、」
鳥を乗っ取り、情報収集してきたいのは、術使用中に無防備になっている自身の身体を見ていてくれたシカマルとチョウジに伝えた。
「此処から2時の方向。十分でぶつかる」
案の定、木ノ葉の里へ向かっていると分かった今、シカマルの眼が鋭くなる。
自分達の師──猿飛アスマの弔い合戦をする為に、五代目火影を始めとした木ノ葉の忍び達には秘密裡に、『暁』を追っていた第十班。
自分達の師を殺した憎き『暁』へ敵討ちしようと、木ノ葉の里から秘かに出てきたいのとチョウジは、シカマルと合流し、彼の指示を仰ぐ。
いのの情報を耳にし、眼を鋭く細めたシカマルが手の中のライターを強く握りしめた。
「それじゃ…始めるか」
苔生した大木の合間を歩く。
木ノ葉の里へ向かっていた角都と飛段は、先ほど妙に視線を感じた鳥が飛び去っているのをなんともなしに見遣ると、途端に地面を蹴った。
地面を這い、蛇の如く双方へ伸びてくる影。
見覚えのある術に警戒し、咄嗟に距離を取るや否や、何かが飛来してくる。
「…ッ、起爆札か!」
起爆札が貼られたクナイ。
角都と飛段、両者へピンポイントで投擲されたクナイを弾くも、爆発音がふたつ、その場に響き渡る。黒煙が舞い上がった。
「角都!」
「問題ない。腕を硬化した」
三刃の大鎌が飛段の手元から離れたことから、その威力が窺えた。
しかしながら、飛段は鎌で、角都は硬化した腕で、起爆札つきクナイを防いだ両者には、微塵も傷などついていない。
それだけで彼らの実力が計り知れないものであることは明白だ。
だがそんな事実、百も承知。
影が迫る。
角都と飛段、双方へ地面を這って追い駆け続ける影。
地面へ注意を向けていた角都は、直後、ハッと上を仰いだ。
「飛段、上だ!」
角都の指摘に飛段もまた視線を上げる。大木の枝の上。影の術者と眼が合った。
だが、その時には既に、刃物がまたしても投擲される。
爆と描かれた札つきの刃物だと認め、角都は「かわせっ」と相方へ注意を呼び掛けた。
角都の声に従い、刃物を避ける。
飛段と同じく、回避した角都は、しかし、突然動けなくなった我が身に困惑した。
「起爆しない…?」
爆と描かれた札つきの刃物が自身の影を突き刺している。
てっきり爆発するものだと身構えた飛段の当惑する声を耳にしながら、角都は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「…やられたな」
影の術者が木から飛び降りる。
太陽を背に墜ちてきたシカマルは、動けぬ仇敵を肩越しに振り返って、口許に弧を描いた。
「【影真似手裏剣の術】──成功」
敵影を射抜く刃物。
クナイとは聊か形の違うソレはチャクラ刀だ。
使用者のチャクラ性質を吸収する特別な金属で出来ているチャクラ刀。
吸収したチャクラによって使用者の術に基づく効果を発揮する。
シカマルの場合は、【影真似の術】と同じ効力を発揮する武器だ。
要はチャクラ刀自体が【影真似の術】を発動しているのである。
チャクラ刀についている爆と描かれた起爆札。
ただの紙切れであるそれを見下ろし、角都は(なるほど…)と感心した。
最初に起爆札つきクナイを放った先制攻撃は、二度目の起爆札を確実に回避させる為の伏線だったのだ。
その上で、影で注意を足元に引き付け、頭上からの攻撃を気づかせる。
ギリギリで回避させ、角都と飛段の影を確実に射る。
それこそが、シカマルの狙い。
チャクラ刀についている起爆札はフェイクだと気づいたところで、もう遅い。
あらかじめ、自分のチャクラを吸収させておいたチャクラ刀の効力は抜群で、身動きできない我が身を見下ろしながら、角都はシカマルを見据えた。
先日、アスマと対峙した時も薄々気づいていたが、改めて再認識する。
(やはり此奴…かなりの切れ者)
「おいおいおい、どうすんだよ角都ぅ!」
感心する角都に向かって、飛段が焦った声を上げる。
動けなくなった身体に焦燥感が募りながら「これ、ハッキリ言ってマズいんじゃねぇか!?」と声を荒立てる飛段の発言に、シカマルは片眉を吊り上げた。
「マズい?俺の計算じゃ、この手順でお前らを捕まえた時点で、」
シカマルが印を結ぶ…ふりをする。代わりに、木々の影に潜んでいたいのが印を結んだ。
シカマルに注意が向いている今、飛段と角都は彼女に気づかない。
「──終わりだ」
(【心転身の術】!!)
刹那、ガクン、と飛段の頭が項垂れた。
寸前まで散々喚いていた相方が静かになったことに角都は疑問を抱く。
飛段の影に突き刺さっていたチャクラ刀を影で抜き取ったシカマルが角都に向き合った。
(どういうことだ…)
シカマルのチャクラ刀が影から抜かれても、飛段は動かない。
それどころか、手元から離れた三刃の大鎌を手にすると、飛段は角都に向かって無言で振り上げた。
「な…」
角都は動けない。
未だ、チャクラ刀で己の影を縛られている今、身じろぎできない。
その角都目掛けて飛段が鎌を振るう。
シカマルの影で操られていないはずなのに、仲間である己へ刃を向ける飛段に疑問を浮かべつつも、飛段は咄嗟に足元へ視線を投げた。
シカマルの影が角都へ迫る。飛段の鎌が角都の首を狙って風を切った。
「…ッ、なに…」
間一髪。
屈んで鎌を回避した角都に、シカマルが目を見開く。
チャクラ刀を投げ捨てたソレは、地面から生えている腕。
角都の腕だ。
本体から離れた腕が単独で動いている。
最初、起爆札で攻撃したあの時、爆炎に紛れて、切り離した右腕を地中に潜り込ませた角都は、チャクラ刀を影から抜くことで自由になった我が身を確認する。
触手を生やして自在に動く腕を回収しながら、既に距離を取って警戒しているシカマルを、角都は賞賛した。
「俺の能力はお前にとって未知数。ならば、きちんと距離を取って次の手を仕掛ける…俺の連れと違って賢いな、お前は」
そう褒めつつも、角都は「だが、」と指摘する。
遠くに投げ捨てられたチャクラ刀を影で回収しながら、シカマルは角都を睨み据えた。
「戦闘中に分析ばかりしていても全てが計算通りにいくものじゃないぞ」
舌打ちするシカマルを前にしながら、角都は飛段の様子を窺った。
いつもの飛段であれば、『俺の連れと違って~』のくだりに反論するだろうに、その様子もない。
やはり無言で、大鎌を振り回し、襲ってくる飛段に、角都は顔を顰める。
(シカマルという小僧の術に操られているわけではない…どういうことだ)
シカマルと飛段の間を確認する。
シカマルから伸びる影が飛段の影と繋がっているわけではない。
にもかかわらず、攻撃してくる飛段に、角都は怪訝な表情を浮かべる。
いのの術である【心転身の術】。
シカマルの術で動けない飛段の精神を乗っ取っている彼女の存在自体を知らない角都は無表情の裏で困惑する。
更に、飛段の攻撃に加え、シカマルから伸びてくる影にも注意しなければならない。
両者からの攻撃に警戒していた角都は、背中が何かにぶつかり、ハッ、と背後を振り返った。
「しまっ…!」
背中が大木にあたり、逃げ道が無くなったその瞬間、潜んでいたチョウジが印を結ぶ。
「【肉弾針戦車】!!」
大木の幹から転がり落ちた戦車。
縄で繋いだ多数のクナイを身体中に巻き付け、まさに巨大な針鼠と化したチョウジが角都目掛けて墜落してくる。
砂煙が舞い上がった。
「まったく。丁重に扱ってほしいものだよ…」
木ノ葉隠れの里。
木ノ葉に連行された再不斬が持参していた水。
木ノ葉隠れ暗部の拷問・尋問部隊隊長である森乃イビキによって投げ捨てられたソレは、再不斬が拘束されていた牢から遠く離れた場所へ移動すると、嘆息を零す。
水筒の中身であった液体──否、液化してその身を水へ変えていた鬼灯水月は自らの身体を見下ろした。
鬱蒼と生い茂る叢にイビキが撒き散らしたせいで、縮んでしまった我が身を嘆く。
「おっと。嘆いている場合じゃないな」
自らを液状化させる【水化の術】。
その術で、水筒の中に入り込み、木ノ葉隠れの里へ潜入を果たした水月は、秘かに行動を開始する。
ナルトの言っていたトロイの木馬は、桃地再不斬ではなく水月のことを示していたのである。
五代目火影を始めとした木ノ葉忍びが皆、『暁』に眼が向いている中、内部に注意がいかない今が絶好のチャンス。
身体を液化して水筒に潜り込んでいたので、今現在、裸である水月はまずは衣類を調達する。
何処かの民家で干されていた服を適当に拝借し、木ノ葉の里の内部──否、その地下へ足を踏み入れた。
深く深く、地下の淀んだ世界──光である木ノ葉と相反する闇。
木ノ葉の暗部養成部門【根】の本拠地である地下へ、トロイの木馬は音もなく忍び込んだ。
「不意打ちのつもりだったのだろうが…残念だったな」
チョウジの攻撃を受けても、傷ひとつない敵に、シカマルは眉を顰める。
桃地再不斬と角都の戦闘から、ある程度は分析していた。
硬化の術、つまりは土遁使いだ。
再不斬の首切り包丁の猛攻を受ける際、角都は硬化の術を使った。
相性不利だと再不斬も言っていたので、間違いないだろう。
皮膚を硬化し、圧倒的な防御力を付与する術は土遁の使い手でないと、首切り包丁の鋭利な攻撃を受けきれない。
つまり物理攻撃は、相手に効かないということ。
更に、角都は再不斬の【水牢の術】を内側から破ってみせた。
「俺にはどんな物理攻撃も通じない。さて、どうする?」
土遁と水遁、二つのチャクラ性質を持っている可能性のある仇敵を、シカマルは油断なく見据える。
(【心転身の術】で飛段を此方の駒にできているが…いの自身が見つかればアウトだ)
術者であるいのは、【心転身の術】発動中は無防備になる。
いのの身体が角都に見つかる前に、戦闘を終わらせなければならない。
普段なら、彼女の身体を誰かが見ておかねばならないが、現状、戦力が足らない今、そうもいかない。
チョウジがこの場に出てきた以上、速攻でケリをつけねばならない。
だが、そう簡単に事は進まなかった。
「では、そろそろ反撃させてもらうとしよう」
角都の背中が盛り上がる。
邪魔な衣服を脱ぎ捨てると、四つのお面が垣間見えた。黒地に赤い雲の衣が空を舞う。
ボコり、と面が脈打ったかと思うと、角都の背中がボコボコと蠢き始めた。
禁術である【地怨虞】。
他者の心臓を経絡系ごと取り込むことで、五つ全ての性質変化を扱うことが可能の術だ。
角都の体から分離させることができる心臓は、能面のついた化け物のような形となって、シカマルとチョウジの前に立ちはだかる。
「やっぱりか…その面がなんか怪しいと思ったんだよな」
「ほう?やはりお前は木ノ葉の忍びの中でもずば抜けて分析力が高いな。では冥土の土産に、俺の力を披露してやろう」
再不斬と角都の戦闘。
【水牢の術】を破った角都の背中へ、再不斬は不意打ちに近い形で首切り包丁を振るった。
その時に垣間見えた角都の背中の四つのお面を、シカマルは見逃さなかったのだ。
もっとも、それこそが再不斬の狙い。
いや、再不斬ではなく、再不斬に命じていたナルトの目的。
あえて服のみを切り裂くことで、シカマルに角都の能力のヒントを与えるように再不斬に仕向けさせていたナルトの本意を知らぬまま、シカマルは彼の思惑通り分析し続けた。
角都の背後に四体の化け物が聳え立つ。
その内の一体に向かって、飛段が三刃の鎌を振り上げた。
「だが、まずは馬鹿の眼を覚まさせるところからか…」
いのの術により乗っ取られている飛段に向かって、化け物の一体が飛び掛かる。
能面がぱかりと口を開いた。嫌な予感がしたシカマルが叫ぶ。
「いの!術を解け!」
「【風遁・圧害】!」
圧縮した竜巻が放たれる。
ひゅっと息を呑んだいのが即座に術を解除した。
【心転身の術】は術使用中、術者の体が無防備になってしまう上、精神を乗っ取った相手へのダメージはそのまま術者本体にも反映されてしまうのである。
すぐさま解除したとは言え、若干ダメージを受け、精神が戻ってもいのの意識が遠ざかった。気を失う。
反面、術をまともに受けた飛段は、【風遁・圧害】の風圧の直撃を受け、思いっきり吹き飛ばされた。
凄まじい破壊力で、あたりの木々が一斉に一掃される。
粉々になった大木の幹に下敷きになっていた飛段がむくり、と起き上がった。
「おい、角都!いきなり何しやがる!?」
「この程度でギャーギャー喚くな、馬鹿」
【風遁・圧害】の風圧を直撃しても、平然としている飛段に、シカマルは眉を顰める。
(不死身を利用したのか…)
不死身である飛段ごと攻撃を放った角都へ身構える。
一方、いのの術が解けて、以前の口ぶりに戻った飛段に対し、角都はマスクの下で軽く苦笑を零した。
「やはり寡黙なお前は似合わんな。馬鹿はそれくらい吼えるのがちょうど良い。煩いのは敵わんがな」
「どういう意味だよ!?」
「そのものズバリだ、馬鹿」
あえて沈黙することで、飛段を乗っ取っている事実を知られまいとしたいのの思惑を知らずに、途端にうるさくなった相方を前にして、角都は若干後悔した。
(あのまま静かなほうがよかったか…)
「来るぞ、チョウジ!」
「う、うん…!」
形勢を逆転される。
いのの【心転身の術】で飛段を駒にし、角都を追い詰めるつもりだったが、そう上手くいかない現実にシカマルは歯噛みする。
「ようやく身軽になったぜ」
いのに乗っ取られている間、身体の自由が利かなかった飛段が首をコキリと回す。
その傍らで、角都がチラリと背後の化け物の一体を一瞥すると、飛段に視線を向けた。
「お前にとっては目覚めてすぐだが、俺は飽いた。さっさと殺して木ノ葉へ向かうぞ」
「そーゆーこった、無神論者ども!せいぜい邪神様に詫びながら死ぬんだなァ!今すぐ邪神教に鞍替えすんなら、ちょっとは優しく殺してやるぜぇ!!」
「…こんなところで布教するな、馬鹿」
殺すのは変わりないものの、ここぞとばかりに邪神教を布教する飛段に、角都は嘆息する。
この場合、生きている邪神=ナルトのことも含ませているんだろうな…と内心、ナルトに同情しながら、角都は印を結んだ。
直後、能面の化け物の一体がぱかりと口を開く。
「【火遁・頭刻苦】!!」
能面が小さな火球を次々と吐き出したかと思うと、一気に炎が大きくなる。
辺り一面を火の海にする勢いで迫りくる炎に、シカマルは苦悶の表情を浮かべた。
刹那──。
「「【水遁・水龍弾の術】!!」」
水の龍が火の海を割る。
炎の渦を真っ二つに裂けるかのように、龍を象った水がふたつ、凄まじい勢いで火を打ち消す。
水の龍が尾の一振りで火の海を蒸発させ、もう片方の龍がシカマル達へ迫る炎を断ち切る。
火の海が瞬く間に水蒸気へ変わる中、ふたりの人影がぼうっと浮かび上がった。
「ったく。相変わらずの猿真似ヤローが。俺と同じ術を同時に使いやがって…」
「この場合、仕方ないでしょーよ。火を消すには水って相場は決まってるでしょ」
二頭の水龍が火の海を掻き消し、更に能面の化け物を呑み込んだ。
火遁を使ったばかりの能面の化け物が龍に呑まれて、絶叫を上げながら崩れ落ちる。
速攻で倒れ伏せた能面の化け物。
水の龍で仕留めた両者が、角都と飛段の前へ立ち塞がった。
「勝手に弔い合戦し始めたガキの尻拭いさせられるとは、てめぇも大変だな」
「そうでもないさ。俺よりもずっと優秀な忍び達だよ。彼らの意志を尊重するのも俺らの役割でしょ」
「抜け忍の俺を一緒にするんじゃねぇよ、猿真似ヤロー」
かつて波の国にて、再不斬の術を写輪眼でコピーしたカカシが手を掲げる。
バチバチ、と千鳥が鳴き、雷が集う手を横目に、桃地再不斬はハッ、と鼻で嗤った。
首元のチョーカーを鬱陶しげにしながら、首切り包丁の切っ先を角都と飛段に向ける。
「てめぇと共闘だなんて、ぞっとしない話だな──写輪眼のカカシ」
「俺もお前と肩を並べる日が来るなんて思ってもみなかったよ──霧隠れの鬼人」
はたけカカシと桃地再不斬。
因縁の相手が背中合わせで、今、此処に手を組んだ。
後書き
タイトルの内容のほうが短いですね、すみません(汗)
最後、どうしてこうなったのかは次回にて説明します。
これからもどうぞよろしくお願い致します‼
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