| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

幻の旋律

作者:伊能忠孝
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第五話 ロミオとジュリエット

組長が店から出てくるのを待ち伏せしていたかのように、車がやってき、自動小銃で撃たれ車はするさま去った。血だらけの組長は、その穴だらけの扉に寄りかかっていた。
最後の力を振り絞り、葉巻に火をつけくわえた。

「俺の人生には未練なんてないぜ・・・
なあ、良蔵爺さんよ・・
やがて、あの鉄橋もいずれ完成するしな・・」
「でも、麗子・・お前を不幸にさせてしまったな・・」
組長は過去を振り返り始めた。
 
 平賀源内は、三池炭坑の発掘の仕事をしていた。中卒の彼は、ただがむしゃらに仕事をしていた。彼の楽しみは、仕事後のクラブに行くことだ。その店の名はクラブ「ルジャンドル」薄汚れていたが当時ロカビリー音楽が大流行、デビュー前のインデーズパンクロックらが出入りし演奏していた。その中で有名だったのが「THE MODS」である。平賀はそれを聞くのが大好きだった。ライブを終え、その日は、友達とカウンターで飲んでいた。

「オイ、大成!やはり「MODS」は最高だぜ!」
「平賀!特に、あの「ロミオとジュリエット」・・がいいよな・・」
「黒いレザーに抱かれた・・・あの最後の歌詞、たまらないぜ・・」
「お前は、頭が悪いが、感性だけは鋭いからなハハハハ」
「歌詞の影にはドラマが潜んでるだぜ・・」
「ハハハハハお前、詩人みたいな事を言いやがって!イカス男だぜ!」

「おい!どうした?」
平賀は、ある女を見ていた。
「いや、あの子・・可愛いな・・」
「ああ・・やめとけよ・・俺達は住む世界が違いすぎるぜ・・」
「あの子を知ってるのか?」
「ああ・・画家の一人娘だぜ・・お嬢様だぜ・・」
「そうか・・」
その子は、クラブのバックドアで一人立っていた。どうも店の中まで入れないようである。迷わず平賀は席を立った。
「おい!まさか!止めとけ!・・」

「なあ・・俺と飲まないか・・緊張しなくていい・・」
「え!?・・」

平賀の勢い押され、麗子は従った。これは二人の出会いである。その後二人は交際を始めたが、麗子の両親は賛成するはずもない。麗子は家の反対を押し切り、家を出て、平賀と二人で暮らした。二人にはお金がなかったが、ささやかな幸せであった。しかし、そんなある日、麗子は妊娠した。

「今の、俺の仕事では・・三人での生活はできない・・」
「無理をしないで・・何とかなるわよ・・」

そう麗子は微笑むだけであった。しかしそれどころか三池炭坑は閉山した。中卒の彼だからこそ就職先など何処にもなかった。窮地に立たされた平賀は、ある決意をした。信用金庫の強盗だ。しかしすぐさまパトカーに追われ、逮捕された。

組長は我に返り葉巻を吹かした。

「お前の葬式に行ったが、線香すら上げさせてもらえなかった・・
でも・・俺達の娘があんな立派に成長した・・嬉しい限りだぜ・・
今はどうしてるのか・・幸せであればいいのだが・・
麗子・・あの日、俺達二人は時代の外に弾き出されたんだ・・
そんな俺達は、黒いレザーに抱かれた、ロミオとジュリエットだぜ・・」

やがて、くわえていた葉巻は地面に落ちた。

平賀源内の葬儀を終え、二人は真夜中に未完成の鉄橋を眺めていた。有明工業は倒産し工事は中断された。そんな寂しげな橋を眺めながら呟いた。

「私達はもう会わない方がいいかもね・・」
「そうだな、俺達二人の存在は危険だろう・・」
「ねえ、私の父も成仏出来たかしら・・・」
「きっとそうだよ・・・」

「もし、あのとき、組長がいち早く店を出ていなかったら、俺も・・
俺が生かされた理由・・
組長世話になりました・・
私なりの供養をしていくつもりです・・
あなたに私は生かされた・・
その意味を考えて見ます・・
だから、どうか安らかに・・・・」
そう言い、組長の骨を海に流した。

「なあ、俺は何故、生かされたのかなあ・・・」
「組長さんは、そのお爺さんの意思を引き継ぎ、橋を架け続けた・・
きっと、組長さんにとっての使命だったに違いないわ・・
そして、あなたは何かに導かれるよう、この第七工事現場にやって来たのよ・・
だからそんなあなたにも、何か重要な使命がある気がするの・・
これは女の感よ・・・」

「なあ・・それより二人でこの橋を渡らないか・・」
賢治は美香の手を握った。
二人は何かに導かれるかのように、泥だらけでまだ整備されていない不安定な橋を渡り始めた。しかし美香は途中で止まった。

「どうした・・・怖いのか・・」
「私はこの橋を渡ってはいけない・・・
何だか、そんな気がするわ・・」

「ねえ・・二人で初めて食事したあの日、覚えてる・・
あの日ね・・私はあなたを騙すために来たんじゃないの・・」
「・・・・・」

「私は、あの日ね・・あの汚れた仕事の引退を決意していたの・・・
ただ、あなたと純粋に食事をしたかっただけだわ・・・
今頃言っても、信じてもらえないでしょうが・・
あんな形の出会いを、今でも恨んでるわ・・
何処か別の場所で、あなたと、偶然の出会いがしたかったわ・・」
美香の声は震えていた。

「この出会いには意味があったんだよ・・
俺は今まで、金と数式だけが、財産だと信じ生きて来た・・
それは決して俺を裏切らないからだ・・
君と過ごしたあの日々、あまりにも刺激的だったよ・・
この二人の時間も、今となっては財産なんだ・・・
そう考えることができたのは、君のおけげなんだ・・・」

「だから・・この出会いは偶然でなはなく、必然なんだよ・・
ある目的に向けての過程なのかもしれない・・」

「ねえ・・最後に・・今夜、私を抱いてくれる・・」
「ああ・・・・」

この時、有明海からは、夏の終わりを告げる愛しい風が吹いていた。
その後、二人は、闇の世界から足を洗い、別々の新しい生活が始まるのである。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧