SHUFFLE! ~The bonds of eternity~
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第二章 ~罪と罰~
その四
「ん? あれは……」
放送室へ向かう途中、柳哉はその人物に気づいた。姿勢のいい、長身の女生徒だ。亜麻色の長髪が目を引くその姿は見覚えがある。始業式の時にも見たこの学園の生徒会長だ。もしや、と思い声を掛ける。
「会長さん、放送室へ行かれるのですか?」
「!?」
どうやらかなり驚いたようだ。理由は分からんでもないが。
「すみません。驚かせてしまったようですね」
「い、いえ。こちらこそ失礼しました」
さすがこの学園の生徒会長を務めているだけあり、すぐに動揺から立ち直る。
「で、放送室へ行かれるので?」
「はい。どうしてお分かりになったのですか?」
「さっきの放送の内容はさすがにどうかと思われますから。生徒会長として注意に行かれるのではないかと」
どうやら当たりのようだ。感心するような目で見られている。
「私の事をご存知ですか?」
「ええ、始業式の時に」
目はいいので、と補足し、居住まいを正す。
「自己紹介がまだでしたね。水守柳哉と申します。この二学期からバーベナ学園に転入してきました」
「ふふ、ご丁寧にありがとうございます。私は瑠璃=マツリと申します。ご存知の通り、このバーベナ学園で生徒会長を務めております。もし何か不便等ありましたら生徒会までご連絡ください」
「いえ、むしろ迷惑をかけに行くはめになるかもしれません」
「おやおや」
「ご存知かもしれませんが“あの”土見稟と芙蓉楓の幼馴染なので」
瑠璃がクスリと笑う。始業式の朝、校門前であった出来事を知っているようだ。生徒会長である彼女に報告が行くのは当然だろう。
「それじゃ、放送室へ行きましょうか」
「? 水守さんも放送室に用件が?」
「用件、というか文句を言いに。さっきの放送はちょっと……」
「ふふ、それでは行きましょうか」
そう言って歩き出す。幼馴染を悪しざまに言われて怒っているのかとも思ったが、言葉通り文句を言うだけなのだろう。そうこうするうちに放送室に到着。瑠璃がノックをし、名前を告げ、どうぞ、の声の後ドアを開ける。
「!!」
そこにいたのは紫の髪を肩に届くかどうかくらいに伸ばし、左側頭部のあたりで髪の一部を花のバレッタで留めた神族の少女だった。
「あ、あのー。会長さんがどんな用件でしょうか」
「先程の放送ですが……」
瑠璃が放送の事で注意をする。少女はしゅんとしていた。
「水守さん」
「あ、はい」
「私の用件は済みましたが……どうされました?」
いえ何でもないです、と答えもう一度少女を見る。やはり似ている。気のせいか? いや……。
「何か言いたいことがあるのでしょう?」
「いえ、会長さんに全部言われてしまったので特に言う事が無くなりましたから」
「あの、こちらの方は?」
少女の疑問に瑠璃が答える。
「彼は転入生ですよ。この二学期から……」
「! なるほど。あの土見稟の幼馴染だという……」
瑠璃の言葉を途中で遮り、柳哉を睨み付ける少女。
「あー、一応自己紹介をしとこうか。水守柳哉だ。そちらは?」
「……デイジーと言います。一応、隣のクラスです」
同学年っぽいと思ったがその通りのようだ。というかあからさまに敵意を向けられている。
「……もしかして稟が何かしたのか?」
少なくともこの少女の恨みを買うようなまねをした覚えは無い。
「……」
無言。そして少し顔が赤い。
「いや、答えなくていい。何となく分かったから」
稟にラッキースケベでも提供してしまったのだろう。
「あいつには充分言い聞かせておくから、少しは怒りをおさめてくれるとありがたい」
「……分かりました」
「あ、でも……」
「どうかされましたか?」
「はい、あの事件は稟ど……いえ土見さんには落ち度はほぼ無いかと」
実際にはシアを放送部に勧誘しようと突撃したところ、勢いあまってシアに体当たりしそうになり、それをかばった稟と一緒に転倒、結果として自分の股間を稟の顔に押し付けるはめになった、というのが事の真相だ。
「……」
「……」
柳哉、デイジー共に無言。まあある意味自業自得とはいえ、なかなか割り切れないのが乙女心というものなのかもしれない。
「ま、一応稟には注意するように言っとくよ」
「……お願いします」
微妙な空気のまま柳哉と瑠璃は放送室を後にした。
* * * * * *
「シア……もといリシアンサス様を放送部に勧誘、という事でしたが……」
「いえ、かまいませんよ。愛称でお呼びするように言われているのでしょう?」
「それでは、シアを放送部に勧誘って事でしたけど本人は何と?」
「お断りされたようです。勉学をおろそかにされたくはないようですので」
そう言う瑠璃はどこか誇らしげだ。自分達の世界の王女が頑張っている、というのはやはりうれしいものなのだろう。実態をある程度知っている柳哉は苦笑いしているが。
「しかし、シアを放送部に、ねえ。似合いそうではありますけど」
「確かに。それに放送部は部員が足りていませんから」
シアが放送部に入部すれば入部希望者が殺到する、という狙いもあるのだろう。
「なるほど。ところで、彼女以外の部員は……」
「いえ、彼女一人です。それも理由なのでしょう」
「確か規定では……」
「はい、部員数が五人以上でなければ部としては認められません。彼女は奨学生で、とても頑張っているので生徒会としてもどうにかしてさしあげたいのですが……」
「奨学生なんですか」
毎年神界・魔界から五名ずつしか選ばれないという奨学生制度がバーベナ学園にはある。その枠に入っているということは彼女がそれだけ優秀だということだ。奨学生へは部活への入部が強く勧められる。放送部に在籍しているのもそのあたりが理由なのだろう。ちなみにデイジーは寮住まいだ。
「シアに少し話してみましょうか」
「いいのですか?」
「成績に関してはシアの周りには優秀な人がいるので」
なんなら自分がシアの勉強を見るのもいい。シアの苦手とする英語・歴史は柳哉の得意分野だ。
「それに……」
「?」
「彼女はどこか人付き合いが下手そうなので」
それは瑠璃も薄々感じていた事だ。思わず笑いが漏れる。
「何か?」
「いえ、見かけによらず、お人好しな方だと思いまして。土見さんの幼馴染だというのが少し分かります」
「褒め言葉、と受け取っておきます」
ひとしきり話した後、二人は各自の教室に戻った。
* * * * * *
(彼が……)
教室に戻る道すがら、瑠璃は先程まで話していた下級生の事を考えていた。“あの”土見稟と芙蓉楓の幼馴染。それだけではない。神王ユーストマからも気に掛けておくようにとの通達があった。どういうことなのだろうか。土見稟だけならばまだ分かる。何せ王女リシアンサスの婚約者候補だ。しかし、いくら神族と人族のハーフとはいえあくまでも彼は一般人なのだ。本当によく分からない。
(一体どういうことなのでしょうか……いや)
軽く頭を振り、考えを追い出す。考えることは大事だが考え過ぎるとかえって良くない。
(今は私の成すべきことを成しましょう)
それに、彼は害になるような存在ではない。これはただの勘だが、彼の立ち位置はむしろ自分のそれに近いように思える。ならばそこまで心配することは無いだろう。
「瑠璃ちゃん? どちらへ行かれますの?」
「え?」
親友であるカレハの声に振り向く。どうやら教室を通り過ぎてしまっていたようだ。苦笑しつつ、
「ちょっと考え事をしていまして」
「そうだったんですか。てっきりいつもの……」
「カ、カレハちゃん!」
慌てて教室に入る瑠璃だった。
* * * * * *
一方。
柳哉も教室に戻りながら考えを巡らせていた。もっとも、瑠璃に関してはそれほど心配していない。どこか観察するような目を向けられていたが、神王から何か言われているのだろう。立ち振る舞いを見るにかなりの実力者、おそらく彼女はシアの護衛だ。そもそも一国の(この場合は一世界の、だが)王女を護衛も無しに学園に通わせるなど本末転倒というものだろう。ネリネにも同様に護衛が付いているはずだ。
問題はそれよりも、
(彼女はまさか……いやだとしても辻褄が合わない。一体どういうことだ?)
デイジー、と名乗った神族の少女。彼女は柳哉の知る女性とよく似ている。血族だと言われれば納得できそうなほどに。
(話し合う必要性がある、か……)
この町に戻って来ることが決まった時は考えも付かなかった問題が次々に浮上してきている。その中でもこれは最たるものだ。もう自分一人で判断が付けられる領域ではないのかもしれない。
(父さん、母さん、俺は約束を破ることになるかもしれない)
窓から空を見上げる。柳哉の心とはうらはらに、空は青く澄み渡っていた。
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