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MOONDREAMER:第一章(ノベライズ作品)

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第一章 幽々子オブイエスタデイ
  第3話 侵略者との邂逅

 綿月姉妹が八意から侵略の話を聞いてから、数ヶ月の時が経っていた。
 依姫は玉兎達を自分の屋敷の庭に集めていた。そこには皆に緊張が走っている。
「皆さん、心の準備は出来ていますか?」
 まず、そう依姫が切り出した。
「今日は八意様から伝えられた言伝によれば、『侵略者』が月に現れるはずです。相手は何者か分からないので、くれぐれも油断してはいけません。分かりましたか?」
「はいっ!」
 依姫の忠告に玉兎達は歯切れの良い返事をした。
 既に皆には心構えが備わっていた。後は侵略者の現れる『豊かの海』の周辺で敵を迎え撃つだけであった。
 ちなみにレイセンはその場にはいなかった。彼女は豊姫と共に『別の任務』のための準備をしているのだ。

◇ ◇ ◇

 玉兎達はそれぞれ豊かの海の森の中に身を潜めていた。敵にその存在を悟られずに捕らえるためである。
 今この場にいる茶髪の玉兎もその内の一羽であった。そんな彼女の視界には今、数人の姿が確認されている。
 その内の一人が何やら話す声が聞こえる。
「桃、桃、桃。どこを見ても桃の木ばっかね」
 そう言うのは水色のショートヘアにピンクのワンピースにピンクのナイトキャップという、ピンクづくしの出で立ちをした幼女であった。
 彼女はレミリア・スカーレット。地上からやってきた……吸血鬼なのである。背中に生えた蝙蝠の羽根からもそれを察する事が出来るだろう。外見は幼女でも、その内に秘めた力は凄まじいものがあるのだ。
 そして彼女が連れているのはメイド服を着た……妖精のようである。背中に生えた半透明の羽根から察するに。
 彼女達は吸血鬼が主を務める居城で属して働いている者達なのである。それを三人程連れて月まで来たようだ。彼女達は皆、木に成った桃を採り食べていた。
 ──玉兎は今がその時だと覚悟を決めていた。侵略者であるこの者達を捕らえるために立ち向かうのは。彼女はぎりっと拳を握った。
「せっかく月まで来たんだ。こんなありふれたものじゃなく、もっと何か珍しい物でもないものか──!」
 吸血鬼は言い掛けた言葉を途中で遮り、後ろに目をやった。──玉兎が遂に侵略者の背後を取っていたのだ。
 妖精メイド達は慌てて集めた桃を地面に落としていた。そして吸血鬼は無言で玉兎を睨みつけていた。

◇ ◇ ◇

「お嬢様? お嬢様ー。あまり勝手に出歩きますと、お肌によくないですよ。お嬢様ー」
 豊かの海の海岸と森の境目では、メイドが行方を眩ました主の事を探して呼んでいた。
 それは十六夜咲夜、先程の吸血鬼に仕え、妖精メイド達を束ねるメイド長なのである。
 容姿は芸術的とも言える銀髪を両側でおさげにしており、そのメイド服のスカート丈は割りと短くしていた。
 ちなみに彼女は妖精メイド達とは違い、人間なのである。何故人間が関係者が人外ばかりの環境で渡り合っていられるのかは、彼女に秘められた『力』にあるのだ。
 メイド長は森の桃の木を見て呟いた。
「……月の民は桃しか食べないのかしら」
「咲夜様! 大変です!」
 そこに血相を変えて妖精メイドの一人がメイド長──咲夜を呼び掛けた。
「月の兵士たちが!!」

◇ ◇ ◇

 豊かの海の波打ち際で、二人の少女が呆然としていた。
 一人は霧雨魔理沙、人間の魔法使いである。金髪で片側をおさげにしていて、黒白のエプロンドレスに身を包んでいる。
 もう一人は博麗霊夢、巫女である……のだが。
 頭には大きなフリル付きの赤いリボンをしている。が、特筆すべきはその服装であろう。
 上半身にはノースリーブの赤い服に、下半身にはとても袴とは呼べないような赤いスカートを履き、腕には本来巫女装束とは一体になっている筈の『袖』が本体とは分離した状態で腕に装着されているのだ。
 そのため、腋部分だけが露出されているという珍妙極まりないものとなっていた。
 この二人と先程のレミリアと咲夜は、実は地上に帰る手段を失っていたのだ。『月ロケット』という代物を作り月まで来たのだが、到着した際に海に墜落してしまい大破してしまったのだ。──最も咲夜はその事を承知だったようだが。
 これら四人(+三人)が、月を夢みてやってきた招かれざる客なのである。
「考えててもしょうがない。釣りでも始めようかな」
 ここで霊夢が口を開いた。
「お、いい考えだ。海には大きな魚が棲んでいるというからな」
 はしゃぐ魔理沙。実は彼女達が住む場所は特殊で、海のない世界なのでその興奮と期待は一入なのであった。
「で、道具はあるかしら」
 対して霊夢は冷静であった。だが魔理沙の熱はそれしきの事では冷め上がらない。
「そんなもん、手づかみでいいんだよ」
「手づかみで釣りって言っていいのかな」
 やはり霊夢は冷静であった。
「残念ね。豊かの海には何も棲んでいないわ」
 依姫がそんなやり取りをしている二人の前に現れて言った。──手には刀を持ち、臨戦態勢で。
「豊かの海だけではない。月の海には生き物は棲んでいない。生命の海は穢れの海なのです」
 依姫は言いながら刀を霊夢へと向けていた。
「お、おいおい。物騒だなその長物(ものほしざお)
 そんな殺伐とした光景が生まれてしまったのを目の当たりにして、魔理沙は血相を変えた。
「……」
 その状態で依姫に見つめられ、無言になる魔理沙。
 そして依姫は口を開いた。
「住吉三神を呼び出していたのは──お前」
 言いながら再び剣先を霊夢へと向ける。
「ええ」
 そう言って霊夢は刀を向けられながらも、臆する事なくその場でふんぞり返って見せた。
「ふっ」
 そんなふてぶてしい態度を見せられたためか、何かが依姫の中で少し弾けたようだ。
 続いて彼女は霊夢に向けていた刀を自分の元へ引き戻すと、おもむろにそれを──地面へと突き刺したのだ。
 怒りで気でも触れてそのような事をしたのだろうか? いや、そうではない事は次の瞬間わかった。
「「!!」」
 驚愕の表情を浮かべる霊夢と魔理沙。何故なら彼女達の足下から無数の刃が、白骨化した動物の肋骨のように突き出していたからである。
 言葉を無くす二人。
「女神を閉じこめる……祇園様の力」
 凍り付くような笑みを浮かべながら、依姫は得意気に言った。
 祇園様……かつて依姫が修練の為に呼び出して、戦った『神』である。その時の彼は屈強な肉体を以て現れたが、その力は膂力だけに留まりはしないのだった。
「人間相手に祇園様の力を借りるまでもなかったか。住吉様を呼び出せるというからどれほどのものかと思ったけど」
 尊大な物言いをする依姫。だが、単に威張っているのではなかった。その言葉の中には、確かに神への敬意が含まれていたのだ。
「依姫様!?」
 そこへ玉兎が声を荒げて駆けつけてきた。そして事のあらましを依姫に伝える。
「な!! なんですって」
 依姫は表情を変えて驚く。
「あんな小娘相手に、貴方たちは何をやってい──」
「誰が小娘よ」
 依姫の言葉は何者かに遮られた。
「殺されたいのかい?」
 ──先程の吸血鬼、レミリア・スカーレットによって。傍らには咲夜もいる。
「月の兎はどうしたのかしら」
「全部のしてきたよ。後はお前だけだ」
 依姫の問いにレミリアはしれっと答える。
 しばし間があく。
「真相は?」
 引っかかるものを感じた依姫は玉兎に再度聞いた。
「怖じ気づいてみんな隠れました」
 そう言うと同時に草むらからがさがさと音がして──苦笑いする玉兎達が現れたのだった。
「圧倒的に実戦経験不足……」
 この無情な事実に依姫は頭を抱えるしかなかった。
「ね」
 と言って依姫は手をかざし、レミリアへと向け何かをしようとした。
 が、その一部始終を見ていた咲夜は許しはしなかった。
 彼女が左手を横にかざすと、時計のような紋様が現れたと思ったのも束の間──。
「ぐっ!」
 思わずくぐもったうめき声を漏らす依姫。そして、その背後には彼女を羽交い締めにする咲夜の姿があった。
「いつの間に!?」
 これに驚愕する依姫。玉兎達も度肝を抜かれていた。
「貴方、手癖が悪そうだったから」
 背後から咲夜が囁いた。そう言いながら、彼女は依姫が祇園様の力を発動するために地面に刺した刀を蹴ったのだ。ずるっと地面から抜ける刀。
 すると先程まで霊夢と魔理沙の足下から生えていた刃は吸い込まれるように地面へと消えていった。
 二人はほっと一息ついた。
「貴方たちの目的は何かしら」
 依姫は四人に対して質問する。
「私たちの目的は──」
「そういえば目的ってなんだっけ?」
「さっき月へ行くことって言ってなかったっけ? つまりは知的好奇心だ」
 その問いに咲夜、霊夢、魔理沙が順に答えていった。
「……じゃあ、達成されたのね」
 そして咲夜が締めくくった。
「……」
 だが依姫は警戒の念を解いていない。そこへ高笑いが聞こえてきた。残っていたもう一人、レミリアのものである。
「咲夜、忘れたの? 私たちの目的は、月の都の乗っ取りだ」
 得意気にポーズを取るレミリア。
「月は私のものだ」
 そして堂々とそう言い切ったのだった。
 それを依姫は不敵な笑みで聞いていた。──ついにこの時が来たのだと思いながら。長い間影をもたらしてきた侵略者との決着がこれで付くと。 
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