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人狼と雷狼竜

作者:NANASI
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出会いと再会は一方通行

 
前書き
他の登場人物が登場します。
色々至らない所がありますが、宜しくお願いします。 

 
 雲が近い山奥の渓流。
 ここは水源が近く、常に湧き出している水によって支配されているといっても過言では無い世界だ。
 歪な形の大岩が無造作に転がって出来た川には無数の魚が泳ぎ、高くまで伸びた樹齢数百年とも言える木々が乱立し、地面には草と苔が生い茂り、陽の当たらない湿った土には茸が生えている。
 水の流れる河川の音。風と風にお煽られて舞うように散っていく花びらや木の葉の音。それだけが支配している静かな地。
 だが、それは今では無かったようだ。
 重く鈍いくぐもった音が大地に響いた。音は山々に響き渡り山彦となって乱反射する。
 その音の正体は、爆炎と共に弾丸を吐き出す火砲の砲声だ。二人のハンターが背中合わせで戦っていた。
 黒く塗装された太い砲身を持った火砲を手にしているのは、まだ少女の面影が残った若い女性だった。
 動きやすさを優先した軽装で、襟足からは赤い紐で結ばれた艶のある黒髪が臀部まで伸ばされている。
 彼女と背中合わせで立っているのは右手に鉈のような剣、左手には爪を模した突起の付いた鉄板で補強された、丈夫そうな木の盾を持ち、艶のある黒髪を腰まで伸ばした少女だ。背中合わせの女性と同じく動きやすさ重視の軽装だ。
 そんな彼女達は今、ジャギィと呼ばれる小型鳥竜種の群れに囲まれてしまっていた。
 剣からは赤い血が滴り、火砲は既に砲身その物から白煙が立ち昇っているばかりか、彼女達も返り血で染まり今までの戦闘の凄まじさを物語っていた。
 対するジャギィの群れは、かなりの数を失っていた。地面に転がる死体、傷を負って動けなくなった者達の数は十を優に超えている。
 死んだ個体は身体に大穴を開けているか頭部を失っている物が殆どで、焦げたり焼けたりした傷口から明らかに火砲を持って倒されていた。
 対して動けなくなっている者達は、弾が身体を掠めて肉を抉られた者や剣で切り付けられ、傷を負った者達だ。
 ジャギィ達はそんな二人を警戒しているのか、威嚇しつつも距離をとって迂闊には近付こうとしないが、それでも徐々に距離を詰めている。
「……困りましたねえ」
「どうしたの?」
 火砲を持った女性が(おもむろ)に……しかし、呑気に呟き、剣を持った少女がジャギィ達への警戒を緩めずに尋ねる。
「弾が、残り少ないです」
「え゛……」
 明らかに動揺した言葉を呻くように漏らす少女。その隙を彼女に面したジャギィ達が逃すはずも無く、あるものは飛び掛りあるものは肉薄を試みて突進する。
「わ!」
 だが、そんな少女の反対側にいた女性が少女と前後を入れ替えるように反転し、ジャギィ達が到達する前に引き金を引き搾った。
 至近距離から放たれた弾丸は正面に居た突進してくるジャギィの胴を貫いて後方へと抜け、反動で持ち上げられた砲身は跳躍してきたジャギイの胴を加熱された砲口で見事に打ち据え、続いてゼロ距離で砲弾を放って吹き飛ばす。
 対して少々間の抜けた声で強引に反転させられた少女は、今ので女性が持つ火砲の薬室に弾が無い事を瞬時に理解して、砲身が次弾装填の為に中折れした所で反転して位置を入れ替え、後続のジャギィの先頭を反転の勢いを持った盾殴りで弾き飛ばす。
 ここで、ジャギィ達の動きがまた止まった。彼等の攻撃の抑止力となっているのは、この二人の背中合わせの連携によるものだ。
 火砲の破壊力と、再装填の隙を埋める剣と盾のコンビネーション。これが彼等に攻撃を躊躇わせている。
 小柄で体重が軽く、力がそこまで強くない彼等の得意とする集団戦も、これでは不利というものだ。更には彼等にはメスであるが大型のジャギィノスや、群れのボス兼指揮官である更に身体の大きいドスジャギィが不在だ。
 まだ若くて身体も小さく、経験不足な彼等では膠着(こうちゃく)状態を作るのがやっとともいえた。
 だが、背中合わせの二人にも限界が近付いていた。体力と、予備の弾薬だ。特に火砲に至っては弾が尽きればただのデッドウェイトでしかなく、剣の方も血糊や度重なる酷使で切れ味が鈍ってきている。
「お姉ちゃん。今ので後幾つ?」
 剣を持った少女が尋ねる。
「通常弾があと六、散弾はゼロですね~。」
 姉と呼ばれた、火砲を持った女性は緊張感が全くこもっていない、呑気な声で答えた。
「どど、どう考えても足りないじゃない……」
 少女の顔には明らかな焦燥が浮かんでいる。手持ちの武器と小道具では最早この状況を打開する事が恐ろしく困難となってしまっていた事を認識してしまったのだ。
 火砲の弾が完全に尽きれば、姉の武器は予備武装のナイフだけとなってしまう。これでは身を守る事すら難しい。モンスター相手ではリーチのある木の棒の方がまだマシなくらいだ。
「せめて小冬が居れば……」
「あの子なら大丈夫だとは思いますよ~」
「だから早く戻ってきて欲しいの!」
 少女が姉の的外れな発言に涙目になりながら全力でツッこむ。
 だがそれが致命的な隙となり、周囲を囲んだジャギィが一斉に動き出した。
『!!』
 二人は自分達の迂闊さを呪ったがそれは既に手遅れだ。
 例外があるとすれば、ジャギィ達が逆に奇襲を掛けられた場合だった。

 そしてそれは現実となる。
 
 少女が全力で姉にツッコミを入れた時には既に、瓶のようなものが放物線を描いて二人の頭上へと飛来してきたのだ。
 くぐもった音と共に周囲が眩い閃光で支配される。
『ギュエアぁッ!!』
 二人の周囲を囲んでいた全てのジャギィ達はそれをマトモにくらい、視界を喪失してパニックに陥った。
『え?』
 閃光を直視しなかったので無事だったものの、突然の出来事に状況把握が出来ていない二人が呆然と呟く。
 その直後、ジャギィ達から血飛沫が舞った。一瞬で何頭ものジャギィ達が斬り捨てられる。
 振るわれるのは白刃。それを振るうのは一人の人間だった。
 その動作は美しくも力強く、白刃と血で無数の弧を描くソレは剣舞と呼ぶに相応しいものだった。
 最後の一頭が逆風に切り上げられた刃にて頭を左右に両断された。突然の介入者はゆっくりと残心しつつ、刀をふるって血糊を払い落とし鞘に収めた。
「怪我は無いか?」
 その人物はそう言って被っている編笠を持ち上げつつ、未だに呆然としている二人に話しかけた。
 青年だ。肩に届く位の長さの金色の髪、整ったその顔は女性と見紛うほどの中性的な顔立ちだったが、湖のような透き通った瞳は猛禽類のような鋭い眼光を宿している上に、背は二人よりも頭一つ分は大きかった。身体も細身とは言え引き締まって筋肉質であり、何処か野生の獣のような雰囲気すら放っている。
「あ……助かりました! ありがとうございます!」
 ようやく正気に戻った少女が剣を勢いよく頭を下げる。
「気にしなくて良い。それよりも顔を拭いたらどうだ? 血塗れだぞ」
「あ……」
 少女が慌てて腰の後の鞄から手拭いを取り出して顔を拭き始める。余程慌てていたのか武器である剣と盾を落としてしまっている。
「まずは水に浸した方が良い。……どうかしたのか?」
 駆け付けた青年……ヴォルフ・ストラディスタは、乾いた手拭いで血を拭っている少女に注意したところで、もう一人の女性が自分を見て目を見開いて呆然としている事に気付いた。
「……もしかして、ヴォルちゃん? ヴォルフ・ストラディスタちゃんですか?」
「……ちゃん?」
 ヴォルフは予想もしなかった呼ばれ方に一瞬硬直したが、(こめかみ)を指で軽く叩いて気を取り直した。
「確かに俺はヴォルフ・ストラディスタだ。俺を知っているのか?」
 ヴォルフの言葉に女性は花咲いたような満面の笑みを浮かべ、顔を拭いていた少女は驚いたような顔でヴォルフを見た。
「やっぱりヴォルちゃんなんですね!?」
 女性が笑顔のままヴォルフに近付くが、ヴォルフは反射的に一歩後に下がる。彼女は自分の姿をすっかり忘れているようだ。殆ど全身に血化粧が施され、生臭い臭いが立ち上がっている。
 加えてそんな血塗れの顔で、無邪気な笑顔を浮かべられたら逆に恐怖感を抱いても不思議は無いだろう。鏡で見せてやりたいくらいだ。
 幸か不幸か今現在、ヴォルフは鏡を持っていない。持っていると色々便利なのでこれからは携帯しようと、ヴォルフが心に誓ったのはここだけの話だ。
「何故下がるんですか?」
「お姉ちゃん。血塗れだよ?」
 ヴォルフが下がった事に小首を傾げながら疑問を口にした女性は、濡らした手拭いで改めて顔を拭いていた少女の指摘に、女性はポンと手を打って自分の状態を理解する。
「ああ、気付きませんでした。すみません」
「いや……」
 女性の言葉にヴォルフが肩を竦めながら答えと、そこへ何かが転がってくるような音と共に近付いてきた。
「カンナさん、ソラさん無事でしたかニャー!?」
 音と共に現れたのは樽に乗ったアイルーだった。ヴォルフをここまで案内する役目を受けていたあのアイルーだ。
「あ、トラちゃん! そっか、トラちゃんがヴォル君呼んでくれたんだ」
「にゃあ。でもあっしも参戦する予定でだったんですがにゃあ……新顔さん。速いですニャ。あっし、樽の速さには自信あったんですニャア……」
 トラと呼ばれたアイルーが樽をそのままの勢いのままで立ち上がらせる。一旦ジャンプして乗り直すことで完全に止めてしまう辺り器用だ。
 その口調は速さで自分が負けてしまった事で落ち込んでいるのか溜息交じりだったが、蓋を開けて応急薬や弾丸を取り出していく。
「え? ヴォル君トラちゃんより速かったんですかぁ?」
「そうニャンでやんすよ。この辺りに入った途端、血と火薬の匂いがするとか言って一人でさっさと行っちゃいましてね。ところでコフユさんはどうしたのかにゃあ?」
 トラの言葉にヴォルフは眉根を寄せ、ソラとカンナと呼ばれた二人が目を見開いた。
「そうだ! 小冬!」
 少女が慌てて地面に置いてあった剣と盾を拾い上げる。
「あんた達、三人だったのか?」
 その様子に
「はい。小冬ちゃんって言って私達姉妹の末っ子なんですが……」
「さっき一人でドスジャギィを追っかけて行っちゃって!」
 それでこの二人は戦力不足で窮地に陥っていたのだ。
「どっちに向かった?」
「あっち! 川の上流の方! 急がないと!」
「トラ、二人の傷の手当と弾薬や道具を補充しておけ」
 ヴォルフは少女が指差した方向へ向かいつつ、トラに有無を言わさない口調で命じた。
「は、はいニャ!」
「え? ヴォルちゃん?」
「先に行くぞ……終ったらついて来い」
 ヴォルフは言い終わると共に駆け出した。その速さは凄まじく、山中に転がる石や倒木による段差など存在しないかのように走っていった。
「え? もう見えなくなっちゃった……」
「速いですねえ……」
「あんな調子であっしを追い抜いていったんですニャ。とにかく、さっさと澄ましょうニャ」
 トラがヴォルフが走っていった方向を呆然と見ている二人を促す。
「あ、うん」
「速く追いつかないと行けませんしねぇ」
 二人はそう言いつつ、トラの用意した道具で剣の応急手当、予備弾薬の装備をしていく。トラはそれを手伝いつつ周囲を見渡す。周りにはジャギィの死体が死屍累々と転がっていた。
 幾つかは彼女達の手による物だが、殆どがあの男の刃による傷が死因だ。全てが一太刀で始末されている。
 これだけの事を一瞬とも言える時間でやってのけたのだから、自分達が付く頃には全て終ってるんじゃないか? とトラは漠然と思った。




 鞭のように(しな)る小指ほどの太さの棘の生えた尾が振るわれる。その一撃は重く、直撃を被れば棘が身体に刺さるどころか、まだ止まらない勢いが棘を引っ張って傷を抉るように拡大させるだろう。
 それを理解しているからこそ少女はソレをバックステップで(かわ)す。頭の両サイドで結ばれた艶のある長い黒髪が遅れて引っ張られるも、振るわれる尾に巻き込まれる事は無かった。
 少女が対するのは大きなエリマキが特徴の、ジャギィ達の群れのボスであるドスジャギィと呼ばれる鳥竜種のモンスターだ。群れのボスというだけあって体格も通常のジャギィとは比較にならないほど大きい。
 その力は当然ジャギィ達の比較にはならない。特に対峙している少女では致命的だ。軽装な上に小柄、更には単独行動で味方も無し。
 今の所ドスジャギィは単独だが、少しでも追い詰められるとダメージ覚悟で仲間を呼ぶ。そうなったら勝ち目が無い。
 今更になって置いて来てしまった姉二人を思い出す。普段なら三人で行動し、弱点を補い合って目的を達成する。なのに、今は一人。自分一人が功を焦って突出したせいだ。
 このドスジャギィとは何度も遭遇している。その度に自分達など相手にするまでも無い……とでも言いた気に手下を(けしか)けるだけで奥に下がっていく。
 今回こそは、今まで倒せなかった群れのボスを倒す好機と思っていた。
 だが、ドスジャギィは想像以上に強かった。多少の傷ではビクともしないタフさが何よりも厄介だった。
 両手に持った、十手を思わせる二刀の小剣の切れ味も鈍ってきているのもまた、少女の危機感を煽らせている。
 不意にドスジャギィが腰を落とした。
 少女が反射的に身構えると、ドスジャギィは自身の身長の三倍ほど高く跳んだ。
「くっ!?」
 少女は危険を察知すると咄嗟に前方へ全身を投げ出すように跳ぶ。
 ドスジャギィが先程まで少女がいた場所に、重い音を立てて着地する。跳んでいなかったら踏み潰されていた所だ。
 だが、少女は地面に身体をしたたかに打ちつけていた。そこ自体は土だったが乾いて硬くなっている上に、受身も取れずに倒れたせいでその衝撃は思いのほか強かった。
 そこへ無情にもドスジャギィの追撃が迫る。近付いてその大きな足で踏みつけようと足を持ち上げる。
 少女は肩越しにそれを見て咄嗟に転がって躱し、すぐに起き上がって反撃に出た。
 しかし、ドスジャギィはそれを見越していたようで、姿勢を低くして横へと強く一歩踏み出した。丁度、剣を構えて反撃してくる少女の正面だ。
「へぶっ!?」
 突然の事に攻撃も回避も間に合わない。ドスジャギイが文字通り壁となって衝突し、跳ね返された。見事なカウンターである。
 吹き飛んだ少女は一度バウンドしてから地面に転がった。
「うう……くぅ……」
 激痛に呻きながらも立ち上がる。だが、両手に握っていた剣が無い事に愕然とする。
 剣はすぐ目の前の地面に一本。もう一本もそのすぐ側にある。だが、そのすぐ後にはドスジャギィが迫って来ていた。
 拾っている暇は無い。試みた時には奴に止めを刺されている。少女はそれを理解して、予備のナイフを抜く。雑用で使う物で武器としての使用には向いてない物だ。無いよりはマシではあるが……
 ドスジャギィが腰を落とし、ゆっくりと間合いを詰めてくる。
 こんなナイフで何が出来る? 少女は自問するが答えはナニモデキナイという無情なものだった。
「……私には無理……か」
 自嘲気に呟きながら力なく笑った。ここでこの狗竜と呼ばれる鳥竜に敗れ、喰い殺されるのが自分の限界だった……それだけのことだ。
「ギャエッ!」
 突然目の前のドスジャギィが突然悲鳴を上げて顔を逸らした。
「え?」
 見ると件の鳥竜のその右目には掌に収まるほどの小さなナイフが刺さっている。
「今だ! 来い!」
 男の声が聞こえた。声のした方向には一人の男がこちらに歩いてくるのが目に入った。
 ユクモでよく見られる動きやすさを重視した服と編笠を着用している。
 少女は落ちていた武器を素早く拾い、男の方へ駆け出した。
「下がっていろ」
「え?」
 男は少女とすれ違う際に呟くように言うと、ドスジャギィに向かって歩いていく。その後姿が語っていた〝俺一人で充分だ〟と。
 少女は呆然とその背中を見送った。その背中があまりにも大きく見えたから。それが、とても力強く逞しく見えたから。
 ドスジャギィが痛みを堪えて男へ向き直った。ナイフが深々と刺さった左目は完全に光を失っている。完全に怒り狂っているようだ。
 空に向かって吠えた。ドスジャギィが群れの配下達を援軍に呼び出す際の合図である咆哮。しかし、ジャギィもジャギィノスも姿を見せない。それは既に群れはこのボス以外全滅している事を意味していた。
 ドスジャギィは唸り声を上げて、男を睨み付ける。対する男はゆっくりとこちらに歩いてくるだけだ。
「キエエアアアアアアアアア!!」
 ドスジャギィが咆哮を上げて男に突進する。繰り出される一回転の遠心力を受けた尾の薙ぎ払い。狙うは首だ。直撃を被れば首は皮一枚で繋がるかどうかも怪しい必殺の一撃だ。
 しかし、それは男が一気に姿勢を低くした為に空振りに終った。
 対する男が繰り出すは水面蹴り。尾での薙ぎ払いを渾身で放っているジャギィの体制は足元への攻撃にあまりにも弱く、片足を払われるだけで体勢を崩してしまった。回転の勢いもあってバランスなど保ちようが無い。ドスジャギィは脆くも倒れ込んだ。
 その直後、鯉口を切る音と共に白刃が弧を描く。
 男の水面蹴りから繋げた、切り上げの軌道で居合い抜きが繰り出され、倒れこむドスジャギィの首を一刀の元で断ち切った。
 ドスジャギイの体が地面に倒れ込むのと、首が地面へと転がるのは同時だった。
 刀身に付着した鮮血を払い落とし、刀を鞘へ納める。首から上だけになったドスジャギィが苦しげに声を上げていたが、すぐに沈黙する。
 それを見届けた男が少女へと近付いて行った。




 強い。少女はそう思った。何の飾りもいらない。この男は強い。自分とは比べるまでも無いくらいに。
「あんたが小冬か?」
「!?」
 呆然としていた少女が弾かれたように、男と視線を合わせる。
「……あんたが小冬か?」
 男の再度の問いに少女はただ、頷く事しか出来なかった。
「姉二人が心配していた。あんたの行動は誉められたものじゃない。反省しろ」
「……分かってる……けど、言われるまでもない」
「そうか。取り敢えず応急手当を……いや、後にした方が良いな」
「え?」
 男が後方を振り返ると、少女――――――――小冬もその方向を見る。後方100メートル程の獣道。そこには、青い毛皮と両前足にびっしりと並んだ大きな棘が印象的の牙獣――アオアシラがこちらへと歩いてきていた。 
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