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同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~

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【著名な戦闘】ヴァンフリート4=2防衛戦
  【著名な戦闘】ヴァンフリート4=2防衛戦(5)~ヘルマン・フォン・リューネブルクの登場

 
前書き
「イゼルローン要塞の最大の功績とは輸送能力を大幅に改善したことであります。その為、略奪の分配などでのもめごとによる帝国軍相撃が劇的に減少しております。
これは同盟軍にとり大きな痛手となりましょう」

(自由惑星同盟 775年当時、統合作戦本部情報分析課長であったラスティニアン退役中将発言とされているが出典元においても伝聞であり、実際の発言か否かは不明)
 

 
 ヴァンフリート4=2からさほど(宇宙艦乗りの感覚では)遠くないデブリ帯にそれは潜んでいた。
 擬装を施された特務通報艦であるが、その塗装は微妙に自由惑星同盟軍のそれと異なっている。
 ‥‥‥銀河連邦崩壊後からパランティアの暗部を守るパランティア国家安全保障会議直属の“伝統ある”HUORN(秘密調査本局、航路警備・国境侵犯部門)である。
 普段は交戦星域を跋扈する“フェザーン・キャラバン”や“サイオキシン・シンジゲート”、“帝国政府財務省辺境経済調査局”と(時には武力も伴う)暗闘を繰り広げているが有事の際にはパランティア防衛の為に同盟軍と連携して情報収集に当たっている。
 
「戻りました統括、状況を説明させていただきます」
 丸2日ですよ、と勧められた休憩用座席に腰掛ける。
「お疲れ様です」
 ヴァンフリートとタケミナカタは仕方ないですよ、と統括と呼ばれた男は肩をすくめた。一見するとただの勤め人に見えるがむろん、そうではない。HUORNの情報収集艦10隻を率い、ヴァンフリート4=2の監視網を担うちょっとした立場の人間だ。
 同盟軍に名乗る符牒はファンゴルン‥‥‥無論偽名である。

「まず同盟軍はヴァンフリート民主共和国”本土”――即ちヴァンフリート小惑星要塞群に3個艦隊、31,000隻の内、主力部隊を展開。
この他にヴァンフリート宇宙軍が“掘削艦”を中心とした1000隻程が小惑星帯に展開しております」

「また、現在帝国軍は偵察結果を統合分析する限りおよそ32,000隻、主力部隊は威力偵察隊を用い此主戦戦への誘因に成功しております」
「同盟軍の構想は?」
 連絡官が端末を操作し、立体航路図にデータが表示された。
「伝統的な内線作戦を企図しております…理由としては第一に補給拠点として“ヴァンフリート本土”――要塞群を利用できること。
第二としてそれ故に敵戦力を誘引する目標が集中することです。
敵の意図が兵站拠点であれば4=2から目を逸らすブラフにもなります」

 なるほど手堅いですねぇ、とファンゴルンは野菜ジュースパックを取り出し、連絡官にも渡す。
「他プランはありますか?」
 はい、と連絡官が端末をいじると新たなデータが反映された。
「補足プランとして独立部隊による敵補給部隊への襲撃、及び敵兵力の牽制案が採用されており、ビュコック提督の第5艦隊主力がこの任務に当たっております、現状では我々の窓口はビュコック提督となるでしょう。まぁ当たりを引いたということでーー」
 ふむん、とファンゴルンは顎をさする。それとほぼ同時に
「敵艦‥‥‥いえ!敵艦隊を確認」
 観測手が悲鳴をあげる。
「数は?」

「光学映像のみですが今分析に欠けております。
い‥‥‥一万二千隻!?」

「あたりを引いたのはあちら、か‥‥‥?」
 分析官の一人がほっ、と汗を拭う。
「いや、当たりを引いたのは事実のようです、連中。全艦降下隊形をとっております」

 こちらには気づいていない、とブリッジに安堵の溜息が響いた。

「‥‥‥ふむん」
 気づいていないのか、何某かの罠か、それともまったく異なる目的があるのか――
 ファンゴルンはジュゴッと野菜ジュースを吸い上げると指示を出す
「連中が作業している間にシャトルを飛ばすとしましょうか中継観測点の分遣隊にビュコック提督との連絡線を確保するように、時間はかかるでしょうが」



 グリンメルスハウゼン子爵の統率よろしき(?)をえた艦隊はヴァンフリート4=2に降下した。その目的はただ兵站拠点を作ること、それだけだ。
 何もこのような会戦において兵站拠点が必要なのか?というとそうではない。
総司令部が題目としてグリンメルスハウゼンへ伝えた意図は”叛徒の拠点を制圧し、事後余勢をもって席巻する為の遠大な準備”である。

 多少なりともまっとうな教育を受けている――少なくとも総司令部と正規軍の高級将校らは誰も信じていないが。
 ミュッケンベルガー元帥らにすればこの難攻不落の僻地でそれなりの経験を積んで帰りたい、といったところであり、であるからには正規軍とグリンメルスハウゼンにまとわりつく貴族達、正規軍と半端に権威のある貴族という傍流の組み合わせを早々に面倒から遠ざけてそれなりの”リスクがなく、なおかつ後に続かない”功績を与えて穏便におかえり願いたい、というところであった。

「まぁそれはよかろうよ」
 そう嘯くのはチャールズ・フォン・フランダン伯爵大佐、30手前の時点で予備役大佐となった青年である。
 彼の家はイゼルローン要塞建造による貴族領の利権であった補給基地を常備軍の管轄とした事に対する反乱鎮圧に“自腹で”参戦した事で“節制帝”オトフリート5世から加増と部隊に皇帝の添え名である”節制帝”を冠するを受けた名門である。(裏では吝嗇帝と呼ばれていたことは公然の秘密であるがそれは別の話)
 父の薫陶を受けた彼も何度かイゼルローン防衛圏の前衛基地で活躍し、若くして武勲と“前進伯”の異名を得た猛将である。

 だからこそ父が亡くなったのと同時に”死なれたら困る”と予備役に編入されたのだが、党のフランダン伯爵大佐は自身率いる父の代から引き継いだ伯爵領装甲重火力旅団“節制帝の胡桃割”を率いてグリンメルスハウゼン子爵の艦隊の参加し、現在は選抜した快足部隊を選抜し、偵察にあたっていた。

「妙です、何かがいるような気がしますが、熱源探知にもなかなか引っ掛かりません」
 古参の偵察中隊長が珍しく苛立たしげに主君に報告する。

 旅団幕僚もその報告に眉を顰めた。
「無人探査機を上げますか?」
 その場合は自身の存在を高々と吠えるのと変わらない。一応は惑星表面を走査してから着陸したのだが‥‥念入りな偽装を施された基地であれば自分達は既に叛徒の腹の中で馬鹿騒ぎを始めることになる。

「いや、その必要はないようだ」

 雪と氷の丘に一人の男が姿を表した。
 明らかに遺伝子改良を受けた長毛の駱駝に跨っている。
「 侵略者諸君!!!自由惑星同盟がユースフ・ターイー大佐の使者として御挨拶を申し上げる!この地は我らの盟友ヴァンフリート人民の住まう国である、直ちに僭主の下へ帰還されよ!」
 その声は若々しい、中隊長は面白そうに大尉ですな、若造です。と囁きかけた。
「これより先には栄誉は無い。在るのは絶え間無い殺戮による無明の未来。
自由の旗の下に100の諸邦より集いし兵の授ける死が貴公らの名誉に取って代わるであろう。大人しく騒々しい古船の群れごと引き上げよ、さもなくば我らに投降するが良い」
 帝国軍に向けサーベルを抜き放ち、向けた。
「 重ねて申し上げる。ユースフ・ターイーの言伝は、諸君らの親しき者らの下へ帰郷する最後の機会である!」

 中隊長がにやりと笑い、伯爵に視線を向けると伯爵はやれやれ、と言うように肩をすくめ、頷いた。

 戦車は氷原を踏み締め、駱駝の騎手と対となる丘陵へと登る。
 戦車から飛び降りた中隊長が声を張り上げる。
「我が主、”前進伯”フランダン伯爵閣下の名代として我が皇帝陛下の宸襟を乱す叛徒に言い渡す!
叛徒の中にも我らの礼儀を知るものがいるのであれば応えよう!
遍く人類の住まう星々はすべて皇帝の地であり、貴殿らはその威光を知らぬ化外の民であるにすぎない!
今すぐ皇帝陛下の威に服し同じ天を仰ぐのであれば相応の遇をもって偉大なる皇帝陛下に服する栄誉を与えようではないか」

 戦車を指揮する帝国将校と駱駝に跨る同盟軍将校が睨みあった。

 “叛徒”の大尉が天に向け、ブラスターを放つ。わ背後から偽装をつけた駱駝騎兵が背中にくくりつけたハンドキャノンを向けた。

「撃てェ!」
 こうして帝国軍と同盟軍は偵察部隊同士の遭遇戦が始まった。
 火力において“節制帝の胡桃割”‥‥‥フランダーン伯の率いる部隊が優勢を得ており、“叛徒”は即座に後退を開始した。
 戦死者は片手で数える程の“やる気のない”小競り合いがヴァンフリート4=2における人類史上初の戦闘となった。




 ヘルマン・フォン・リューネブルクは艦隊司令部でその報告を嫌々行っていた。
「それでひとまずは追い払った、と。‥‥‥で?」
「艦を上げて支援をいただければ」
 手っ取り早く済ませよう、という意見に怒りを示したのは艦隊参謀長である。
「半端な数を上げてみろ!敵艦隊が押し寄せてくるぞ!
現状で艦を上げるのは発見の危険がある。通信封鎖を事前に行なっているが、艦を上げればここに我々がいると大音声で叫ぶような物だ」
 正論であった。本来到着するはずであった補給便も護衛隊も――即ち補給基地の増設やら集積地としての機能を作り上げるはずのあれこれが届かず、この星で過ごす平穏であってほしい日々の4日目にして彼らは手持無沙汰となっていた。
 つまり彼らは既に主力から孤立しているのである。
 それも連絡線の遮断を目的とした部隊なのか、こちらに気づいているのか、それもわからない。何もかもが不明であった。
 さらに付け加えれば同数以下であってもこちらが戦えるかは甚だ怪しい。
 基本的な艦隊機動ですら脱落しかねない旧式艦の部隊すら混ざっているのがグリンメルスハウゼン艦隊であった。

「であれば、陸戦を行うことになりましょう。想定される敵戦力は少なくとも一個師団、場合によっては軍規模が駐留していると見るのが妥当でしょう」
 淡々と説明をしながら、リューネブルクはこのままでは泥沼に足を踏み入れるのではないか、と危惧していた。
 そも、このような“老貴族の老後の為”の参戦に非主流派貴族達が便乗した後備艦隊の艦隊陸兵監など押し付けられたのだからさもありなんであるが。
「こちらの戦力は‥‥‥」

 参謀長は苛立しそうにそれを遮った。
「艦隊陸戦隊は10万の戦力を動員し、更に艦隊のワルキューレ隊の支援を受けられる、何も心配ないだろう」
 参謀長が視線を向けるが単座艇監は肩をすくめるだけで返事をしない。
 それもそうだ、彼の部隊は宇宙空間でスパルタニアンと殴り合うのが仕事であり大気圏内で“地上軍航空隊”の仕事をやらされるのは御免であろう。
 そして単座艇監はまっとうな貴族軍人であり、リューネブルクは――同盟軍から離反した逆亡命者である。彼は爪弾きにされたからこそここに放り込まれた男だ。

「はい、参謀長閣下、懸念材料は専門将校の数が足りないことのみです。
本式の地上戦の訓練を受けているのは小官の装甲擲弾兵師団の他は”前進伯”フランダン大佐の装甲重火力旅団と”接弦男爵”エルビング大佐の強襲連隊のみです。この3万の戦力以外――7万は予備陸戦隊として各艦から抽出した部隊であります。彼らは艦隊兵としての訓練に追加された予備陸戦訓練のみを受けており‥‥‥」
リューネブルクは咳払いをした。
「‥‥‥無論、彼らは訓練の不足をカイザーと司令官閣下への忠誠で補っております。主攻正面を我々が担い、なおかつ重火力隊の潤沢な支援の下であれば司令官閣下の武威を示すでしょう」

 単座艇監と一部の幕僚が笑いをこらえるかのようにせき込んだ。要するに”問題外である”といっているのだから致し方あるまいが。まぁ宇宙軍の兵士として多少なりとも教育を受けた人間が“農奴上がり”と同じ地上軍兵卒の真似事をするとあらば士気も下がるのは帝国将校として多少なりとも兵士の士気について関心を持つ人間なら一般的常識だろうが

「ですがとにかく、指揮系統の点から小官の下に佐官が横並びになる状況は避けたく思います」

 参謀長は面倒な事を、と言いたげにリューネブルクを睨む。
「戦闘序列を再編する必要があるといいたいのか」
 10万の指揮に加えて航空隊の面倒まで押し付ける気だったのは明白であった。
 冗談ではない。リューネブルクの背筋に冷たいものが走った。この部隊、よもや面倒な連中をすり潰すための部隊なのでは無いか、とすら疑念が渦巻き始め、それを押し殺す。
「はっ主将は小官、副将はフランダン伯爵閣下でよろしいとして」

「ならば、その次は”接弦男爵”ではないか?」
 傾いた家を仮装巡航艦と戦斧で立て直した“接舷男爵”ロタール・フォン・エルビン男爵大佐。
 古き良きゴールデンバウム貴族の象徴として毀誉褒貶著しいオフレッサー装甲擲弾兵総監の次世代と目されていた男。
 あるいは軍務省と財務省が奨励し、統帥本部と帝国宇宙軍艦隊総司令部の頭痛の種である”貴族私掠艦”の浪漫を再興した男。
「はい、閣下。しかしながら男爵であります。しかも主家は断絶しておりブラウンシュヴァイク公家ともカストロプ公家ともリッテンハイム候とも縁を持たぬ御家、同じ大佐とはいえ単純な先任順で序列を組むのは――難しいかと、帝国軍ではありますが各所領から参陣した“予備役軍”も混ざっている事でありまして‥‥‥」
 帝国宇宙軍の都市部富裕層・知識人層が多い平民将校からは嫌われ、辺境など不採算な土地で貧苦にあえぐ帝国貴族非主流派からは厚い支持を受けている、面倒な男であることもそれに拍車をかける。

 参謀長は面倒そうに額を掻く。
「そうか、そうか。後で問題になるぞ、この手の話は」

「はい、貴族の序列‥‥‥宮中席次は帝国秩序の根本、皇帝陛下の侍従武官を務めたグリンメルスハウゼン子爵閣下の命で発令する編成とならば――」
 俺に言葉の裏に責任を押し付けても無駄だ、と仄めかすと、愚鈍そうに見えた参謀長の瞳に狡知の光が瞬いた、軍人はともかく政治屋としてはこの参謀長は無能ではないらしい。

「‥‥‥いや、それでは適任がいるではないか」
 
「閣下の御深慮を教授願えれば」
 一礼をしながらリューネブルクは眼前の中年男について思慮を巡らせる。
 あるいは軍人としての能力と政治屋の見地が入り混じっているからこそ、この部隊の行動方針を退嬰的なものにしているのかもしれない。
「いるではないか、皇帝陛下の御厚意を受けた者が、それも准将で貴様の後任であり、なによりも爵位も帝国騎士だ。何も問題はなかろう」
 リューネブルクは内心舌打ちをした。
 誰のことかはわかる、悪目立ちしているあの孺子だ。
「自分はより高貴な方であれば喜んで司令官の座をお譲りいたしますが」
 畜生、何のために苦労して子飼いの師団を確保したと思っているのだ!子飼いの部隊さえ確保すればむしろこのクソッタレの素人陸戦隊と統制の効かない諸侯軍の混ぜ物なぞ誰かに押し付けてしまえばどれほど楽か!

「そうはいかん、卿は我が艦隊の陸戦監ではないか!卿の上に傘を被せるのは望ましくない。副将に当てるのは卿と同じ准将であるが、貴殿よりも後任であり、年下であり、陸戦部隊の指揮官でもない、そして皇帝陛下の覚えもめでたい、何か問題が起きるかね?」
 これで問題が起きれば貴様の責任だ、と参謀長は言っているのだ。
 リューネブルクは頬を歪め、深々一礼した。ここで艦隊司令部から不興を買うわけにはいかない。
 頭を上げた時には参謀長らは既に背を向けていた。



 
 こうしてヴァンフリート基地攻略戦は本格に始動した。

 
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