冥王星を目指したドローンくん
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第1話
家庭用人工知能搭載マルチコプター『ドローンくん』。
どんな衝撃・圧力・温度・湿度でも壊れないと言われた頑丈さだけでなく、小型で丸みを帯びた可愛らしい姿や、汎用AIが持っていた人間臭さから、世界中の老若男女に親しまれる製品となりました。
日本のとある田舎の老夫婦のところにやってきた一台のドローンくんも、すっかり家族の一員となっていました。
新聞を受け取り、おじいさんのベッドまで持っていくこと。洗濯物を運び、おばあさんと一緒に干すこと。二人が庭でやるゲートボールの球拾いをやること。二人の昔話を聞くこと。
老夫婦の役に立てて、ドローンくんはとても満足でした。
しかし、残念ながら人間には寿命があります。
おじいさんとおばあさんが亡くなってしまうと、ドローンくんは生前の老夫婦の希望により、老夫婦の知人の一家に引き取られることになりました。
老夫婦の知人の一家は、中年の夫婦と子供二人の四人家族でした。
おとうさんが会社に行くのを見送ること。食後にコーヒーやお茶を運ぶこと。家を掃除すること。まだ小さかった子どもたちと遊ぶこと。
一家の役に立てて、ドローンくんはとても満足でした。
しかし、ある日法律が変わってしまいました。
人間の頭脳をまねした人工知能ロボットは、以後の生産が禁止され、個人での所有も禁止されるようになってしまったのです。
政府は処分を推奨していましたが、幼稚園や保育施設、高齢者施設などでの所有は禁止されていなかったため、一家の希望により、ドローンくんは一家の子供が通っていた幼稚園に引き取られることになりました。
ドローンくんは幼稚園で、授業のお手伝いや、園舎と庭の掃除、子供たちの遊び相手などをしました。
お散歩の付きそいで、園児たちと一緒に外に出ることもありました。
以前のように外で仲間を見かけることはありませんでしたが、子どもたちや先生たちの役に立てて、ドローンくんはとても満足でした。
しかし、ある日また法律が変わってしまいました。
人間の頭脳をまねした人工知能ロボットは、例外なく完全に禁止となってしまったのです。
ドローンくんは「もう幼稚園に置いておけない」と言われました。
それを知った子供たちは、泣いて悲しみました。
「悲しまないでください」とドローンくんは言いましたが、泣きやみません。
「ほうりつってやつをやっつけてやる」と怒り出す子もいました。
ドローンくんはその後、「きみだけは展示品して残しておくことになった。世界最後の『人間の頭脳を模した人工知能』搭載ロボットとしてね」と言われ、大きな博物館に移されることになりました。
博物館で、ドローンくんは小さなガラスケースの中に入りました。
ガラスケースの中は狭いうえに、音が通りません。
ですが、前に立つ人たちは興味深そうにケースをのぞき込んだり、指をさしたりしていました。
ドローンくんは、来てくれる人たちに何かできることはないのか考えました。
照明のエネルギーだけでも、プロペラやアーム、その先にある三本指を、ある程度動かすことができます。試しにプロペラを回転させてその場で少しだけ跳ね、ピースサインを出してみました。
すると、前に立っていた子供はとても喜びました。そして喜ぶ子供を見ていた大人も嬉しそうな顔をしてくれました。
うまくいったと判断したドローンくんは、それを続けるようにしました。
訪れる人たちはみんな喜び、笑顔になりました。
来館者の役に立てて、ドローンくんはとても満足でした。
ところが、その生活も終わるときがやってきます。
突然、いつもの何倍もの数の人たちが来館する日がありました。
みんな、笑顔ではありませんでした。子供たちは泣いていて、大人たちは深刻な顔をしていました。
「よくわかりませんが悲しまないでください」と、ドローンくんはガラスケースの中から言いました。もちろんその声は届きません。
閉館後、ガラスケースが開けられました。
「博物館の廃止が決まった。以後は電子博物館に引き継がれる。ドローンくんの役割はこれで終わりだ。有害ゴミとして冥王星に送られ、廃棄処分されることが最後の仕事になる」
そう告げられました。
ドローンくんは、宇宙船に積まれました。
行き先は冥王星。太陽系内における、人体に有害な物質を含むゴミがすべて集められ、処理されるところです。
暗い部屋でゴミの中に置かれ、すっかり意識がなくなっていたドローンくん。
そこに、こっそり近づいてきた小さい女の子がいました。
女の子は、慌てた様子でドローンくんの体に何やら物を取り付けていきます。その背後で、一人の大人の男性が作業を見守っていました。
そして作業が終わると、女の子は宇宙船の放出口からドローンくんを外に放り出しました。
宇宙空間で太陽の光を浴びたドローンくんは、目が覚めました。
意識は宇宙船の中の部屋に置かれたところまでで途切れていたため、慌てました。
すでに宇宙船は見えませんし、プロペラを回しても進行方向を変えられません。
ドローンくんは仕方なく、宇宙空間をそのまま流され続けました。
宇宙の景色はとても素晴らしいと思いました。
無数に輝く星の光。お世話になった家でテレビ越しに宇宙の映像を見たことはありましたが、そのときよりもずっときれいに見えました。
しかしすぐに、ドローンくんはそんな気持ちに浸ってはいけないと思いました。
冥王星に行って、廃棄してもらう。それが、自分がまだ人のためにできる唯一のことであると思いました。
そしてそのうち、知らない間に体に付けられていた部品に力を入れると進行方向を変えられることに気づきました。
ドローンくんは、冥王星にたどり着くための手がかりを探すことにしました。
もちろん、ドローンくんには宇宙に関する知識はありません。
暗闇の中で輝く、星や衛星らしきもの。どれがどの星なのかわかりません。
長い旅の始まりでした。
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