戦姫絶唱シンフォギア~響き交わる伴装者~
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装者達のバレンタインデー(2021)
前書き
ギリギリ……アウト!!
今年のバレンタインはF.I.S.組+奏さん、未来さん、エルフナインちゃんでお届けします。
糖に飢えた読者諸君、今年のチョコ糖文を受け取れぇぇぇぇい!!
「「「ごちそうさま」」」
ホテルのビッフェで食事を終えたツェルト、マリア、セレナは笑顔で帰宅した。
「美味しかったですねっ♪」
「そうだな。ありがとうマリィ、いいお店だったよ」
「そう言ってもらえると、嬉しいわ。……支払いをツェルトにさせてしまったのが申し訳ないけど」
「気にするなって。こういう時は格好つけさせてくれよ」
「ッ……もう……」
「ふふ……っ」
談笑しながらリビングに着いた3人。
すると、マリアとセレナが足を止める。
「ん?どうしたんだ?」
ツェルトが振り返ると姉妹は目配せし、いつの間にか持っていた紙袋の中から、ハート型の包みを取り出した。
「ツェルト……はいこれ。ハッピーバレンタイン♪」
「ツェルト義兄さんへ、わたしとマリア姉さんからの、愛の印です♪」
「おおっ!?ひょっとして、手作りか……?」
「当然よ。市販品じゃ、あなたも物足りないでしょ?」
「マリア姉さんや暁さん、月読さん、皆で作ったんですよ」
そう言って2人は、ツェルトを挟んでソファーに腰掛ける。
「マリィ、セレナ、ありがとう。この場で食べてもいいか?」
「ええ、もちろん♪」
「感想、聞かせてください♪」
姉妹に見守られながら、箱の中の菓子を口へと運ぶツェルト。
マリアはルビーチョコ、セレナはホワイトチョコ。それぞれをハート型や丸型、1口サイズに固めたそれが、箱の中に並んでいる。
ツェルトは1つずつ指でつまむと、まずはルビーチョコを咀嚼し、舌の上で味わう。
「甘さの中にほのかな酸味……。優しいけど、それだけじゃない。まさにマリィにピッタリな味だ」
「そっ、そうかしら……?もうっ、ツェルトったら……」
味の感想と共に飛んで来た口説き文句に、思わずマリアは頬を赤く染めた。
それからツェルトは、ホワイトチョコを同様に口へ運ぶ。
「こっちは甘さと共に広がる、まろやかでクリーミーな味わい深さ……。優しさで皆を包み込んでくれるセレナらしいな」
「ツェルト義兄さん……もうっ、そういうの、誰にでも言っちゃうんですか?」
姉と同様、ツェルトに真っ直ぐ見つめられての口説き文句に、あっという間に赤くなるセレナ。
姉と同じくらい大好きな義兄からの言葉だ。とても嬉しいのだが、負けっぱなしでは居られない。
だが、ツェルトからの口説き文句は終わっていなかった。
「何言ってるんだ。俺がこんな事言うのは、マリィとセレナ、世界でただ2人だけだぞ?」
「「ッ!!」」
「俺が世界で一番愛してるのは、こうして俺の心を温めてくれる2人なんだからな」
「「ッッッ!!!!」」
あっという間に頭から湯気を立てながら、姉妹は悶える。
自分達が好きになった男は、愛を囁く事に惜しみがないのだと再確認しつつ、深呼吸で再起動を図った。
このままでは心臓が持たない。慌てて話題を逸らそうと、セレナはマリアのチョコに目をつけた。
「そっ、そういえばわたし、姉さんのチョコはまだ食べていませんでした」
「そっ、そういえばそうね!……しまった、セレナの分を用意するの、忘れてたわ……」
「ええッ!?……あ、でも仕方ないですね……。わたしも、姉さんの分を用意するの忘れてしまってましたし……」
2人とも、ツェルトに渡す事を第一に考えていた結果、うっかり互いに渡す分を忘れるほど没頭してしまっていたのだ。
うっかりとはいえ忘れた事に、思わず肩を落とす姉妹。
だが、それを聞いたツェルトは思い付いたようにこう言った。
「食べたいのか?なら……ほら、あーん」
「え……ッ?ツェルト義兄さん?」
「こんなに沢山あるんだから、3人で分け合えば足りるだろ?」
「ツェルト……」
思わぬ提案に、姉妹は目を輝かせる。
ツェルトが差し出すルビーチョコに、セレナはパクリと齧り付いた。
「ん~♪さっすが姉さんですッ!とっても美味しいですよッ!」
「そ、そう?セレナにも喜んでもらえるなら、張り切った甲斐があるわね」
そう言って、セレナのチョコに手を伸ばそうとして……ふと、マリアは気づいた。
反応が遅れてしまったが、あまりにも自然すぎたのだ。
今、ツェルトはセレナにチョコをあーんしている状態であるという事に……。
「ツェルト義兄さん……もう一個、いいですか?」
「いいぞ。ほら、あーん」
「ちょっ、ちょっとッ!?」
思わず裏返る声。振り向くツェルトとセレナ。
そこでマリアはハッとなる。
思考が追いつくより先に、声が出てしまっていたことに。
そして自分は今、妹を羨ましいと思っていた事に。
ここでマリアに与えられた選択肢は2つだ。
素直に自分にもして欲しい、と頼むか。
姉の威厳を保つ為に何でもない、と断るか。
どちらか迷っている間にも、3人の間の沈黙は1秒ずつ進んでいく。
そして脳内で自分の気持ちと協議した末に、マリアが出した結論は……。
「わ……私にも……その……あーん、してよ……」
頬を赤らめながら、少しツンデレ気味に。
そんな顔を見せられて、断る男が世界のどこに居よう?
ツェルトの返事は無論、決まっていた。
「マリィ、あーん」
「あ、あ~……ん」
今日はバレンタインデー。大好きな人に気持ちを伝える日。
であるならば、威厳だの体裁だのと言った意地は無用の長物。誰もが素直に甘えていい日なのだ。
その後、チョコを食べさせ合いながら、3人はバレンタインデーの夜を過ごしたのだという。
「口で食べさせるの……ダメか?」
「なっ……なっ、何言ってるのよッ!?」
「わ、わたしは……やってもらいたい……です……」
「セレナッ!?……な、なら、私も……やるわッ!」
それは、とてもとても甘い時間。
ff
「よし!切ちゃんも出来たみたいだね」
キッチンで作業を終えた調は、切歌の方を見る。
「調のおかげで上手くいったデス!」
満面の笑みを浮かべる切歌に、調はにこやかな笑みを返した。
「でも……調みたいに凝ったものは作れなかったデスよ……」
調が作ったのはチョコレートケーキ。対して切歌は星型やハートの可愛らしいチョコであり、その差にため息を吐く。
「切ちゃん、大切なのは見た目じゃないよ。作った人の思いが大事」
「調……ありがとうデス……」
しかし、再び黙り込んでしまう切歌。調は首を傾げる。
「切ちゃん?」
「作ったのはいいデスが……アタシ1人で飛鳥さんに渡すのは、やっぱり恥ずかしいデス……」
恥じらう友人にクスッと微笑む。
「それなら、わたしと一緒に渡そう?それなら切ちゃんも渡せる」
「本当デスか?調、ありがとうデスッ!」
嬉しさのあまり、切歌は調に抱きついた。
「それじゃ、ラッピングしよっか」
「了解デースッ!」
翌日の放課後、切歌と調のマンションの前。
調と切歌に呼び出された兄弟は、玄関の前で2人の帰りを待っていた。
流星はため息を一つ吐くと、少しソワソワしている飛鳥に呆れたような声をかけた。
「兄さん、緊張しすぎ。切歌ちゃんからチョコ貰えるからって、舞い上がるのはわかるけどさ」
「べっ、別に緊張はしてない!これはただ、今日はいつもより寒いからで……」
「ふーん……あ、調ちゃんと切歌ちゃんだ」
「流星、僕がそんな単純な嘘に騙されると思ったら」
後ろを振り向くことなく応えようとする飛鳥。だが、背後から聞きなれた声が聞こえ振り返る。
「飛鳥さん!」
「きっ、切歌ッ!?」
「切ちゃん、そんなに走ったら転んじゃうよ?」
「やぁ、調ちゃん。おかえりなさい」
慌てて飛鳥に駆け寄る切歌と、それを追いかけてきた調。2人の手には、小さな紙袋が握られていた。
「飛鳥さん……その……ハッピーバレンタイン、デスッ!」
「流星さん。これ……日頃の感謝の気持ちです。受け取ってください」
「切歌……」
「ありがとう、調ちゃん♪」
受け取った2人は、袋の中に入った箱から中身を想像する。
どんなチョコが入っているのか。想像するだけで胸が高鳴るのを感じ、思わず口元が綻んだ。
「飛鳥さん!アタシの手作りチョコ、早く食べて欲しいデス!」
「えっ!?い、いや、それは……」
隣に弟が居るからか、少し躊躇う飛鳥。
それを見た流星は、調の方を見て小さく頷き、調の手を取った。
「流星?」
「僕らはお先に。2人っきりで楽しんでくるよ。……兄さん、頑張ってね」
「切ちゃん、ファイト」
そう言って、流星は調と共に部屋へと戻って行った。
玄関前に残された飛鳥と切歌は、暫く見つめ合う。
先に口を開いたのは、飛鳥からだった。
「じゃあ……ここで開けようかな」
「美味しすぎて、腰抜かしても知らないデスよ~?」
「それを言うなら頬っ辺が落ちる、だろ?」
「ど、どっちも似たようなもんデス!」
目を輝かせて胸を張る切歌に、飛鳥は箱のリボンを外す。
中には1口大の小さなチョコレートが、綺麗に並べられていた。
ハート型もあったが、飛鳥は一先ず星型のチョコを摘み口に入れる。
「どうデスか?」
「うん、美味いぞ。切歌が頑張ったのが、よく伝わってくる」
「えへへ~……飛鳥さんに食べてもらうために、いっぱい練習したのデス!!」
撫でられて喜ぶ切歌に、飛鳥はチョコの一つを摘んで差し出す。
「なら、切歌も食べてみたらどうだ?」
「え!?良いんデスか?ありがとうデスッ!」
そう言って目を輝かせた切歌は……飛鳥の指につままれたチョコにそのままパクつき、その味を自賛した。
「ん~♪やっぱりアタシにも、お菓子作りの才能があるデスッ!アタシの才能が恐ろしいデスよ~」
(手に取ると思ったのに、まさかそのままパクッと行くなんて……な、何をドキドキしてるんだ僕はッ!?)
思わずドキッとしてしまった飛鳥は、切歌に内心の動揺を悟らせまいと、チョコをもう1つ摘んで口に運ぶ。
「……んんッ!?」
だが、舌の上でチョコが溶けた次の瞬間、チョコとは違う何かの感覚が口に残る。
「切歌……なんらか、ひたのうふぇがパチパチしゅるんらど……」
「あ、それは飛鳥さんを驚かせるために、1個だけ混ぜといた大盛りわたパチ入りデスッ!……あっ」
「き~り~か~?」
「ちょ、ちょっとしたジョークなのデスよ~~~ッ!」
「分量をふぁんがえろッ!!ふぉら待てッ!逃ふぇるなッ!!」
追いかける飛鳥の顔が笑っていた事を、一目散に逃げていく切歌は知らないのであった。
「兄さん達、上手くいくかなぁ」
「きっと上手くいきますよ。切ちゃん頑張ってたから」
「友達思いなんだね。調ちゃんは」
「流星さんはお兄さん思いなんですね」
「ここまでしたんだし、勝機は逃さないで欲しいな……。さて、もう開けてもいいかな」
「はい。あ、ミルクも入れますね」
蓋を取ると、中には透明な箱に入ったハート型のチョコレートケーキ。
流星は微笑むと、向かいに座る調の顔を見ながら感謝を伝える。
「うん、凄く美味しそうだ。ありがとう、調ちゃん」
「流星さん……はい、あーん」
箱に入れていたプラスチックのフォークを握り、調はチョコレートケーキを少し掬うと、それを流星の口へと差し出した。
「あー……ん……うん、やっぱり美味しいね」
その味は言わずもがなであり、流星は満足げな笑みを浮かべた。
「はい、またあーんしてあげます」
「いや、次は僕の番だよ」
自分のフォークを取り、掬った1口を調に差し出す。
「流星さん……それは反則……」
流星からの不意打ちに、頬を赤らめて俯く調。それを見て微笑む流星。
この後、追いかけっこから戻った飛鳥と切歌が来るまで、2人はケーキを交互に食べさせあうのだった。
ff
「津山さん、はいこれ」
「おっ、バレンタインか!ありがたく貰っとくぞ」
「お返し、期待してるからな~?」
「ハハハ、あんまりハードル上げないでくれよ」
軽口を交わしながら、奏は職員らに義理チョコを配り歩いていく。
そんな奏を、コソコソと付けている男が1人……。
勿論、気付かない奏ではない。
だが奏は、分かった上で敢えて気付かないふりをしつつ、職員達や伴装者らへと義理チョコを渡していく。
そして、最後の一つを渡し終えた所で……奏は背後を振り返った。
「さて、あとはお前だけだぞ……紅介」
「ッ!?いっ、いつから……?」
「ん?最初っから気付いてたけど?」
「マジかッ!?チクショー、スニークスキル磨いとくんだった!」
相変わらずのテンションにクスッと笑い、奏は最後まで残していた包みを取り出す。
「お前には最後に渡すって決めてたんだよ。あたしを応援してくれるファンへの、ちょっとしたサプライズってわけだ」
「さっ、サプライズ!?」
「ああ。一番近くにいるファンなんだから、これくらいはしてあげないとね。というわけで、紅介、ハッピーバレンタイン♪」
ニカッと向けられるアネゴニックスマイル。
言うまでもなくハートを撃ち抜かれ、紅介は胸を抑える。
「くぅ~~~~ッ!ありがとうございますッ!棚に祀って家宝にしますッ!!」
「いや食えよ」
「頂いてしまってもよろしいので!?」
「おう。むしろ、目の前で感想言ってくれても良いんだぞ?」
「で、では……いただきます!!」
紅介は包みを開封し、中身を取り出す。
入っていたのは……なんと、チョコレートマドレーヌだった。
「あむ……むぐむぐ……ん、美味いっすよコレ!!」
「そりゃあ良かった。その顔が見れただけでも、作った甲斐はあったな……」
奏の作ったマドレーヌを、ゆっくりと味わうように咀嚼する紅介。
彼の笑顔を、奏は何も言わずに見つめる。
「ところで、どうして俺だけマドレーヌなんすか?」
「へっ?」
その疑問に、奏は思わず間抜けな声を上げてしまう。
まるで、鳩が豆鉄砲をくらったような顔の奏を見て、紅介は首を傾げた。
「そ、そりゃあ……ファンサービスなんだからな。二課……いや、今はS.O.N.G.か。ともかく、職員さん達に渡すのと同じやつじゃ、ダメだろ?」
「なるほど!とことんファンへのサービス精神を意識してくださっているなんて、流石奏さんッ!」
「ま、まあな……」
内心ホッとしながら、奏は紅介を見つめる。
なんだか、いつもよりも照れ臭い気分になるのを感じながら、奏は深呼吸した。
「お返し、期待してるからな?」
「あったりまえです!!ちゃんと三倍で返しますので!!」
「大袈裟だなぁ。ま、期待してるぜ」
「はいッ!」
そう言って奏は紅介の前から立ち去る。
そして廊下の角を曲がると……
「……はぁ~、緊張したな……」
誰にもみられていない事を確認し、奏はホッと胸を撫で下ろした。
「紅介のやつ、気付くかな……。いや、あいつが気付かなくても、知ってる奴が教える可能性はある……か」
仲間達や職員らにはクッキー。しかし、紅介だけにはマドレーヌ。
そこに込められた意味を理解した時、彼は何を思うのだろうか。
「まあ、今のあたしらにはこれくらいが丁度いいよな」
奏自身、らしくないと思えるほど消極的なメッセージ。
もっと大胆にいけばよかったか、とは思うが、プレゼントはもう渡してしまった後だ。
「仕方ないじゃないか……初めてなんだから」
自分に言い聞かせるようにそう呟いて、奏はその場を後にした。
ちなみにこの後、案の定紅介がぶっ倒れて医務室に搬送される事となったらしい。
ff
「恭一郎くんッ!今日、何の日か……覚えてるよね?」
その日の帰り道、背中に何か隠した未来さんが緊張気味に問いかけてきた。
「今日は……2月14日、バレンタインデーだね」
「うん……だから、ね……チョコレート、作ってきたの」
「……未来さんからの、チョコレート……!?」
正直、期待はしていた。
でも、やっぱり貰えるって聞くと、驚きの方が勝ってしまう。
なにせ、バレンタインに貰う異性からのチョコレートなんて、母さんと妹以外から貰った事がない。
だから、思わず緊張してしまう。
僕らは既に恋人同士だと言うのに。
「その……男の人に作るの、初めてだから……ちょっと変かもしれないけど……」
未来さんの顔は、少し赤い。
普段はもっと積極的に、僕よりも余裕のある顔で、少し意地悪な笑みさえうかべながらアプローチをかけてくる未来さんが。
バレンタインと言うだけで、こんなにも緊張している。
しかも、男の人に渡すのは初めてだと言う。
未来さんも僕と同じ立場なんだ。
そう思うと、少しだけ安心した。
「わたしのチョコ、受け取ってくれるかな?」
そんなの、決まってる。
僕は、恥ずかしそうに伏せられた未来さんの目をしっかり見つめて、一言ずつ、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「勿論だよ。未来さんからのチョコレート、楽しみにしてたんだ」
「ッ……よかった。じゃあ……」
「未来さん……チョコレート、欲しいな」
「ふふっ、はい、どーぞ♪」
背中に隠していた紙袋を渡され、安堵の表情を見せる未来さん。
「早速開けてもいいかな?」
「うん。いいよ」
箱のリボンを丁寧に解いて、中身を確認する。
中には、丸い球状のチョコレートがいくつも入っていた。
おそらく、何かをチョコレートでコーティングしたものだろう。
「これは……?」
「中にマロングラッセが入ってるの」
「へぇ……お洒落だね」
「初めて作ったから、ちょっと自信ないけど……」
なるほど。だから不安そうだったんだ。
「未来さんが作ったんだもの。きっと大丈夫だよ」
「そうかな?」
「そうだよ。そんなに心配なら、一緒に食べる?」
「え……ッ!?」
未来さんの顔が一気に赤く染った。
可愛い……。僕の彼女、今すごく可愛い!
「いいよね?」
「恭一郎くんがいいなら……」
「決まりだね♪」
箱を閉じ、紙袋に戻す。
そして僕は……未来さんの手を握った。
未来さんも何も言わずにぎゅっ、と握り返してくれる。
「今夜の夕飯は僕が作るよ。チョコレート、作るの大変だったでしょ?」
「あ、ありがとう……。でも、それでお返しってのはダメだよ?」
「当たり前だよ。ちゃんと三倍返しにするから、期待してて」
「三倍返し……かぁ……。ふ~ん、それじゃあ期待しちゃおっかな~♪」
何やら少しだけ余裕を取り戻した笑みになる未来さん。
この後、僕はバレンタインに贈られるマロングラッセの意味を知り、どうすれば3倍に出来るのかを悩む事になるんだけど……。
それはまた、一ヶ月後の話だ。
ff
世界を、人々の平穏を脅かす特異災害に、日夜立ち向かい続ける人類の砦。特異災害対策機動部二課。
その本部では今……異変が起きていた。
いや、異変と言ってもあまり大したことではない。
ただ、これがいい歳した大人達の残念な姿である事を、予め伝えておいた方がいいだろう。
「チョコ……チョコぉぉぉ……」
「チョコレート……欲しい……」
「ギブミー……チョコレートォ……」
2月14日、バレンタインデー当日。
二課の発令所では、数名の男性職員がチョコを求めてゾンビのようになっていた。
「周りは皆チョコ貰ってるのにさぁ……俺達貰えない組は辛いよなぁ……」
「いや、毎年櫻井女史や友里さん達が配ってるだろ。義理だけど」
「そうだけどよぉ……こうも周りにカップルが多いとさ、本命が欲しくなるんだよ!!」
「まあ……言わんとする事はわかるな……」
職員達は天井を仰ぎながら呟き続ける。
「装者の子達と伴装者達は熱々のお似合いカップル揃いだし……尊い」
「風鳴司令は櫻井女史から本命貰ってるし……勝てねぇ」
「前はこっち側だった藤尭のヤローも、去年から友里さんといい感じだし……ケッ、抜け駆けしやがって」
「俺達完全に取り残されてるな……」
「それなー」
常日頃から甘い雰囲気を振りまいている彼ら彼女らを思い出しては、思わず溜息を吐く職員達。
気付けば声を揃え、同じことを口にしていた。
「「「はぁ……本命チョコが欲しい……」」」
「あ、皆さん!ちょっとよろしいですか?」
と、そこへ可愛らしい声と共に、とてとてと言う小さな足音が向かってきた。
職員達が振り返ると、小学生程の背丈と頭の後ろで編んだ金髪、トレードマークの白衣に身を包んだ少女が足を止めた所であった。
「エルフナインちゃん?どうしたの?」
「これ、皆さんに渡したくて!その……ハッピーバレンタインです!」
膨らんだ紙袋の中から取り出されたのは、拙いながらもラッピングされたチョコレートクッキーだった。
装者達や女性職員の面々と共に、朝から頑張って用意したそれは、エルフナインが初めて作ったバレンタインの贈り物。
綺麗に型抜きされたクッキーの数々を、少々不格好なラッピングが際立てる。
手作り感満点、作った彼女の一生懸命な気持ちが伺える。
そして、そこに込められたエルフナインの感謝は、バレンタインで燻っていた彼らの嫉妬心をあっという間に吹き飛ばした。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおフナちゃんありがとおおおおおおおおおお!!」
「天使!マジ天使!!エルフナインちゃん最高だよ!!」
「前言撤回!!エルフナインちゃんからのチョコなら、義理でも友でも何でも構わんッ!!我が神此処に在りィィィィィッ!!」
泣いて喜ぶ者。天を仰いで祈りを捧げる者。床に膝を着き、エルフナインを拝む者……。
ともかく、彼らはエルフナインからのクッキーを手に、溢れ出す感謝と共に笑顔を向けた。
「えへへ……喜んでもらえるなら、何よりですっ!」
「まったく……。男って本当にバカなんだから」
ひたすら感謝を送ってくる男性職員らに、嬉しさを顔いっぱい広げるエルフナイン。
そして、職員らの愚痴を最初から全て聞いていた友里は、彼らの掌コークスクリューっぷりに呆れて肩を竦めるのであった。
後書き
マドレーヌやマロングラッセ、クッキーの意味は今回も宿題という事で!
それでは皆さん、ハッピーバレンタイン!!
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