渦巻く滄海 紅き空 【下】
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四十四 視界不良戦線
前書き
あけましておめでとうございます!!(遅いよ)
昨年はお世話になりました。今年もどうぞ「渦巻く滄海 紅き空」をよろしくお願いいたします!!
霧が深い。
換金所の前は殺伐とした空気と緊張と、そして濃霧が漂っていた。
息をするのもできないほどの圧迫感が満ちている。
ゴクリと生唾を呑み込んだのは誰だったか。
「桃地…再不斬…」
霧隠れの鬼人と謳われた『元・霧の忍刀七人衆』のひとり。
その手にある首切り包丁がなによりの証拠だ。
以前、木ノ葉崩しの直後に木ノ葉の里に侵入してきた『暁』のことを思い出して、アスマは肩で息をしながら再不斬の背中を見た。
うちはイタチと干柿鬼鮫。
そのうちの怪人と謳われる鬼鮫と一戦を繰り広げた再不斬が、今また木ノ葉に再来している。
敵か、味方か。
それを判じかねているアスマ達をよそに、乱入者である再不斬を角都は歓迎していた。
「これでしばらくは懐があたたかくなるな」
既に殺して換金したつもりになっている角都に、再不斬は呆れ顔で首切り包丁を肩に担いだ。
「だから金にはなんねぇぞ。俺はもう売約済だって言っただろーが」
「そうか。ならば貴様を買っている奴ごと換金するとするか。貴様ほどの奴を買うのなら、そいつも金になるだろう」
角都の返答に、一瞬、再不斬は眼を瞬かせ、やがて「ハッ」と鼻で嗤った。
「そりゃ無理な話だ」
自分と賭けをしているナルトごと換金すると言っているも同然の角都に、再不斬は失笑した。
それを挑発と見て取ったのか、角都が戦闘態勢を取る。
先ほどまでの傍観の態度を変えた角都を見て、飛段は「あ────っ」と非難の声を上げた。
「ずっるいぞ、角都!!手ぇ出すな、って言ったろ!?」
「お前はその守護忍十二士のほうをやれ。コイツは俺の獲物だ」
再不斬目掛けて地を蹴った相方に、飛段は唇を尖らせる。
「俺だってそっちのほうが殺し甲斐がありそーなのによぉ」とブツブツ文句を言う飛段の隙を狙って、シカマルは印を結んだ。【影真似の術】で動きを封じる。
チッ、と舌打ちした飛段が動かなくなったのを視界の端で捉えて、再不斬は「おい」とシカマルを肩越しに呼んだ。
「影使いの小僧。そのまま、ソイツを離すんじゃねぇぞ」
「……っ、言われなくとも!!」
漂う濃霧の中の怒鳴り声に、シカマルもまた、顔を顰めながらも怒鳴り返す。
その返答が気に入ったのか、へっと口角を吊り上げて笑った再不斬はすかさず印を結んだ。
「【水遁・大瀑布の術】!!」
再不斬の周囲に描かれた水円。その円から多量の水が打ち上げられ、一気に落とされる。
水災害に遭ったかのような膨大な水が降り注ぎ、大津波が押し寄せてきたかのように周囲がたちまち一面の水に覆われた。
「い、いきなり大技かよ…!!」
波に圧し潰されかけたイズモとコテツが慌てて、アスマの許へ向かおうとするものの、水に阻まれて動けない。
シカマルも自身も流されそうになるも、必死で印を結び続ける。
シカマルの術で動けない飛段が、足元の血で描かれた陣が水で消えたのを見て、焦った声を上げた。
「おいおい!勘弁してくれよ!!角都!!」
「うるさい。黙っていろ」
飛段の非難染みた大声を無視して、角都は冷静に身構える。
初っ端から大技を仕掛けた再不斬から目を離さず、もはや湖と化したその場で戦闘態勢を取る。
(水もないところでよくもまぁこれほどの水を…)
水上に佇んでいる再不斬を見据える。かと思えば、その姿がブレた。嫌な予感がして、すぐさま振り返る。一瞬で背後に回った再不斬が首切り包丁を振るった。
「チィ…ッ、」
振り向き様に腕を振るう。首切り包丁が角都の腕を斬り落とした。
が、血が出ない。
直後、切り離された腕がまるで意志を持つかのように再不斬へ襲い掛かった。
「おっと」
分離した腕から逃れ、水上を滑るようにして距離を取った再不斬は「ほう?」と口許を覆う包帯の下で物珍しげに呟く。
「随分とまぁ、愉快な術を使うじゃねぇか」
切り離した腕から伸びる黒い繊維状の触手。
確かに斬られたはずなのに動く腕を目の当たりにして驚く木ノ葉の忍び達に反し、再不斬は愉しげに口角を吊り上げた。
滝隠れの秘術──【秘術・地怨虞】。
黒い繊維状の触手を操ることで身体の一部を切り離したり、或いは切り離された身体を繋げたりなどといった変形・分割・再結合できるという非常に凡用性が高い術だ。
黒い繊維状の触手。
それを操り、切り離した腕を飛ばしてくる角都。腕を振り払った再不斬だが、腕から伸びた触手が手足に纏まりついてくる。
縛り上げようとしてくるソレらを「まったく。鬱陶しいな」と再不斬は首切り包丁で一掃した。
戻ってきた自分の腕を元通りに縫い付けると、角都はコキ、と首を鳴らす。
「やはり鬼人と呼ばれるだけはある…木ノ葉のように上手くいかせてはもらえないな」
「俺らを甘く見るんじゃねぇよ!!イズモ!!」
「わかってる!!」
蚊帳の外だったイズモが印を結び、同時にコテツが巻物を取り出す。
直後、現れた鎖のついた大きな槌を構えると、水上を駆けだした。
コテツが投げてきた鳥のような形をした槌を迎撃せんと触手を伸ばした角都は、空中で変形して翼を生やしたソレに眼を瞬かせる。
繊維状の触手をかわし、角都目掛けて飛び掛かった鳥型の槌が角都もろとも地面を割った。
「やったか…っ」
「馬鹿野郎!!気を緩めるんじゃねぇ!!」
濛々と立ち込める煙にガッツポーズを取ったコテツとイズモに、再不斬の叱責が飛ぶ。
油断なく身構える再不斬の視線の先で、煙が晴れてゆく。
地面に大きな穴。その傍らに無事な姿で佇む角都に、コテツは舌打ちした。
「その通り。やはり木ノ葉は甘いな」
再不斬に同意を返した角都は、地面に空いた大きな穴を見下ろして嘲笑する。
コテツの大きな槌は自分に掠りもせず、ただ地面に穴を掘っただけ。
無駄な足掻きだ、と嘲笑う角都の背後の地面が、直後、盛り上がった。
「今だ…!」
くいっ、と指を動かす。コテツの指に合わせて、地面を掘り進んだ先ほどの鳥型の槌が角都を背後から襲った。
それをかわそうとした角都は、ふと足が動かないことに気付く。
「なに…っ」
「かかったな!!」
既に湖と化しているこの場。
そこに先ほど印を結んだイズモが【水遁・水飴拿原】を混ぜておいたのだ。
チャクラを混ぜて粘度を高くした水。角都の足元にだけ集中してイズモが仕掛けておいた罠である。
急に足を取られて動けなくなった角都が「チッ、」と舌打ちする。
見た目はただの水と変わりはしないので、再不斬の【水遁・大瀑布の術】によってできた一面の水の上に立っていた角都は、イズモの仕掛けた術に気付けなかったのだ。
絡め取られた足。
その一瞬の隙を見逃すわけにはいかない。
避けられた槌を握りしめ、コテツが「もらった!」と角都に飛び掛かった。
「だから────甘いと言っている」
しかしながら、直後、角都の腕が切り離される。
切り離した腕がコテツの首を締めあげた。
加勢しようとしたイズモの首にも、触手を操り、腕で縛り上げる。
ぐ…と苦しげに喘ぐ木ノ葉の忍びを見て、冷笑を浮かべた角都の背後で「甘いのはどっちだよ」と声がした。
「が…っ」
「両腕使っちまっていいのか?ガラ空きだぜ!!」
胴体への蹴り。身体をくの字に曲げた角都の頭上目掛け、再不斬が首切り包丁を振り落とす。
迫りくる刃物。
寸前、足元の水を角都は蹴り上げた。波が砕け散る。
「グ…!!」
「チ…ッ、浅いか…」
【水遁・水飴拿原】の粘度の高い水。
それを逆に利用して再不斬の攻撃の勢いを殺した角都は、その場からすぐに脱出する。
首切り包丁をまともに受けたはずなのに、傷ひとつ負わない角都に、再不斬は眼を細めた。
「かってぇな…硬化でもしたか?」
土遁の術を使うのか、と暗に問われ、角都はふっと口角を吊り上げた。
「流石は鬼人。木ノ葉とは比べ物にならんな」
皮膚を硬化し、圧倒的な防御力を付与する術────【土遁・土矛】。
更には、その硬さで繰り出される拳はすべてを粉砕する、まさに矛と盾両方の能力を併せ持つ術を見事に言い当てた再不斬に、角都は益々警戒心を抱いた。
ゲホゲホ、と首が解放されて咳き込むイズモとコテツを背景に、再不斬は呆れ顔を浮かべる。
「よく言うぜ。相性最悪じゃねぇか」
水遁は土遁に弱い。優劣関係は土に軍配が上がる。
水遁を主に扱う再不斬にとっては苦手なタイプだ。
「ならば降参するかね?」
「冗談」
角都の軽口に軽口で返して、再不斬は素早く印を結んだ。
「【水遁・水龍弾の術】!!」
寸前、相性が悪いと言ったばかりなのに水遁の術を使った再不斬に、角都は嘆息する。
龍を象った水が敵を喰い殺さんと口を開いた。
噴きあがった水龍が押し寄せてくる。
炸裂した術の威力は凄まじく、イズモとコテツが流されかけた。
「く…そ…!!」
【影真似の術】で飛段の動きを抑えていたシカマルは苦悶の表情を浮かべた。
激しい戦闘の余波がこちらにも矛先を向けてくる。
水飛沫が顔にかかり、身体が水に流されるのを辛うじて踏ん張っていたシカマルは、肩を力強い手で叩かれた。
「もういい、シカマル。術を解け。お前の身がもたん」
「アスマ…」
自分のほうこそ大怪我を負っているのに気遣う師に、シカマルは唇を噛み締める。
チャクラ切れだ。もう限界だと見て取って、アスマはシカマルに促すと、チャクラ刀に風のチャクラを込める。
通常の刃よりも刃渡りの長さが伸びているソレを手に、アスマは飛段目掛けて駆け出した。
「随分粘ってくれたなぁ…仕切り直しだ」
シカマルの術が解けるや否や、飛段は後方へ跳躍する。
再不斬の水が届いていない場所まで移動すると、再び足元に円陣を描き始めた。
「馬鹿の一つ覚えか」
【水遁・水龍弾の術】を【土遁・土矛】で粉砕する。口を開けて迫りくる水龍を、角都は思いっきり殴りつけた。
滝の如き豪雨が降り注ぐ。
破られた龍の雨をその身に受ける角都目掛けて、白刃が煌めいた。
「つまらん。鬼人と言えどその程度か」
「言ってくれるじゃねェか…!」
横薙ぎで襲い来るクナイを止める。腕の合間から伸ばされた黒の繊維状の触手が、刃を押しとどめていた。
【水遁・水龍弾の術】に注意を向けさせた上での不意打ちにも上手く対処した角都に、再不斬は獰猛な笑みを浮かべる。ギラギラとした獣の如き瞳が殺意を以って、角都を真っすぐに射抜いていた。
刹那、長年の経験が角都を動かす。
無意識に傾いた身体のすぐ横を、太刀が凄まじい勢いで振り落とされた。
「チィ…これをかわすか」
角都の背後で苦々しげに舌打ちする。
直後、触手で止めていたほうの再不斬が、バシャッと水に化した。
「水分身か」
感嘆めいた声を零し、角都は水を蹴る。
【水遁・水龍弾の術】に注意を向けさせた上での不意打ちを仕掛けたかと思ったが、それもフェイク。
水分身に襲わせ、本体は首切り包丁で音もなく背後から迫りくる。
三段構えの攻撃に、再不斬から距離を取りながら、角都はなるほど、と頷いた。
「そういえばお前は” 無音殺人術”の使い手だったな」
火の国一帯では既に霧が立ち込めている。
視界が悪く、更に足元には一面の水。
足場が水だとどうしても足音だけでなく水音もするのに、それすら微塵も立てずに忍び寄った再不斬に舌を巻く。
初っ端の大技も、自分に有利なフィールドに置き換えるのが目的だったか、と推察した角都は興味深そうな瞳で、再不斬を見据えた。
「流石、高額の賞金首だけはある。その首、なんとしても金にしてやるぞ」
「できるもんならやってみろ!!」
角都の触手が一斉に再不斬目掛けて襲い掛かる。水を蹴り、空中で体勢を整えながら、再不斬は首切り包丁を構えた。次から次へと迫りくる触手を断ち切る。
不意に、触手が足首に巻き付いた。その機を逃さず、角都は再不斬を水面へ叩きつける。
「ぐ…ッ」
水飛沫が上がる。
強かに水面へ墜落した再不斬へ、角都はすぐさま駆け寄ると、足を思いっきり振り落とす。
その寸前、再不斬は顔を横へ傾けた。
角都の蹴りから逃れた再不斬が仰向けのまま、印を結ぶ。
術が来る、と距離を取った角都は、不意に自分の動きが鈍いことに気が付いた。
だがそれよりも次に来るべき攻撃を防がねば、と身構えた角都の足元から、水が人の形となって駆け寄ってくる。
「水分身か…!」
両隣から襲い掛かる再不斬の水分身。
それを切り離した腕で止める。
触手を伸ばし、切り離した腕が二体の水分身を取り押さえたその瞬間、目の前に三人目の再不斬が急接近していた。
「【水牢の術】!!」
「な…!?」
逆巻く水の球体が、角都を包み込む。
両腕を水分身を止めるのに使っている今、角都はなすすべなく、水の牢に閉じ込められた。
動きを封じられ、身じろぎできなくなった角都は内部から抉じ開けようとチャクラを拳に込める。
【土遁・土矛】。皮膚を硬化した拳で粉砕しようとした角都は、歯ごたえのなさに眉を顰める。
水でできた球体の中に敵を閉じ込める【水牢の術】。
一度閉じ込められれば、内側から破るのは困難だが、今の手ごたえは逆に妙だ。
弾力があるかのような感触に、角都は顔を顰める。
「これは…まさか、」
「気づいたか」
水の牢の外で、水球に手を翳しながら、再不斬はにやっと口許に弧を描く。
イズモの【水遁・水飴拿原】の粘度の高い水。それを巻き込んだ上での水球だ。
更に、【水遁・水龍弾の術】の水龍が角都によって粉砕されるのも計算の内。
よって、水龍にも紛れ込ませていた【水遁・水飴拿原】の粘度の高い水を浴びていたので、角都は動きが鈍くなっていたのだ。
二重三重もの罠が仕掛けられていたのか、と歯噛みしたところで、もう遅い。
水の球体に囚われた角都は「……少し、舐めすぎていたか…」と反省した。
その背中がボコリ、と盛り上がる。
お面のようなモノがひとつ、垣間見えた。
「角都の奴、つかまってやんの。だっせェ~」
血で円陣を新たに描き終わった飛段は、水牢に囚われの身となった角都を認めて、からかい雑じりの笑みを浮かべた。
直後、周囲を取り巻く煙に顔を顰める。
ただでさえ、霧で視界が不明慮なのに、纏わりつく煙草のような煙に、飛段は自身の得物である鎌を構えた。
ひゅっと口から煙を吐き出したアスマが印を結ぶ。
「【火遁・灰積焼】!!」
チャクラを変化させた火薬を含んだ煙が周囲一帯に吹き荒れる。
火薬の舞うエリアの中、あらかじめ仕込んでおいた奥歯の火打石を、アスマはガチっと鳴らした。
着火。
ぼうんっと爆発が巻き起こる。煙が立ち込める中、アスマは更に足を踏み入れた。
この機を逃すわけにはいかない。
爆発に巻き込まれた飛段のトドメを刺そうと一気に迫る。
風のチャクラを込めたチャクラ刀。鋭く尖った刃が、飛段の首を斬り落とそうと迫る。
同時に、三刃の大鎌を飛段は振り翳した。
「なにを遊んでいる」
「ガハ…!?」
刹那、アスマの身体が吹っ飛ぶ。
爆発の煙を通り越し、霧の彼方まで吹き飛んだ師を見て、シカマルが眼を見張った。
「アスマ…!!」
だが、それよりも眼を大きく見開いた飛段は、自分の鎌をいつの間にか手にしている存在を凝視している。
三刃の大鎌をひゅんっと軽く手のひらでもてあそぶ。
目深に被ったフードからは微塵も顔が窺えなかったが、久方ぶりの再会に飛段は喜色満面の笑みを浮かべた。
「邪神様ぁ!!」
アスマと飛段の間に割って入ってきた人物。
三刃の大鎌を軽々と回して、ナルトはフードの影から蒼い双眸を鋭く覗かせた。
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