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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第五章 トリスタニアの休日
  第四話 魅惑の妖精

 
前書き
女A  「わたし~最近胸が大きくなって~もう大変て言うか~」
女B  「わかる~大きくても肩こるし可愛い下着もないしで最悪なだけよね~」
女C  「胸なんて大きくてもいいことなんてないわよね~」
女ABC 「「「ね~」」」
ルイズ 「ウラアアアアア!!」
女ABC 「「「な、何すんのよ!!」」」
ルイズ 「何するだと? 何言ってんだ貴様たちはあああああ!!!」
女A  「な、何よ私たちが何をしたって言うのよ!」
ルイズ 「あんた達は言ってはならないことを言ってしまったのよ」
女B  「い、言ってはならないこと?」
女C  「何それ?」
ルイズ 「お前たちの……」
女ABC  「「「え?」」」
ルイズ 「お前たちの(バストサイズ)を数えろおおおおおお!!!!」



 ルイズは吠える!! 怒り! 悲しみ! 様々な感情を込め吠える!!
 ルイズよ! 今こそその怒りを力に変え! 変身を!!
 

 
 ジェシカを追って店から飛び出してから随分と時間が過ぎていたため、士郎が店の前に辿りついた時には、『魅惑の妖精』亭は既に閉まっていた。
 鍵が掛かっているだろうと思いながらも手を伸ばしてみると、予想に反して扉には鍵がかかっていない。微かに首を傾げるが、扉の向こうに人の気配を感じ取り、士郎は思わず口元に浮かぼうとする苦笑いを抑えながら扉を開け。そして、明かりが落ちた店の中、空のグラスを片手に座り込むスカロンと対面した。

「ジェシカちゃん!」

 扉の前で佇むこちらに気が付いたスカロンは、静まり返った店内に椅子が倒れる音を響かせながら立ち上がると、士郎に向かってその丸太の様な両腕を広げながら迫ってくる。迫り来る肉の壁に思わず背筋が泡立ち、逃げるための道を探すが見つからない。そうこうする間にスカロンはもう目の前。刹那の思考の中、蹴り倒すか? という意見も出たが、ぐっと唇を噛み耐える。
 背中にいるジェシカを抱え直し、諦めたような笑みを浮かべた。
 親が子を心配しての行動だ。
 少し……まあ、ほどほど……必死に我慢するか。
 背中にいるジェシカを士郎ごと抱きしめようとするスカロンを蹴りつけようとする足を必死に押さえつける。飢えた獣が肉に齧り付くようにその両腕が閉じようとし。

「すまん、やっぱ無理だ」

 逃げれないならばせめて接触を少なくしようと、士郎は体を回転させる。

「ふぎゃっ!!」
「……すまんジェシカ」
「あら?」

 士郎の背中で眠っていたジェシカは、士郎とスカロンに挟まれた衝撃で、潰された猫のような悲鳴を上げた。ジェシカを心配するついでに、士郎の固く逞しい肉体の感触を味わおうとしたスカロンだったが、思いがけない柔らかな感触に目線を下ろし。

「ジェシカちゃんじゃない? 心配したわよ」

 小首を傾げる仕草は可愛らしいが、やってる者はその全くの真逆の存在のスカロンは、全然心配していない声をジェシカにかける。暑苦しく男臭いものを押し付けられるという最悪の目覚めで意識を取り戻したジェシカは、頭上からかけられる声に不機嫌を隠そうとしない声と顔を向けた。

「へ~、そ~なんですか~」
「もうっ、そんな顔しないでよ。心配してたのは本当なんだから」
「それは……わかってるけど」

 不貞腐れるように頬を膨らませるジェシカの頬をつつきながら、慈母の如き微笑みを浮かべるスカロン。本当に心配していたことを知っているジェシカには、心配を掛けるような行動をした自分が悪いと理解していることから、文句を言おうにも言えなかった。

「ふんっ……ごめん」
「ふふ……まあいいわ。……もう遅いから早く寝ましょ。ふぁ~……わたしももう寝るからね、お休み」
「……うん……お休み」




 一つウインクをすると士郎達から手を離し、スカロンは欠伸を片手で隠しながら店の奥に消えていく。スカロンの姿が見えなくなると、士郎達は互いに顔を合わせ、声を出さず小さく笑い合った。

「あはは……全くあの人は……」
「ははっ……まあ、心配を掛けたんだ。これぐらいはな」
「まあね……それじゃ、あたしももう寝るわ。……今日はありがと……お休み」
「ああ、お休み」

 士郎の背中から降りたジェシカは、士郎から少し離れると、肩に掛けられた執事服の上着を抑えながら振り向き、

「……シロウ」
「なんだ?」
「好きよ」
「……は?」
「お休み」
「なっ」

 言い忘れたことがあったとばかりに何気なく言われた言葉は、全くの予想外の言葉であり。思わず声が漏れた時には、既に顔を真っ赤にしたジェシカが逃げるように駆け出した後であった。どう言った意味だろうと頭を抱えながらも、部屋に戻ろうとした士郎が二階に上がるための階段に足を乗せると、上から冷めた声が降ってきた。

「機嫌が良さそうね」
「……何処をどう見たらそう見えるんだ」
「さあ?」
「さあ? とは何ださあ? とは。それでどうして機嫌が良いと言えるんだ」
「……女の感?」
「……随分とあてにならない感だな」
「まあ、あんまり関係ないからね」
「……何にだ」
「あんたへのお仕置きに」
「……お仕置きって……何でだ」
「簡単よ……わたしがムカついてるから」
「随分と理不尽だな!」

 余りな言葉に思わず突っ込んだ士郎に向け、

「うるさいわね! 心配して起きてたらあんな胸だけ女に手を出していたなんた!! いい機会だから他の女に手を出せないよう調教してあげる!!」
「全力で遠慮する!!」

 どこからともなく取り出したムチを宙で音を鳴らしながら襲いかかってきたルイズから飛び離れた士郎は、外に通じる扉に向かって駆け出していく。

「待ちなさい! 士郎!」

 鬼気迫るルイズの声を背に、士郎は店から飛び出す。店から飛び出した少女を見つけるためではなく、ただ逃げるために。

「っ何でさああああああ!!」

 月と星が見守る中、深夜の静寂の中、狼の遠吠えの代わりに……男の悲鳴が響き渡った。
 


 




 チップレース最終日。
 開店直前にスカロンは、女の子たちに対し現在のチップレースの状況を発表していた。

「じゃあ現時点のトップの三人を発表するわね! まずは第三位! ジャンヌちゃん! 百一エキュー二十七スゥ!」

 金髪の少女が頬に手を当てニコリと笑うと、鳴り響く拍手に応えるように優雅に一礼する。

「第二位! ルイズちゃん! 二百五十七エキュー三十七スゥ、七ドニエ!」

 わあ! という感嘆の声と共に拍手が鳴り響く。一瞬喜色の笑みを浮かべたルイズだったが、第二位という言葉にハッと我に帰ると、ある少女に顔を向ける。そこには、胸を強調するように腕を組んだジェシカが同じように視線をルイズに向けた。自分に向けられる視線に気付き、ジェシカがニヤリとした笑みを向けると、それに合わせたかのようにスカロンの声が響いた。

「そして第一位は! わたしの不肖の娘! ジェシカ! 二百八十六エキュー二十七スゥ、三ドニエ!」

 わあああ! と、ルイズの時以上の歓声と拍手が沸き起こった。一度大きく両腕を広げたあと、舞台俳優の様に大きく一礼するジェシカに、歓声と拍手が更に強くなる。
 勝ち誇った様な笑みを向けてくるジェシカに、ルイズは引き攣りながらも笑みを返す。

「さて泣いても笑っても今日でチップレースは終わり! タイミング良く今日は月末! お客さまが沢山いらっしゃるわ! 優勝を狙ってる娘も狙っていない娘も頑張ってチップをもらいなさい!」

 声を上げるスカロンに視線が集まり、歓声と拍手が収まり、女の子たちの視線がスカロンに集まる。もちろんルイズとジェシカの視線もスカロンに移動するが、互いの視線が切れる一瞬、二人の手が自主規制が必要な形を取り、

「はんっ!」
「ふんっ!」

 鼻息荒く顔を離した。

「それじゃあ頑張りなさい妖精さんたち!!」
「「「はい! ミ・マドモワゼル!!」」」 

 スカロンが野太い声で発破をかける。女の子たちが声を揃えそれに応え、チップレース最終日が始まった。




 三位と二位との間には、百エキュー以上の差があることから、チップレースは実質、ルイズとジェシカの一騎打ちであった。三位以下の少女達もそれも理解しており、今ではもう、ルイズとジェシカのどちらが一位を取るかで賭けさえ行っている。
 さてそんな中、注目の二人は男たちから順調にチップを巻き上げていた。ルイズは今まで通りに貴族の雰囲気を纏いながらも、儚げに笑い掛け、勘違いした男たちから順調にチップを献上され。ジェシカは何時もの調子を取り戻し、滞りなく様々な嫉妬の魅せ方を利用して男たちからチップを手に入れていた。
 互いのチップの総数は一進一退を繰り返し、決定的な差は未だつかない。相手のチップの正確な総数は分からなくとも、二人共それを理解している。そのため、外見上は平然としている二人だが、内心はどちらも焦っていた。
 そんな時だった。店の扉が開き、新たな客が現れたのは。
 新たな客は貴族だった。
 先頭に立っているのは、どっぷりとついた贅肉が押し上げ、ピチピチになった服を着た男だ。禿げ上がった頭頂部に汗で数本の髪が張り付いた男の背にはマントがあり、手には杖を持っている。どうやら貴族のようだ。後ろに付いている男たちも背にマント、手には杖と貴族のようだが、あまり質の良くない服を着ていることから、貴族は貴族でも下級貴族のようだ。中には腰にレイピアに似た杖を差した軍人だと思われる貴族もいた。
 偉そうにふんぞり返りながら入ってくる男たちに、店の中の者たちの顔が、客も従業員も関係無く顰められる。騒がしかった店内が静まり返る中、男たちに向かって店の奥からスカロンが満面の笑みを浮かべながら駆け寄っていく。

「これはおひさしぶりですチュレンヌさま……ようこそ『魅惑の妖精』亭へ」

 スカロンが何時も野太い声をひそめると、チュレンヌと呼ばれた男に頭を下げる。チュレンヌはスカロンの後頭部をチラリと一度見ると、店をぐるりと見渡した。

「ふむ。客の入りが悪いという噂を聞いていたが、どうやら噂は噂だったようだな」
「いえ、いえ。そんなことはありません。今日は偶然客入りが良かっただけで、いつもは――」
「別に言い訳はせんでいい。 今日は客としてここに来たのだからな」

 客として来たというチュレンヌに、スカロンの顔に浮かぶ笑顔にピシリとヒビが入る。即座にヒビを修復すると、スカロンは更に頭を下げた。 

「それがご覧の通り本日は満席で、恐れな――」
「はんっ! 満席? 私の目には……」

 チュレンヌが背後にいる取り巻きの貴族に目配せをすると、一斉に取り巻きの貴族が杖を引き抜き、その切っ先客に向けた。貴族たちから杖を向けられ、一瞬で酔いがさめた客たちは、一斉に逃げ出しあっと言う間に店の中から客の姿がいなくなる。

「客の姿なんて見えないが?」

 肩を竦めて意地悪く笑うチュレンヌは、腹のぜい肉をブルブルと震わせながら取り巻きを引き連れると、占領するように店の真ん中の席についた。
 店の影からその様子を見ていた士郎は、苦々しい顔をして腕を組んで立っていた。貴族が店の中に入ってきたのに気付いた士郎が、どうにかして出て行ってもらおうとしようとすると、その前にスカロンに呼び止められたのだ。
 厄介なことにあのメタボリックな貴族は、この辺りの徴税官を勤めているようで、逆らうと、とんでもない税金がかけられ、店が潰れてしまう。そのため、それをいいことに、あの貴族は取り巻きと一緒に、自分の管轄の店に来ては好き勝手しているそうだ。

「おい! 女王陛下の徴税官様が来たというのに酌をする女はおらんのか!!」

 近付いてくる女の子がいないため、チュレンヌが手酌でワインを飲みながらわめきたてている。ベタベタと触るわ飲みまくるわするのに、チップを一枚も払わないため、貴族の客だというのに近づく女の子はいない。

「まったく平民の店は酒も女の質も最悪だな!!」

 取り巻きの貴族たちと口汚く店の悪態をついていると、チュレンヌに近づく二つの影があった。

「ん? おお!」
「お久しぶりですチュレンヌさま」
「初めましてお客さま」

 チュレンヌを挟むように座ったルイズとジェシカが笑いかけると、チュレンヌの鼻の下がだらしなく伸びる。

「さっ、まずは一献」
「どうぞお客さま」
「むほっむほっ! それじゃあどちらの……こっちだな」
「……っ」

 手に持ったコップをルイズとジェシカのどちらに向けるか迷ったチュレンヌだったが、二人の胸元を見比べるとあっさり手をジェシカに向けた。あっさりと背を向けられると、穏やかに微笑むルイズの額に、ピシリと血管が浮く。ルイズを完全に無視し、ジェシカとチュレンヌは会話を続けている。

「おおっと! 溢れてしまうな、もういいぞ。さて、それではもちょっとこっちに寄って来い」
「そんな、貴族さまに近づくなんて恐れ多い」
「お客さま、わたしはルイズと……」
「はん! 確かに泥臭い平民に近づかれるのはたまらんが! こんな平民の店にわざわざ来てやったのだ、それぐらい我慢してやる! ほらいいからこっちに来い!」
「わ、わかりました。でもそれよりワインのお供にこれはいかがですか、このお店特性の料理です。とても美味しいですよ」
「お客さま、わたしは……」
「まあ、確かに美味いが、それよりもこっちに来い。噂に聞く『魅惑の妖精』亭の看板娘の身体を味わいさせてもらおうか」
「お客……」
「特にその胸。噂通りでかいな」
「…………」
「そこのガキとは正反対だ」
「………………っっ」
「ほれいいからこっちに来――ひでぶっ!!」


 あ、やばいと士郎が思った時にはすでに遅く。ルイズの足刀が綺麗にチュレンヌの側頭に叩き込まれていた。尻を動かし少しずつ下がるジェシカに手を伸ばした格好のまま、チュレンヌが吹き飛び。椅子やテーブル、ワインの瓶を破壊しながら床に転がるチュレンヌは、端の壁にぶつかりようやく止まった。瓶の破片やテーブル等の木屑が宙を舞い、ガラガラと微かに木片が崩れる音のみ静まり返った店内に響いている。従業員や取り巻きの貴族たちは、何が起こったのか理解できず、ただ言葉を失って呆然としている。そんな中、ルイズが静寂を破り雄叫びを上げた。

「所詮胸か! 胸なのか~~!!」

 戦慄く握り拳を腰に当て、天――井を仰ぎ見て吠えるルイズ。
 ビリビリと空気が震え、何とか崩れ落ちるのを免れていたテーブルや椅子が崩れ落ちていく。その雄叫びに気を取り戻した取り巻きたちが、わめきたてながら腰に差していた杖を引き抜く。

「きっ貴様! チュレンヌさまに一体何をする!」
「何をやったのか理解しているのか!」
「死を持って償え!」

 ルイズに取り巻きたちの杖の切っ先が向けられ、呪文が唱えられる。しかし、杖の先にいるルイズに焦った様子は見えない。怒りで我を忘れて状況が読めていない訳ではない。ただ信じているのだ。こんな時、絶対に助けに来てくれる人がいることを。そしてその人は、やはり現れた。
 
「あまり無茶はするなルイズ」
「う~~! でもでも! あいつが悪いのよ! わたしを無視してジェシカのむ……胸! 胸ばかり見て! こっちを見向きもしない!! 屈辱だわ屈辱!! それにちゃんと手加減したのよ!!」
「……あれで手加減」
「何よ! 文句あるの!!」

 騒ぐルイズとそれをたしなめる士郎の周りには、床に叩き伏せられた取り巻きの貴族たちが転がっている。取り巻きたちが呪文を完成させる前、士郎が問答無用に叩きつけたのだ。従業員たちの呆然とした視線に曝されながらも、ルイズたちは言い合っている。それを止めたのは、店長のスカロンではなく、ルイズに蹴り飛ばされたチュレンヌだった。

「こ、小娘。っこ、こんなことしてただで済むと思っているのか?!」
「ほら見なさいシロウ! ちゃんと生きてるじゃない!」
「生きているからいいのか」
「このわたしを蹴るなど――」
「それだけじゃないわ! 五体満足じゃない!」
「手加減してなかったら、手足が千切れるようなことになるのか」
「この店は潰して、貴様は首輪をつけて犬のように扱ってやる!!」
「可能性はあるわね! だって」
「聞いているのかこの洗濯板むすっどばふッ!!」

 木屑や瓶の破片を散らしながら立ち上がると、微かに傾いている顔を真っ赤に染めながら杖を振り回し、ルイズたちに近づいていくチュレンヌであったが、洗濯板と口を動かした瞬間、爆発音と共に宙を飛んだ。洗濯という言葉か耳に触れると同時に、ルイズがいざという時のために太ももに結びつけていた杖を取り出し、エクスプローションの呪文を唱えたのだ。その動きに淀みはなく。まるで流れる水のように自然な動きであった。そばで見ていた士郎でさえ、気付くのが遅れた程に。
 天井にぶつかった後、地面に叩きつけられたチュレンヌに、ルイズがゆっくりと歩み寄っていく。
 壊れたテーブルや椅子が軋む音だけが響く中、コツコツとチュレンヌに近づくルイズの足音が妙に怖い。関係ない筈の従業員や士郎さえ思わず一歩を後ずさってしまう程の殺気を放つルイズに、床に転がっていたチュレンヌが飛び起きる。

「ヒッ! ヒイイイイ!!」

 今まで向けられたこともないような巨大な殺気を向けられたチュレンヌは、腰が抜けて立つことが出来ず、ゴキブリのように床に手をつけて逃げ出す。士郎に叩き伏せられた取り巻きの貴族たちも、ルイズの殺気に叩き起され、同じように這って逃げ出していく。

「ねえあんた……今なんて言った? なんて言った?」
「「「ヒッ! ヒイ! ヒイイイイ!!」」」 

 杖を片手にゆらゆらと近づいていくルイズに、恐慌状態に落ち入る貴族たち。同時に店の扉に辿り着いたため、扉に挟まって身動きが取れなくなっている。

「きっ貴様ら! わたしが先だ! 貴様たちは後にしろ!」
「そっ、そんな! それだけは勘弁してください!」

 仲間割れを起こして我先に逃げ出そうとする貴族たちに向かって、ルイズが杖を振る。それと同時に扉の床に穴があき、悲鳴を上げ貴族たちがまとめて穴の底に落ちていく。
 穴の底で貴族たちは、恐る恐ると上を見上げると、無表情ながらも怒りで爛々と燃る目で見下ろしてくるルイズに気付き、魂裂けるような悲鳴を上げた。

「ヒギイイイイイ!!」
「五月蝿い」
「ッッ!!」

 ぼそりとルイズが呟くと、貴族たちは互いの口を手で塞ぎ、悲鳴を飲み込んだ。

「あ、あの……あなた――あなたさまは一体どこのどなたですか? 高名な使い手とお見受けいたしますが……」

 何も言わず見下ろしてくるルイズに、チュレンヌがビクビクと震えながら声を上げると、ルイズがチュレンヌに懐から取り出した女王の許可状を突きつけた。

「へ? え? ああ!! そ、そんな……」
「ここで見たこと聞いたこと知ったことは他言無用よ……もし誰かに言ったら……」

 ニッコリと笑うとルイズは貴族たちに向かって杖を向けた。杖を向けられた貴族たちは、互いに身を寄せ合い、震え始め、顔がブレる程の勢いで頷きだす。それを見たルイズが杖を逸らし、顎で出て行けと示すと、貴族たちは慌てて穴から這い出し逃げ出そうとしたが、扉に前に仁王立ちする士郎を目にして固まった。ガクガクと震える貴族に対し、士郎が壊れた店内を指差し、修理代とぼそりと呟くと、慌てて懐から財布を取り出し、それを放り捨て始め逃げ出す。
 士郎が貴族たちが投げ捨てた財布を拾い終えた
 時には、既に貴族たちの姿はなく、微かに夜の闇に消えていく後ろ姿だけが見えるのみであった。



 ルイズの開けた穴を見下ろし、どう応急処置をしようかと頭を捻ると、士郎は唐突に飛び退いた。

「シロちゃああああん!!」
「いい加減飛びかかってくるのは勘弁してくれ」

 士郎が先程までいた場所に飛びかかってきたスカロンは、士郎が逃げた先にすぐさま向くと、再度飛びかかっていく。逃げ場を塞ぐように両腕を大きく広げ向かってくるスカロンの腕を掴むと、ルイズが開けた穴にスカロンを放り込む。重く鈍い音が穴の底から響くのを確認した士郎は、投影した板を穴の上に並べると、これまた投影した釘とトンカチを使って穴を塞いだ。
 昔取った杵柄というか、あっと言う間に穴を塞いだ士郎が、汗もかいてもいないのに、額を手の甲で拭く真似をすると、女の子たちの歓声と拍手が鳴り響いた。

「は?」
「え?」

 士郎とルイズが戸惑った声を上げ、振り返ると、女の子たちがルイズたち目掛けて走り寄ってきた。

「すごいすごい!」
「すかっとしたわありがとうルイズちゃん!」
「最っ高だったわ!」
「シロウさんもあんなに強いなんて!」
「あっと言う間に貴族をのしちゃうんだもん! もう驚いちゃった!!」

 口々に士郎たちを褒め称えながら、女の子たちがルイズたちを取り囲み、ルイズに抱きついたり、士郎に身体をすり寄せたりしだす。何時もなら士郎に女が近づくと、直ぐに爆発していたルイズだったが、周りの女の子のせいで近づけないでいた。それでも何とか近づこうとしたルイズに、女の子の一人が言った言葉に、思わず足を止めてしまった。
 
「ちょ、ちょっとシロウに近づかな――」
「さすが貴族ね!」
「え?」

 ルイズが思わず立ち止まり、そう言った女の子に顔を向けると、

「ルイズちゃんが貴族だなんて最初っからわかってたわよ!!」
「んなっ!」
「げっ!?」

 破壊音を立てながらスカロンが床から飛び出してきた。
 スカロンは士郎が塞いだ穴をぶち破りながら飛び出すと、腰が引けている士郎たちの前で己の力を誇示するようにポージングをとりだす。
 ムキリムキリと筋肉を軋ませながら、ある意味爽やか笑みを浮かべるスカロン。ルイズが何やら言い訳をしようと口を開こうとするが、それよりも先にスカロンが首を振り口を開いた。

「何やら事情があるんでしょうけど安心して。このお店にはいろんな事情がある女の子達ばかりだから、言いふらすような子なんていないからね」

 スカロンの言葉に同意するように、うんうんと女の子たちが頷いている。どうやら気付いていたのはスカロンやジェシカどころか、店の女の子たち全員みたいだった。女の子たちのニッコリと笑って頷くのを、ルイズがぶすっとした顔で見ている。
 どうやらルイズは上手く隠せていると思っていたみたいだ。そんなルイズを微笑ましげに女の子たちが見ている。ルイズは店の女の子たちにとって手間のかかる妹みたいな感じなのだろうか? 

「だから、安心してこれからもチップを稼いでね!」

 バチコン! と、どすピンクの星をまき散らしながらウインクしたスカロンを見上げたルイズは、縋るような目を士郎に向ける。疲れたように溜め息を吐いた士郎は、ルイズに向けて肩を竦めてみせると、同じようにルイズも溜め息を吐いた。
 ニコニコと士郎とルイズの様子を見ていたスカロンは、次に店の中を見渡すと、手を叩いて自分に視線を集中させると、店の女の子たちに向かって声を上げた。

「もうお客さんがいなくなっちゃったから、チップレースを終了するわね」

 スカロンは士郎が抱える財布の山をチラリと見ると、

「シロちゃんが持ってる財布は……どうしようかしら」

 首を傾げて士郎の顔に視線を移動させた。
 スカロンからどうする? と目で問いかけられた士郎は、ずっしりと思い財布の山を抱え直すと、ルイズとジェシカに顔を向けた。

「これは店の修理代に使いたいんだが、いいかルイズ、ジェシカ?」
「ま、あたしはいいけど」
「わたしも構わないわ」
「というわけだ」
「分かったわ、ならチップレースの結果はそれを除いた数ね。じゃあ皆、今持ってるチップをこっちに持ってきて」

 スカロンが椅子に座ると、テーブルを叩いた。
 すると女の子たちが手にチップを持って、スカロンの前のテーブルの上に置く。目の前に積み重ねられたチップの山を、スカロンが目玉を動かし数えだす。
 スカロンがチップの数を数えている間暇になったルイズは、士郎に近づくと話しかけた。 

「勝てるかな」
「さてな? あの財布の中身を合わせたら確実に勝てていたが」
「それじゃ意味がないの」
「意味?」
「あの女には女として勝ちたいの! それ以外の力を使って勝っても意味がないのよ」
「そうか」

 士郎たちが話していると、どうやら集計が終わったようだ。スカロンが立ち上がって女の子たちの前に立つ。

「それじゃあ今回のチップレースの優勝者を発表するわよ!」

 ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべて士郎たちを見たスカロンは、腕を広げて大きく声を上げた。

「今回のチップレースの優勝者は」

 ゴクリと誰かが喉を鳴らす。
 ルイズが前のめりに身体を倒し、

「ジェシカちゃん!」  

 大きく息を吐き肩を落とした。
 涙に潤み始めた顔を士郎に向け、悔しそうに顔を歪めると、何か言おうと口を開き、

「そしてルイズちゃん!」
「えええ!!」

 スカロンに顔を向け驚愕の声を上げた。
 ルイズだけでなく店の女の子たち全員からの疑問の視線を向けられたスカロンは、何やら文字が書かれた紙を向けてくる。

「なんとびっくり、ルイズちゃんとジェシカちゃんのチップの合計がぴったり同じなのよ! こんなの初めて! 驚きの同着! 同時優勝よ!!」
「「「ええええええ!!」」」

 皆が上げる驚きの声を、楽しそうに聞きながら、スカロンは困った顔をすると、腕を組んで首を傾げた。

「……『魅惑の妖精のビスチェ』……どうしようかしら?」








「おいルイズ。もうすぐ店が開くぞ。早く出てこい」

 チップレース最終日の翌日。士郎がベッドに出来た山に声をかけると、

「……今日は休む」
 
 とルイズの声が返ってきた。

「休む? どうかしたのか?」
「いいから今日は休むの」

 声の調子からして病気ではないようだが……昨日は随分と活躍したことだしと、ルイズの分も働くかと歩き出した。

「そうか、気分が悪くなった呼んでくれ」



 階段を下りると、スカロンが店の女の子たちに向けて指示を出している。スカロンの傍に歩み寄ると、士郎が話しかけた。

「ミ・マドモワゼル。今日はルイズを休ませて欲しいんだが」
「あらルイズちゃんもなの?」
「ルイズも、とは?」

 士郎がスカロンに問い返すと、スカロンは困ったわというように顎に手を当て首を傾げた。

「実はジェシカちゃんもなのよ。困ったわね、『魅惑の妖精』亭のトップ二がまとめて休んじゃうなんて……まあ、二人に渡した『魅惑の妖精のビスチェ』も使いようがないからある意味ちょうどいいわね」

 チップレースの結果発表の後、二人に渡された『魅惑の妖精のビスチェ』を二人はどうしたのか誰も知らない。あの後二人が士郎たちの部屋、屋根裏部屋で何やら話し合っていたのは知っているが、士郎は何を話していたのかは知らないでいた。
 
「確かに使いようがないな」

 もし二人が同時に使うとしたら、『魅惑の妖精のビスチェ』を上下で分けるしかない。
 ……つまりパニエのみの姿と、レオタードのような上着のみの姿となる。
 そんな格好で客の相手なんて出来るはずもなく。

「しかしジェシカもか……何かあるのか」

 何気なく呟いた士郎の言葉は、女の子たちに声を掛けるスカロンの声に紛れて消えていった。






 チップレースの時ほど忙しくはなかったが、それでもやはり『魅惑の妖精』亭は繁盛しているため、士郎が仕事を終えた頃には、戦いとは違う疲労が全身に回っていた。特に今日は開店までに店の修理を一人で行っていたため、いつもより疲れている。ねっとりとした疲労を感じながら、士郎が屋根裏部屋に辿り着く。ドアを開けると、テーブルの上に立つ数本のロウソクの火が、微かに部屋を照らし出している。ベッドに誰もいないことを確認した士郎は、ベッドに近付くと椅子の代わりにベッドに腰を落とした。

「部屋にいると思ったんだが」

 身体を投げ出すと、小さなベッドが軋みを上げた。
 心地よい疲労感に、瞼が落ちようとする直前、

「シロウ……起きてる」

 ドアが開く音ともに、ルイズの声と、

「シロウ……その……失礼します」

 ジェシカの声がした。

「ルイズ? ジェシカ? ああ起きてるが、どう、し……た……」

 腹に力を込めゆっくりと起き上がった士郎の前に、黒いビスチェだろうと思われる物を身に付けたルイズとジェシカが立っていた。
 ……正確に言うならば、昨日渡された『魅惑の妖精のビスチェ』の、レオタードのような部分を着たルイズと、パニエのみを着たジェシカが立っている。
 そう……それだけなのだ。
 ルイズの格好は、まるでスカートを履き忘れたような格好のようで、ルイズは真っ赤な顔で必死に下半身を両手で隠している。 
 ジェシカはもっと酷い……というかエロい。
 パニエのみを着たジェシカは、顔どころか全身を赤く染めながら、その豊満な胸を手で隠している。
 つまりは手ブラだ。

 カレン……お前のファッションセンスは、異世界でも通じるかもしれないな……。
 
 現実放棄して、馬鹿な考えが浮かぶほど、目の前の光景の破壊力は凄すぎた。

「あ、あのし、シロウ。その、チップレースの優勝をシロウに決めてもらおうって」

 ルイズは出来るだけ士郎の視界から、己の姿を隠そうと身体を捻っている。だが、その行動は、逆に士郎の劣情を燃え上がらせる結果となった。何故ならば、体を捻ることで、上半身の真ん中のラインにある網目に、ルイズの白い肌が押し付けられ、妙な背徳感を感じさせるからだ。

「だ、だから……選んで……あたしか、ルイズを……」

 身につけているのは黒いパニエのみ、この様子では下着も付けていないだろう。胸を手で隠したジェシカが、寒さからではない震えで全身を揺らしている。

「る、ルイズ……ジェシカ……」

 頭がクラクラする……これは一体何だ? 現実か? 妄想か? 夢か? 考えが纏まらない。
 ルイズとジェシカがゆっくりとだが、確実に近付いてくる。目を逸らそうとするが顔が動かない。逃げ出そうとするが足が動かない。その内、逃げようとする意思さえなくなっていく。
 このままではとんでもないことをしてしまう(・・・・・)と思いながらも、逃げ出すことが出来ない。
 それは『魅惑の妖精のビスチェ』にかけられた『魅了』の魔法の力なのか? それとも二人の元からの魅力なのか?
 近付いてくる二人から、甘い女の体臭が香り、臍の下あたりに熱いマグマのような熱が燃え上がり始める。瞳に霞が掛かり始め、息が荒くなる。

「「シロウ」」

 二人の息が触れ……士郎の中で何かが切れる音がした。

「すまん、もう無理」
「「え?」」










 翌朝、士郎が屋根裏部屋から降りると、箒を持ったスカロンと出くわした。

「あらシロちゃん早いのね」
「おはようございます……ミ・マドモワゼルも早いですね」
「まあね。早く目が覚めちゃってね。二度寝するのもどうかと思って、店の前の掃除でもしようかと……シロちゃんは?」
「ん……まあちょっと寝汗をかいたんで身体を拭こうかと……それと汚れたものも洗おうと」
「汚れたもの? 何かあるならわたしが洗うわよ」

 そう言って近付いてくるスカロンから、士郎は何かを胸に隠すと、逃げるように後ずさった。

「シロちゃん?」
「い、いや。汗臭いからな。そ、それじゃあ俺はこれで」

 スカロンに背を向けた士郎は、そのまま逃げ出していった。
 士郎が去った後、スカロンは訝しげな顔をすると、鼻をヒクつかせる。

「汗の匂い? と言うよりもこの匂いは……」

 顎に指を当て唸り声を上げていたスカロンは、突然何かに気付いたかのように、はっとした顔を天井に向けた。

「は~~んそういうこと……シロちゃんもやるわね」

 呆れながら笑うという奇妙な表情を浮かべたスカロンは、欠伸を噛み殺しながら外に向かって歩き出す。
 昨日の夜、眠りにつく直前まで響いていた二種類の奇妙な音を思い出し、スカロンは、 

「……どうやら今日も、ルイズちゃんとジェシカちゃんはお店に出れなさそうね」

 そう、予感というよりも、確信に近い気持ちで呟いた。

「それより……『魅惑の妖精のビスチェ』はちゃんと綺麗にしてくれるかしら」




 


 夕方、スカロンの予想通り、『魅惑の妖精』亭に、ルイズとジェシカの姿はなかった。
 二人が姿を見せたのはその翌日。這うようにして屋根裏部屋から出て来たルイズとジェシカの二人だったが、奇妙な姿をしていた。ルイズは震える膝を必死に抑えた姿で、ジェシカは内股になり下腹を抑えた姿で、そしてそんな二人は士郎を睨みつけていた。 
 二人の視線に晒されていた士郎が、冷や汗をダラダラと流し、そんな様子を、スカロンがにやにやとした笑み浮かべ見ているという姿が、しばらくの間、『魅惑の妖精』亭で見られるようになった。
 
 

 

 
   
 

 
後書き
士郎  「ジェシカ……いい胸を持っているな」
ジェシカ「シロウ……恥ずかしい\(//∇//)\」
ルイズ 「し、シロウが……あのシロウがこんなことを言うなんて!! 胸がないゆえに人は苦しまねばならぬ!! 胸ゆえに人は悲しまねばならぬ!!」
士郎  「る、ルイズお、お前」
ルイズ 「こんなに苦しいのなら…悲しいのなら……胸などいらぬ!!」
士郎  「そんな! ルイズ諦めるのか!!」
ジェシカ「所詮は負け犬……惨めなものね! 胸のないあんたなんかがこんなところにいていいわけないわ! さっさと立ち去りなさい!!」
ルイズ 「舐めるな小娘!! このルイズたとえ胸がなくとも退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ! この美貌のみを持って勝利をもぎ取る!! イクぞ!!!」

 ルイズが天高く舞い上がり、その溢れんばかりのトウキが鳳凰を形作る!!!
 さあ! 今こそ叫べ!! 空を舞え!! 

 次回『胸ゆえに』

 荒涼とした大地()に!! 恵みは満ちるか!!!
 
 
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