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機動6課副部隊長の憂鬱な日々(リメイク版)

作者:hyuki
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第8話

 
前書き
なんとまあ、4年ぶりw 

 
「・・・寒すぎんだろ」

襟を立てたコートのポケットに両手を突っ込んで降りしきる雪を眺めながら、
ゲオルグは吐息をもらす。
その吐息が白くたちのぼっていくのを見て、ゲオルグはもう一度ため息を吐いた。

第24管理世界フリーレン。
寒冷な気候の世界で、冬になるとほとんどの地域が雪におおわれる。

シャッハを交えた作戦会議から1週間、
ゲオルグは件のゲリラ掃討のためにこの地を訪れていた。

「ゲオルグさん」

ゲオルグが声のしたほうを振り返ると、寒そうに身を震わせるシンクレアがいた。

「寒くないんですか?」

「寒いよ」

シンクレアの問いかけに、ゲオルグは当然だとでもいうように
うっすらと笑みを浮かべて答える。

「なら、中に入りませんか?」

「ああ、もう少ししたらな」

寒さに耐えかねてか足踏みするシンクレアにそう言うと、
ゲオルグは再びしんしんと降り積もる雪に目を向ける。
日没から1時間が過ぎ、辺りには夜の帳が降りていた。

「大丈夫ですか?」

「何がだ?」

心配そうに問いかけるシンクレアだが、その意味をつかみかねたゲオルグは
首を傾げる。

「今夜の潜入ですよ。 本当に単独で大丈夫ですか?」

「まあ、大丈夫だろ。 潜入といってもただのマンション。 心配ないよ」

ゲオルグは肩をすくめてシンクレアに答える。
だがシンクレアは納得しきれないのか、なおも食い下がる。

「せめて一人くらいは掩護をつけてはいかがですか?
 なんでしたら俺自身が同行しますから」

「お前は明日の準備を任せたはずだろ。そんな暇あるのか?
 いいから俺に任せとけ」

シンクレアの言葉に呆れた様子でゲオルグは首を振る。
それを見ていたシンクレアはようやく頷いた。

「わかりました。 くれぐれもお気をつけて」

「あたりまえだ。 こんなので怪我してたまるかよ」

ゲオルグはややオーバーなアクションでもう一度肩をすくめると、
身をひるがえして宿舎としている管理局関連の建物に向かって歩き出した。
だが数歩歩いたところで足を止めると、後ろについてきていたシンクレアの方を
振り返った。

「心配してくれて、ありがとな」

ゲオルグはニコッと笑ってそう言うと、ゲオルグが突然振り返ったことに驚いていた
シンクレアの肩に拳をあてた。

虚をつかれて目をぱちくりさせているシンクレアをよそに、
ゲオルグは背を向けて建物の中に姿を消した。

その背中を追っていたシンクレアは大きく一度深呼吸すると、
苦笑しながら寒さにぶるっと身を震わせて、足早に建物へと向かった。





翌朝。

宿舎の食堂には作戦に参加する面々が三々五々に集まって、
朝食を取り始めていた。

「おはよう」

ゲオルグは眠たげな目をして、頭をかきながら食堂に入ってくる。
部下たちから帰ってくる挨拶に応じながら、プレート皿に朝食を載せると
すでにパンにぱくついているシンクレアの隣に腰を下ろした。

「あ、おはようございます。 眠そうですね」

「ま、朝は苦手だからな」

苦笑しながらそう返すと、ゲオルグはテレビに目を向けつつ朝食に手を付け始めた。
テレビではちょうど朝のニュース番組を放送しているところだった。

『次のニュースです。
 今朝未明、郊外の住宅地にあるマンションの一室でめった刺しにされた
 遺体が発見されました』

「物騒ですね」

画面の中で女性のアナウンサーが殺人事件のニュースを伝えている中、
トレーを持ったシャッハがゲオルグの隣に腰を下ろした。

「そうですね。 治安は安定していると聞いていたんですが」

「ええ、私もです」

シャッハは画面に目線を向けながら顔をしかめる。
一方ゲオルグは、無表情にちらちらと画面に視線を送っていた。

『遺体で発見されたのは行政官の男性で、室内には男性の財布などが
 そのまま残されており、管理局では怨恨による殺人事件とみて
 捜査を進めているとのことです』

その事件についての報道はそれで終わり、画面では次のニュースに進む。
ゲオルグはカップのコーヒーをぐいっと呷ると、目を閉じた。





前日の夜、日付が変わるころのことである。

ゲオルグは防護服に身を包み、自身に割り当てられた部屋のベランダに立っていた。
目を閉じ、数回の深呼吸を繰り返したのち、再び目を開いたゲオルグの表情からは
感情が抜け落ちていた。

「行くか、レーベン」

《はい》

首をまず右に、続いて左に傾けたゲオルグの足元に魔法陣が広がる。
そして、彼の足はベランダの床面から離れる。

そのまま宙に浮かび上がると、郊外の住宅地に向かって飛び始めた。
10分ほど飛行すると、下には比較的大きな邸宅が並ぶ住宅街が広がり始める。
ゲオルグは前方に現れた高層マンションに向かって高度をさげていくと、
中層階の通路に音もなく着地した。

目の前の扉の部屋番号を確認すると、小さくうなずいて脇にあるパネルを
操作し始めた。
すぐに小さくかちゃりという音がして扉のロックが外れる。

ゲオルグは慎重にドアを開いて室内へと自らの身体を室内へと滑り込ませる。
明りの消えた室内は暗く、ゲオルグは目を凝らしながらゆっくりと
奥へと進んでいく。

細く続く廊下の奥にある扉をそっと押し開くと、それまでとは違って
月明かりにぼんやりと照らされた部屋に出た。
その奥、ベランダに面した大きなガラス戸の手前に一台のベッドがある。

ゲオルグはゆったりとした足取りでベッドに向かって歩いていく。
ベッドの脇に立つと、ベッドの上で眠る男性を無表情に見下ろした。

その顔を記憶にある写真と照合し、小さくうなずくと腰から下げていた
コンバットナイフに手を伸ばした。

数度大きく息をすると、右手に握ったそれをシーツの上から男性の胸に突き立てた。
直後、シーツが真っ赤に染まっていく。

ゲオルグはその様子を冷たい眼で一瞥すると、ガラス戸を開けてベランダに出た。
そしてガラス戸を外から閉めると、ガラスを蹴り飛ばした。

大きな音をたててガラスが割れるのを確認すると、柵を超えて
ベランダから飛び降りた。

ゲオルグの身体は地面に向かって加速していく。
だが地面から10メートルほどの高さから急速に減速しはじめ、
地面に降り立ったときには、かさりと小さな音を立てただけだった。

ゲオルグは走り出す。
防護服を解除すると、パーカーにダボダボのパンツというラフな格好になる。
数ブロック走ると、彼の行く先を遮るように1台の白いワゴン車が止まる。
ゲオルグはおかまいなしに車に向かって全速力で走り続ける。

ゲオルグが近づくと、車の後部ドアが開く。
次の瞬間、ゲオルグは地面を蹴り飛ばして車の中へと飛び込んだ。
彼の身体が完全に車の中に入ると同時にドアは閉められ、車は走り出した。

「3佐、お疲れ様です」

座席に伏せこんでいたゲオルグが身を起こして、
声をかけてきた助手席に座る男のほうを見た。

「ああ。手筈は判ってるな、曹長?」

ゲオルグの問いかけに、助手席の曹長はうなずいた。

「もちろんです。 あと、3佐の着替えを後ろに置いときましたので
 着替えてください。あと3分で到着です」

「わかった」

ゲオルグはパーカーとカーゴパンツを脱ぐと、わきに置いてあった
トレーニングウェアに素早く着替えた。
まもなく、車は止まる。

「あとは任せたぞ」

「はい」

運転席と助手席に座る部下たちからの返事を聞き、ゲオルグは満足げにうなずくと
ドアを開けて車を降りた。
ゲオルグがドアを閉めると、車はすぐに走り去った。
そこは、ゲオルグたちが宿舎にしている建物の前だった。
ゲオルグはゆっくりと建物に向かって歩を進める。

建物の中に入り服についた雪を払っていると、奥から誰かの足音が聞こえ
ゲオルグは一瞬身構えた。

「お疲れ様です、ゲオルグさん」

「シンクレアか」

姿を現したのは寝間着がわりのトレーニングウェアを着たシンクレアだった。

「無事に帰ってこられてよかったですよ」

「まあな」

ゲオルグは不愛想に答えると、自分の部屋に向かって歩き出した。





「どうかされたのですか?」

隣に座るシャッハの声で思索の海に落ちていたゲオルグはふっと我に返った。

「いえ、なんでもありませんよ」

「そうですか? ならよいのですが、お疲れのように見えましたので・・・」

「お気にかけていただいてありがとうございます」

ゲオルグは微笑みを浮かべてシャッハに答える。
そして時計に目をやると食卓に手をついて立ち上がった。

「そろそろ準備をしなくていけませんので、失礼しますね」

「え? ええ・・・」

作戦開始まではまだ余裕があることから、シャッハは訝しく思いつつも
ゲオルグに向かってうなずいた。

ゲオルグは食器を片付けると、足早に自分の部屋に向かって歩いていく。
部屋に入るとすぐに、扉をノックする音がした。
ゲオルグが扉を開けると、彼の部下の一人が立っていた。

「入れ」

ゲオルグはその部下を招き入れると、小さなデスクの前に置かれた椅子に
腰を下ろした。
部下の男はゲオルグと向き合うように直立不動の姿勢をとる。

「どうだ?」

「車両は遺跡の入口近くの目立たない場所に置いてきました。
 3佐が着用されていた衣類は中に残してあります」

「よし、ご苦労だった」

「はい」

ゲオルグに対する報告を終えた班員は敬礼して部屋を出て行った。
部屋に一人残されたゲオルグは背もたれに身体を預けて目を閉じる。
しばらくして、目を開けたゲオルグは作戦図を開くと、己の記憶と照合しながら
作戦の経過をシミュレートしていく。

30分ほどぶつぶつと呟きながら頭の中での図上演習をしていたゲオルグは、
ちらりと時計に目をやって、椅子から立ち上がり部屋を出た。

階段を足早に駆け降りると、玄関ホールへと向かう。

ホールには出発に備えて隊員たちが集まり始めていた。

ゲオルグはその人込みの中を抜けて、シンクレアとシャッハが並んで立つ、
玄関ドアのそばに立った。

「改めてになりますが、今日はよろしくお願いします」

ゲオルグが話しかけると、シャッハは軽く笑みを浮かべてうなずいた。

「ええ。 私でお力になれることなら、遠慮なくおっしゃってください」

「ありがとうございます。 必要になれば頼りにさせていただきます」

ゲオルグはシャッハとの短い会話を終えると、腕時計に目を向ける。
時刻はちょうど作戦開始時刻であった。

ゲオルグは傍らに立つシンクレアに向かって無言でうなずくと、
シンクレアも軽くうなずいてからホールに集まっている隊員たちに向き直った。

「よーし、整列だ」

パンパンと2度手をたたいてシンクレアが隊員たちに向かって声をかけると
彼らは素早く列を作り、姿勢を正した。

「おはよう。 これより、ゲリラ掃討作戦に出発する。
 作戦内容は従前から説明しているとおりだが、理解できているな?」
 
ゲオルグの問いかけに隊員たちは"はい!"と声をそろえて答える。
ゲオルグはその様子を見て満足そうにうなずいた。

「よろしい。 本作戦は十分な時間をかけて準備をしてきた。
 全員がそれぞれの役割をしっかり果たしてくれることを期待する。
 私からは以上だ」

短い訓示を終えると、ゲオルグはシャッハの方に身体を向けて
"何か話されますか?"と尋ねた。
シャッハは"では一言だけ"と答えると、隊員たちに向かって話し始めた。

「ゲリラ集団がアジトにしている遺跡は、教会でも全容は把握しきれていません。
 作戦中も何があるかわかりませんので、気を緩めないようにお願いします。
 あと、これは何度もお話ししていることですが、遺跡そのものが貴重な
 文化財ですので、可能な限り破壊は避けてください。
 以上です。よろしくお願いします」

シャッハが話を終えると、シンクレアが"では全員輸送車に乗車"と隊員たちに
指示を出した。
隊員たちが2台の人員輸送車に乗り込むのを見届けると、ゲオルグは最後に
乗り込んだ。

彼が席につくと輸送車はすぐに走り出した。
輸送車は雪道をものともせずに走っていく。
30分ほど走ると周りの景色は郊外の丘陵地帯のものへと変化する。
雪に覆われたなだらかな丘がいくつも重なる中を走り、
輸送車は目的地の遺跡にほど近い場所で停車した。

ドアが開くとゲオルグを先頭に次々と隊員たちが下車していく。
そして、輸送車の前に素早く整列した。

この作戦では2個分隊を編成し、1つをゲオルグが指揮し、もう一つはシンクレアが
指揮することになっていた。
ゲオルグの率いる分隊と同行するシャッハは、聖王教会が管理する遺跡での
作戦遂行にあたっての情報提供と遺跡の損傷状況の確認がその役割である。

「シンクレア、頼むぞ」

「はい。 ゲオルグさんも、気を付けて」

ゲオルグはシンクレアと短い言葉を交わすと、身をひるがえして
遺跡に向かって歩き出した。
シャッハと分隊員たちがその背中を追う。

新雪が足にまとわりつき、ゲオルグは歩きにくさに顔をしかめる。

「この雪、歩きにくいですね」

「そうですね。 うっとおしいったらない」

速足で自分の隣に並んだシャッハの声に、ゲオルグは苦笑交じりに応じた。

雪原に多くの足跡を残しながら15分ほど歩くと、前方に石造りの建造物が現れた。
ゲオルグたちはその西側にある森を抜けて建物の裏側に回り込むと、
物陰で足を止めた。

「シンクレア、準備はいいか?」

『はい。準備完了です』

通信を介したゲオルグの呼びかけに、間髪を入れずシンクレアは応じる。
その声を聞いたゲオルグは唇を軽く引き結ぶと目を閉じた。
数秒後、再び目を開いたゲオルグはゆっくりと口を開く。

「・・・突入開始」

つい先ほどまでよりも低い声で言葉少なに告げると、
自らも遺跡の入口に向かって走り出した。

地面に積もった雪を蹴飛ばしながら走るゲオルグのあとに、
シャッハと隊員たちが続く。

ゲオルグは石で積み上げて作られた遺跡の入り口の脇までたどり着くと
壁を背にして立ち、部下たちが追い付いてくるのを待った。

全員が揃ったのを確認すると、入口を挟んで向かい合う曹長に向かって
”行け”と合図を送った。

曹長は小さくうなずくと、入口の向こうに広がる空間にいるかもしれない敵に
注意を払いながら、慎重な足取りでその身を遺跡の中に滑り込ませた。
その動きに合わせるようにゲオルグ自身も遺跡の内部へと入る。

入口から続く暗い通路の奥をじっと見やり、敵の姿が見えないことを確認すると
慎重な足取りで奥へと進み始めた。

遺跡が経てきた年月の長さを示すように、壁面から落ちてきた石材のかけらが
床面のところどころに転がる通路を一行は進んでいく。

「班長、生体反応です」

いくつかの通路の交差点を通り抜け、入口から5分ほど歩いたところで
ゲオルグのすぐ後ろを歩く隊員が声をあげた。

「位置は?」

「前方100mです。 地図によれば、この先にある曲がり角の先ですね」

「了解した。 各員、周囲の警戒を厳に」

ゲオルグの指示に応え、隊員たちはそれまでにも増して慎重に周囲を見回す。
そしてゲオルグも速度を落として慎重に前進する。

雨水が石と石の隙間から染み出しているのか、時折ピタピタと
水が滴り落ちる音が通路に響く。

「・・・これは」

やがて、彼らの前に壁面が崩れて山のように積み重なり、
通路をふさいでいるさまが見えてきた。
ゲオルグはその前に立つと、苦い表情で上の方を見上げながら小さく声をあげた。

「う回路は?」

「少々お待ちください」

ゲオルグが尋ねると、すぐそばに控えていた隊員は地図を確認しはじめた。
10秒ほどの沈黙ののち、その隊員は顔をあげた。

「2つ手前の交差点まで戻れば、別のルートで進めます」

隊員が指し示すルートを確認したゲオルグは小さく頷くと、隊員たちの方に
向き直って声をかけた。

「う回して進むぞ」

ゲオルグが隊員たちに向かってそう言った直後、かつて壁だった石の山の
向こうから小さく足音が響いた。
ゲオルグはそれに反応して、隊員たちに向かって下がれと手で合図した。

直後、轟音とともに石の山が崩れ、小さな石のつぶてが隊員たちに向かって
飛んできた。

「交差点まで後退して態勢を立て直す。 攻撃に備えろ」

了解、と口々に声を上げてゲオルグの指示に従って後退していく隊員たちの
殿に立って、ゲオルグは敵の攻撃に備えつつゆっくりと後退していく。

爆発によってあがった土煙の向こうから多くの足音と話し声が響く。

ゲオルグがあと少しで交差点に到達するというところまで後退したとき、
いくつもの銃声が響いた。

土煙の向こうから空気を切り裂いて飛んできた弾丸がすぐそばをかすめていく中、
ゲオルグは交差点の角の向こうに飛び込んだ。

そこには厳しい表情を浮かべる彼の部下たちとシャッハがいた。

「班長、どうされますか?」

不安げに尋ねてくる隊員に向けて軽く手を挙げて応じたゲオルグは、
レーベンに遺跡の地図を開くように言った。

すぐさま目の前に画面が現れ、そこに映った地図をゲオルグは見つめる。
数秒間考えてから隊員たちの方を振り返り、口を開いた。

「通路を迂回して敵の後背に回り込む。俺が行くから何人か同行してくれ」

ゲオルグが短くそう告げると、ややあって2人の隊員が手を挙げた。

「よし、2人はついてこい。 他のものはここで敵を食い止めろ
 曹長、指揮を頼む」

あとの指揮を任された曹長が"はい"とうなずくのを見ると、
ゲオルグは踵を返して通路を奥へと歩き出そうとした。

「お待ちください」

そのとき、ゲオルグを呼び止める声がした。
シャッハだった。

「なんでしょう?」

ゲオルグはシャッハの方に向き直り尋ねた。

「私も同行させていただけませんか?」

シャッハの申し出にゲオルグは表情を曇らせた。

「しかし、危険ですよ? 貴女に負傷でもさせたら私が叱られてしまいます。
 ここで待機していただいたほうが安全ですよ」

「私だってAAAランクの陸戦魔導師です。 足手まといにはなりません。
 それに・・・」

真剣な顔でなおも食い下がるシャッハはそこで一旦言葉を切った。
そして微笑を浮かべた顔をゲオルグに向けた。

「貴重な文化財に傷をつけるような輩には、私の手でお仕置きをしたいのです」

ゲオルグはスンと鼻を鳴らすと、大きく一度息を吐いた。

「わかりました。 お願いします」

そう言ってゲオルグは再び踵を返し、狭い通路を走り出した。





10分後。
ゲオルグたちは細く曲がりくねった通路を抜けて、
敵集団の後背に回り込んでいた。

最後の曲がり角を前に、彼らは立ち止まって敵の様子をうかがっていた。

敵の数は10あまり。
銃声と魔砲撃の応酬の音が何度も通路に響き、すでに敵の何人かが
床に倒れているのが、ゲオルグの位置から遠目に見えた。

ゲオルグは背後にいる3人を振り返ると、これからの動きについて話し始めた。

「俺が突っ込むから、援護射撃を頼む。シスター・シャッハはここで待機を」

「待ってください。 お一人で突入されるなんて危険すぎます。
 私も突入させていただけませんか?」

シャッハはゲオルグに詰め寄った。
ゲオルグはわずかに考えたのち小さく頷いた。

「では、俺の後に続いてください。 しかし、十分に注意してください」

「わかりました」

1テンポおいて、ゲオルグは敵の集団に向かって床を蹴った。
タイミングをはかっていたシャッハも遅れずに彼についていった。
魔法によって身体能力が上乗せされたゲオルグは、ものの数秒で敵を
自分の間合いにとらえた。

無言でレーベンを袈裟斬りに振るい一人目の敵を気絶させると、
すぐ隣の敵に向かって横殴りにレーベンを振るう。

「・・・なっ!?」

"なんだ!?"と言おうとしたのであろうその男の言葉は、
ゲオルグの攻撃によって打ち切られてしまった。

(さすがですね・・・私もっ!)

瞬く間に2人の敵を倒したゲオルグの手腕に舌を巻きつつ、
シャッハは自身の決めたターゲットに向かって走る。

ターゲットまで5メートル。
シャッハは床を蹴り加速する。
姿勢を低く、鋭く突き進み、傍目には瞬時ともいえる短時間で己の間合いに
ターゲットを入れると、左手に握ったヴィンデルシャフトを振るった。
その衝撃によって飛ばされた彼女のターゲットは瞬時に気絶し、床に倒れ伏す。

シャッハはその様子を視界の端にとらえて確認しつつ、次のターゲットを探す。

(あとは・・・いましたね!)

事態の急変についていけておらず、おろおろとする2人の男を見つけると
彼女はもう一度床を蹴った。

一足飛びに2人の男のそばまで移動しながら、空中で上半身をひねった彼女の
視界の端、2人の男の向こう側に黒い人影が映る。

(あれは・・・ゲオルグさんですね)

男たちを挟んで向かい合う2人は、一瞬目線を合わせると互いに頷きあった。

(では私は左側の方を・・・っ!)

シャッハは二人の男たちのそばに着地すると、自分から見て左側の男に向かって
ヴィンデルシャフトを振りぬいた。

時を同じくして、シャッハと向かい合うゲオルグも自分から見て左側の男に向かって
レーベンを振った。

2人の攻撃はほぼ同時にそれぞれのターゲットに命中した。
そしてそのままの勢いで互いのデバイスは接近していく。
ぶつかり合おうとする直前、2人のデバイスは急停止した。

「お見事です、シスター・シャッハ」

「そちらこそ」

2人はそう言って微かに笑みを浮かべると、それぞれのデバイスを引いた。
ゲオルグは小さく息を吐いて表情を引き締めると、駆け寄ってくる隊員たちのほうへと
顔を向けた。

「突入を継続する。 行くぞ」

落ち着いた口調で発せられたその言葉に、隊員たちはうなずき
身をひるがえして遺跡の奥へと再び歩き出したゲオルグの背中を追う。

いくつかの角を曲がり、彼らは最終目標地点であった遺跡の最奥にある礼拝堂へと到達する。
そこにはドーム状に掘りぬかれた空間があり、壁面には石像がずらりと並んでいる。
しかしそれらには破壊の痕が深く刻まれていた。
シャッハはそのさまを見て眉間に深いしわを寄せる。

そしてその片隅には、10人ほどの人影がひとかたまりになって立っていた。
ゲオルグはその空間への入り口の手前で足を止めると、シンクレアに通信を送った。

『ゲオルグさん。 こちらは礼拝堂への突入準備を完了しました』
「了解。じゃあ、そっちが先に突入を開始してくれ」
『わかりました、援護は頼みますね。 ではいきます』

シンクレアが通信を介してそう言った直後、礼拝堂の中にシンクレアたちが
走る足音が鳴り始めた。

「誰だ!?」

しわがれた男の声が礼拝堂の中に反響し、続いていくつもの叫び声があがる。

「シンクレアたちを援護する。 行くぞ!」

ゲオルグはシンクレアの突入に呼応して援護すべく、自らの後ろに控える隊員たちを
振り返ると、彼らに向かって檄を飛ばした。
そして、もう一度前へと向き直り、礼拝堂の中へと歩を進めた。

「畜生! 管理局の犬め!!」
「俺たちの世界は俺たちのもんだ!!」

ゲオルグの目に飛び込んできたのは、すでにテロリストたちの制圧を終えつつあるシンクレア達と
彼らに向かって怨嗟の声を上げるテロリストたちの姿だった。

「なんだよ、出番なしか」

意気込んで飛び込んだにもかかわらず、まったくやることのなかったゲオルグは
走るスピードを緩めて立ち止まり、後ろから追いついてきたシャッハと
お互いに苦笑しながら顔を見合わせた。

「制圧完了です、ゲオルグさん」

「お、おう。 ご苦労」

制圧を終え、満足げに笑みを浮かべて歩み寄ってくるシンクレアを、
ゲオルグは不完全燃焼ぎみの複雑な表情でそれを迎えた。

「作戦終了だな。 そいつらをこの世界の部隊に引き渡して引き揚げだ」

「はい」

ゲオルグの言葉にシンクレアは頷き、テロリストたちを捕縛している部下たちのほうへと
戻っていく。
その背中を見送り、ゲオルグは後ろを振り返る。

「シスター・シャッハもお疲れさまでした」

「いえ、ゲオルグさんこそ見事なお手並みでした。 しかし・・・」

シャッハはそこで言葉を切ると、壁面の石像を見渡す。

「どうかされましたか?」

「貴重な文化財をここまで破壊するなんて・・・」

「そうですね。 自分たちの世界の歴史だというのに、何の迷いもなく破壊してしまうとは」

ゲオルグはそう言って、シャッハと同じように石像に目をやった。
そして小さく首を横に振ると、シャッハの顔を見つめた。

「それにしても、お見事な腕前でしたね、シスター・シャッハ。
 今回はご協力いただけて大変助かりました」

ゲオルグがシャッハに向かって笑いかけると、シャッハもそれに応じて笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。 ゲオルグさんこそさすがです。
 よろしければ今度お手合わせいただきたいです」

「ええ、よろこんで」

そして、彼らは撤収するべく動き出した。





2日後。
作戦終了後の後始末を終えたゲオルグたちは、本局へと帰還した。
シャッハと別れて情報部のフロアに戻ったゲオルグは、部下たちに帰宅してよい旨を告げた後
ヨシオカ1佐の部屋へと向かった。
扉をノックして部屋に入ると、ヨシオカのデスクの前で立ち止まった。

「任務終了しました。 数名の軽傷者は出ましたが、全員無事帰還しています。
 聖王教会のシスター・シャッハも無傷です。
 テロ集団は現地フリーレンの治安部隊に引き渡し済みです」

ゲオルグの報告をそこまで聞くとヨシオカは手のひらをゲオルグに向けて
その報告を止めさせた。

「そっちは心配してないんだよ。オマケだからな」

憮然とした表情でヨシオカがそういうと、ゲオルグは苦笑を浮かべて小さくうなずいた。

「そちらも滞りなく終わりましたよ。
 向こうの捜査機関でも奴と今回引き渡したテロ集団との間のいざこざの結果として
 殺害されたとの線で捜査が進んでます」

「そうか、ご苦労。 うまくやってくれたようで安心した」

ゲオルグの簡単な報告にうなずいて、ヨシオカは微笑を浮かべていた。

「まあ、台本通りに事を運ぶだけですから」

肩をすくめてゲオルグは立ち上がると、部屋から出ようとドアに向かって
一歩を踏み出した。

「あ、そういえば」

ドアノブに触れようとしていたゲオルグは、直前で手を止めると背を向けていた
ヨシオカに向き直った。

「俺、はやてのとこにいくことにしましたんで」

「ほう、決断したか」

ゲオルグの言葉にヨシオカはにやりと笑って、デスクに肘をついて組んだ両手の上に顎を乗せる。

「ええ、まあ」

「八神のことを疑ってる、みたいなことを言ってた割にはあっさり決めたな」

「1佐の仰せのように胸襟を開いて話した結果ですよ」

そう言ってゲオルグはまたドアに向かった。

「シュミット」

ドアノブに手を触れたゲオルグにヨシオカが声をかけると、ゲオルグは再び足を止めた。

「なんでしょう?」

ノブに手をかけたまま半身まで振り返ってゲオルグは尋ねる。

「業務はクロスに引き継いでおいてくれ」

組んだ両手をほどいたヨシオカがそういうと、ゲオルグは無言で頷いてから
ドアを開いて廊下へと出た。

廊下に出たゲオルグは、ドアを閉めるとふぅっと大きく息を吐いてから
自席のある部屋に向かって歩き出した。

(今回はめんどくさい任務だったな・・・)

ゲオルグは廊下の白い天井に目を向けると、今回の任務を伝達されたときのことを思い返した。





「理由は二つある。
 1つは聖王教会のカリム・グラシア女史からのご指名。
 もう1つは・・・」

ヨシオカはそこで一旦言葉を切った。
そしてゲオルグの方に1枚の紙をおしやった。

「これだ」

「拝見します」

ヨシオカが差し出した紙を手に取り、ゲオルグはそこに書かれた文字を見た。
直後、ゲオルグの表情がサッと変化する。

「なるほど・・・こういうことですか」

ゲオルグの口元がニヤリとゆがむ。

「この行政官、何をしたんです?」

「知らんよ。上層部が何を思ってこの指示を出したかなど、俺ごときが知らされるわけもない」

「どうでしょうね。 今までだってそうでしたが、それが本当かどうかなんて
 それこそ俺には知る由もありませんし」

肩をすくめて冗談めかした口調でそう言うと、ゲオルグはもう一度手元の紙に目を落とす。

「それにしても、殺すのは簡単ですが適当な人間に罪をなすりつけろ、ってのは些か厄介ですね」

ゲオルグが真剣な口調に戻ったのを察し、ヨシオカは神妙に頷く。

「それで、今回のオマケが役に立つというわけだよ」

ヨシオカの言葉にゲオルグは首をひねって数秒考えこむ。
そして何かをひらめいたのか、ああ、と声を上げてニヤッと笑った。

「なるほど。このテロ集団とコイツがつながっていたように装うわけですね。
 で、内部抗争の末に殺された、と」

ゲオルグの言葉にヨシオカは頷く。

「そうだ。 だから殺害手段は実体の刃物がいいだろう。
 あとは状況証拠を残すようにな」

「では、殺害時に着用していた服装を目撃させて、テロ集団の根拠地に残すようにしましょうか」

「それはいいな。 あと、逃亡車両なんかも使えるといいだろう」

「承知しました。 ではその線で進めましょうか」





(結局、アイツは何をやったのか・・・。まあ、気にしてもしょうがないんだけどな)

「あら、ゲオルグじゃない」

ヨシオカとのやりとりを思い返しながら歩いていたゲオルグが、
諜報課の大部屋まで近づいたところで、廊下の向こうから歩いてきた女性が彼に声をかけた。

「アリエル・・・」

ゲオルグはアリエルと呼んだその女性の顔を見ると、顔をしかめて足を止めた。

「何の用だよ?」

「あら、つれないわね。 最愛の恋人でしょ」

「元、を忘れんな」

「やあね、私は別れたつもりなんてないもの」

女性-アリエル・ホーナーという-は、肩にかかるほどの金髪を右手で払うようにしながら言う。

「勝手なことを・・・っ!」

ゲオルグが言おうとした"勝手なことを言うな"という言葉は、近づいてきたアリエルの
口づけによって中断させられた。

「っ・・・やめろ!」

ゲオルグはアリエルの肩を押して自分から引きはがすと、彼女の目をにらみつけた。
一方アリエルのほうはその目線を飄々と受け流す。

「ごちそうさま、ゲオルグ。 じゃあ、またね」

そう言ってアリエルはゲオルグとすれ違い、廊下を歩いて行った。
ゲオルグはその後姿を厳しい表情で見送ると、小さくため息をついて
すぐそばにあるドアを押し開いて部屋の中に入った。

 
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