SHUFFLE! ~The bonds of eternity~
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第一章 ~再会と出会い~
その一
「……朝か……」
まだ余韻の残る頭で考えながら時計を見る。
六時半。
八月ももう終盤だが外は既に明るく、セミが鳴き始めている。本来ならそのまま二度寝するところだが、すっきりと目が覚めてしまっていて、そんな気が起きない。
「久々に懐かしい夢を見たな……。あいつ、元気にしてるかな……」
目を閉じて、しばし思い出にひたる。八年前、この町を離れた幼馴染と過ごした日々を。
「よし、起きるか」
ベッドから降りると、時計は七時前を指している。どうやら思っていた以上に時間が経っていたらしい。顔を洗うため部屋を出た所で、階段を上がってきた彼の幼馴染兼同居人――芙蓉楓――と目が合った。
「おはようございます、稟君」
「ああ、おはよう、楓」
こんな時間に稟が起きていることに驚きつつも、しっかりと挨拶をしてきた同居人に苦笑しつつ、挨拶を返す。
「ちょっと待っててくださいね。すぐに制服を出しますから」
「へ……?」
素頓狂な声を出した稟に楓は微笑んでこう言った。
「今日は登校日ですよ。忘れて休んだりしたら、新学期に大変なことになりますよ?」
主に彼等の担任である熱血教師の手によって。
「……ああ、そういえばそうだったな……」
くすくすと笑う同居人を見ながら頭を掻く稟。よく見れば楓も制服姿だ。
「んじゃ、顔洗ってくる」
「はい。制服、出しておきますね」
「ん……頼んだ」
そんな会話をした後、稟は階段を降りていった。
* * * * * *
「……楓……。……今日は、雨……」
「え……でも、天気予報では……」
「……稟が、起きてる……」
制服に着替えてリビングに入った稟を待っていたのは、楓と芙蓉家の居候二号(一号は言うまでもなく稟)ことプリムラ――通称リムのそんな会話であった。
「今日は登校日だからな」
「……登校日……?」
「生徒達が先生方に元気な姿を見せるために登校する日のことですよ」
朝食をテーブルに並べ終え、エプロンを外しながら楓が答える。
夏休み中の登校日の意義はいくつかある。今楓が話したような生徒達の状態確認や、放置されることになる学校施設の清掃、課題の進捗状況の確認、休み中には(特に親しい場合を除き)ほとんど顔を合わせないであろうクラスメイトとの交流、はたまた、だらけているであろう生徒達に渇を入れる、などである。生徒達からすればかったるいものだろうし、そうなればサボる者もいる。しかし、稟や楓の所属する2-Cにはそんな不届き者はいない。別に皆が真面目なのではなく、いまどき珍しい熱血教師が担任であるからだ。
「まあ、授業のある日とは違って早く終わるしな」
いただきます、と手を合わせて朝食に手を伸ばす稟。
「お昼前には終わりますから、すぐに帰ってきますよ」
同じように手を合わせる楓。プリムラもそれに続く。
「……ん……分かった……」
とある事情によって感情をうまく表せない少女、プリムラ。しかし、この二ヶ月ほどの同居生活で、少しずつではあるものの、感情を表すことができるようになってきている。あとは何かきっかけがあれば歳相応な表情をみせてくれることだろう。
* * * * * *
「それではリムちゃん、お片づけをお願いしますね」
「……うん。任された」
「それじゃ、行ってくるな」
「行ってきますね」
「……行ってらっしゃい」
朝食の後片付けを自ら買ってでたプリムラに任せ、二人は家を出た。
「あ、稟くん、カエちゃん、おはよー」
「稟様、楓さん、おはようございます」
二人が前庭から道路に出た所で、二つの声が響いた。見れば、稟達のクラスメイトであり、両隣に住んでいる二人の少女が笑顔で佇んでいた。
「おはよう、シア、ネリネ」
「おはようございます、シアちゃん、リンちゃん」
「今日も朝から暑いねー」
「でも、稟様のお顔を見れば暑さも吹き飛んでしまいます」
ネリネの台詞に苦笑いを浮かべながら、
「そういえば二人とも登校日のことはちゃんと覚えてたんだな」
きれいさっぱり忘れていた稟は感心したように言う。
「あ、あははー、実は昨夜カエちゃんから電話をもらうまで完全に忘れてました」
「あー、うん、それはよかったな」
「あ、リンちゃんはちゃんと覚えていましたよ」
「あうっ」
フォローを入れようとして逆に追い討ちを掛けてしまう楓。
「あ、あの、そろそろ行きませんか?」
ネリネの言葉に賛同し歩き始める四人。
稟は今日も暑くなりそうだ、と夏の青空を見上げた。
* * * * * *
「元気だな」
どこか年寄りじみた口調で言った稟の視線の先には、残り少ない夏休みを満喫しようとばかりに遊びまわる小学校低学年くらいの少年達がいた。物思いに耽っていると、
「稟様? どうかされましたか?」
「ん……ああ、いやちょっとな」
聞いてきたネリネに返事をする。
「そういえば稟君、今朝は早起きでしたけどなにかありましたか?」
「あれ? そうなの?」
「はい、いつもより三十分くらい早かったので」
苦笑しつつ答える。
「懐かしい夢を見たからな」
「え……それってもしかして柳君のことですか?」
驚いて楓を見る稟。
「どうして分かったんだ?」
「私も今朝、柳君の夢を見ましたから」
「そうか……」
二人して空を見上げる。
「柳君、元気でしょうか」
「さあな。まあ、便りが無いのはいい便り、っていうからな。元気にしてるんじゃないか?」
「ふふ、そうですね」
「あのー、二人の世界に入ってるところ悪いんだけど……」
「ああ、悪い悪い」
完全に蚊帳の外に置かれた二人に謝る稟。
「その、“柳君”という方は一体?」
そして、稟と楓はシアとネリネに説明する。
「俺と楓と桜が幼馴染なのは知ってるよな?」
「うん、さっちゃんとは前にも会ってるし」
「はい、とてもきれいな方ですよね」
(まあ、そういうネリネだって充分以上にきれいだけどな)
稟の内心の台詞はさておき、説明を続ける。
稟が楓と友達になり、楓から紹介された桜とも友達になった後、三人で遊んでいた時に出会った少年。他人を寄せ付けない雰囲気をもちながらも、どこか寂しげな姿。そんな少年に声を掛けたのは土見稟という少年の性質から言えば至極当然のことだった。
「まあ、始めのうちは警戒してたけどな、少しずつ心を開いていってくれたよ」
まるで懐かない猫を相手にしているみたいだった、とは稟の弁。
次第にその少年は稟達と仲良くなり、三人だった幼馴染は四人になった。
「でも、八年前にシアやネリネと出会う前に親の仕事の都合でこの町を離れたんだ」
今でもはっきりと思い出せる。別れの日に交わした約束を。
ふと楓を見ると、彼女も同じなのか、穏やかな微笑みを浮かべていた。
「そっかぁ、ちょっと羨ましいかも」
「ええ、そうですね」
語り終えた二人にシア・ネリネは言った。
「連絡は取れないの?」
「ああ、桜なら何か知ってるかもしれないけどな」
「桜ちゃんは柳君としばらく手紙のやりとりをしていたようですけど」
「帰ったら電話してみるか」
「そうですね」
――二人は知らない。電話をする必要など一切無い、ということを。なぜなら――
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