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召喚されし帝国

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神の意思

1944年6月5日深夜

パリ 西方総軍司令部

先程まで、執務室において、イギリスの推理小説を読んでいた、西方総軍総司令官ゲルト・フォン・ルントシュテット元帥は、血相を変えて突然執務室に入って来た総軍参謀総長のギュンター・ブルーメントリット大将より、とんでもない報告を受けた。

「すまない参謀総長、もう一度言ってもらえないか?」

「はっ閣下、本日の0時ちょうどにスペイン、イタリアの国境線より向こう側が突然海になったと報告が入っています」

ブルーメントリット大将のその報告を再度聞いたルントシュテット元帥は唖然とし、そして呆れながらこめかみを掴んだ。

そして

「参謀長、君は疲れているのかね?」

「閣下、お気持ちは分かります。しかし…」

「しかしも何もない!連合軍が攻めてくるなら兎も角、イタリアとスペインが消えて、国境は海になっていますなどと言う話が信じられるか!これならばまだ連合軍がカレーではなく、ノルマンディから上陸して来たと言う報告の方がはるかに信頼できるわ!」

連合国が攻めて来たならまだ分かるが、スペインとイタリアが消え、接していた二国の国境が海になっていましたなどと言う話をルントシュテットは当然信じられず、訳も分からない、常軌を逸した報告をして来たブルーメントリント大将を思わずそう怒鳴りつけた。

すると

「確かに閣下の仰る通りです…ではもう一つ通常ではあり得ない事を報告させてください」

「何だそれは?」

「閣下、騙されたと思って外に出て空を見ていただけますか?」

「外だと…どう言うつもりだ?」

「見ていただければ分かります…」

「…良かろう」

ブルーメントリット大将がなぜ外を見ろと言ったのかは分からないが、取り敢えずルントシュテット元帥は、言われるがままにベランダへと赴き空を見上げた。

そして空を見上げた瞬間、ルントシュテットは口を大きく開け、そして思わず右手に持っていた杖を手から落としてしまった。

「な…何だこれは!?」

ルントシュテットが見上げた先にあるのは、欧州…いやそれ以前にまず地球では絶対に見る事は出来ない夜空に浮かぶ赤と青の二つの異なる色の月が浮かんでいたのだ。

その後、この第三帝国の異世界転送による混乱は時間が経つにつれ治るどころか、更に混乱と不可解な報告や現象は拍車をかけて増して行った。それは東部戦線各地にスターリングラード戦やその他独ソ戦における大きな戦いで戦死、あるいは捕虜となった筈のドイツ軍将兵達が一斉にポーランドなどドイツ占領地東部に現れ、さらには1941年に沈んだ戦艦ビスマルク、1943年に沈んだシャルンホルストなど、他にも今までの戦いで戦没したはずの戦闘艦、さらには爆撃で破壊された筈の街やインフラも全て元通りになっているなど、もはや何が何だよく分からない状況になっており、それによりドイツ軍や親衛隊、そして何より政府は大混乱に陥った。


1944年6月5日朝5時

ベルリン総統官邸

度重なる不可解な事に最早現場責任者や他のナチス、SS、国防軍幹部だけでは判断が難しくなり、各部署の高官達はヒトラーを起こし指示を仰ぐ事を決めた。

そしてヒトラーが起床すると同時にヒトラーは現在起こっている数々の不可思議でオカルト的な状況を聞き、最初は信じようとしなかったが副官であるルドルフ・シュムント中将の必死の説得の末、不信感は拭えなかったがすぐさま起床し緊急閣議が招集される事となった。

「「「ハイル!」」」

そしてヒトラーが部屋に入ると同時に閣僚や国防軍最高司令部や親衛隊の高級将校達は一斉に起立しナチス式敬礼を行い、ヒトラーを出迎えた。

「諸君、まずは情報が聞きたい、昨夜から今朝にかけて一体全体何が起きているのだ」

「はっ、まずは国防軍から状況をご説明します昨夜未明恐らく日付が変わると同時かそれ以前か我が第三帝国は日本、イタリアを含めた枢軸国、更には連合国各国との通信が一切不能となり、またスペイン、イタリア、など我が国と国境を接していた国が全て海となりました。唯一ソビエトとの国境だけは陸地になっておりますが、その大地に生えていた植物は全て新種…いや、在来種の植物がほとんど見当たらないと言う報告が届いています…」

「更に先の独ソ戦で戦死した将兵や損失した兵器も突然旧ソ連領に現れ、またビスマルクをはじめとした戦没した筈の艦艇なども全て復活、そして爆撃で破壊された街や工場も何事も無かったかのように元通りになっているなど、最早超常現象としか説明出来ない出来事ばかりが起こっております…その結果を踏まえまして、誠にあり得ない事ですが、我が第三帝国が地球とは違う別の世界に飛ばされたと考えるのが妥当だと思います」

「…何か証拠があるのかね?」

国防軍最高司令部総長のヴィルヘルム・カイテル元帥と作戦部長アルフレット・ヨードル上級大将の話を聞いたヒトラーがそう言うと、ヨードルは窓を覆っていたカーテンを開け、夜空に浮かぶ二つの月をヒトラーに見せた。

「こ、こんな事が…」

「ありえない事ではありますが、これが証拠です総統閣下」

「成る程…」

窓から空を見たヒトラーは理解しそう呟くとこめかみを指で押さえ、息を静かに吐き出した。

「すると、我が帝国は昨日未明に別の世界へ飛ばされたと言うわけか…まるで出来の悪いSF映画の様だな…しかし、証拠がある以上笑えない事態だな」

「えぇ、神の御意志なのかは知らないですが、とんでもない事になった事は、事実です総統閣下…」

ヒトラーのその言葉にゲッベルスはそう言った。

「…神の御意志…あながち間違えでは無いかも知れないぞ諸君」

「総統?」

「かつて大洪水の際に、神を信じ真理を見抜いたノアが方舟により助かった様に、我々アーリア人も神に選ばれた…私はそう考えている」

ヒトラーはそうゲッベルスと、その他幹部達にそう言った。

「まぁ、これが神の御意志であろうとも、兎に角秩序を保つ事が大事だ。ヒムラー、君が率いるSSは国民を統制し混乱を抑える事に努めろ、それと、近いうちにレジスタンスやパルチザンの掃討作戦を行ってもらいたい。それと復活した兵士や将校達だが、異世界に飛ばされたと言う事を国民達に発表するまで監視下に置け、混乱を起こさないためにな」

「了解しました」

「ゲッベルス、早いうちに我々が別の世界へ招かれた事を国民達に発表する。至急演説用の原稿を用意するのだ」

「了解しました」

「諸君、この謎の現象が神によって引き起こされたのかは分からぬが、我々の役目は軍、国民、社会を統制し秩序を守る事だ、それぞれ己が役目を果たすのだ」

「「「ハイル・ヒトラー!!」」」

ヒトラーは兎に角混乱を最小限に抑え、国の秩序を守る事を最優先にする事をこの会議で明確にし、それぞれの責任者にそう指示を出した。

因みに、謎の陸地に対する対応は、ひとまずは国境周辺の警備強化を行い、然る後に空軍から偵察機、陸軍と武装親衛隊から偵察部隊を編成し、調査をする事を決定した。

しかし会議をする閣僚や幹部達、そして前線にいる将兵達は不可思議な事が立て続けに起こり、皆不安に思っていた。

我々は何処に来てしまったのかと

それから二日後

12:20

第三帝国に住む全住民は、昨日の夜に宣伝省より今起こっている不可解な現象について発表があると伝えられ、全市民はラジオの前に集まり、ラジオに耳を傾けていた。

そして

『これより総統閣下から全帝国臣民に向けてのお言葉があります。すべての国民の皆様は直ちに放送をお聞きください。』

音楽と共に宣伝省からの全ての国民に対し、ラジオを聴くようアナウンスがされ、そしてアナウンスと音楽が終わると少しの間沈黙が続き

そして…

『親愛なる、我が第三帝国の国民諸君…』

ラジオの向こう側からヒトラーの声が聞こえた。

『今日私は諸君達に対し、重大な発表を知らせる…諸君らも承知だとは思うが、我が第三帝国は二日前の、1944年6月5日深夜を境に青と赤の二つの月が現れた…いや、それだけではない。前線においてはかつて愚かなるボルシェビキ共との戦いで散った英雄達…テロリストや事故でその命を失った我が友人達、そして敵により破壊された我々ドイツの建造物が…まるで、メシア…イエス・キリストの如く蘇ると言う謎の現象が各地で起こっている…諸君!私はあえてこの現象の真意を諸君達に教える!これは、神の御意志である!我々がかつていた世界は!卑怯で薄汚いユダヤ人共に支配された不純なる世界であった!しかし、神はそのような汚れた世界において唯一高潔で偉大なる意志と大義を持つ我々ゲルマン民族を不純なる世界からお救いし!そして新たなるこの新天地へと導いたのである!!!そう!我々は神に選ばれた!!ならば!我々、神に選ばれしゲルマン民族は、我々を救った神の意思に従い!!ユダヤ人がのさばっていたかつての世界とは違う、高潔で高い意志を、我々ゲルマン民族の鉄の意思と!団結!そしてその知能で!!真の理想郷をこれからこの新たなる新天地!!Neue Landにおいて、我々第三帝国の!そしてゲルマン民族による理想郷を建設してゆこうではないか!!ジーク・ハイル!!!』

「ジーク・ハイル!!!」

「ジーク・ハイル!!!」

「ジーク・ハイル!!!」

「ジーク・ハイル!!!」

「ジーク・ハイル!!!」

「ジーク・ハイル!!!」

「ジーク・ハイル!!!」

最初は異世界という事に戸惑いを覚えていたが、ヒトラーの完成された演説に引き込まれた市民達は放送が終わると同時に皆それぞれ、そう叫び続け、状況も何も理解は出来て無いが、それでもヒトラーについて行く事を心に決めていた。 
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