ズボラな彼女とヒモな俺の同棲生活
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俺と彼女の一日の始まり。
朝。気持ちのいい陽射しが差し込むキッチンで俺は包丁を振るう。作っているのは朝食と弁当。朝食は2人前だが弁当は1人分だ。……え、弁当は俺の分かって?違う違う。俺の愛しのマイハニー、彼女の為の弁当を俺が作ってるんだ。まぁ、マイハニーなんて面と向かって読んだことは無いが。弁当が完成した所で時計をチラリ。
「7時か……そろそろ起こさないと」
朝食をテーブルに配膳し、エプロンを外しながら寝室へと向かう。ドアを開けるとベッドの上であられもない姿のままスヤスヤと眠る彼女が目に入る。
「圭香(けいか)さん、起きて。朝だよ」
「んぅ……うん?あ……おはよぉ京ちゃん」
ムクリと起き上がり、まだ開ききってない目を眠たそうに擦る彼女こそ、俺の彼女。久保川 圭香(くぼかわ けいか)さんだ。
「はい、おはよう。朝ごはん出来てるから、顔洗って来て?」
「うん……」
俺に促され、のそのそと動き出す彼女。流石に素っ裸はマズイと思ったのか、ベッドの下に落ちていたパジャマを着直している……ノーパン&ノーブラで。
「圭香さん、下着下着」
「いい……めんどい」
そう言って寝室を出て洗面所へと向かう彼女の後ろ姿を見送りつつ、溜め息を溢す。学生時代から容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能な上に実家は良い所のお嬢様……と絵に描いた様な完璧超人に見える彼女の唯一の弱点とも言えるのが、生活能力の無さ。というより、自分のテリトリー内での生活に無頓着過ぎる所。ハッキリ言ってズボラな女なのである。仕事の時にはしっかりしてるし、キリリとした表情はクールビューティみたいな感じでとてもキマってる。だが、家に帰ってきた途端にだらけの権化に早変わり。実家にはメイドさんとか執事が居て面倒を見てもらっていたみたいだから、そのせいもありそうな気がしないでも無いけど……。
「どう考えてもアレは生来の性格だよなぁ……」
そんな事をぼやきつつ、俺も寝室を出てキッチンへと向かう。
今朝のメニューはトーストにハムエッグ、サラダ。そこにコーヒーを添えて。
「よし、完璧」
「あ~お腹空いたぁ」
リビングに朝食を運び終えた所に圭香さんがやって来る。頭はボサボサのままだし、口には歯ブラシを咥えたままだ。
「って、また俺の歯ブラシ使ってるし。圭香さんのはピンクで、俺のは青だって言ってるでしょ?」
「え~、いいじゃん面倒くさーい。散々ベロチューしてるんだから口内細菌とかも共有してるって。ホラ、どっちの歯ブラシを使ったって変わんないじゃん」
「女の子がベロチューとか恥じらいも無く言うんじゃありません」
「何々、恥ずかしがってんの?昨日だってあ~んな事やこ~んな事したのに?w」
と、圭香さんがニヤニヤしながら煽ってくる。付き合うようになってから、圭香さんはこういう話題を明け透けにするようになった。それまではお嬢様としての教育のお陰か、そんな話は一切してこなかった。
『恥じらいのあった清楚な時代の圭香さんは何処へ……』
あの頃の圭香さん、カムバックと願ってやまない。
「よし、食べよう!いっただっきま~す!」
「はい、いただきます」
2人で席に着き、手を合わせる。圭香さんはトーストにバターをたっぷり塗り、そこにサラダを乗せる。
「京ちゃん、マヨとって」
「はいはい」
そこにマヨネーズをこれまたたっぷりかける。更にハムエッグを乗せ、塩コショウを振ったら更にその上からトーストで挟み込む。
「でっきた~!あ~……んー!美味しい!やっぱ私って天才かも!?有り物でこんな美味しいサンドが作れるなんて」
「ほっぺにマヨと黄身が付いてるよ」
「おっと」
そう言いながら圭香さんはパジャマの袖で頬を擦ろうとする。が、俺はそれを間一髪阻止。
「いや、パジャマの袖で拭わないで。子供じゃないんだから」
そう言って俺はティッシュで彼女の顔を拭ってやる。
「む~……」
先程まで上機嫌だったはずの彼女が、何故だかジト目で此方を睨んでくる。心なしか顔も膨れっ面だ。
「どしたの圭香さん」
「なんか子供扱いされてる気がする」
「そりゃ、やる事が子供っぽいから……」
「そのくせ私に敬語だよね?私の方が歳下なのに」
「………………」
そんな彼女の指摘に思わず黙り込む俺。そう、俺は31歳、彼女は28歳。彼女の方が3つも歳下だ。それでも俺は彼女を目上の存在として扱い、話しかける時には敬語を使う。これにもちゃんとした訳があるのだが、簡単に説明すると俺なりの『ケジメ』なのだ。
「はぁ、まぁいいや。この話は何度もしてるし、諦めたわ」
「……ごめんね?」
「あやまらないでよ」
「あぁそうだ、今晩のご飯は何がいいかな?リクエストに応えるよ」
「ホント!?じゃあね、豚の角煮!トロットロのプルップルの奴!」
「了解」
そんな会話を交わしつつ、朝食を終える。その後彼女は顔を冷たい水で洗い、寝ぼけた顔と思考を完全に洗い流す。そして化粧をし、スーツを着て、外での彼女へと変身を遂げる。
「はいこれ、お弁当」
「わぁ、毎日ありがとう」
「いいよ。……養って貰ってる身としては、寧ろこれくらいしか出来なくて心苦しい限りだよ」
「またすぐそうやって自分を卑下する~……先輩の悪い癖ですよ?」
「アハハ……ごめん」
「ホラまた謝る」
「ごめ……おっと」
思わず謝りそうになったところで、彼女の睨むような視線に射竦められる。
「京太郎先輩」
「……何?」
瞬間、唇に彼女の唇が触れる。驚いて固まる俺に彼女はしてやったりと笑っていた。
「元気の出るおまじないです、今日も一日頑張りましょうね!」
そう言って玄関を元気よく飛び出していく彼女の背中を、俺は真っ赤に染まった唇のまま呆然と見送っていた。
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