SHOCKER 世界を征服したら
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忠臣の軌跡
前書き
注意書き
・ブラック将軍の過去捏造
・人によっては読みにくく感じるかもしれません
・長文になってしまってます
・本作は特定の人物・思想を批判、または賛同するものではありません。
「それでも読んでやるよ」という御心の広い方は是非、下へスクロール!!
(`゚皿゚´)/イーッ!!
1978年 ゲルダム州 州都コンゴエリア
ショッカーが世界征服を達成してから4年後―。
統一後間もなく、世界はショッカー及びその下部組織に分割された。
東アジア及びユーラシア大陸にはショッカーが治めるショッカー直轄州、北米大陸にはGOD機関が治めるGOD州、南米大陸はゲドンが治めるゲドン州、豪州大陸はデルザー軍団が治めるデルザー州が、ヨーロッパはネオショッカーが治めるネオショッカー州が、地下及び深海はバダンが治めるバダン州が、月などの地球外惑星はゴルゴムが治めるゴルゴム州がそれぞれ設置された。
その中でも旧アフリカ大陸はショッカーの下部組織の一つ、ゲルダム団によって統治されていた。そして州行政長官にして、ゲルダム州の権力を一手に掌握している男こそ、ゲルダム団大幹部、ブラック将軍である。
「イノカブトンよ、此度の不穏分子鎮圧の功績を讃えて貴様をアルジェリアエリアの行政長官に任命する」
「ハッ!ありがたき幸せでございます」
ゲルダム州の州都、コンゴエリアにある大ショッカー党コンゴ支部では地方エリアの行政長官の任命式が行われていた。任命式といっても執務室の中でのみ執り行われる簡易的なものであるがイノカブトンからすればそんなことは関係なく、大幹部から任命されるので最高の栄誉である。
やがて式が終わり、イノカブトンは意気揚々と退室する。それを見たブラック将軍は溜息をつくと大量の書類に目を通した。財政状況や新規改造人間の補充などゲルダム州の内政に関するものである。ある程度、書類に目を通すとブラック将軍はパラパラとめくる。その姿は軍人というよりはもはや立派な統治者だった。
この数年間、各組織の大幹部達には大首領の為、世界の為、ショッカーの為にどれほど迅速に、かつ安定的に統治を行えるかが試されてきた。
元々、政治に疎かった者もこの数年間で鍛えられ、今ではすっかり各州や各エリアにおいて絶対的な権力を有する統治の最高責任者として君臨している。
並の人間なら権力に溺れ、私利私欲に走り、腐敗を起こす。それを防ぐための大幹部による直接統治体制である。
州の最高責任者を大首領に仕えることを至上の喜びとしているショッカー最強クラスの怪人集団である彼らにすることにこそ意味があるのだ。
一般怪人では最高責任者として不適合であり、成り上がれたとしても精々、地方エリアの統治者が限界である。
(※野心高く、自己保身に陥りやすい大幹部には裏切り防止の為に大首領親衛隊が秘密裏に査察を行っている。ヨロイ元帥やデルザー軍団の大幹部がこれに相当する)
粗方の書類に目を通すとブラック将軍は椅子の背もたれにもたれかかる。
かつて祖国を失い、主を失い、名誉まで失って灰色に見えていた筈の世界がすっかり様変わりしたものだ。今でもこれが現実なのかとたまに実感がわかないことがある。
ブラック将軍は目を細めると、ゆっくりと瞑った。
すると彼の記憶はゲルダム団入団前の帝政ロシア陸軍時代へと遡っていった。
それらは彼からすれば、過ぎ去りし日の、それも文字通り"人間"だった頃の記憶だが非常に懐かしく思えた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
全てはこの国を救う為に!全てはより良き明日の為に!我が偉大なる皇帝陛下に栄光あれ!!
あの男の忠誠心は見上げたものだ。それ故に彼は反逆者を許さず、笑いながら反逆者を殺せる。――畏怖の念を込めて、そう評されるロシア帝国陸軍の将軍、それがブラックである。
戦場で彼の名を聞けば敵だけでなく味方からも恐れられた。
というのも彼は降伏した敵国の兵士に対して平然と残虐行為を行うことで有名だったからだ。だがこの残虐行為も彼に言わせれば"捕虜をとる手間を省いている"だけであり、彼の"戦場におけるささやかな楽しみ"でもあった。
そもそも彼は諦めることが大嫌いであった。それ故に降伏というものも嫌いだった。これらは繋がらないように聞こえるが降伏とは即ち、戦うことを諦めたことを意味する。よって彼の前で降伏した者は例えそれが武装解除した敵兵であろうが自国にいる反乱軍であろうが皆殺しにした。
しかし、そんな彼の行動は国内において一度も問題視されたことは無かった。というのも彼は代々、ロマノフ家に仕えてきた将軍を歴任してきた由緒ある家系の出自だからだ。歴代皇帝に仕えてきたということもあって国内における彼の家の権力の強さは皇族に次ぐものである。
誰も問題にしたがらなかったし、そもそも敵はロシア帝国、ひいては皇帝に仇なす賊軍であるため、多少の行為は目を瞑られた。
日露戦争や反乱分子の掃討作戦など当時、帝政ロシアが参戦したほぼ全て戦争、軍事行動で指揮を執り、国軍の中枢を担っていた彼を失うことを皇帝ニコライ2世が危惧したからとも言われている。
対するブラックもそのことに気づいていた。そして自分に便宜をかけるニコライ2世に対する忠誠心を一層、熱くしていた。
『陛下への忠誠こそ我が人生、我が誇り』
ブラックの心は常に祖国、そして皇帝と共にあった。
1917年。この時、ブラックは40歳。
当時、ロシア帝国はサラエボ事件を発端とする大戦で連合国側に立ってドイツ帝国と戦争を行っていた。
後に第一次世界大戦と呼ばれる史上稀に見る大戦争である。近代化の面で一歩先をいっていたドイツ・オーストリアはロシア帝国を蹂躙し、次々と有力なロシア側の軍勢を破っていった。
そこで皇帝自ら、戦場で軍の指揮を執るべくドイツ軍が巣食う帝国東部に赴かれた。それに対するようにブラックはドイツ戦線から首都に一時、帰還していた。
その時だった。
ブラックにとって、いや、ロシア帝国にとって決して忘れることのできないあの事件が起こったのは―。
――――――――――――――――――――――――――――――
首都 ペトログラード
「何でこんなことになったんだ!!!」
吾輩は天井を仰ぐと吠えた。
首都ペトログラードにある最高司令官本部の執務室が怒声で震えた。我ながら凄まじい声量である。
「ふざけるな……戦時中だというのに何故だ!?何故なのだ!?」
吾輩は怒気を孕んだ声で卓上のペトログラード市内の地図を睨みつけた。
地図には所々、赤丸で示された場所がある。
これが意味するのは……現在、反乱が起きている場所である。
当時、首都では偉大なる皇帝陛下が不在のため、皇后陛下とラスプーチンが政府を主導していた。
しかし戦争の長期化による物価の高騰、食料の不足はもとより酷かった国民生活をさらに悪化させた。
それにより国民は挙って「戦争の早期終結・皇帝の退位・食料事情の改善・議会の開設」を求めるようになった。
数日前からストライキやデモが国中で起こり、生産現場からは悲鳴が上がっている。今では市民達はシュプレヒコールを上げながらデモ行進を行っている。
「皇帝は退位しろー!!!」
「戦争の早期終結を!!!」
「労働者に職とパンをよこせーー!!」
このシュプレヒコールは遠く離れた吾輩のいる最高司令官本部まで届いている。最初こそ、その内容に対して怒りを堪えていたが、皇帝を『無能で無用な支配者』と呼ぶようになってからは遂に堪忍袋の緒が切れた。
「我ら国民と労働者に権利を!!自由を!!」
市民はペトログラード中にいる労働者達と手を組み、依然としてシュプレヒコールを叫び続けていた。
その内容にとうに我慢の限界を超えていた吾輩は大声で叫んでしまった。
「馬鹿者共がぁ!!民衆に権利なぞ与えればいつしか必ず増長し、この帝国を蝕むに決まっているではないか!そんなことも分からないのか!」
ひとしきり叫ぶと冷静さを取り戻した。ひとまず落ち着こうと深呼吸をする。
所詮、敵は小勢だ。すぐに首都近辺にいる連隊が賊軍を血祭りに上げることだろう。
事実、先程入った情報では、この叛乱に対して参謀本部はヴォルイニ連隊を鎮圧に向かわせたという。
「まぁ、精々、暴れているがいい。どうせ叛乱なぞ即座に鎮圧されるのだ」
間もなくだ。間もなく、貴様らの叛乱も無事、無駄に終わるのだ。
精々、あの世で後悔するがいい!
数十分ほど経っただろうか。
執務室の扉が乱暴に開け放たれる。
「ブラック将軍!!参謀本部より緊張連絡です!ヴォルイニ連隊が…!連隊が!」
吾輩の執務室に彼の部下の士官が血相を変えて飛び込んできた。
ヴォルイニ連隊と聞いて吾輩はホッとした。
これで勝った。これで日常に戻る。鎮圧後は治安維持が忙しくなりそうだが、とにかく一件落着だ。
「ほう、貴官のその慌てぶりと迅速な報告からするにヴォルイニ連隊は予想以上に"仕事"が早いのだな」
士官は吾輩の顔を見つめると悔しそうな顔をした。数秒間、間が空いた。何事かと身構え始めた時、士官は弱々しい声で報告を始めた。
「そうではないのです。ヴォルイニ連隊が叛乱に同調したのです」
「……な……に?」
士官からの報告、それは鎮圧部隊の叛乱同調の報せだった。余りに現実離れした報告に呆気に取られた。
心なしか目の前の光景が歪んで見えた。
目の前の士官は何と言ったんだ?叛乱鎮圧に向かったはずの部隊が叛乱に同調したと言ったのか?
そんな馬鹿なことありえるのか?あっていいのか?
「冗談だろ?私をからかっているのか?」
吾輩は士官が「冗談です。」と言うのを期待した。しかし、士官はうつむいたままで何も答えない。それは士官からの報告が事実であることを意味していた。
次第に拳がプルプルと震えた。怒りの余り、顔に血が集まり、熱を持って赤く染まっていくのを感じた。
「一体、どうしたらそんなことになるのだ!!」
そう叫ぶが早いか、再びドアが開くともう1人、士官が報告にやって来た。顔面蒼白で息咳切っていた。
「今度は何だ!?」
「ハッ!ヴォルイニ連隊と共に鎮圧に向かっていたプレオブラジェンスキー連隊、モスクワ連隊も叛乱に同調ッ!!首都守備隊の殆ども叛乱に同調しています!!」
「他の連隊もか!?」
先程、報告に来た士官は驚き、手を額に当てた。吾輩も例外ではなく報告が信じられずに、机にドッカリと項垂れた。ここまで吾輩がショックを人前に見せたのは初めてだろう。
こんな態度になるのには首都守備隊が反乱に同調を起こしただけが理由ではない。もっと深刻なことが起きたことを理解したからだ。
「……そこの士官、プレオブラジェンスキーと言ったのか?何かの間違いだろ?ありえない……モスクワ連隊やヴォルイニ連隊が裏切ろうとあの連隊が裏切るはずがない…!だってあの連隊は……」
近衛連隊、近衛歩兵の第一連隊なのだぞ………。
そう言いかけて立ち上がろうとしたところで目眩がし、フラついた。
こんな言い方はおかしいがモスクワ連隊やヴォルイニ連隊が叛乱を起こすならまだ理解はできる。これらの連隊はモスクワやヴォルイニの防衛が目的の連隊だからだ。中にはただ雇用を求めて軍人になったものも所属しているだろう。
だがここにきて本来、皇帝と帝国に絶対的な忠誠を誓っているはずの近衛連隊まで叛乱を起こしたのだ。
「さらにこれら叛乱蜂起軍によって橋、駅、中央郵便局が占拠されました!!ペトロパウロ要塞、兵器庫の陥落も時間の問題です!!」
ペトロパウロ要塞、そこは国家から政治犯と見做された人物を収監している政治犯収容所としての役割を兼ねている。そんな場所を陥とされたら、叛乱は激化することになる。
益々、悪化する非常事態に意識を手放さないようにするだけで必死になる。
そんな中―
ドシッ!!!
ボルトアクションライフルを構えた兵士が3名、ドアを蹴破って室内に侵入する。普段ならこんなことが起きても臨機応変に動けるのに状況が状況だったために頭の切り替えが上手くできず、身体が動かなかった。
「目的は将軍の拘束だ!部下の士官は撃てッ!」
1人がそう言うと残りの2人が報告に来た部下達を容赦なく射殺した。
「ギャッ!!」
「ウッ!!」
豪華な室内に脳髄と血飛沫が飛び散る。
おそらく襲撃者達は反乱に同調したという何れかの連隊のメンバーなのだろう。人数が少ないところを見ると吾輩を捕らえるために先にスパイとして潜り込んでいたと見るべきか…。
「貴様ら……!!陛下を裏切るのか……ッ!!」
怒りに震える。吾輩が襲撃者達を睨みつけると、彼らは口々に語り始める。
「もうたくさんなんです!!」
「国民は自由とパンを欲しております!何よりも彼らを優先すべきです!」
「こんな国、いや帝政を打倒するべきなんです!」
なんと身勝手な主張だろう。
200年近く続いている祖国より、民の生活を優先するとは愚かにも程がある。祖国が無ければ、偉大なる陛下の御慈愛が無ければ国家運営ができず、民の生活もままならないというのが分からないのか?
怒りから手がプルプルと震える。それからの行動は自分で思うよりも早かった。
「この裏切り者共がぁぁぁぁ!!!!」
吾輩はサッとホルスターからリボルバーを抜いた。てっきり、吾輩が大人しく降伏に応じると思っていたのだろう。蜂起軍の兵士達は何が起きたのか理解できないような間抜けな顔のまま射殺された。
パンッ!!パンッ!!パンッ!!
眉間に命中。兵士達は即死し、その場に膝から崩れ落ちる。
吾輩は死体と化した彼らをチラッと見た。見れば見るほど怒りが沸いてくる。我慢ができなくなり、死体の一人に強烈な蹴りを入れた。彼らが死んでいるのが幸いだった。怒りを込めて放たれるそれは意識があれば激痛に悶ていただろう。
1回、2回、3回……。骨が砕ける鈍い音が響く。
クソッ!クソ共が!!愚か者が!!間抜けが!!ふざけるんじゃない!!
帝政の打倒だ?そんなこと……そんなこと……起こってはならないんだ!!!
しばらく蹴り続けていると砲声が鳴り響いた。その音にハッと我に返る。慌てて窓の外を見ると政治街のあちこちから黒煙が上がっている。きっと叛乱に同調した連隊の一部が近くの市庁舎に砲撃を行っているのだろう。
ここが砲撃されるのも時間の問題だ。もう間もなく、コイツらの仲間がここにやって来るかもしれない。
悔しいが今は逃げるしかない。
吾輩の決断は早かった。
非常に屈辱的な選択だがこの場に留まっても殺されるか、アカ共の一方的な裁判にかけられるだけだろう。
吾輩はすぐに司令部を抜け出し、首都を去った。
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☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
蜂起軍の勢いに押され、皇帝ロマノフ2世は退位しました。帝政は打倒され、おバカな自由主義者達が主導する愚劣な臨時政府が誕生したのです。こうして『二月革命』と呼ばれる革命は終焉を迎えました。
勿論、平和と秩序を愛するブラック将軍は断固として反対の立場をとっていました。
しかし、おバカな連中に扇動された民衆はそれを嘲り、偽りの幸福を手にして浮かれていました。我らがブラック将軍はこれに嘆かれ、逃避行が新たに始まりました。
それからしばらくして、将軍は逃れたシベリアで新聞を読んでいた時に驚きました。
なんと彼の祖国を倒したおバカな革命家達もまた、革命を起こされたというのです。そして将軍が愛してやまなかったロシアはソヴィエトと名前を変えられて、社会主義というさらにおバカな考え方の国になってしまいました。
将軍はこの報せを知って悲しまれました。彼は祖国をとても愛していたのでおバカな別の国になってしまったと知って身を切られるような思いだったといいます。
そして誓いました。いつの日か故郷の人々を救おうと。いつの日か世界中の人々を本当の意味で幸せにしようと。
1985年 ショッカー教育省発行『幼年生向け大幹部偉人伝』より
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首都ペトログラードを脱してからは労働者の変装をして帝国各地の都市を転々とした。辛く長い日々だった。吾輩は最終的にカザン、ソチを経由し、まだ革命の影響が少なかったシベリアに避難した。
しばらくして、シベリア鉄道の汽車を乗り継ぎ、新たな逃亡先であるシベリアに到着した。時間は深夜過ぎ、間もなく早朝になろうとしていた。辺りはまさに暗闇の銀世界。一見、美しいが吾輩にはそれが死神の髑髏の色に見えた。駅を降りて通りを歩く。人通りが全く無いのがまた不気味だった。
通りからそう遠くないところにはキオスク(ロシアやドイツなどにある露店式の小店)があり、たくさんの紙束が置かれていた。恐らくは今日の朝刊だろう。何気なくその中から一部手に取り、1面を見た。
!!!!!!!!!
その内容に目を剥いた。全身の毛が粟立つのを感じた。呼吸も荒くなる。
目を疑った。これは悪夢ではないかとも疑った。
『ソヴィエト社会主義共和国連邦成立!』
その文字は見つめれば見つめるほど、吾輩をあざ笑うように踊り始めた。
落ち着け、落ち着け、まずは情報収集だ。
焦る気持ちを抑えながら、新聞を食い入るように読んだ。
内容はこうだった。
ロシア臨時政府がニ月革命の結果に不満を持つ労働者に倒された。レーニン率いるポリシェビキと共に社会主義革命を起こしたらしい。
革命によって誕生した政府が革命によって倒されるという皮肉に塗れた結果だ。
未確認情報ではあるが、既に皇帝陛下も他の皇族と共に赤軍に捕らえられているという文面を見た時には手元が震え、吐き気を催しそうになった。
恐らく、間もなく陛下は殺されるのだろう。すぐにでも救助に向かいたかったが今の吾輩ではどうすることもできなかった。
「フフ……フハハ…」
自分でも信じられないことだが乾いた笑いが出た。
滑稽なわけでも、面白いわけでもないのに笑いが止まらない。
革命か……。
革命、革命、革命、革命…………。
突然、怒りが心を支配する。
笑いが雄叫びに変わる。
何が革命だ!!!
何度、革命を起こせば気が済むのだ!!何度、秩序を破壊すれば気が済むのだ!!
何がソヴィエト(評議会)だ!!
我らが皇帝陛下の権威を貶めるのが民意だというのか!?祖国を破壊するのが民意か!?吾輩は認めない!!どれもこれも!!こんな結果を認めてなるものか!!!
しかし、いくら義憤に駆られようと現状は何も変わらなかった。ただただ非常な現実のみが残されていた。
その後、ソヴィエト成立に反対する一派がロシア白軍を組織し、ソヴィエト率いる赤軍と内戦を開始した。
世に言うロシア内戦である。
しかし、この内戦に参加する気になれなかった。
赤軍の思想はもとより反対だが、白軍の方にも参加するつもりはなかった。吾輩から見て白軍は『帝政復活』ではなく『自由主義の維持』というくだらない目標の為に戦っている反逆者に過ぎなかったからだ。
ソヴィエトからは追われ、白軍にも参加しないとなれば残るは他国へ亡命するしかない。
しかしいざ亡命しようと入国先となる国々に亡命を打診してもどこもいい返事はしてくれなかった。
何故か、どこも受け入れたくなかったのだ。吾輩は今まで戦場で捕虜は獲らず、皆殺しにしてきた。
そんな吾輩の亡命を受け入れることで欧米各国は国際的信用が落ちることを恐れたのだ。
やっとのことで一足先にアフリカに亡命していた元貴族の友人の力を借りて秘密裏にケニアになんとか亡命することができた時はホッと胸をなでおろした。
それからはブラックはケニアにある彼の別荘兼研究所に泊まりこむ生活を続けた。
そんなある日―
「これから先、どうするんだ?これからどうするのか決めているのか?」
昼食を食べ終え、ロシアンティーを飲んでいると共に食事を取っていた友人に尋ねられた。
ブラックを受入れてくれた友人……、彼は元貴族である傍ら、民俗学や考古学を研究しており、世界中に拠点があった。帝政が崩壊してもすぐにケニアに亡命できたのはそのためだ。
しかし彼は変わり者だった。『男爵』という貴族の中では最低の位でありながらも他人の目を気にせず、自らの趣味に生きているような人間だった。貴族や高級将校ばかりを集めた舞踏会の時にはタキシードや背広ではなく、黒い毛皮の衣にマンモスの骨の兜を被って登場してきたほどだった。
「特に決めてないな…」
「よかったら俺と一緒に来ないか?研究のために人手を集めているんだ」
彼の話を詳しく聞くとここ、ケニアに気になっている部族がいるらしく彼らを研究するために人手を集めているのだという。その部族は現地特有の土着宗教や呪術を信仰し、同時に『牙の生えた生物』を神聖視しているという。
聞いていて興味が尽きなかった。それに助手としてついて来れば研究費の一部を給金としてブラックに支払うつもりでいるらしいこともまた魅力的だった。
しかし、ブラックはその提案を断ることにした。
友人とはいえずっと頼ってばかりはいられない。既に衣食住の殆どを依存いきっているこの状況で、更に職業まで面倒を見てもらうのは忍びなかったし、何より、元将軍としてのプライドが他人に依存し続けることを拒んだ。
「いや、ずっと世話になるわけにもいかんよ。そろそろ俺は自立するとするさ。近々、ここからも出ていくよ」
そう言うと友人は溜息をつくと、少し寂しそうな顔をして見せた。
きっとこれから孤独になる自分のことを案じてくれているのだろう。
彼は傍から見れば一風変わった男に見えるが、本当は信義の厚い漢なのだ。
「そうか…。お前がそう言うなら、仕方がないな。
俺はこれからもここで研究を続けるよ。何か困ったことがあったらいつでも頼ってくれ」
数日後、友人に別れを告げるとブラックはベルギー領コンゴへ渡った。
当時、コンゴはベルギーの植民地であったが大戦後の民族自決の流れを受けて独立の機運が徐々に高まっていた。そこでなら自分を受け入れてくれる場所があるはずだ。運が良ければ元将軍の経験を活かして活躍できると思ったのだ。
だが現実は非常だった。
金も地位も無くしたただの亡国の男の居場所などなかったのだ。軍人としての経験を活かして傭兵になることも考えたが、傭兵になるにしては肉体的・年齢的な限界が近づいていた。やっとのことで就けたのは日雇いの肉体労働、それも他の低所得者達と同じ雑用係だ。
汗だくになり、どんなに真面目に働いても安い給料でそのまま酷使された。
また、亡国の民。それもロシア人ということもあってか現地での風当たりは厳しかった。現地民からの侮辱と嘲笑、無視。差別は当たり前だった。
おまけに給料が極端に安いせいで稀に食事にもありつけない日もあった。そんな時は腹を満たすために道端の泥や草でも胃にねじ込み、喉の渇きを潤すためなら泥水や雨水でも飲んだ。
このような生活を続けていくうちに、魂まで刷り込まれていた元将軍としてのプライドは完全に破壊された。こんな悲惨な現実から目を背けるかのように過去を懐かしむ日ばかりが続いていた。
自分は名家の生まれで優秀な将軍だった、
何度も祖国の危機を救ってきた英雄であり、自分を知らない者など同胞にはいなかった………と。
だがどんなに強く過去を懐かしんでも、ふとした時に現実に引き戻された。
『優秀』だったはずの自分は祖国から遠く離れたコンゴで他の無能な屑共と最底辺の生活を送っている。
そんな日々を送って23年もの月日が経過した。
1942年―。
数年前、ドイツ帝国……いや、ナチスドイツがポーランドに侵攻したことに端を発する、いわゆる第二次世界大戦はナチスドイツら枢軸国の破竹の勢いがイギリス・ソ連の抵抗によってまさに途絶えようとしていた。また東洋では大日本帝國がアメリカの真珠湾を攻撃したことで大東亜戦争が幕を開けていた。
しかし、コンゴという安全地帯にいる吾輩に激動の世界の流れは関係なかった。来る日も来る日も日雇い労働をこなし、安宿と場末の酒場を往復する虚しい生活が続いていた。
その日も吾輩はトボトボと通りを歩いて、安宿へ向かっていた。時刻が夜半過ぎと言うこともあってか人通りは全くない。あるのはガス灯による薄明かりと歩く度に伸びる自身の影だけ。
いい加減、疲れた。
ふと、通りの脇にあった写真屋のショーウィンドウの前で立ち止まる。そこには屈強そうな軍人の写真が並んでおり、思わず見入ってしまった。写真の中の軍人は将校のようで右胸には豪華な勲章を何個もつけていた。
ショーウィンドウをもっとよく眺めようと顔を近づける。するとそこに映ったのはボロ切れのような服を着た、無精髭を生やし、やせ細った、病人のように青白い顔の男……自分自身の姿だった。
途端に情けなくなった。やり場のない悔しさと怒り、哀しみが波となって襲いかかる。
その次にやってきたのは後悔。今となってはどうすることもできない後悔だった。
運命が少し違えば自分もこの写真の男のように祖国に忠義を尽くし続けることができたかもしれない。
あの時、革命さえ起きなければ……
あの時、ロシア帝国が滅びなければ……
あの時、戦争に勝っていれば………、
あの時、あの時、あの時、あの時、あの時………………。
鬱憤と孤独と絶望。そして怨念。
誰もが、何もが、自分を見ようとしない。
それどころか、自分より愚かで劣っているにも関わらず、自分を侮辱し、拒絶し、見下し、剥奪し、搾取し、踏みつけようとする。
しかし、どんなに憤ろうが、嘆こうが、叫ぼうが変わらない現実。
その時だった。
「すみません、……貴方、ブラック様ですよね?」
「ん?」
ふと、後ろから声がして振り向く。
声をかけたのは白人女性だった。スラリとした金髪が特徴的な、中々の美人だ。
「ですよね、やっぱりブラック様ですよね!元将軍の!」
「だったら何だと言うんだ。見ての通り、吾輩は堕ちるところまで墜ちている…。もう、かつての吾輩じゃないんだ。分かったら帰れ」
こんな女は無視するに限る。
関わるとろくなことにならないのは容易に想像できる。
踵を返して歩を進めようとした。
すると―
「戻りたくないですか?あの栄光の日々に」
ピタリ
思わず立ち止まった。
条件反射的と言ってもいいその反応に吾輩自身、驚いていた。戻れないと分かっていても、心のどこかではあの栄光を取り戻したいと思っていたようだ。
「……戻れるならな。だがそんなことができたら苦労はせんよ」
「それができるんですよ。貴方は首領様に選ばれたのですから…」
「首領?誰だそれは?」、振り返ってそう聞き返す前に女はズイッとブラックに擦り寄り、一冊の本を取り出した。いや、本というよりはパンフレットが数枚積み重なっただけにも見える。確かに見た目だけは本なのだがそれくらい薄かったのだ。
ブラックはそれを受け取ると、表紙のタイトルを読んだ。
「『ゲルダム教の教え』?なんだこれは?新興宗教か?」
「新興ではありません。ここ、コンゴに古くから伝わる由緒正しい密教結社です」
興ざめだ。久しぶりに話せるかもしれない人物に出会えたと思ったが結局、ただの宗教勧誘だったのか…。
「宗教勧誘ならごめんだ…。もう神を信じる気になれないのでね」
もし神が本当にいるのならこんな惨めな自分の現状を放置しておく訳がない。放置されているということは存在しないということに他ならない。
勿論、神が意図的に吾輩を見放している可能性も考えられるが、等皆しく神の子である"人間"を見放しているようでは到底、神とは言えない。
「『信じる気になれない』だなんて……。そんな悲しいこと言わずにまずは読んでみてください」
その後、何度も断ったが壊れたレコードのように同じことを繰り返す女に負けて仕方なく読むことにした。
パラリとページを捲る。元々が薄かったためかものの1、2分で読み終えた。
内容を要約するとこうだ。
どんなに優秀な者も愚者が統治するこの腐敗した世界にいる限りは劣等で矮小な凡人と同じレベルに扱われてしまう。ゲルダム団はこれを世界的な問題と捉え、偉大なる教祖様の元、優秀な人間が支配する"正しい世界"の建設を目指して活動しているのだという。
粗方、筋を読むと吾輩は何とも言えない馬鹿らしさを覚えた。思わず肩を竦める。
子供騙しの幼稚な思想だ。自分の不遇は自らより劣等な誰かのせいだとでも言わんばかりの責任転嫁じゃないか。
「……馬鹿馬鹿しい。優秀な人間がその他凡人と同レベルに扱われる?そんなのいつの時代でもあったことではないか……。しかし、その中でも這い上がり、努力した人間こそが真に優秀なのではないのか?こんなことをバカ真面目に広めて回っているのは誰なんだ?」
「ゲルダム団教祖である首領様ですね」
よく考えれば……いや、よく考えなくとも吾輩がした質問は馬鹿らしいものだった。どの宗教団体でもその教義を一番に説き、広めて回るのは教祖に違いないからだ。
吾輩は目を細め、大きく背伸びをするなどあからさまに退屈そうな態度をとった。
女が吾輩の態度に察して諦めて帰ることを期待したのだ。
「もう一度言いますが、首領様は貴方を選ばれたのです。一度、お会いになってみませんか?何かが変わるかもしれませんよ?」
女は決して諦めることなく宗教勧誘を続けた。それどころか自分を教祖の元に連れて行こうとしているのだ。
ここまでくると馬鹿らしさを通り越して呆れてくる。
「どうか我々のところに来てください。我々は貴方を救いたいんです」
……もう、なるようになれ。
どうせ、吾輩は堕ちるところまで墜ちている。
ついて行ったところでどうせ手品の類でも見せられ、高い品々を買うようにせびられるのだろう。まぁ、いずれにせよ、この非常な現実から目を背けられるし、暇潰しくらいにはなる。
教祖がどのような人物なのかも気になった。
「……ハァ、分かった、負けたよ。行くよ、行けばいいんだろ?」
溜息混じりにそう言うと、女の表情が急に明るくなる。
「ありがとうございます!では、ついてきてください!!」
ハイテンションになった女についていくと都市特有の入り組んだ薄暗い路地裏を抜け、寂れたバーの中に入る。
店内は非常に洒落てはいたが、客の数が全く無い。
店内を警戒しながら女についていく。従業員しか入れないような店の奥に通されると、非常に長い廊下が続いていた。
「おい、本当にここなのか?バーの中にある宗教団体なんて聞いたことないぞ?」
「ここであってますよ、もうすぐ首領様のおられるところですよ」
明るい表情のまま女は言い、歩を進める。
間もなく教祖のところだと言ったが一体、どこにいるというのだろうか?このバーの店主が教祖なのだろうか?
そうこう考えていると突然、女が通路のど真ん中で立ち止まった。通路の壁面には不気味な絵が額縁入りで飾りている。
描かれているのは鷲に絡みつく蛇。さらにその下には無数の骸骨が横たわっている。題をつけるとしたら『死神の晩餐会』。
そんな不気味な絵の前で女は立ち止まり、絵をじっと見つめる。
嫌な予感がする。
「まさか、この絵が教祖だなんて言わないだろうな?」
吾輩が質問をしても女は黙ったままだった。
……まったく、舐められたものだ。
沈黙を肯定と受け取った吾輩は怒りが脳天に達し、力強く握り拳を作る。
女だろうが男だろうが関係ない。この女は吾輩をこんな場末の場所まで連れてきておいて肝心の教祖とやらをこんな不気味な絵だと主張する気なのだ。
人を侮辱するとどうなるのか分からせてやろうと拳を振りかぶる準備をした……その時、
「なっ!?」
ブラックは目の前で起きている光景が信じられなかった。絵が突然、水面のように波打ち始めたのだ。すると女はその絵の中に手を突っ込んだ。まるで水がいっぱいに入った桶の中に手を入れているようでもあった。
スルリと女の姿が絵の中に消える。
確か、東洋ではこのようなことを『狐に化かされた』というらしいが、この状況はまさにそれだ。
「ついて来てください」
絵の中から声がする。
意を決して飛び込むと無機質な薄暗い地下室のような空間に出た。少し先には大きな開き戸があり、その前に女が待ち構えていた。女は「こっちです」と更に奥へと手招きする。
「驚かせてすみません。ちょっと驚かせたくて」
女は軽く笑ってみせたが、とても一緒に笑う気にはなれなかった。それよりも先程、体験した未知の技術の方が気になった。
女はそれを見越したのか語り始めた。
「先程、貴方はあの絵が教祖かと尋ねられましたが、それは違います。我が教団の教祖であられる首領様はもっと気高く尊いお方です。それにあの絵はただのホログラムに過ぎません」
「ほ、ホログラ?」
「ホログラムです。我がゲルダム団の科学陣が開発したもので、空間に映像を浮かび上がらせるいわば次世紀の技術です」
次世紀の技術。そんなものをたかがアフリカの宗教団体が開発できるわけがない。
列強諸国が開発できないものをただの密教集団が開発できるわけがない。
これは幻なのではないか?過酷な現実から逃れようと脳が見せている幻覚・幻聴なのではないだろうか?
「それだけではございません。ミサイルに、ロボット兵器、スーパーコンピューター……どれも数十年先の技術・科学力を我が組織は有しています」
何ということだ。
吾輩にはそれらの技術が一体、何なのかは分からなかったがこの世界に革新をもたらすかもしれないものなのは直感で感じた。
本当にこの組織を指導する教祖という人物は優れた人物なのかもしれない。
「しかし、本当にすごいのはここからです」
すると女はさらに奥へと進み、吾輩も後に続いた。
ある程度、進むと頑丈な扉が立ちふさがり、その横には1から10までの数字が書かれたボタンと手型が並んでいた。
女は後ろを振り向き、吾輩の顔を見つめるとこれ見よがしに4桁の番号を押した。続いて手型の方に自身の右手を押し当てる。
ピッ!とどこからか電子音が鳴り、正面の扉が開いた。中はエレベーターだった。
女が何やら数字を打ち込んだり、手を押し当てるなどしていた機会な行動はどうも鍵の類だったらしい。
ついさっきの絵画……ホログラムといったか、それに比べれば見栄えはないが、これもまた数十年は先を行った技術なのは分かった。
「この下です。ここから先き我が教団の首領様と外部にひた隠しにしている、いわば最高機密があります。………こちらから誘っておいてなんですが後戻りするなら今ですよ?」
―覚悟がないのなら帰れ。
遠まわしではあったが、急に能面のようになった女の表情と低くなった声色からそれが伝わってきた。
一瞬、迷ったがここで帰れば、かつての栄光は取り戻せず、この底辺のような生活を続ける羽目になる。
吾輩は覚悟を決めた。
ここまで来たらこの教団の深層部を覗いてやろう。
教祖が何者なのかも暴いてやろう。
「いや、後戻りはしない。連れて行ってくれ」
「フフッ、分かりました」
――――――――――――――――――――――――――――――――
吾輩は女と共にエレベーターに乗り込んだ。
開き戸がゆっくりと閉まり、地下へと降りていく。
これから何を見せられるのだろうか?ホログラムや電子鍵よりもすごい発明など想像もつかない。
それに教祖は何故、吾輩を呼んだのだ?
様々な疑問が頭の中に渦巻く。
そのせいか、エレベーターでの移動はものの数十秒だったが体感時間では数分のことのように感じた。
リフトが最深階に到達し、重厚な扉が機械音を立てて左右に開く。
目の前に広がったのは、ここが地下なのかと思うほど広大な空間。そこには―
「ギーッ!」
「ギーッ!」
「は?何だ……こいつらは?」
そこでは青、黄色からなるカラフルなコスチュームを着た男達がナイフを手に、何やら訓練をしていた。
そのあまりの奇抜な光景に思わず声が出てしまった。
それに気づいてか奇怪な男達は吾輩と女の姿を見て、そそくさと一箇所に集まり、整列した。
そして両手を胸の前でクロスさせると叫んだ。
「「「ギーーーッ!!」」」
「彼らは戦闘員です。信者の中でもとりわけ信仰心の強い者にゲルパー剤という薬剤を飲ませることで作り出しました」
女が耳元で囁く。
戦闘員……そうか、彼らはこの教団の私兵なのか。
戦闘員とは本来、正規軍の構成員などを指す用語ではあるが、おそらく"戦闘要員"の略称なのだろう。
「そのゲルパー剤というのも教団が作った薬剤なのか?」
「はい。そのゲルパー剤ですが、これは服用した者の身体能力を常人の4倍ほどにまでに大幅に向上させる奇跡の妙薬です。ちなみに我が教団において戦闘員とはこれを服用して戦闘要員となった信者のことを指します」
すると女は腰に手を当てて猫背になると軽く笑いながら舌を出し、少し困ったような顔をして見せた。
「まぁ、欠点が無いわけでもないんですよね。
薬剤で身体能力を強制的に上げさせているからか身体への負荷が大きすぎるみたいで……その、3時間に1回服用しないと炎上、爆死してしまうんです」
特に悪びれる様子もなく淡々と言う女の様子に不快感を覚えたのは言うまでもない。何が妙薬だ。それでは劇薬ではないか。
まぁ大方、裏切り防止のためでもあるのだろう。教団のみがゲルパー剤を保持し続けている限りは戦闘員達は教団に生殺与奪を握られていることになるため、裏切るなどという選択肢は選べないはずだ。
ゲルパー剤か………、冷酷ではあるが組織運営の面から見れば非常に合理的かつ効率的だ。
おそらくこの組織を束ねる首領という人物は中々の合理主義者なのだろう。
「次の場所に行きましょうか」
「次だと?教祖にはいつ会えるのだ?」
「まあ、お待ちを。この次の場所を見せ終えたら、首領様の元に御案内しますから……」
また長い廊下を数分程、歩くと頑丈そうな扉にぶち当たった。女は一言、「着きました」とだけ言った。
エレベーターの時以上に重厚そうな扉の上には『改造手術室』と書いてあった。ご丁寧にその部屋の扉には『手術中』という赤いランプが照っている。
「改造……手術室?何だこれは?医務室か何かか?」
改造手術という言葉がいまいち理解できなかった。
何らかの手術の術式の類いなのは容易に想像がついた。
「ちょうど手術中のようなので見学しましょうか」
見学といっても吾輩が通されたのは手術台から見て後方にあるガラス越しに区切られた狭い部屋だった。
ガラスを1枚隔てた先では白い覆面に白衣を着た男達が数名、メスや工具を手にして円形手術台に群がっていた。皆、手術台を取り囲むように手術を行っているため、被験者の姿が全く見えず、何の手術をしているのかも分からない。
女によると、この白尽くめの男達は科学戦闘員というらしく、科学分野に長けた戦闘員の集団なのだそうだ。
「手術完了、これより脳改造及び最終調整に入る。ナノロボットを持ってきてくれ」
ガラスの向こうでチーフを務める科学戦闘員が宣言すると他の科学戦闘員は全員、バラバラに散る。
それにより、手術台の上に寝ている被験者の姿が顕になった。
「なっ?!??」
黒く毛深い身体、紅の三目、白く鋭い牙。
その全身はまさに蜘蛛と人間が融合した姿であり、非常にグロテスクなものだった。
おぞましい姿に思わず息を呑み、いくばくか子供のように心臓がばくばくと鳴った。吾輩は震える手で怪物を指差しながら、女に問うた。
「あ、あれは何だ!?何なのだ、あの怪物は!?」
「あれは我がゲルダム団が誇る改造人間です」
「か、改造人間!?」
女は吾輩の方に向き直ると淡々と語り続ける。
「ええ、読んで文字の如く、人工的に人間を超えた人間。それが改造人間です。
元々はナチスが開発し、我がゲルダム団と志を同じくする組織『ショッカー』がさらに発展させたものみたいですがね…。まぁ、彼の組織とは同志のよしみで技術提携を結んでるわけです。
それはそうと凄いんですよ、彼らは。数〜数十トンのパンチ力や俊足は当たり前、個体によっては火炎放射や溶解液の噴射もできるんです」
人間に脅威的な能力を与える人体改造。
そんな技術が実現しているなら世界中の戦争や戦術の概念が根底からひっくり返ってしまう。
ここまで高い技術力を何故、ただのアフリカのカルト教団が有しているのだろうか。
無意識に手足がワナワナと震えた。
すると科学戦闘員の1人が女に駆け寄ってきた。
「蜘蛛男№2、最終調整完了しました!覚醒させますか?」
「そうね、お願い。ぜひ、このお客様に見て頂きたいから」
「ギーッ!了解しました!」
科学戦闘員達がスイッチを押すと手術台から高電圧の電気ショックが流される。
するとバギィッ!という音ともに鋼鉄製の枷が破壊される。
どうやら目覚めたようだ。
蜘蛛男№2と呼ばれたその怪物はムクリと起き上がるとギョロギョロと辺りを見渡すと天を仰ぎ、吠えた。
「ウォォォォ!!!ムォォォ!!!」
怪物の産声が手術室に響き渡り、ガラス越しの見学室にまで振動が伝わる。
「フフッ、さっすが。ショッカーのコピー品とはいえ中々に強そうじゃない♪」
女はまるで幼子のように嬉しそうにはしゃいでいたが、吾輩はそのおぞましい姿に目が離せなかった。目を離せば、襲いかかってくるような気がした。
「他のの改造人間達の製造も順調に進んでおります。この調子なら明日にはすべて完成するかと」
科学戦闘員は手術室のさらに奥を手で指し示した。
その方向を見ると蜘蛛男№2が寝ていた手術台の隣にも同じような手術台が何台も並んでおり、それぞれ蝙蝠、蠍などの特徴を持った怪物が寝かされていた。
これ程の怪物の軍勢を何に使うつもりなのだろうか。まともなことでないのは確かだ。
「き、貴様らの狙いは何だ?この改造人間や戦闘員、進んだ技術力を使って何をするつもりなんだ!?」
「うーん、我らが偉大なる首領様の御思想を武力を以て、世界に広めることですかね?」
女の返答に言葉を失った。
部力を以て世界に思想を拡大する……つまりゲルダム団は『世界征服』を目的にしているというのだ。
いや、そう言えばこの女は『ショッカー』なる組織も同志と呼んでいた。恐らくはその組織もゲルダム団と同じく世界征服を目指しているのだろう。
世界征服を目論むいくつもの暗黒の組織が手を組んで、暗躍しているという事実に震えてしまった。
「さぁ、お待たせしました。首領様のところへ行きましょうか」
そう言うと女は吾輩の手を取り、手術室の外へと引っ張って行った。
―――――――――――――――――――――――――――――――
廊下は奥に進むにつれて薄暗く、不気味なオーラを放っていた。女はある距離から吾輩の手を引くのをやめ、後ろに回った。
しばらく歩くとまた扉が目の前に現れた。もう、これで2,3度目だ。
しかし、今回はさっきまでの頑丈そうな扉とは異なり、木製の両開き戸だった。一見、ただの扉だがその向こうからは何か得体の知れない生ぬるい気配がした。吾輩は固唾を飲み、ゆっくりと扉を開いた。
結論から言うと中には誰もいなかった。
内装はありふれたキリスト教の教会と変わらなかった。
左右に配置された横長の信者席、ステンドグラスの窓、奥には祭壇だってあった。
地下特有の真っ暗な空間に戦闘員がいくつものかがり火を運び込む。炎の明かりが、ステンドグラスや天井をゆらゆらと照らし出し、厳粛なムードを醸し出した。
唯一、キリスト教の教会と違う点があるとすれば、本来、十字架が飾られている壁面に不気味な蛇のレリーフが備え付けられていることだろう。とぐろを巻いている蛇がこちらをジッと睨みつけている。
しばらくぼうっとそれを見つめていると突然、蛇の目が赤く点滅し、声が発せられる。
『よくぞ来た!!ブラックよ!』
!!!!!!!!!!
吾輩は反射的にたじろぎ、頭を垂れた。
一方、女や戦闘員達は後ろの方で身動き一つせずきに整列していた。
他を圧するものものしい、巨大な暗黒の畏怖。
それがこの薄暗い室内を瞬く間に支配した。その中でブラックは呑み込まれないようにするので必死だった。かつて忠誠を誓っていた皇帝ニコライ二世の風格もそれはそれは大きなものだった。だがそれすらもこの波動に比べればなんと矮小なことだろうか。
その波動に畏怖していると再び、威厳に満ちた声が響いた。
『ブラックよ、貴様のことは何でも知っているぞ』
「え?」
思わず、心の声が漏れた。突然、目の前の強大な存在が自分のあらゆることを知り尽くしていると暴露したことに驚いたからだ。
『私を疑っているのか?
ブラック、元ロシア帝国陸軍将軍。黒海近くの村で代々、将軍を排出してきた名家に生まれ育つ。それから………』
首領は吾輩の経歴を事細かに語ってみせた。何でも知っているというのは嘘ではないようだ。
でも何故、吾輩のことを知っているのだ?
語ってみせた自身の経歴には虐殺した捕虜の人数や部下一人一人の名前など吾輩自身でも知らないようなことまで含まれていた。
自分が知らないことまで把握している。
常人からすればこれほど不気味なことはないだろう。だが吾輩にはそれが不思議ではあったが何故か悪い気はしなかった。上手く説明できないが、目の前の御仁は何でも分かってくれているという謎の安心感があった。
『ブラック、貴様は本来、もっと優秀な男だ。
何度も亡国の危機に陥った国を救い、立て直してきた才溢れる男だ。貴様が今、不遇な目に会っているのは理不尽に踏みつけられているからだ。それも本来、貴様を無下に扱っていいはずのない無能な屑共にだ』
まるで心が洗われるような感覚。
ツゥと頬を冷たい何かが伝った。目が滲んでよく見えない。
涙か?これは…?
今まで亡国の民として罵られ、迫害され、差別されてきた自分の心に久方ぶりの称賛の言葉が染み渡る。
この首領なる人物が自分を肯定してくださったことが酷く嬉しかったのだ。
『話は変わるが、どこの国も民衆というのは常に愚かなものだ。貴様の祖国、ロシア帝国でもそうだったろう?いかに指導者が素晴らしい統治をしても民衆は目先の利益に囚われる。
それに…民衆がよく有り難がる言葉に平和や平等、正義などと言う言葉がある。そんなものはまやかしだ。言葉遊びの延長線上に過ぎない』
ただただ首領の言うことに相槌を打っていた。気づけば自分の高揚感がぐんぐんギアを上げていった。首領の言う通りだったからだ。まさに自分の不満を代弁してくれているように感じた。熱い自信で胸が高鳴る。
『むしろ全くの逆なのだ。大切なのは公平や平穏ではない、競争……そう、競争だ。これこそが発展・進化、そして幸福を促すのだ。あらゆる戦争がテクノロジーの進化や変革を促したように、争いがあるゆえに人は神へと近づき、そこに進歩が生まれるのだ』
全く持ってそのとおりだ。大切なのは平等ではない、競争であり、闘争であり、戦争だ。
改めて考えてみると、前回の大戦もそうだ。列強諸国間の大戦ということもあって様々な新技術が発明された。戦車や毒ガス、機関銃、航空機などの兵器面に留まらず、総力戦という新たな概念も生み出している。
吾輩はふと考えた。
あの当時……世界が激動の時代を迎える中、吾輩はその時何をしていた?そんな単純なことに気づかず、ただ漠然と前線で指揮を取るのみ。多忙にかまけて世界の真理を見つめることができなかったのだ。
そんなだから吾輩は……いや、ロシア帝国は滅びたのだ。
いくら美化しようとこの世は弱肉強食。進化しない者は生き残れない。そんな中で古い装備や制度にしがみついたロシア帝国が滅んだのは自然の摂理だったのかもしれない。
『この世界には変革が!進化が!再構築が必要なのだ!貴様を虫ケラのように扱うこの世界を打倒し、共に新世界を築こうではないか!』
興奮が最高潮に達した時、首領が一言告げた。
『ブラックよ、これを見よ』
そう言うと後方に並んでいた女が吾輩の前にやって来て、ある物をそっと差し出した。
それはオープンヘルムだった。
額には鷲に絡みついた蛇がエンブレムが刻印されていた。
ヘルメットの全体的な形は吾輩が帝政ロシア将軍時代に使っていたものに瓜二つだった……いや、もはや置いてきた物そのものかもしれない。
だとすれば、おかしい。吾輩が使っていたヘルメットは二月革命が起きた時にロシア本国に置いてきたはずだ。
『これはかつて貴様が使っていたヘルメットを我々が回収したものだ。少し改良させてもらったが、貴様に返すとしよう。受け取るがいい』
その発言に組織の影響力の巨大さを垣間見たような気がした。
吾輩はオープンヘルムを被る。
するとどうだろう。
腹の底で眠っていた熱い何かがせり上がってくるような感覚を覚えた。
それが何なのかは直感的に分かった。
数百万の兵士を率いる将軍としてのプライドだ。
それは負けに負け続けたせいで、逃げ続けたせいで、ゴミのような底辺の生活を続けていたせいで、完全に破壊されたと思っていたそれは吾輩の腹の中で復活の時を待っていたのだ。
世界が急に広がり、色づいて見えた。
『我がゲルダム団にはこの歪みきった世界を正す英雄が必要なのだ!ブラックよ、貴様にはそのための英雄になってほしいのだ。私はこれまで貴様が出会ってきた下等な人間共とは違う。貴様を無下に扱ったりはしない。
何度も言うがブラック、貴様は本当に優秀な人間だ。今まで幾度となく祖国をその類まれなる作戦立案能力、指導力を以て救ってきた。我が理想実現のためにその力を貸してはくれないか?』
断る理由はどこにもない。寧ろ、この御方に仕えたい。吾輩はゲルダム団への入団を決意した。そして、その場に跪いて頭を垂れた。
「このブラック……、首領様に永遠の忠誠を誓います」
『うむ。我がゲルダム団へようこそ、ブラック……いや、ブラック将軍』
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
それからは非常に忙しい毎日だった。
主にアフリカ各地で暗躍するための作戦指揮に関わった。時には現地の政府軍と戦闘になったり、予期せぬ独立運動が起きたりもしたが、その度に持ち前の二重三重の作戦立案能力を活かして切り抜けてきた。
やがて吾輩の活躍の場はアフリカに留まらず、ショッカーとの共同作戦でベトナムを始めとしたアジア諸国やヨーロッパ諸国にも及んだ。
既存の怪人に戦力不足を感じ、新怪人『合成怪人』の製造プランを提唱した際には、組織最大の功労者として首領直々に大幹部に推薦され、改造手術を受けた。
ヒルとカメレオンの合体怪人。名前はヒルカメレオンだ。
能力も保護色に吸血及び死者蘇生と、非常に多く、恥ずかしげもなく言うが『合成怪人最強』の称号が相応しい出来である。それとは別に、改造手術による影響からか見た目も最盛期の帝政ロシア将軍期の頃にまで戻った。嬉しい誤算だ。
また、ケニア滞在期に彼の亡命の手助けをしてくれた元貴族の友人も研究先の部族の元で首領様の勧誘を受けたらしい。だが彼はゲルダム団ではなく、ショッカーのメンバーとなった。その後は大幹部となって『キバ男爵』と名乗り、彼が研究中だった部族……キバ一族の長にまで祭り上げられたという。
ショッカーライダー№7と戦闘員1010号が本郷猛を倒してからはゲルダム団はショッカーの傘下となったが、異論は無い。ゲルダム団があろうとなかろうと首領……いや、大首領様がトップとして君臨され続けるに変わらない。ましてや、それにショッカーへの下部組織の統合が大首領様の御自らの御意思とあれば反対する理由はどこにもない。
首領様は本当に偉大だ。不遇な自分に戦う手段と目指すべき未来を示してくださった。
首領様は無能で愚かな連中を倒し、世界を征服する必要性を説いてくださった。
首領様はその辺にいる単なるリーダーとは違う。
首領様は唯一の至高の存在であり、世界中が崇めるべき存在である。
これはどんな時も、いつ如何なる時も忘れてはいけないこの世の真理である。
かつてはロマノフ二世に忠義を向けていたが、今は違う。本当の主を、主君を見つけた。
だから言おう。世界に告げよう。皇帝に栄光あれ!ではない。改めて本当の主に対する忠誠心を言葉にしよう。
「全ては世界を救う為!全てはより良き世界の為!
我が偉大なる首りょ………」
―――――――――――――――――――――――――――
「………ぐん、将軍、起きてください」
どこか遠くから声がする。
「将軍、大丈夫ですか?」
ゆっくりと目を開けると秘書役の戦闘員が心配そうにこちらの顔を伺っていた。
どうやら自分は眠りに落ち、夢を見ていたらしい。
それも懐かしい夢だった。凶夢のような吉夢だった。
「お身体が優れないのですか?無理もありません、ここのところ数ヶ月ほど徹夜続きでしたからね」
「すまないな……身体の方は大丈夫だ。少し懐かしい夢を見ていただけだ」
ブラック将軍はそう言うと執務に戻り、残りの書類の束との格闘を開始した。
そして夢の中で言うはずだったセリフをもう1度、心の中で叫んだ。
全ては世界を救う為!全てはより良き世界の為!
我が偉大なる首領に栄光あれ!!!
後書き
ゾル大佐の過去回以上に妄想を詰め込みましたが如何だったでしょうか。ロシア革命のシーンはできる限り、史実に近づけましたがやめた方がよかったですかね?
次回は一般人目線の話を予定しています。
また、今回のように大幹部達の過去回は偶に書きたいと思いますので書いてほしい大幹部があれば感想の方によろしくお願いします。基本、亀更新ですがいつか書かせていただきます。
※死神博士と地獄大使・暗闇大使は劇中未公表の設定資料や漫画『仮面ライダーspirits』で細かく描かれているので除外します。すみません。
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