side out
転送の魔法陣が海鳴の空に描かれ、その中から士郎が現れる。
だが士郎自身には空を飛ぶ能力はない。
ゆえに本来なら士郎は重力に従い、ゆっくりと落下を始める。
「―――
投影、開始」
だがその理は士郎が靴にタラリアを纏うことにより破られる。
街を見下ろし士郎の身体が地面と平行に保たれる。
それに合わせて出現する青い魔法陣の足場。
先ほど士郎がクロノに頼んでいた足場である。
魔法陣に足を降ろし
「―――
I am the bone of my sword.」
264本の魔術回路の撃鉄が叩き起こされる。
魔力は士郎の身体を纏いながら、赤き槍に貪り食われていく。
そして、士郎はゆっくりと一歩を踏み出した。
一瞬のうちにタラリアの最高速度に達するが、魔力放出と重力の恩恵を受けてさらに加速を続ける。
もはやそれは空を飛ぶで行為はなく、地上に墜落していく赤い流星。
その加速の中で士郎は深紅の槍を振りかぶり、赤い槍はまだ足りないと魔力を貪り続ける。
狙いはただ一つ。
海鳴の結界。
外すはずがない。
目に見える巨大な結界。
ましてや動くわけでもなくそこに鎮座しているのだ。
地上に墜落していく衛宮士郎。
その存在にいち早く気がついたモノがいる。
その者は士郎の横やりを止めようと考えるも
「……アレでは止めようがないか」
止める方法が見つからない。
それも当然である。
高密度の魔力をという守りを纏い、深紅の槍という名の砲弾が装填された地上に墜落していく砲台を止めるとなれば、装填された砲弾が自分に降り注ぐ覚悟をしなければならない。
監視をしている者にとってはそこまでして士郎を妨害する必要もない。
それと同時に監視していた者は気がつかないうちにミスを犯した。
海鳴にヴィータが張った結界の外で状況の監視。
周りからの視線も届かない高層ビルの屋上。
普通の人間なら気がつく事はないだろう。
なのはたちはそれどころではないし、仮に誰かに上から見られたとしてもビル内部に通じる屋上の扉の付近で陰に隠れるように立っているのだ。
目につく事もない。
だがここに例外がいる。
言うまでもなく現在落下、もとい墜落中の衛宮士郎である。
今までの戦闘経験から自分に向けられる敵意や殺意には敏感に察知する事が出来る。
もちろん士郎以外にも戦闘経験がある者など察知できる者はいるだろう。
だが察知出来てたとしても地上に向かって墜落していく最中で敵意を自分に向けた相手を見つける事など不可能に近い。
不可能に近いのだが士郎は相手を正確に補足していた。
元々、死徒になる前から視力強化すれば四キロ先の人間を見つけられる事が出来る上に、死徒になりその視力はさらに強化されているのだ。
敵意を向けた相手を見逃すはずがない。
いつもなら相手と対峙するのだが、今回は例外である。
なぜなら
(あの仮面の男は何者だ?
いや、今はなのは達が優先だ。
アレは後でいい)
監視している者には幸運な事に士郎が優先するべき事はなのは達の救出である。
ゆえに姿を確認するも無視して結界を睨む。
士郎と目標である海鳴の結界までの距離が二百メートルを切る。
士郎の手の中にある赤い槍はすでに膨大な魔力を纏い、放たれる時を待っている。
そして、士郎が墜落していく中で
「
突き穿つ―――」
振りかぶられた赤い槍という砲弾は
「―――
死翔の槍!!!」
最高速度を維持したまま解き放たれる。
音速の壁など放たれた瞬間に突き破り、空気すらも切り裂き、放たれて一秒にも満たぬ時間で結界に突き刺さる。
その瞬間
「
壊れた幻想」
槍は赤き閃光と共に内包された魔力を解放し、結界の上半分を吹き飛ばす。
それと同時に、その衝撃波で結界内のビルの窓ガラスが砕け散る。
その閃光の中を突き抜けると同時に即座に着地態勢に入る士郎。
さらに着地態勢を取りながら結界内にいるはずのなのは達を探すために周囲に視線を奔らせる。
そんな士郎が目にしたのは結界内に入った事を知っているフェイト、アルフ、ユーノの三人と予想もしない人物達。
(なんでシグナム達がフェイト達と戦ってるんだ?
「私たちははやてちゃんと平穏に暮らしたい」と言ったシャマルの言葉は嘘だったというのか?)
なぜフェイト達とシグナム達が戦っているのか、理解が出来なくても動揺するのは一瞬。
空にいないなのはとシャマルの居場所を把握しようとさらに視線を周囲に奔らせる。
そして、目の当たりにするなのはの状況。
胸から腕を生やし、その手には輝くモノが握られ、意識を失ったのかゆっくりと崩れ落ちていくなのは。
(俺は守れなかったのか。
違う! 諦めるな衛宮士郎!
意識はなくてもまだ心臓の鼓動は生きている。
ならば間に合わせろ!)
タラリアを使い減速するが、タラリアの飛行能力と魔力放出と重力という三つの恩恵を受けて墜落した勢いが止まるはずがない。
そんな中で適当なビルの屋上に手足を使いながら爆音と共に着地する。
それと同時に着地の手足の反動を使い、魔力放出と共になのはの方に跳ぶ。
士郎の手足の、体の骨が軋みを上げる。
当然である。
いくら吸血鬼の肉体といっても限界を超えた速度で墜落した勢いが完全に止まる前にそんな無茶な動きをしているのだ。
手足の骨が破砕しなかった方が奇跡に近い。
そして、倒れ込むより前になのはを受け止める士郎。
なのはの胸から生えた腕は、すでに消えていた。
そして、なのはを受け止めた士郎を見て混乱する守護騎士達。
(どういう事だよ?
なんで士郎の奴が)
(なぜ衛宮があの者を守るのかはわからぬが、我々はとんでもない間違いを犯してしまったのかもしれん)
(だが結界が抜かれた今、衛宮と話せる状況でもない。
離れるぞ)
(うん。
一旦散っていつもの場所にまた集合)
士郎となのはの関係に混乱しながらも即座に撤退するシグナム達。
それと同時に海鳴に張られた結界もゆっくりと消えていく。
結界が消えるのに合わせて、なのは達の戦いの余波も、そして幸運な事に結界の効果が壊れながらも残っていたのか士郎のゲイ・ボルクの一撃の余波で砕けた窓ガラスなども直り、平穏な街並みに戻っていた。
同時にスターライトブレイカーのために集められた魔力も綻び、霧散していった。
(意識はないが、脈もある。
呼吸も落ち着いてる。
だがその他の怪我がないとは断言できない。
シグナム達にはあとで話を聞く必要はあるか)
腕の中にいるなのはの状態を調べながら、空へと消えるシグナム達にはあとで話を聞けばいいとその後ろ姿を見送る。
そんな時にいきなり士郎の目の前に現れるモニター
「士郎君、本局内の医療施設を手配してるわ。
一旦アースラに」
「わかりました」
モニター越しでリンディさんと今必要な情報のやり取りだけして通信をきる。
それとほぼ同じくして
「士郎!」
なのはを心配してフェイト、アルフ、ユーノも屋上に降り立つ。
だが無事に再会出来た事を喜んでいられる状況でもない。
「リンディさんが、本局内の医療施設を手配してくれている。
アースラに転送を頼む」
「うん。わかった」
「あいよ」
士郎の言葉にすぐに転送の準備を始めるユーノとアルフ。
「フェイトはレイジングハートを頼む。
バルディッシュもそうだが、損傷が酷いだろ」
「うん。わかった」
士郎は御姫様だっこでなのはを抱きあげ、フェイトはレイジングハートを握る。
「よし、準備できた」
「フェイト、士郎、行くよ」
ユーノとアルフの言葉と共に足元に現れる転送の魔法陣。
そして再び士郎達は海鳴から姿を消した。
side 士郎
「検査の結果、怪我は大したことないそうです。
ただ魔導師の魔力の源、リンカーコアが異様なほど小さくなっているんです」
エイミィさんの報告を舞い戻ってきた本局内のエレベータに乗りながらリンディさんと共に聞く。
「前にクラウン中将が言っていた魔力を奪う事件と同じ関連と考えてよさそうですね」
「そうね。
ところで士郎君はなのはさんの所に行かなくてよかったの?」
事件の関連性を確認した時にリンディさんがそんな事を訪ねてきた。
大したことがなくてもなのはもフェイトも怪我をしたし、なのははまだ意識が戻っていない。
心配なのも事実なのだが
「なのはのとこにはフェイトがアルフとクロノと共に行っていますし、ここなら襲われる心配もありません。
それに……進む道が定まらぬとも守ると決めた人すら守れない者が傍にいてもな」
最後の言葉は半ば独白のように小声だったのだが、リンディさんには聞こえてたようで悲しそうな顔をしていた。
そして丁度エレベータの扉が開く。
「俺はプレシアのいるデバイスルームにいますので」
「え? ええ、わかったわ。
たぶんこの事件の担当も海鳴の地が関わったから私達になると思うからまた後でね」
「了解です」
エレベータから降り、プレシアがいるデバイスルームを目指して歩く。
「なにが二人のために剣を執るだ」
歩きながら先のジュエルシード事件で胸に秘めた自分の誓いを守る事も出来ない無様な自分が一番気にくわなかった。
side リンディ
エレベータを降りた士郎君の背中を見送り、扉は閉じ、再びエレベータは上昇を始める。
「艦長、士郎君のさっきの言葉」
「ええ」
小声の独白
「それに……進む道が定まらぬとも守ると決めた人すら守れない者が傍にいてもな」
士郎君の過去に何があったか全てを知っているわけではない。
でも守りたいと思っていた人が傷つく事で士郎君も傷ついているのがわかる。
それがさらに危うい士郎君を追い詰めているように感じるのだ。
なにより
「結局士郎君の過去を何も知らないのよね」
出会った当初は過去の経歴がなく、得体の知れない人物だと感じていたけど彼の人のなりに信用できる人だという事はわかった。
そして、魔術というモノの前に忘れていた。
彼の事を、彼が背負っているモノがなんなのか私達は知らないという事を
side シグナム
リビングでザフィーラに寄りかかるようにヴィータとテレビを見る主はやて。
そしてエプロンを外しながら主はやての入浴のためにリビングにやってきたシャマル。
「はやてちゃん、お風呂の支度できましたよ。
ヴィータちゃんも一緒に入っちゃいなさいね」
「は~い」
「明日は朝から病院です。
あまり夜更かしされませんよう」
「は~い。ほんならお先にいただくな」
「はい」
主はやて達がリビングからいなくなり、ザフィーラがこちらを向く。
「今夜の件、どう考える?」
「フェイト・テスタロッサ達の事か?
それとも衛宮とリンカーコアを蒐集した白い少女の事か?」
「両方だ」
両方とも色々と思う事はあるが、後者の件はかなりややこしい。
「テスタロッサに関してはいい腕だ」
上着の裾を捲ってみせるとそこには赤くなった傷跡がある。
「お前の鎧を打ち抜いたか」
「澄んだ太刀筋だった。良い師に学んだのだろうな。
武器の差がなければ少々苦戦したかもしれん」
「そうか。
だがフェイト・テスタロッサも蒐集した少女の友人なのだろう?」
そう。
後者の件がややこしいというのもテスタロッサと衛宮との繋がりもあるからである。
「ヴィータの話しではそのようだ」
「その少女を衛宮が救ったというならばフェイト・テスタロッサとも衛宮が友人である可能性は高いか」
「ああ、それに管理局の件もある」
今回の戦闘でテスタロッサは嘱託魔導師と名乗った。
そして衛宮は初めて会った時に管理局に個人的な知り合いがいると言っていたが、その知り合いが嘱託魔導師のテスタロッサの事なのか、それとも他の局員なのかもはっきりしない。
もっとも嘱託魔導師は正式な管理局魔導師とは異なるとはいえ管理局に関わりのある者が戦ったのだ。
「管理局に我々の存在が知られるのは避けられんだろうな」
「いずればれてしまうのだ。
それが少し早まっただけの事だ」
私の言葉にザフィーラが問題ないように言うがその通りでもある。
闇の書の666ページをすべて埋めるには大量の魔力がいる。
どちらにしろページ分全ての蒐集をしていけば魔力強奪の関連事件として管理局が動き出す事になるだろう。
「確かにそうだな。
それにこの海鳴の地の管理者が衛宮というのは変わらない。
気になるとすれば」
「衛宮があの少女を襲われたことで、管理局に我々の事を話す可能性か」
「そうだ。
だが衛宮の性格上、それもあまり考えられんが」
衛宮が事情も何も聞かずにいきなり敵対するとも考えにくい。
我々が戦いを望んでいないという想いも前に話している。
さらに結界を破壊した後、我々が撤退するまで一切攻撃しようとする素振りすら見せなかった。
「衛宮から伝書なりを待つだけか」
「ああ。
だが衛宮と話すまでは家の警戒はより一層気をつけた方がいいだろうな」
「そうだな」
念話でシャマル達にもザフィーラと話しあった事を伝え、管理局が邪魔してくる事を考えて、今後の蒐集の計画を修正していった。
side なのは
眠りの中からゆっくりと目を覚ます。
見覚えのない部屋。
「気がついた?」
「は、はい」
「そう、ちょっと待ってね」
目を覚ました私に笑みを向けて、どこかに連絡を取るお姉さん。
白衣に帽子、デザインは少し違うけど看護婦さん?
連絡を取り終わったお姉さんに
「あの、ここは」
「時空管理局本局の医療施設よ」
本局の医療施設?
そうか。私
赤い服を着た子に襲われて、フェイトちゃんに助けてもらって、そして気が付いたら胸から……
自分の中から何かが引き摺りだされていくような、あの嫌悪感を思い出す。
そして幻覚だったのかな?
赤い閃光と共に現れた大好きな人。
今夜の事を思い出す。
そんな時
「こんにちは。高町なのはさん。
なぜここにいるのか、わからないと思うから簡単に説明してもいいかな?」
部屋に入ってきた白衣を着たおじさんの言葉に頷く。
おじさん曰く、管理外世界で何者かに襲われて魔力の源であるリンカーコアが小さくなりここに運ばれたとのこと。
そして、リンカーコアの調子を機械の光を当てて見てもらう。
「さすが若いね。もうリンカーコアの回復が始まっている。
ただしばらくは魔法がほとんど使えないから気をつけるんだよ」
「はい。ありがとうございます」
それと同時にドアが開く。
そこに立っていたのはクロノ君ともう一人。
ずっと会いたかった大切なお友達、フェイトちゃん。
クロノ君と白衣のおじさんは別の用があるようで部屋を出ていってしまう。
部屋に残される私とフェイトちゃん。
ずっと会いたかったのに、こんな病室での再会で何を話せばいいのか分からなくなってしまう。
だけど
「ご、ごめんね。
せっかくの再会がこんなで、怪我大丈夫?」
このままフェイトちゃんが悲しい顔をし続けるのは見たくなかったから何でもいいから話し始める。
「こんなの全然。
それよりなのはが」
「私も全然平気。
フェイトちゃんのおかげだよ」
私は大丈夫と言うけどフェイトちゃんの顔が晴れなくて、立ち上がろうとすると体に思い通り力が入らなくてふらつく。
「なのは!」
「ごめん。まだちょっとだけフラフラ」
支えてくれたフェイトちゃんに受け止めてもらってじっと見つめ合う。
何を話していいか、わかんなくなっちゃったけどこれだけはちゃんと伝えないと
「助けてくれてありがとう、フェイトちゃん。
それからまた会えてすごくうれしいよ」
「うん。私もなのはに会えてうれしい」
静かにフェイトちゃんと抱きしめ合う。
会いたかった大切な友達の温もりに静かに身を任せていた。