幻想の艦隊
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第2話 制圧
前書き
今回は戦闘メインです。
帝国標準暦154年8月3日 ロディウス海
ユーラシア大陸を東端を北側に向けて横倒しにした様なフィラデストロ大陸の西部に広がる、ロディウス海。その沖合を、数千隻もの軍船の群れが進んでいた。
側舷を鮮やかな装飾で施した盾で防護した、50本のオールと2本のマストに張った三角帆に受ける風で進むガレー船に、3本のマストに四角帆と三角帆の組み合わせを展開して風の力のみで進むガレオン船。角ばった船体に蛇腹状の四角帆を張って進む、中国のジャンクに似た大型船。そして二段重ね200本のオールと3本のマストに張った帆で進む、大型ガレアス船。
まるで帆船の博覧会といった出で立ちを持つ大船団、連合諸王国艦隊は、フィラデストロ大陸の西部100カイリ沖合にあるクロナス島を占領したという異界の蛮族を撃退すべく、10ノットの速力で進んでいた。
「いやはや、本日はいい船出日和ですな、デューク殿」
アルバ王国国王にして、王国軍総司令官として旗艦「ムルケス」に乗るデューク・ファン・アルバは、隣を進むレグルス大公国艦隊を率いるレグルス大公よりそう話しかけられる。
フィラデストロ大陸の技術水準は、中世の終わり頃に近いが、一部は地球に存在しない技術により、現代に近いものとなっている。
直径1メートル、高さ30センチの丸椅子の様な形をした石製の装置、『魔導通信盤』はその一つで、好条件であれば、地球にて世界的ヒットを記録したアメリカのスペースオペラの金字塔であるSF映画に登場する、立体映像を用いた通信を実施する事が可能であり、二人はそれを使いながら会話を行っていた。
「100ゼリーグ向こうの島を占拠する蛮族共に対し、こちらの軍勢は号して15ヵ国30万の将兵に、3000隻の大艦隊。情報によれば、蛮族共は武装を持たぬ奇怪な小型船しか持っていないという事。鎧袖一触で敵を叩き潰せましょう」
「ウム、そうであればいい。が…」
クロナス島とフィラデストロ大陸の中間地点に存在する島々、ミドラス諸島が見え始め、デュークはやや不満げな表情を浮かべながら真正面を見据える。
「…気が乗らんな。相手は高々数隻の小型船のみを展開しているという。その様なちゃちな戦力相手に、連合諸王国艦隊などという大軍をぶつける必要性があるのか…?」
デュークはそう呟きながら、今回の戦争に臭う、一種の陰謀めいた雰囲気を訝しむのだった。
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その連合諸王国艦隊の近く、無数の使役海魔が泳ぐ列を、1隻の鋼鉄の鯨が見つめていた。
「…目標探知。まるで海の大名行列ですね」
海上自衛隊潜水艦、SS-579「あきしお」が潜望鏡を上げて静かに見つめる。艦長の大隅二佐は潜望鏡を覗きながら、静かに笑みを浮かべる。
現在「あきしお」に与えられている任務は、あくまでこの世界の人々がクロナス島と呼称している島へ反攻を仕掛けようとする敵戦力の発見・監視であり、攻撃は極力控えていた。
相手が海魔を使役して攻撃してきているのが、地球での戦闘で確認されているため、5キロ程離れて自動懸垂装置で艦を水平に保ちながら監視するに留めていたが、どうやら相手は全く気付いていない様だった。
「とりあえず、相手に見つかる前にここから離れよう。機関始動、現海域より離脱する。クロナス島の司令部に連絡を入れるのも忘れずにな」
「了解」
「あきしお」はモーターを動かし、ゆっくりとその場から離れていく。そして連合諸王国艦隊は、監視されていた事に気付く事も無く、中間地点のミドレス諸島に錨を降ろしていった。
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帝国標準暦154年8月4日 ミドラス諸島 連合諸王国艦隊前線司令部
「帝国軍の将官は来れぬ、だと!?」
前線司令部の天幕内部で、デュークは帝国海軍の連絡兵に向けてそう怒鳴った。
本来、この様な連合軍を組んで敵地を攻める時は、必ず連合軍の中核を担う国の将兵が会議に参加するのだが、その糾合を呼び掛けた当の帝国軍の指揮官が会議に参加できないというのだ。
「現在、我が軍は今まさに異界より現れし蛮族の軍勢と対峙し、皆様の陣容が整うまでの時間を稼いでおります。その最中に指揮官が抜けてしまえば、我が軍が総崩れとなる可能性もあるため、この会議に出席する事は叶わぬとの事でございます」
「だが、それならば通信盤を持ち込んででも出来るのではないかね?それさえも不可能とは一体どういう事なのだ?」
レグルス大公が述べた疑問も尤もである。何せ、こちらには円滑な長距離の意思疎通を行える魔導通信盤があるのだ。それを使った打ち合わせも珍しくはなく、会議に直接出向けないのならば、通信盤で出ればいいだけの事なのだからである。
しかし、連絡兵は首を横に振って言う。
「無論、その方法も考えられました。ですが、敵はこちらの動きを見透かしたかのように軍を配置し、我が方に打撃を与えていくのです。どうやら敵にはこちらの魔導通信を傍受する魔法ないし技術がある模様で、そのため秘匿性の高い通信は困難な事になっているのです」
連絡兵の言葉に、一同は揃って顔を青ざめる。どうやら帝国軍はこちらが思っている以上に苦戦している様である。
「…分かりました。ではこちらで独自に救援を送り、共に第一次突撃を行いましょう。連合艦隊主力は敵の後陣に回り込み、これを包囲。敵を包囲殲滅しましょう」
「分かりました。では明星、戦場でお会い致しましょう」
連絡兵はそう言ってその場から去って行き、デュークは席に座ってため息を吐く。その様子にレグルス大公は苦笑を浮かべる。
「デューク殿も大分お年を召されましたな。かつてのアルバの獅子も、寄る年波には勝てませんか」
「違うのだよ、大公殿。私は元よりこの戦いには積極的ではなかった。だが民が新たな領地と資源を求めているのは事実、ここで戦果を挙げねば、民の国に対する信頼も大きく揺らぐ事となる」
「卿も真に苦労しておられるな。だが、この場にいる艦隊の勝利によって、全ての民に新たな富をもたらしましょうぞ」
レグルス大公はそう言いながら、目前に二つのグラスを並べ、そこにコニャックに似た蒸留酒を注ぐ。そして二人はグラスを持ち、静かに乾杯して互いの無事と健闘を祈るのだった。
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帝国標準暦154年8月5日 ミドラス諸島沖
戦いは唐突に始まった。
連合諸王国艦隊3000隻中300隻は、先発隊として今まさに異界の蛮族と対峙している帝国軍艦隊に合流すべく、クロナス島とフィラデストロ大陸の中間地点にあるミドラス諸島より真っ先に襲撃した。
風を魔法で操作し、いつでも順風を生み出す魔法具『風神の拳』によって船団は、地球のよりも速い速力で西へ進む。
が、彼らを襲い掛かったのは、地球諸国によって編成された『国連軍』艦隊の総攻撃だった。
8隻の駆逐艦・フリゲート艦のVLSよりトマホーク巡航ミサイルが発射され、音速で40キロ東の海域へ飛翔。そして近接信管を作動させて起爆した。
高性能炸薬を使ったサーモバリック弾頭の熱波が帆船を襲い掛かり、殆どの船が一瞬で火だるまになる。衝撃波で転覆する船も続出し、レグルス大公はその光景に愕然となる。
「こ、こんなの…こんなのは戦闘ではない!これを戦闘など呼べるか!!!」
レグルス大公がそう叫んだ直後、彼の乗る船に1発のトマホーク巡航ミサイルが直撃。レグルス大公達レグルス大公国艦隊100隻は一瞬で蒸発した。
1日目の戦闘で、連合諸王国艦隊は300隻と3万の将兵を喪失。たった1日で総戦力の1割を喪失してしまったのだった。
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海上自衛隊特別地域派遣艦隊 旗艦「はたかぜ」
海上自衛隊はこの戦いに際し、護衛艦4隻と潜水艦2隻、輸送艦1隻を派遣し、主にクロナス島の再開発とその防衛に従事していた。
その旗艦を務めるミサイル護衛艦「はたかぜ」艦橋では、艦隊司令が乗組員達に向けて計画を話していた。
「本艦隊は国連軍とは独自に、この地域の調査を行う事となった。対象海域はこの島より北に100キロの海域にある無人島だ」
日本のみならず『回廊』のある特徴に着目した地球諸国は、クロナス島に『回廊』が集中しているデメリットを解決すべく、『条件』に適合したエリアの捜索と開発を開始していた。
そしてその行動は日本も進めており、今その行動を行えるのは、今この場にいる7隻だけだった。
「確かに危険もあるかもしれない。だが、この調査で得られる利益は確実に我が国のみならず地球世界全体にとっても良いものとなるだろう」
『了解!』
翌日、日本艦隊は北に向けてクロナス島の仮設港より出港。新たな島の開拓に乗り出す事となった。
この調査が日本の運命に大きな影響を与える事となろうとは、その時の人々全員が思いもしていなかった。
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帝国標準暦154年8月4日 ミドラス諸島沖合
連合諸王国艦隊は、帝国からの要請を受けて飛び入りで参戦した3ヵ国の艦隊600隻を加え、3300隻の大艦隊で一気に攻勢を仕掛ける事となった。
「しかし、夜に攻めるとは…デューク殿も無茶を仰るものだ」
ベネシア公国艦隊の旗艦で、全長60メートル程度の大型ガレオン船である「メリア」号の船楼で、ベネシア公はそう呟きながら、夜闇の中ポツポツと灯るカンテラの僅かな明かりを見つめる。
最初の挑発程度を想定した攻撃は真昼間に行われ、方法は不明ながら一方的に攻撃されて全滅した事を受け、目の利かぬ夜闇に乗じて奇襲を仕掛ける事となった連合諸王国艦隊は、『風神の拳』で15ノットにまで増速し、クロナス島の背後に回り込もうとしていた。
「流石に背後から回り込んでの奇襲は見抜けまい。各船、飛竜の展開急げ!」
デュークの指示に従い、アルバ王国艦隊の各船から、暗視魔法をかけたワイバーンが飛び立ち、編隊を組んでクロナス島へ飛んで行く。
最初の日とは打って変わって順調に進む作戦。デュークは勝利を確信する。
が、直後に真上に幾つもの光の塊が生じ、空が白く輝く。思わず将兵達は目が眩み、デュークも目を細めながら驚愕の声を上げる。
「なっ…気付かれた!?」
デュークがそう叫んだ直後、周囲に多数の水柱が聳え立った。
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連合諸王国艦隊の奇襲行動は、アメリカ海軍アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦のAN/SPY-1フェーズドアレイレーダーと、イギリス海軍42型ミサイル駆逐艦の1022型早期警戒用レーダーに見破られていた。
「敵艦隊より、航空戦力の展開を確認」
「照明弾を打ち上げた後に迎撃開始せよ。敵艦隊は砲撃で仕留める」
砲撃で撃ち上げられた照明弾によって夜闇が一瞬で明るくなるとともに、SM-2『スタンダード』艦対空ミサイルや『シーダート』艦対空ミサイルが発射され、同じ海域に展開するドイツ海軍とフランス海軍のミサイル駆逐艦もSM-1『スタンダード』艦対空ミサイルが放たれる。
マッハ4を超える速度で飛翔する対空ミサイル群は文字通り飛ぶ鳥を落とす勢いで、時速400km/h程度のワイバーンを撃墜していく。その直後、これ以上の展開を防ぐべく、各艦の主砲が吼えた。
大量の12.7センチ砲弾と7.6センチ砲弾が飛び、木造の帆船は1発で轟沈する。また速力が地球のより速いとはいえ、30ノットで激走しながら撃ち合う鋼鉄艦との交戦を前提に設計されている火器管制システムにとっては微妙に動く的でしかなかった。
三日月が紅く輝く下、多くの砲声が轟き、単装砲の大合唱は多くの帆船を死出の旅へと誘う葬送曲となって異界の空気を震わせた。
その日、『第二次クロナス島沖海戦』によって米・英・仏・独連合艦隊20隻は、連合諸王国艦隊3300隻中2000隻超を撃沈。連合諸王国艦隊は実質的に壊滅したのだった。
この戦闘の勝利を契機に、現場海域の完全掌握を確認した地球諸国は、現地調査を兼ねた海軍増援の派遣を決定。戦争は、地球側諸国の圧倒的優勢で進もうとしていた。
後書き
次回、『主役』の一つが出てきます。
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