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切り札は二つ

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第六章

「その笑顔を一緒に見ていたいんだよ」
「私の貌をなの」
「いいかな」
 総一郎は富美加の貌を見ている。そのうえでの言葉だった。
「これからもずっとその笑顔見ていいかな」
「え、ええ」
 戸惑い顔が真っ赤になっている。富美加は今は笑顔ではない。 
 その顔でそして言ったのだ。
「私でよかったら」
「今日だって最初は浴衣見たよ」
 富美加の浴衣姿をだというのだ。
「それでもね」
「私の笑顔なの」
「うん、浴衣は夏だけじゃない」
 これはその通りだ。浴衣は夏のものだ。祭りは秋も春も、勿論冬もあるが浴衣を着られるのは基本的に夏のものだ。
 だが笑顔はどうか、総一郎は言った。
「笑顔はずっとだから」
「ずっとなの」
「そう、富美加ちゃんの笑顔はずっとだからね」
 それでその笑顔をいつも見たい、これが総一郎の言葉だった。
「そうしていいかな」
「さっきも答えたわよね」
 富美加は笑顔で総一郎にまた答えた。
「私もね」
「僕と一緒に」
「うん、いさせて」
 こう総一郎に言う、自分から。
「そうさせてね」
「じゃあ今からお賽銭のところに行って」
「お願いすることは決まったわね」
「うん、そうだね」
 二人は今は笑顔になって話す。
「これからのことをね」
「二人でお願いしよう」
「是非ね」
 笑顔で話す二人だった。そして実際にそのことを願う二人だった。
 翌日梨香子は富美加本人からその話を聞いた。そのうえで笑顔でこう彼女に言った。
「よかったじゃない。実はね」
「実は?」
「私は気付いてたのよ」
 二人はこの日も喫茶店にいる。そこで同じアイスコーヒーを飲みながら話しているのだ。
 梨香子は富美加のその貌を見て言う。
「富美加の武器はね」
「笑顔なの」
「そう、笑顔よ」
 そのことに気付いたというのだ。
「百万ドルの笑顔よ」
「百万ドルなの、私の笑顔で」
「笑顔は七難隠すのよ」
 そこまで至るというのだ。
「いや、七福を及ぼすっていうか」
「私の笑顔ってそんなにいいの」
「いいわよ。総一郎君も言ってたでしょ」
「ええ」
 その通りだとだ。梨香子は笑顔で言う。
「それはね」
「そういうことよ。富美加の武器はそれよ」
「笑顔だったのね」
「浴衣は一時のものよ」
 梨香子も言う。
「けれど笑顔は永遠のものよ」
「それ総一郎君にも言われたけれど」
「だからいいのよ。だから富美加はその笑顔をね」
「私も笑顔を?」
「ずっと守ってね」
 こう笑顔で富美加に話す。
「暗く沈む時になってもね」
「それでもなのね」
「そう、それでもよ」 
 笑顔は忘れるなというのだ。
「忘れたら駄目よ」
「うん、わかったわ」
 富美加は梨香子のその言葉に笑顔で頷いた。
「それじゃあ私ずっと笑顔でいるから」
「私からもお願いね。じゃあね」
「うん、それじゃあね」
 富美加は笑顔のままだった。梨香子もその笑顔を見て自分も笑顔になっていた。浴衣と何よりも笑顔、自分の言った通りだからだ。
 この話の後で梨香子は自分の左手の時計の時間を見て言った。
「そろそろ行こう」
「あっ、もう時間なの」
「ええ、だからね」
「お店出てね」
「今行けば充分間に合うわよ」
 梨香子はこうも言う。
「だからね」
「うん、じゃあね」
 二人で話してアイスコーヒーを飲み干す。それから言うことは。
「映画、面白いといいね」
「そうね」
 二人で笑顔で話す。こうしてだった。
 今日は二人で映画館に向かう。梨香子は富美加のその貌を見て自然と笑顔になった。その極上の笑顔を見て。


切り札は二つ   完


                              2012・10・30 
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